危険な薬「サリドマイド」が必要とされる理由
毎日新聞の記事より。
【1950〜60年代にかけて世界的に薬害を起こした鎮静・催眠剤「サリドマイド」が、がんなどの治療目的で日本に個人輸入されている問題で、03年度の輸入量が53万錠に上っていたことが、厚生労働省の調べで分かった。実効性のある安全対策が講じられていない中、02年度より9万錠余り増加した。サリドマイド薬害の被害者団体は「国の取り組みが遅い」と不満をあらわにしている。
同省医薬食品局がサリドマイドを個人輸入した医師に出した証明書(薬監証明)に基づき集計したところ、03年度の総輸入量は53万958錠。剤型別では、最も大きい200ミリグラム錠が昨年の9倍に当たる2454錠に上り、最小の25ミリグラムは昨年より7300錠少ない1万1200錠だった。薬事法は販売目的でなければ、医師が未承認の医薬品を個人輸入することを認めている。
サリドマイドは服用した妊婦から手足が極端に短い子が生まれるなどしたため、日本でも62年に販売が禁止された。だが、90年代後半から骨髄のがん、骨髄腫などへの効果を認める研究が報告されるようになり、個人輸入が増加している。
同省は02年に初めてサリドマイドの個人輸入量を集計したところ、01年度は15万錠余に上ることが判明。使用を誤れば薬害が再発する恐れがあるため、同年10月に坂口力・前厚生労働相が「早急に調査し、対応を考えたい」と約束した。昨年9月に同省研究班が調査結果をまとめ、飲み残しのサリドマイドが未回収だったり、妊娠の有無を確認せずに処方している医師がいたことが分かった。
昨年度の輸入量が50万錠を超えたことに対し、被害者らで作る財団法人「いしずえ(サリドマイド福祉センター)」の間宮清事務局長は「輸入量だけでなく、大きい錠剤の輸入が急増したことが気になる。坂口前厚労相の約束から2年たつが、いまだに実効性のある安全対策は取られているとは言えない。国レベルの規制が必要」と訴えている。】
参考リンク:
(2)サリドマイド事件(薬害の歴史)(from AKIMASA.NET)
(4)「サリドマイド・安全か」(YOMIURI
ON-LINE)
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「サリドマイドが、癌の治療薬として使われている」という話を耳にしたのは、何年か前の話です。そのときは、僕も自分の耳を疑ったものでした。「えっ、あの『サリドマイド』を薬として使うの?」って。
「サリドマイド」という言葉を耳にするたびに、僕はある映画を思い出すのです。それは、「典子は、今」という、サリドマイドの副作用でごく小さな両腕しか持たずに生まれてきた一人の女性の物語。どうしてこの映画のことを覚えているかというと、1981年公開ですから、まだ小学校の4年生くらいのことでしょうか、日頃映画やTVドラマになんて興味を示したことがなかった母親が、「映画を観にいこうか」と言って連れて行ってくれたのが、この作品だったのです。そして、僕はこの映画で、典子さんの両腕がないために肩にかけた荷物が何度もずり落ちてしまい、そのたびに彼女が「すみません」と声をかけて道行く人々に荷物を拾ってもらい、肩にかけなおしてもらっていたシーンを今でも思い浮かべることができます。「たかが荷物を拾うくらいのことで…」と子供心に思いつつも、自分のすぐそばの地面に落ちている荷物なのに自分ではどうすることもできない、という姿を忘れることはできませんでした。それは、あの頃の僕にとっては、なんだかとてもいたたまれなくなる光景で。
そういった「薬害の歴史」というのを考えると、被害にあわれた方々が、「サリドマイド」という響きに対して嫌悪感と警戒心を持つのは、至極当然のことでしょう。確かに「危険な薬」には違いありませんし。
しかしながら、その一方で、現在サリドマイドが「骨髄腫の治療薬」として利用されているのも事実で、実際に一定の効果は上がっているようです。
もともと「多発性骨髄腫」という病気は、その病状によって数ヶ月から十年くらいの予後の違いがあり、活動性の低い「くすぶり型」というのもあるのですが、基本的には予後が悪い疾患です。
発症からの平均生存期間は、化学療法(抗がん剤)導入以前は約7ヶ月、最近でも若年者で同種骨髄移植の成功例を除けば、予後はかなり悪くて、診断時からの平均生存期間は約3年。5年生存率(発症した患者さんが、5年後も生存している確率)は、20〜30%とされています(参考「朝倉内科学」、最新のデータでは、もう少し改善しているかもしれません)。
罹患している患者さんたちにとっては「背に腹は換えられない」という状況で、登場してきたのがサリドマイドによる治療ということなのです。
ちなみに「大きい錠剤の輸入が急増した」のは、現在行われているサリドマイドを使用しての治療の標準的な内服量が【200mg/日】だからだと思われます(参考リンク(4))。
この記事に関しては、僕が読んだ印象では「サリドマイドという危険な薬が、大量に輸入されつつある」という恐怖感を煽る側面が強いような感じなるのですが、実際のところ、生命の危機にさらされている骨髄腫の患者さんにとっては、「藁にもすがる思い」で、この薬に頼っているという面もあるのです。だって、何の切実な理由も持たずに、あの「サリドマイド」を好きこのんで内服しようなんて人は、まずいないのではないでしょうか?
輸入量が増えたのは、おそらく、この治療法が広まっていく過程にあるからだと思われます。少なくとも今のところは。
しかしながら、この件に対する日本政府の対応というのは、ちょっと手抜きというか、いいかげんです。【02年に初めてサリドマイドの個人輸入量を集計したところ、01年度は15万錠余に上ることが判明。使用を誤れば薬害が再発する恐れがあるため、同年10月に坂口力・前厚生労働相が「早急に調査し、対応を考えたい」と約束した。昨年9月に同省研究班が調査結果をまとめ、飲み残しのサリドマイドが未回収だったり、妊娠の有無を確認せずに処方している医師がいたことが分かった】わりには、相変わらずサリドマイドは個人輸入で使用されているため、逆に国にとっては「勝手に輸入して使っているんだから」という「責任逃れ」ができる、都合のいい状態でもなっているのです。参考リンク(4)によると、患者の家族が、睡眠剤として内服していたなんてとんでもない例もあったみたいですし。
「危険性が高いけど、必要なもの」であれば、政府はもっと迅速かつ確実な対応と説明をするべきなのに、一般に出てくる話といえば、こういう「危険な薬がひそかに復活」みたいな記事ばかり。患者さんからすれば、催奇形性というのは怖いし嫌に決まっているとは思うのですが、今まさに自分が死ぬかもしれなかったり、骨の痛みに苦しんでいる状態であれば、「危険でもいいから、使ってみる」というのは、自然な選択肢ではないでしょうか。医学的には、効果がある程度証明されてもいるわけですから、怪しげな民間療法よりも確実な方法ですし。
前に、抗がん剤「イレッサ」のことを書きましたが、病気の治療法というのは、その病状によって変わってきます。僕だってとくに病気のない現在、好きこのんで抗がん剤を自分に使おうとは思いませんが、自分が癌だったら話は別です。現在ここにある癌に対する有効な治療法(あるいは、症状がラクになる治療法)であれば、「将来の危険性」や「副作用」があるとわかっていても、あえてその「危険な薬」を使用することもあると思います。
たとえ、その薬が100%有効とは限らず、恐ろしい副作用を抱えていたとしても、結論はそのメリットとデメリットを比較した上で出されるべきです。
基本的に「副作用のない薬はない」のです。だから、大事なのは「サリドマイド」だからといって全面的にスポイルするのではなく、危険な薬だということを認識して「必要な人に、必要なだけ」使用するということなのです。もちろん、サリドマイド以上に安全で有効な治療法が見つかるまでの手段としてで構いません。「危険な薬だから、ダメ」ということであれば、鎮痛薬としてのモルヒネだって、認められないということになりますし。
それでもやっぱり、「サリドマイド」という名前だけでも嫌悪感を抱いてしまう、という人々の「記憶」には、仕方のない面はあるということは、わかってはいるんですけどね…