「タミフルを普通の人にどんどん処方している日本の医者」


参考リンク(1):タミフルを普通の人にどんどん処方しているのは日本の医者だけ (by 『Life is beautiful (11/13))


 まずは、↑の参考リンクをご一読ください。
 そろそろまた、市中病院の臨床医にとっては(そして、たくさんの高齢者の方々にとっても)辛い冬がやってきます。「インフルエンザの特効薬」ことタミフルについては、僕自身も昨年はかなりたくさん処方したのですが、その後、子供の精神症状などの副作用の可能性が示唆されたこともあり、今年は「タミフルは要りません」という患者さんが増えてくれるといいなあ、と僕も思っています。ここで書かれている、【日本以外の国では「万が一、鳥インフルエンザが人から人への感染能力を持ってしまった場合に使うために備蓄しておくべき特効薬」との扱いであり、健康体の人がインフルエンザにかかった時にやたらと処方したりはするものではない。】というのは、確かに「正論」ではありますし、人類全体にとっては、そのほうが有益なのだろうと思います。でも、残念なことに、日本の医療の現場というのは、そんな「正論」をふりかざすのは、なかなか難しい場所ではあるんですよね。

参考リンク(2):「ピルの話」と処方する側、される側の事情

 ↑は主に経口避妊薬である「ピル」の話なのですが、少なくとも、日本の(というか、僕は海外の病院で働いたことはないので、日本のことしかわからないんですけど)患者さんの中には、まだ「病院に行ったのに注射もしてくれない」「薬も出してくれない」という人がけっこう多いのです。正直、僕たちだって、患者さんの状態によっては、【「何しに来たの?ゆっくり寝てなさい」と追いかえされてしまう】というような対応をしても良いのではないかと考えることはありますし、本当に「客観的な症状がない」場合には、説明だけで帰っていただくこともあるのです。確かに、元来健康な若者〜中年くらいの患者さんが風邪や通常のインフルエンザで受診された際には、別に抗生物質やタミフルを使わなくても、家でゆっくり休養していれば、そのうち良くなる人がほとんどです。ところが、多くのそのような「抗生剤もタミフルも必要ではない患者さん」が、「会社や学校を休めない」「1日でも早く治さなければならない」「症状がきつい」ということで、病院を受診されるのです。そこでもし僕が「いや、タミフルっていうのは日本以外の国では……」と患者さんを説得しようとしたらどうなるかというと、結果は実に簡単です。その患者さんは、二度と僕がいる病院に来なくなり、「あそこの病院に行ったら、薬も出してくれずに説教された」と悪い評判が広まり、その患者さんは、「ゴチャゴチャ言わずに、タミフルをさっさと処方してくれる病院」で、お目当ての薬をもらうだけのことなのです。

 いや、少なくとも人類全体という観点からみると、「こんなに抗生物質やタミフルを濫用している日本の医療は間違っている」と僕も思います。でも、その一方で、抗生物質やタミフルを処方するというのは、少なくとも目に見える範囲の短期的には症状を緩和するという実効があり、患者さんもそれを求めているという以上、「望ましくはないけれど、それが可能な状況である以上、それを拒否することは難しい」し、医療者だって食べていかなければなりませんから、他の病院との競争に打ち勝つためには、「処方しないわけにはいかない」のです。僕は正直、そういう医療を好ましいとは思わないけれど、だからといって、「処方することによるデメリット」と「処方しないことによるメリット」を比べてみると、「本当は家でゆっくり休めればいいんですけどねえ……」と呟きながら、処方箋を書くしかないのです。もしここで、「人類全体にとって正しい(であろう方法)にこだわり続ければ、人類が困る前に、僕や僕の病院のスタッフが、路頭に迷ったり飢え死にしてしまいます。

 本当は、医者たちがみんな申し合わせて、「タミフルを使いすぎないようにしよう」という取り決めができればいいのですが、経営という面では病院同士もある種の「ライバル」ではありますし、そもそも、患者さんが「簡単にタミフルを出してくれる病院」を選ぶかぎり、「タミフルの処方はデメリットが多い」という明らかな根拠が示されなければ、こういう状態は続いていくのでしょう。現場ではみんな、「迷い」があるのは事実なのですが……

 最後にひとつ申し添えておくと、アメリカの医者が「薬は要らないから、家で寝てろ」と言えるのは、アメリカでは、ひとりひとりの患者さんの「診察料」が高くて、日本のように「薬を出さないと病院経営が成り立たない」ような診療報酬体系とは異なること、そして、患者さんひとりあたりの医療費が高いので、そんなに大勢の患者さんを毎日診なくてもやっていけることなどの理由があります。そして、アメリカの場合は、日本よりもはるかに「病院を受診すること」への敷居が高く、患者さんの経済状態や保険の種類によって、治療内容そのものが制限されてしまうことが多い(そして、患者さんの側も、それを受け入れている)のです。いや、Satoshiさんのような、インテリジェンスが高い、人類全体のことまで考えてくれる「理解力のある」患者さんだけだったら、日本の医者だって、そんなにタミフルを処方しなくて済むと思いますよ。むしろ、日本の医者はアメリカの医者ほど偉くないので、「タミフルを処方させられている」のです。

 でも、考えてみてください。逆に、アメリカの保険制度が日本と同じものだったとしたら、果たして、ごく普通のアメリカ人は、タミフルを病院で要求しないと思いますか?
 
 ちなみに、「薬漬け」にされている日本人は、今のところは、「世界で最も長寿の人々」のグループに属しています。


追記:僕があまりうまく書けなかったことが、↓の参考リンク(3)にしっかりと書かれていますので、ぜひ読んでみてください。
参考リンク(3):レジデント初期研修用資料 ('05/8/26) 「共有地の悲劇」