「ピルの話」と処方する側、される側の事情


参考リンク「ピルとわたし」(うつむきかげんの げつようび・2/1)

 確かに一時期「女性の自立と性の解放のために、ピルの普及を!」というのが叫ばれていた時期がありました。日本でいちばん普及している避妊法はコンドームなのですが、これはどうしても「男性側の協力がないと不可能」なために、「女性が自分の意思で避妊できる」ピルというのは、「薬以上の女性解放の象徴」みたいなイメージを持たれていたのです。でも、実際にHIVウイルスや若年女性の子宮ガンの要因となるHPV(ヒトパピローマウイルス)が蔓延してきて、ピルの「弱点」もクローズアップされてきているのです。もちろん、副作用がある代わりに、使い方を誤らなければ、メリットもたくさんある薬なんですけど。

 この話を聞いて、僕は「風邪の患者さんに、解熱剤の注射をするか?」というのを思い出しました。いわゆる「注射する解熱薬」の中には、解熱作用が強力な代わりに危険かつ急激な副作用の報告があり、最近の医者の知識としては「急いで熱を下げる必要性があるとき以外は、使うのは望ましくない」とされています。でも、僕が以前行っていた病院の患者さんの中には、「熱があるから注射してくれ、注射が速く効いて、ラクになるから」という人がけっこういて、その病院のスタッフも「注射してあげましょう」と言ってくるのです。そういう場合、僕の職業的良心からすれば、「この熱で命にかかわることはないのだから、そんなリスクを冒さなくても、内服あるいは坐薬のほうが、より安全なのに…」ということになりますし、実際にそういうふうに説明して理解してもらえるように努力しました。

 …残念ながら、「それでも注射がいい!」という「注射神話」を抱えている人には、とくに高齢の方が多いこともあり、なかなか理解してもらえないことが多かったですし、「今まで何度も打っても、何も副作用とか起こらなかったから、大丈夫だよ」と言う人もいらっしゃいました。

 そして、僕や僕と同じくらいの若手たちは、その病院に行くたびに「注射よりも内服で熱を下げましょう」という啓蒙活動をしていたのですが、しばらく後に、その病院の当直医申し送りに、こんな内容が加わりました。「当直の先生は、患者さんから希望があれば、簡単に副作用の説明をして、それでも希望されれば、直ちに解熱剤の注射をするように」と。実際のところ「あの病院では、ゴチャゴチャ説教されて、注射もしてくれない」なんて近所の人に言いふらされたら、やっぱり「商売にならない」という面もあるのです。「たかが、注射1本のことじゃないか」と。

 上のリンク先の方の場合は、不運にも副作用が出てしまったため、逆に「迎合医療への不信」を実感されることになったと思われるのですが、実際のところ、多くの副作用のない人たちは「やたらと能書きを聞かされる病院」よりも、「自分が欲しい薬を気前良く出してくれる病院」を選んでしまいがちなものです。そりゃ、患者さんだって人間だから、副作用とかいうめんどくさくて気味の悪い話を延々とされるよりは、「はい、これでだいじょうぶだよ!」と言ってくれる病院に魅力を感じるのもわかるのです。僕だって歯医者にかかるとき、「どうしてこんなに磨き方が悪いの?」なんて長々とやられるよりは(そういうのが、むしろ「職業的良心」だというのはわかってはいるんですけど)、黙って痛いところを治療してくれたほうがありがたいときもあるのです。自分の「不養生」だとわかっていても、それをずっと責められるのは、居心地のいいものじゃないから。

 結局、医者というのも「ものわかりがいい医者」のほうが、サービス業としてうまくいくことが多かったりもするのです。だって、「ピルをもらうのに、ちょっと問診するだけでいい病院」と「ピルをもらうために、いろんな検査(内診なんて、やっぱりできれば受けたい検査ではないだろうし)を受けなければならない病院」が並んでいれば、前者を選択する人は、けっして少なくないはず。

 でも、これを「患者さんはラクなほうにばかり流れて、医者の言う事を聞いてくれないから…」と決めつけていいのかは問題です。ほんとうは、リンク先にもあるように、「この薬に対しては、これだけの説明と検査をしないと、どこの病院でも処方してはならない」というガイドラインが必要なのでしょう。手抜きでもなく医者の善意の押し付けでもない程度の線引きの。「薬が手軽にもらえる」というのは、本当にいいことなのかどうか?

それにしても、【いたずらに脅かすことなく、そしていたずらにそそのかすこともなく、診察をする】というのは、実際はとても難しいことです。とくにピルのような「治療目的で使うのでなければ、処方するしないには、患者さんの希望と医師の裁量が大きい薬」には、どうしても医者側の「嗜好」が出てしまいがちなんですよね。ピルを飲まなかったからという理由で、死ぬ人はいないので。これは、バイアグラなどでもそうみたいですが。
 医者側としては、「何か副作用があったら…」とついついリスクのほうにばかり目が行く人もいれば、「性の問題を重視する」というポリシーの人もいるだろうし、メリットを強調すれば「お願いします」という話になるでしょうが、副作用のことばかり話せば「やっぱりやめます」という人が多くなるのです。
 バイアグラなんて、「もういい年なんだから、しょうがないんじゃない?」なんて門前払いされたという話もよく聴きます。心臓の悪い人には怖い薬なので、仕方がない面もあるのですが、医者にとって「しょうがない」ことでも、相手にとっては、必ずしもそうとは限らない。でも、それを実感するには、性の問題というのは、あまりに個人個人の意識が違いすぎるのです。

 ただ、なぜ今になって、「ピルの普及」に関して緩和の方向に進んでいるのかは、産婦人科ではない僕には、ちょっと疑問が残ります。望まれない妊娠を減らしたい、という思いがあるのだろうか、と感じる一方で、HIVは水面下で蔓延しているし(いわゆる「先進国」で、HIV感染者が増え続けているのは日本だけ、なんていう話もあるのです。みんながピルに頼るようになってコンドームを使わなくなったら、もっと広まるかもしれません)、最近話題のHPVウイルスのために、若い年齢での子宮ガンが増加してきています。もちろん、ピルという選択肢があることは良いことなのでしょうが、正直、今後推進していくべき避妊法かどうかには、大きな疑問を感じるのです。諸外国は、「コンドームを使いましょう」とアピールしているこの御時世に。
 「妊娠可能な女性を妊娠しないようにする」というのは、やはり「薬によって引き起こされる、不自然なこと」でもありますし。

 ただ、僕は患者さんの側にも、もう少し考えてもらいたいところもあるのです。難しい話じゃありません。「専門家としての医者」をもうちょっとうまく利用してもらうために、わからないところ、不安なところは、遠慮なく聞いてもらいたいのです。「どこまでわかってくれているのか?」というのは、医者側からすれば、わからないことが多いから。そして、面倒かもしれませんが、医者の話にも、耳を傾けてもらいたいのです。「すぐ言いなりの薬を処方してくれる医者」より「ちゃんと説明してくれる医者」のほうが流行るようになれば、きっと、みんな変わってくるはずだから。もっとも、「説明しすぎる人」というのは、やっぱり付き合いにくい感じもするのですけど。

 最後に、なんだか女性側だけの話になってしまったようですが、この問題は、男の側にも半分は責任があるということをお忘れなく。彼女を傷つける可能性が高くても、そんなにナマがいいのですか?女性が自力で身を守らなくては、と考えるようなセックスが、そんなに気持ちいいのですか?

 …でも、こういう「正論」だけでは、どうしようもないところがあるのが、性に関する問題の難しさ、なんですよね……