「ものすごい雑文企画」参加作品〜

賽の河原のあたたかい記憶

 もう、20年くらい前の話。僕たちは、家族旅行で雲仙に出かけたのだった。
しかし、当時中学生になりたての僕は、家族旅行なんてイヤになりはじめる年頃。
まあ、要するに「なんでせっかくの休みに、親と一緒に旅行なんか行ってられるかよ」
というのが本音であった。

 張り切って、父親が写真なんて撮ろうなんてするのだが、「もう、早く、次!次!まったく、親と一緒なんて、恥ずかしいなあ」と内心思っているんだから、ファインダーの前で笑えるわけなんてないではないか。

 その旅行中の話。雲仙は温泉地だからして、例のごとく「地獄めぐり」というのが、観光地になっているのだ。「地獄」とはいっても、要するに温泉の湯煙がいろんなところから噴出していて、温泉タマゴを売っているだけのようなところなのだが。
 まあ、そういった噴煙だらけの景色を地獄の光景に見立てているわけだ。確かに、熱湯が湧き出ているから、落ちたら地獄のような目には遭いそうだけれど。

 そんな観光スポットの中に「賽の河原」というアトラクション(?)があった。
 賽の河原というのは、地獄の名所のひとつで、何らかの原因で子供を失った親たちが、寂寥とした荒野に石を積み上げていくというスポットなのだ。

 「これ何?」とまだ幼稚園の弟が、積み上げてある石を指さした。
 母親は、おもむろに足元の石を手に取り、

 「これはね、子供を亡くしたお母さんが、こうやって石を積んでいくんだよ」

 と手に持った石を積み上げる真似をしてみせた。

その瞬間のことだった
 
ちょっと離れたところで、その様子をみていた父親が、

 「おいっ!バカ!やめろ!子供が死ぬぞ!何するんだ!!」

と周りに響きまくるような大声で、叫んだのだった。

「置く真似しただけじゃない、そんなに大声出さなくてもいいのに、恥ずかしい」
と、母親は言い返し、ふたりはケンカになってしまった。
そして、ただでさえユウウツな家族旅行は、さらに悲惨なものになったのだが。

 もう、父親が亡くなってから、5年が経つ。
 大酒呑みで遊び好き。生前、あまり良い印象がなかった父親なのに、なぜか、あのときの大声は、今も耳に残っているのだ。
 僕たち兄弟が、今でもそれなりに元気にやっているのは、ひょっとしたら、あのとき、父親が石を置くのを止めてくれたからなのかもしれない。

そのときは、そんな大声出して、みっともないと思ったけれど、
今となっては、ものすごくあたたかい追憶の声。