憧れの「ニセ医者」稼業!


日刊スポーツの記事より。

【医師免許がないのに8年間も病院などに勤務し医療行為をしたとして、警視庁生活環境課は6日、医師法違反(無資格医業)の疑いで、東京都目黒区の山城英樹容疑者(33)を逮捕した。実在する女性医師の医籍番号を使って医師免許を偽造、20カ所以上の医療機関で働いていた。縫合手術を含み、大半の医療行為を行っており、患者の評判は良かったという。年収2000万円、スポーツカーを乗り回していた。
 調べによると、山城容疑者は9月中旬、東京都江戸川区の瑞江脳神経外科医院で、医師の資格を持っていないのに女性患者(49)に投薬などをした疑い。同容疑者は「免許がないのに医師をやっていた」と容疑を認めている。逮捕時は同医院や、稲城台病院、佐々総合病院、東芝府中事業所診療所の4つの医療機関に非常勤医師として勤務。約2000万円の年収があったという。
 勤務する際は、実在する女性医師が登録している医籍番号を使って偽造した免許のコピーを提出していた。実際は定時制高校中退だったが「慶応大学医学部卒業、北京大学留学、ドジャースチームドクター経験あり」と吹聴していた。警視庁は山城容疑者が女性医師の医籍番号を知った経緯なども調べている。
 山城容疑者は97年ごろには都立広尾病院に勤務していたと周囲に話していたが、広尾病院では「研修先の医療機関を探す見学生として同姓同名の者が在籍したことはあったが、医療行為には従事せず雇用関係もなかった」としている。
 山城容疑者は勤務先によって外科医、内科医と使い分け、縫合手術など大半の医療行為を行っていたという。警視庁に「医師免許の原本を提出しないのはおかしい」との内部情報が寄せられ、発覚したが、医療トラブルもなく、患者からは「話をよく聞いてくれる優しい先生」と評判だった。瑞江脳神経外科医院の患者は「人当たりが良く優しくとにかくいい先生。免許がないなんて…。腸の調子が悪いときに看護婦さんに『山城先生がいい』と勧められエコーのようなもので検査してもらって異常はなかった」と話した。佐々総合病院でも「派遣会社を通じて採用した。患者からのクレームはなく、スタッフも全く気付かなかった」としている。
 山城容疑者は目黒区内にある家賃23万円のメゾネット型の高級マンションに、モデル風のスレンダーな女性と同居していた。今夏まで黒のBMWに乗っていたが、赤のNSXに替えたという。しかもナンバーが「・・・1」にするこだわりようだった。】

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こちらは読売新聞の記事です。

【1997年から約8年半、医師の免許がないのに医療行為を続けていたとして、警視庁生活環境課は6日、東京都目黒区南1、自称医師・山城英樹容疑者(33)を医師法違反(無資格医業)の疑いで逮捕した。
 同課によると、山城容疑者はこの間、約20の医療機関で医療行為に従事していたが、事故を起こしたことはなかったという。
 調べによると、山城容疑者は今年9月、瑞江脳神経外科医院(江戸川区)で、医師の免許がないのに内科医として勤務し、女性患者(49)に問診や投薬などの医療行為を行った疑い。調べに対し、山城容疑者は「免許がないのに医療行為をした」と容疑を認めている。
 山城容疑者は現在、同医院や佐々総合病院(西東京市)など4か所の医療機関で内科医や当直医として勤務。外科手術以外の大半の医療行為を扱っていたといい、昨年は計約2000万円もの収入があったという。
 山城容疑者は、医療機関側などに「北京大学を卒業」「慶応大医学部を卒業」などと話していたが、実際は、定時制高校を中退。採用の際には、偽造した医師免許のコピーを提出していた。コピーには、各医師に割り当てられた「医籍番号」も記載されていたが、山城容疑者とは無関係の女医の番号だった。
 都病院経営本部によると、山城容疑者は97年5月から約1年間、医師に付いて医療行為を学ぶ「見学生」として都立広尾病院(渋谷区)にも通っていたという。同本部では、「患者のプライバシーを侵害した可能性もあり、申し訳ない」と話している。
 山城容疑者を医師として採用していた東芝ヒューマンアセットサービス(港区)の親会社、東芝の広報室は、「2001年6月から外科のアルバイト医として勤務している。免許のコピーが偽造とは、見た目では判断できなかった」と驚きを隠せない様子だった。】

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 この記事、医者仲間でも、けっこう話題になっています。どうしてバレなかったんだ?って。
 しかし、考えてみれば、「ニセ医者」なんてものが存在するなんて、医療業界人はほとんど予期すらしていないのです。というのも、僕が行くような田舎の病院では、派遣されてくる医者は医局からの紹介ということがほとんどですから。要するに、「素性の知れた人しか来ないはず」というふうに考えてしまうのですよね。
 この事件で僕が感じたのは、「都会では、こういう『バイトだけの医者』というのがいて、ちゃんとそれで十分な収入を得られるのだなあ」ということでした。というか、十分すぎないかこれは。
 あらためて考えてみると、自分が医者であることを証明するための「証拠」なんていうのは、あの巨大な賞状みたいな「医師免許証」しかないわけです。でも、あの「医師免許証」だって、写真が載っているわけではないですから、「眼の前にいる人物が、この免許証の本人か?」なんて、全然わかんないんですよね。免許証とかも偽造していたら、素人目にはどうしようもないでしょうし。
 一般的に医者は「医師免許証」を非常に大切にしているので、アルバイト先の病院に「医師免許の原本を持ってきてください」とか言われると、正直「えーっ、めんどうくさいなあ」とか思う人が多いのではないでしょうか。原本は再発行してもらうことも非常に困難なので、「銀行の貸金庫にしまっている」という人も少なくないのです。以前は「コピーでも可」という病院が多かったのですが、名義貸しなどの影響もあってか、「原本じゃないとダメ」と念を押されることが、ここ数年は多くなったのですけど。
 しかし、これを読んでいて、厚生労働省が行う予定の「医師の名前と医籍番号の公開」って、こういう犯罪を助長するのでは?という気もしました。

 この医者がどうしてバレなかったのか?に関しては、僕にもよくわかりません。ただ、この人はかなり器用だったのでしょうし、「見学生」時代に習ったことを生かしていたのでしょうね。実際、医学部を卒業して国家試験に合格し、知識はあるけれども実戦経験に乏しい新人研修医より、はるかに「使えるヤツ」であった可能性すらあると思います(「見学」中に、いろいろ習ってもいただろうし)。今は、研修医のアルバイトは禁止されていますから無理でしょうが、以前は、研修医になりたての新人が、先輩の代わりにアルバイトに行かされるということがよくありましたから、「新人で何もわかりませんがよろしくおねがいします」とか「研究ばかりやっていて、臨床はあまり経験がないので、ご迷惑かけるかもしれませんが」と言って礼儀正しくしていれば、病院側もそんなに「ニセ医者じゃないか…?」とは思わなかったはずです。かえって、「先生、こういうときはですね…」なんて、ベテラン看護師さんがアドバイスしてくれたりして。
あるいは、「医師派遣会社」に依頼するような病院であれば、基本的には人手不足であったはずですから、「とりあえず医師免許さえ持っていてくれれば」ということで、多少の技術的な問題には、目をつぶっていたのかもしれません。この場合、その「医師免許を持っていなかった」のだから皮肉な話なんですけど。
 そして、そんなふうにして仕事をこなしていけば、とりあえず「慣れればなんとかなる」もののようです。ひと昔前は、戦時中の「衛生兵」という軍医の助手をしていた人たちがニセ医者として開業していた、なんて話も少なくなかったですし。そもそも「本物の医者の卵」である研修医たちだって、現場に出れば、「国家試験に合格するための勉強」と、「現場で臨床医としてやっていくための知識や技術」のギャップには、非常に苦しめられるのです。薬の名前もわからなければ、点滴も失敗ばかり。検査はただ見ているだけ。仕事は伝票書きと検査の付き添いとカンファレンスでの上司のサンドバッグ。少なくとも、専門医療ではない、一般外来診療で「研修のごく初期の研修医」と「1年間現場で『見学』してきたこの男」の違いを見抜くのは、とても難しいと思います。たぶん、国家試験の問題を解かせれば一発だったのでしょうが、現場でそんなことをする人はいないし、ましてや「よそから来てくれている先生」ですからねえ。
 それにしても、こういう記事を読んでいていつも考えさせられるのは、この事件でもそうだったように、こういう「ニセ医者」の多くが「患者さんからの評判が良い」ということなんですよね。「優しい」とか「話をよく聞いてくれる」とか。確かにこういう人たちは、何かクレームがついて自分のことを詳しく調べられたらおしまいですから、ケチがつかないように慎重に行動するのでしょうが、「医師免許を持っている、本物の医者」のトンデモエピソードを耳にする機会がある僕としては、「医者というのは、『医師免許を持っている』ということにあぐらをかいて、傲慢になりやすい仕事なのだな」と暗澹たる気持ちにもなるのです。「人の話を聞かない医者」というのは、けっして稀有な存在ではないしねえ……

 ところで、僕は最後にこれだけは言っておきたい。
 この人、僕と同じくらいの年齢ですが、年収2000万円で、【目黒区内にある家賃23万円のメゾネット型の高級マンションに、モデル風のスレンダーな女性と同居していた。今夏まで黒のBMWに乗っていたが、赤のNSXに替えたという。しかもナンバーが「・・・1」にするこだわりようだった。】って、ニセ医者のほうが、はるかにいい生活してるって、どういうことなんだこれは!!
 うーん、医者っていうのは、自分のプライドとか医局のしがらみとか学位とか資格とか大学内での地位とかにこだわらず、純粋に「収入源」と割り切ってしまえば、けっこういい商売なのかもしれないなあ……