ニセ医者が「東大卒の名医」になった理由<前編>


毎日新聞の記事より。

【東大卒の医師と偽り無資格で診療行為をしていたとして、警視庁生活環境課と板橋署などは9日、東京都板橋区弥生町、医療法人延寿会「中板橋南診療所」勤務の中村涼子容疑者(52)=同区仲町=を医師法違反(無資格医業)容疑で逮捕。また、同容疑者に診療行為をさせていたとして内縁の夫で医師の同診療所院長、小出雅彦容疑者(52)=同=も同容疑で逮捕した。

 調べでは、中村容疑者は医師資格がないのに、99年12月〜今年7月までの間、高血圧などの治療で同診療所を訪れた同区の無職女性(37)ら患者11人に、血液検査などの診療行為をした疑い。

 中村容疑者は92年の同病院の開業当時から、内科部門を担当。患者には「ドイツに留学していた」「東大で脳外科などの手術もした」などと話していた。約20人の同僚医師や看護師は、中村容疑者が偽医師であることに気づかなかったという。】

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 気づかなかったということはないだろう?と思わず突っ込んでしまいたくなる記事ですが。確かに、地方病院の経験のある看護師さんなどは、研修医の方が教えられることがたくさんあったりします。でも、事務の人とかは、気がつかなかったんでしょうか?

 いくら院長の「内縁の妻」だからといって、保険診療をしているなら、勤務医の医師免許は通常確認するはずですから、知っててしらぬふりをしていたんでしょうね、10年間も。ほんとによくやるよ。

 正直、この記事、ちょっと笑ってしまいました。笑い事じゃないんでしょうが。
 戦後間もなくならともかく、現在の医療情勢でも、生活習慣病に対しては、10年間もこんな偽医師が通用してしまうとは。
 しかし、この記事で、「よし、俺も偽医者で一旗上げたろう!」と思ったみなさん、実際はなかなか困難ですよ。

 医者にとって、他人に医者の身分を証明するためのもの(警察官の警察手帳みたいなもの)は、医師免許証です。というか、これだけ。医師免許証自体は、賞状みたいな紙切れです。まあ普通、持ち歩くようなものじゃないし。
 これを偽造するのは、ほとんど不可能。スカシまで入っていますし、これを偽造する能力があれば、直接お金を造ったほうが早い(犯罪!)です。

 写真が添付されているわけではないので、性別に気をつければ、なりすますことは不可能ではありませんが、まずやめといたほうが無難です。一応医学の勉強をしているはずの研修医だって、現場に出れば最初は固まってなにもできませんから。
 医者にとっては、この免許証は「メシの種」ですから、みんなすごく大事にしていますし、一度亡くしてしまったら、ほとんどの場合再発行はしてもらえません。結婚して姓が変わる場合でも、再発行までに何ヶ月か時間がかかるくらいで、医者のなかには、原本は銀行の貸し金庫に入れて、コピーを常用している人が多いくらいです。

 なんでこれがそんなに重要かというと、要するに「医者じゃないと、医療行為ができない」からなんですよね。

 名義貸し、なんてのも、正直なところ、そんなことをやるといくらかの金銭的メリットはあるかもしれませんが、メリットに比べてあまりにリスクが大きく、ほとんどの医者はやりたがらないと思います。
 さらに、自分の個人病院か、身内の病院など、あるていど自分の好きにできる環境の病院でないと無理です。ムラ社会である医療界にとっては、医者の知り合いもおらず、医局から連絡もない医者なんてのは、ブラックジャックくらいのもの(あっ、彼は無免許医ですね、しかし「無免許医」というのは、矛盾しまくった言葉だなあ。「犬じゃない犬」みたいな感じの)。怪しまれること必定です。
 今回の事件は、人手が足りなかったから内縁の妻にやらせたのか、内縁の妻自身の要望だったのかはよくわかりませんが。

 ちなみに、偽医者をやる人は、戦争直後の衛生兵上がりとか、今回のようなベテラン看護師のように、医療関係者がほとんどです。医療行為というのも、経験を積めば誰にでも表面上の真似事はできるようになるのだと思いますし、本人たちもできそうな気がしてくるんでしょう。
 大学を卒業してすぐの研修医なんて、国家試験の知識はあっても、薬の名前も知らないし、患者さんに針も刺したことがない。実力的には、偽医師以下でしょう。彼らも、先輩の真似をしながら実力をつけていくわけで。

 たぶん、ベテランの医療従事者であれば、医者でなくても、型どおりのものあれば、経験で「この病気にはこういう薬」というふうに対応することは可能。
 ただ、研修医の場合は、まわりが意識してフォローするようになっているので、なんとかやれているんですよね。そして、少年は大人になってゆくのです。
 研修医扱いのニセ医者なんて聞いたことないですから、ただでさえ偽者なのに、ベテランとしてふるまわなければならないのは大変だったんじゃないかなあ、と拝察するのですが。


  
〜長くなったので<後編・どうして名医と呼ばれていたのか?>に続きます。