ニセ医者が「東大卒の名医」になった理由<後編>

 <前編>の続きです。よろしかったら、前編を先にお読みいただければ。

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 基本的に、偽医者にとってやりやすいジャンルは、内科、それもいわゆる高血圧とか、糖尿病といった生活習慣病系だと思われます。いや、だっていくら手術室のナースを20年やってても、いきなり手術ができるわけないですし。見るとやるとは大違い。「腹を切って、悪いところを取ればいいんだろ?」と言われそうですが、消毒の仕方とか、清潔操作なんてのは、全くの素人には絶対ムリ。消毒をしている時点で、「お前は何だ!」という話になっちまいます。

手術で大事なのは、「いかに悪いところを取るか?」と同時に「いかに悪くないところを残すか」ですし。癌だって、はっきりとは、周囲と区別できない場合も多いです。

 偉そうに書いてるけど、僕だって手術はできません。術前の消毒くらいはできますが。
今回、この偽医師にかかっていた患者さんのインタビューや報道で知ったのですが、この偽医師は「やさしくて、名医」という評判だったそうですね。

 医者の立場からすると、「やさしい」から名医なのか…と釈然としないのです。

 例えば、「イチローって、やさしいからいいバッターだよね」って言いますか?
言いませんよね、通常。
それと同じで「患者さんにとっては診断や治療能力よりも、やさしさが名医の第一条件なのか…」と、やや驚いた次第です。

 そんなの優しいほうがいいに決まってますよ、でもほんとにそれでいいのか?と。
実際、外見上の医者の仕事の真似は、けっこう簡単です。問診と聴診器を当てれば、だいたいの患者さんは納得されます。聴診器の音は患者さんには聴こえてはいないんだけれど、それでも安心されるみたい。で、「お薬出しときますからね」と言えば、一件落着。

 たぶん、そんな感じの診察だったんじゃないかなあ。 今回のことで、医者の仕事の内容ってほんとに理解されていないんだなあ、ということに、僕はやや暗然としてしまいました。

  さっきの話に戻るのですが、外科や眼科・泌尿器科などの専門的なジャンルはともかく、生活習慣病系の内科では、患者さんは話を聞いてもらいにきている、ということが、この「やさしいから名医、気さくだから名医」という言葉から、よくわかります。
でもね、ほんと難しいんですよ、生活習慣病の外来って。自覚症状がない人に、粘り強く治療意欲を持ち続けてもらえるようにするというのは、医者にとって困難かつ重要な仕事です。自覚症状が出る病気を予防できれば、それに越したことはないんだからさ。

 この偽医師、きっと、嘘の自慢話にしても患者さんと世間話とかをよくしてたんだろうなあ。だって、「東大卒で、学生に講義をしていて、脳外科の手術もしている」とか、そんなこといちいちバイト先の病院の患者さんとしゃべらないって、普通。

 なんでそんな東大の脳外科の専門医が、専門外来じゃないバイトをやってるんだ、とかツッコミたくはなりますが。どうせなら、「手術料は3千万円!」とか「スーパードクターKの末裔」とか言ってみればよかったのに。

 「医者は病気を見て、人間を診ない」という有名な警句がありますが、やっぱり医療というのはサービス業であり、仕事の本質を理解してもらうための努力と同時に、ある種の演出は必要不可欠なのかなあ、と思った次第でした。

 でも、ほんとにみんな、名医だと思ってたのかなあ…