「効かない抗がん剤?」イレッサについて再度考える
共同通信の記事より3題。
【英医薬品大手アストラゼネカは4日、肺がん治療薬イレッサ(一般名ゲフィチニブ)の欧州での承認申請を取り下げると発表した。
昨年12月に結果の中間まとめが出た臨床試験で、延命効果が確認できなかったことを受けた。同社は日本や米国など既に販売済みの国の規制当局と、イレッサの今後の取り扱いについて協議するとしている。
イレッサは、がんの増殖にかかわるタンパク質の働きを止める「分子標的薬」と呼ばれる新世代の抗がん剤。世界に先駆けて2002年に日本で販売が開始され、米国は03年に承認した。一部の患者でがんの顕著な縮小効果がみられる一方、日本では間質性肺炎などの副作用が多発し、訴訟にも発展した。
今回の臨床試験はイレッサの延命効果確認を目的に、日本以外の約1700人を対象に行われたが偽薬をのんだ患者と比べ、生存期間に統計的に目立った差はなかった。】
【肺がん治療薬イレッサ(一般名ゲフィチニブ)の延命効果が確認できなかったとする大規模な臨床試験の結果が公表されたことを受け、副作用で家族を失った遺族らが24日、厚生労働省に販売中止を求める緊急申し入れをした。
厚労省医薬食品局は同日までに、販売元のアストラゼネカ(大阪市)から試験結果の概略の報告を受け、さらに詳しいデータ提出を求めた。年明けに専門家を交えて安全性や有効性の評価を始める方針。
申し入れたのは、遺族でつくる「イレッサ薬害被害者の会」(近沢昭雄代表)と、薬害イレッサ訴訟の東京、大阪両弁護団など。会社側にも申し入れ書を郵送した。】
【肺がん治療薬イレッサ(一般名ゲフィチニブ)の副作用をめぐり、亡くなった京都府の男性患者=当時(69)=の妻子4人が「危険性を認識しながら医療機関などへの警告を怠った」として、輸入を承認した国と販売会社「アストラゼネカ」(大阪市)に計約3000万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が1日、大阪地裁(滝華聡之裁判長)であった。
原告の二男(34)が意見陳述し「父はイレッサの被害者。厚生労働省の承認審査の在り方に疑問と憤りを感じる。アストラゼネカにも謝罪を求めたい」などと訴えた。
国と同社は、答弁書で請求を棄却するよう求めた。
訴状によると、肺がん治療を受けていた男性は2002年9月から医師の勧めでイレッサを服用。その後、間質性肺炎と診断され同年10月に死亡した。】
毎日新聞の記事より。
【日本や欧米で肺がん治療薬として承認されている「イレッサ」(一般名・ゲフィチニブ)について、FDA(米食品医薬品局)が「延命効果はない」として市場からの回収も視野に入れた規制を行う方針を明らかにした。副作用で死亡したとみられる国内患者の遺族らで作る被害者の会は24日、厚労省に販売中止を申し入れた。】
参考:抗がん剤「イレッサ」の副作用を恐れる国、効果を尊重する国
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以前、上記参考リンクの回で書いた、「自宅から通院でも使用できる抗がん剤」として話題になった「イレッサ」の雲行きが、どうもあやしくなってきました。今まで、イレッサの副作用としての間質性肺炎については、臨床家のあいだでは広く知られていたものの「延命効果がある」というのが使用の根拠となっていたわけですから、【日本以外の約1700人を対象に行われたが偽薬をのんだ患者と比べ、生存期間に統計的に目立った差はなかった。】というデータは衝撃的なものです。今までの「治療」は何だったのか?と感じる人も多いのでしょう。
ただ、その一方で、【一部の患者でがんの顕著な縮小効果がみられた】という事実もあるのです。がん検診などでもそうなのですが、「統計学的には優位差がない」というのは厳然たる事実でも、個々のケースにおいては、「検診を受けたおかげで助かった」という人もいます。もちろん、医療経済の「費用対効果」という観点からみれば、その検診費用を国が負担することは無意味なのでしょうが、個人個人の選択としては「人間ドックに入るのは間違い」とは言えないでしょう。
正直、イレッサの延命効果が無かった(いやまあ、ひょっとしたら、日本人には効果がある、なんて可能性もゼロではないですけど)という話には、僕もちょっと落胆しました。でも、その一方で、僕自身が担当した患者さんにおいては、大きな副作用が無かったかわりに劇的な効果があったという経験もないので、そんなものなのかな、という気もしています。結果的に「延命効果が無い薬」を使ってしまったということに関しては、忸怩たる思いです。
しかしながら、一臨床家としては、その時点での自分の知識や医学界の常識からすれば、しょうがなかったのかなあ、という気持ちもあります。「イレッサ」というのは、もともと手術適応もない、放射線治療も抗がん剤も効果がない「進行がん」に対する治療薬ですから、患者さんにも「効く場合もあります」という説明しかできませんでしたし。
それでも、多くの患者さんは「何か効果がある薬があるなら」と、それこそ藁にもすがる思いで、イレッサでの治療を受けられたのです。その患者さんたちは「間質性肺炎という重篤な副作用で命にかかわることもある」と説明された場合、イレッサを使わなかっただろうか?と考えると、おそらく、「リスクがあっても、効く可能性があるのなら…」とイレッサの使用を選択した人も多かったのではないかな、と僕は思います。
もちろん、その時点で「間質性肺炎という副作用を起こす可能性がある」ということを説明できずに選択を求めていたのだとしたら、それは「選択における情報不足」であったことを責められても仕方ないのだけれど。
ただ、もし自分が末期がんで、他に有効な治療法が無かったとしたら、僕は自分にイレッサを使ってみるような気がするのです。「統計学的には延命効果がない」「間質性肺炎を起こすリスクがある」としても、「他の抗がん剤と違って自宅からの通院で使用できて、実際に効いた人がいる」という薬であれば、それこそダメモトで使ってみるかもしれません。
それこそ、肺がんで、座して死を待つよりは。
「イレッサの被害」にあった人がいる一方で、「イレッサの恩恵を受けた人」もいるのでしょうから。
今後、「統計学的延命効果なし」という結果が確定すれば、イレッサは販売中止となる可能性が高いと思います。でも、そうなっても、この「イレッサ」という薬をインターネットなどを介して、あるいは非合法的に求める人が出てくる可能性もあるだろうな、と僕は予想しているのです。もちろん、「統計学的に延命効果がない」薬を保険適応にしておくわけにはいかないのもよくわかるのですが。
副作用は副作用としてキチンと情報開示をして、「選択肢のひとつ」に加えるというわけには、いかないのでしょうか…
もっと怪しい「がんに効く!」という食品とかが、「薬じゃない」という理由で横行しているんだからねえ。
最後にひとつ、イレッサの【イレッサは、がんの増殖にかかわるタンパク質の働きを止める「分子標的薬」と呼ばれる新世代の抗がん剤】という発想そのものは、けっして間違ってはいないと思うのです。正直、進行がんに対する「治療」の可能性があるとすれば、こういう分子生物学的に「個々のがん細胞の増殖を抑制する」というアプローチしかないのではないかと思います。体中を侵食しているがん細胞を手術で全部取るというのは、実際にその状態を顕微鏡で診てみると、「そんなのムリだよ…」としか思えないから…