香港旅行記(1)(9月15日)

 香港に行くつもりじゃ、なかったのだ。

 いま勤めている病院で取れる「夏休み」は、土日祝日も入れてせいぜい5日間。そして僕は、「携帯電話の届かない場所」に行きたかった。
 仕事に煮詰まっていたこともあるし、去年の「夏休み」の早朝に、病院からの「○○さんが外泊したいって仰ってるんですけど!」という電話で起こされた苦い記憶があったから。
 いや、悪気はなかったのだろうけど、「ひとり医長」なんて、所詮、そんなものなのだ。

 最初は、4泊5日、フルに使って、シンガポールおよびその周辺の島々に行くつもりだった。僕は基本的にサバイバル的な旅行は好まないし、その傾向は、年を重ねるにつれ強くなっている。シンガポールは清潔で治安の良い都市らしいし、食べ物もそんなに奇抜なものを食べさせられることはないだろう。のんびりできそうな立派なホテルもある。ラッフルズ・ホテルとか、泊まってみたいなあ、なんて思ってもいたのだ。
 ところが、ちょうど僕の休みと大きな国際会議が重なるということで、シンガポールの有名ホテルは軒並み宿泊不可。次にタイやバリ島などもあたってみたのだが、こちらは飛行機が取れず。なんとか「脱出」する先はないかとあたってみた結果、なんとか空きを見つけることができたのが香港だったのだ。しかも、飛行機の席はビジネスクラスしか取れず、たかだか4時間足らずの飛行時間で何万円も運賃が違うことに驚愕しつつも、人生初ビジネスクラスの旅。
 それまでの香港旅行に対する僕のイメージというのは、「海外旅行としては、近すぎるしあまりにも俗っぽくて、面白くなさそう」という非常に失礼なものだったのだけれど、病院から離れられるのなら、この際どこでもいいや、という消極的な選択。

 9月15日、午前7時に家を出て、9時前の空港に到着、搭乗手続きをして本を2冊買ってから、登場するキャセイ航空と日本航空の共同待合室へ。ビジネスクラスの乗客には、普通の待合室とは別の待合室があるという噂を聞いていたので、緊張しつつそこに入る。僕のイメージでは、アラブの石油王やIT社長たちが葉巻とかくゆさせていて、僕などは「何この貧乏そうなヤツ」なんて目で見られるのではないかと思っていたのだが、中にいる人たちはいたって普通で、ちょっと立派な椅子とタダで飲めるドリンクとちょっとしたお菓子が置かれているくらいのもので拍子抜けしてしまった。ゆったりとしたビジネスクラスのシートでプチセレブ気分を味わいつつ、11時に離陸。
 福岡空港から香港までは、僕たちが乗った飛行機は台北経由で合計4時間(福岡から台北が1時間半、台北に1時間くらい停まって、香港までさらに1時間半)。
 今回利用したキャセイ航空は、機内サービスの充実を売りにしているようなのだが、ちょうどお昼時だったせいか、飛行機が安定飛行になったとたんに機内食の準備がはじまった。魚カレーの味はまずまずだったのだが、たった1時間半のフライトなので、実際に水平飛行をしている時間は約1時間くらいのものなので、飛行時間のほとんどが食事時間、という感じになってしまってあわただしいこと甚だしい。食後のコーヒーも飲み終わらないうちに、シートベルト着用のサインが出て、台北に到着。せっかくなので台北の空気を吸ってみようと空港に降りてみたのだが、何かの本で読んだ「20年前の日本」という言葉に頷いてしまうような空気感だった。

 そして、再度飛行機に乗り込み、また水平飛行に入ったと思った途端に、ガチャガチャというワゴンの音が。

 そう、二度目の機内ランチが始まったのだ。「ええっ?」という感じで当然パスしたのだが、周りの人たちはみんな平然と本日2回目の昼食を摂取中。いや、台北から乗ってきた人はともかく、ずっと飛行機の中にいるのに、そんなに食べてばっかりはいられないよ…しかも、食べるものは充実しているはずの香港に行くのだから、わざわざ機内食じゃなくても…まあ、これが「商売」なんだろうけどさ。「TVチャンピオン」かと思った……そうそう、機内のテレビで、なぜか「TV チャンピオン」が放送されていたんだよなあ。

 15時半に、香港の空港に到着。日本と香港には、1時間の時差がある(香港のほうが日本より1時間遅い)。現地ガイドはなんだかやたらとパワフルなおばちゃんで、到着早々、全日程にオプションのツアーを組み込まれそうになって閉口。空港から宿泊するインターコンチネンタルまでは、車で約1時間足らず。車窓から見た香港は、予想以上の大都会。狭い範囲に超高層ビルがところ狭しとひしめいている。車もやたらと多く、車間距離がすごく近いのでけっこう不安。

 インターコンチネンタルホテルに到着してチェックインを済ませ、ようやく部屋に。「ハーバービュー」の部屋には大きな窓があって、ヴィクトリア・ハーバーが一望できる。ガイドブックなどで見てはいたものの、あらためてまのあたりにすると、やっぱり「凄いなあ」と嬉しくなってしまった。少し休憩してから、夜の香港へ食事に。



 今夜の食事は、「繼L酒店(ヨンキーレストラン)」へ。この店のガチョウのローストは、みんなが飛行機でお土産に持って帰ることから「フライング・ローストグース」として知られる名物料理。y嬢と2人分ということで豪快さはなかったものの(僕にとっては、丸ごと一匹出てくるよりはビジュアル的には助かったのだけれど)燻製の香りとほどよい絶妙の味付け、そして甘いのに癖になるソースでいただくと、本当に至福の味わい。ただ、小さい骨が端っこに残っていたので、歯が折れそうになってしまった。その他にも名物料理だという豚足のスライスなども食べ、かなり満足。もちろん、値段もそれなりなのだけれど、日本で同じくらいのレベルのものを食べるより2割くらいは安いかな、という印象。支払いを終えて店を出たら長蛇の列ができていた。香港の人たちはかなり夜は遅めに動くことが多いらしくて、レストランも7時前は比較的空いていて、8時くらいには人気店は超満員、という感じのようだ。

 それから、ヴィクトリア・ピークという山に上って、カクテルを飲みつつ、香港の夜景を。



 残念ながら曇っていたので条件もあまりよくなかったのだけれど、それでも「100万ドルの夜景」と讃えられる香港の夜景はなかなかのものだった。それにしても、こうして山の上からみると、稲佐山から観た長崎の夜景とすごくだぶって見える。初日からすでに、望郷の念に駆られているのだろうか。



↑ブルース・リーの像。今でも堂々の一番人気でした。


 帰りは、ヴィクトリア・ハーバー付近を散歩したのだが、このあたりは、ちょうど地元の人たちの散歩&デートスポットにもなっているようだ。香港映画のスターたちのモニュメントも並んでいる。川越しに見える色とりどりのネオンが、とても綺麗。僕にとっては、山の上から観る夜景よりも、こうして地面から湾を挟んで見上げる夜景のほうが素晴らしく思えた。「Panasonic」とか「HITACHI」を見つけると、何だか急に愛国心に目覚めて「香港でもガンバレ、日本企業!」とか、つい応援してしまう。



 22時にホテルに戻ってきたとたんに壮絶な眠気に襲われ、そのままバッタリと就寝。


香港旅行記(2)(9月16日)に続きます。