「ひめごと雑文祭」参加作品〜Rebirth

 「今日はいい天気でよかったわね」元夫のほうをチラリと一瞥し、私はそんなありきたりな世間話で口火を切った。

 私たちの眼前には、一点の曇りも無い青空の下、幸せそうにライスシャワーをを浴びる娘の姿。
 これまで、母ひとり、子ひとりでよくやってきた。
 心の内では、自分にそう言っていた。

 思えば、私のこれまでの人生には、ほとんど楽しいことなんてなかった。
 学生時代は、可愛い娘だねと周りには言われていたし、自分でもなんとなくそんな気はしていた。
 でも、男の子から告白されることなんてなかったし、勉強だって他人に誇れるほどできたわけじゃない。
不良になれるほど、子供じみていたわけでもないし。
 鏡を見ては、変わらない自分に毎朝憂鬱になっていた。
「わたし、こんなに可愛いのに」

 それでも高校時代くらいから自分を魅せる術も覚えたし、人並みに恋もした。
 就職で上京してからは、それなりの会社で、ずっと単調な事務の仕事をしていた。
 所詮、幸福な結婚までの腰掛けだとしか思っていなかったけれど。

 結婚したのは、25のとき。
 相手の男は、取引先の遊び人という感じの2つ年上のオトコだった。
 ちょっとカッコよかったけれど、周囲の評判は最悪だった。
「今にオレは、大きな仕事をしてやるんだ、オレの実力は、こんなもんじゃない!」というのが口癖。
そのわりには何の努力もしないで、ずっと日中夢に耽溺しているような、ツマラナイオトコ。それが夫の正体だった。

 結婚して一年もしないうちに、外に女をつくったみたいで、しだいに家にお金を入れてくれなくなったし、手をあげられたこともあった。
 あまりに典型的で、むしろ平凡すぎるほどの伴侶選びの失敗。

 今から思い返してみると、私は、夫のことが、ものすごく好きだった、わけじゃない。
 ただ、限りなく地味でつまらなく感じていた私の人生、伴侶くらいは少しくらい派手な人でもいいかなあ、
と思っていただけのような気もする。

 そんな生活が続いたある日、鏡を見ると、生活に疲れ、肌も荒れ放題のひとりのオバサンが鏡の中にいた。
 私がはじめて決心したのは、そのオバサンに会ったときだ。
「きっと私は生まれ変わってやる!」って。
 
 その一週間は、私にとって苦痛だと予想していた。
 名目上は夫とはいえ、お互いに愛のないオトコとベッドを共にする、なんて。
 でも、不思議なものだ。
 自分が娼婦になったつもりで、手練手管を尽くして嫌がる夫を誘い、
わざとらしいくらい大声で喘いでみると、愛のない性行為も意外と悪くない。
 むしろ、どこが気持ちいいか、なんて面白いゲームをやっているみたいで。
 最初の予定の一週間をもうちょっと延ばそうかな、って思ったくらい。

 3ヵ月後、私のお腹の中に、新しい命が芽生えた。
 そのことが判明した日の夜、私は、はじめて夫に言ったのだ。

 「子供のためにも、別れましょう」って。

 あのつまらないオトコは、意外そうな顔をしてみせた。
「何故だ!ついこの間までお前は、あんなに俺を求めていたのに」って。
 でも、「慰謝料も養育費も要らない、子供は私が育てる。
子供には、会いたいなら3ヶ月に1回は会わせる」と私が条件を出したら、アッサリ折れてしまった。
 このへんが潮時、って感じていたのかもね。
 あの一週間のことも、蝋燭の最後の輝き、なんて思っていたのかな。
 まあ、父親のいない子供じゃ、かわいそうだとか、ちょっと言っていたけれど。
 そんなこと私は百も承知だったから、ガマンしていたのにね。

 月が満ち、娘が産まれた。
 私によく似て、かわいらしくて聡明で、無垢な娘。
 それからの私は、ただひたすら働いて、その収入のほとんどすべてを娘の教育のために遣った。
お稽古事は、お茶、お花、日本舞踊とすべて一流の先生について学ばせたし、
お作法もお勉強もスポーツも完璧にこなせるようにさせた。
 のみこみの良い、利口な娘だった。やっぱり筋が良かったみたい。
 反抗期には衝突することもあったけど、私と娘はいつも最後には仲直りできた。
 私たちは、一心同体だったから。
 あのオトコを「お父さん」と呼ぶときだけは、ちょっと心が痛んだけれど。

 超一流のお嬢様学校を卒業し、しっかり花嫁修業をさせたあと、私は娘に見合いをさせた。
 その男性は、若手の弁護士で、私が選んだ中でも、容姿・性格ともに極上の男だった。
 この男なら、大丈夫。
 娘の好みで、しかも娘にふさわしい男だと私は確信していた。


 純白のウェディングドレスを纏った、美しい娘を眩しそうに見つめる私の横で、
もうすっかり白髪になった元夫は、涙で顔をくしゃくしゃにしている。

「オレたちの娘をこんなに立派に育ててくれて、ありがとう…」


「本当は、私だけの娘、なんだけどね…」
夫に聴こえないように、私は呟き、目頭にハンカチをあてた。
 私はついに、理想の人生を手に入れたのだ。

 おめでとう、もうひとりの私。

 25年間育ててきた、私と全く同じ遺伝子を持つ、私のクローン。



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