「がん難民」のゆくえ
参考リンク:がん難民、推計68万人、民間研究機関が調査(東京新聞)
最近よく耳にするようになった、この「がん難民」という言葉、明確な定義があるわけではないのですが、この研究では「医師の治療説明に不満足、または納得できる治療方針を選択できなかった患者」と定義されているそうです。【納得できる治療を求めて悩んでいる「がん難民」はがん患者の53%で、全国で推計約68万人に上る】のだとか。ほぼ5割のがん患者さんが、「がん難民」に含まれているという事実は、臨床に従事する医療者としては、正直、ちょっと厳しいなあ、とも感じるのです。
↑では、あの大ベストセラー『東京タワー』でのリリー・フランキーさんの医師に対する気持ちや言動について僕が感じたことを書いているのですが、たぶん、多くの「がん難民」の患者さんというのは、こんなふうに医療者に対して「不満足」なのだろうなあ、と思いながら、僕はあの本を読んでいました。
結局のところ、医者の説明に「納得できる」「納得できない」ということよりも、「その病気が治せるのかどうか」ということのほうが、患者さんにとっては重要な問題であることがほとんどなのです。風邪で医者にかかっても、「かぜ難民」になる人はほとんどいませんし、「これはガンではなくて、良性のポリープですね」と説明した患者さんが「本当はガンじゃないのか?」とセカンドオピニオンを求めて他の病院を受診したという話は聞いたことがありません(実際には僕が知らないだけなのかもしれませんが)。
ただ、僕も医療者である前にひとりの人間なので、そんなふうに「藁をも掴みたくなる」という患者さんの気持ちもよくわかるのです。僕の父親は医者でしたが、母親の治療のために、アガリクスを使ったりしていましたしね。純粋に医療者の立場としては「医学的な根拠に乏しい民間療法を患者さんに勧めることはできない」のですが、自分の身内のこととなれば、根拠はなくても、「なんとか少しでもよくならないものか……」と願っている気持ちは、痛いほど伝わってきました。ただ、そういうガン患者さんは、タチの悪い民間療法などの標的にされやすいので、医療者としては、ある程度「歯止め」をかけなければならないのも事実なのです。「とにかく少しでも良くなる可能性があるのなら、それに賭けたい」と、医学的には効果が乏しく、副作用ばかりになりそうな抗がん剤の治療を求められたときなどには、やはり、すごく迷ってしまうのです。「やってよかった!」という話はしばしば美談として紹介されますが、「あんなに苦しむんなら、やらないほうがよかったんじゃないか……」という多くの人の後悔は、ほとんど人の目には触れないのです。
健康食品や民間療法の広告には、「こんな治療で治った!」という経験談が書かれていますが、「これではやはり治らなかった」という人の声は、まったく取り上げられていないわけですし。
僕は基本的に、患者さんがセカンドオピニオンを求めるのは当然の権利だと思いますし、こういう「がん難民」と呼ばれるような患者さんは、とことん納得がいくまでいろいろな医療機関を受診してもらったほうが良いようにも思います。【受診した医療機関数は、最も多かった患者で19カ所。がん難民の平均は3・02カ所、それ以外のがん患者は1・95カ所だった。】という数字を見ると、「病院3カ所」だったら、「自分の家の近くの開業医の先生+地元の総合病院+専門治療のための地域の高次病院」で、別に「難民」じゃなくても、そのくらいの数の病院にかかることは、不自然でもなんでもありません。あるいは、1カ所に「セカンドオピニオン」を求めるだけでも、すぐ3カ所くらいにはなるでしょう。「難民」になってしまう患者さんは、やはり、それ以外の患者さんより重症であったり、ガンが進行している場合が多いでしょうし。それに、僕の印象では、インターネットで病気のことを調べる患者さんというのは、いろいろな意味で「問題意識」が高い人なのかもしれません。その一方で、「ネットにはこう書いてあった!」ということで、かなりいいかげんな情報を持って受診される患者さんもいらっしゃるんですよね。ネットで匿名で書いている情報と目の前で顔と名前を晒して診療している医者の話を比べて、前者のほうが信頼できるというのは、「がんである」と告知されたという特殊な精神状態でなければ、まずありえないことだと思うのですけど。
18カ所もの病院を巡っても「満足できない」というのは、18カ所もの病院がすべて「正しい治療方針を提示できていない」というふうに思われてしまったのだろうか?と疑問にもなるのです。さすがに、5カ所くらいで同じ診断であれば、それをある程度の「いまの医学の限界」として受け入れてもらうしかないような気もします。治療をするのであればどこかの病院を選ぶしかないし、治療が遅れれば遅れるほど、病気は進行していく可能性が高いのですから。でも、こうやって「自分の納得できる治療をしてくれる病院を探す」ことそのものが生き甲斐なのだとしたら、それを全否定するわけにもいきませんよね……
僕の実感としては、今の日本の医療のレベルでは、よほど珍しい疾患や特殊な病態でないかぎり、がん患者さんに対する治療法の「選択肢」というのは、専門の施設・専門医であれば、ほとんど地域や医者による差はありません。そもそも、特殊な状況であれば、ほとんどの医者は、それに応じた施設に紹介していますし。医療側の立場になって考えていただければわかると思うのですが、自分の患者さんに対して「思いつきでいいかげんな治療法を提示する」ということには、何のメリットもないのです。治るものなら治したいに決まっています。
たぶん、この定義では、この世に「がん」があるかぎり、「がん難民」がいなくなることはないでしょう。もし自分が「がん難民」になる可能性を少しでも減らしたいのであれば、定期的に健診を受けたり、体調が悪いときには早目に病院を受診することをオススメしておきます。「末期がんを治してくれない医者を責めたてる」より「早期発見、早期治療を心がける」ほうが、お互いにとって、よっぽど建設的な選択なのですから。