そこは雪国。

 そして二月とくれば一面に広がる銀世界。

 さすが雪国と言えるような分厚い雪の層に埋まっているそこは――

 ――墓地だった。










雪に埋もれたその場所で















 そんな雪深い、普通なら誰もいないようなその墓地に一人の男がいた。

 彼の名は相沢祐一。

 毎年、この時期になると必ず彼はここを訪れていた。しかし、彼は普段から極度の寒がりだと自称してはばからない。そんな彼が明らかに氷点下であろう場所にいるのには一つの理由があった。それは彼にとっても大切な人がそこに眠っているからに他ならない。だからこそ、彼は毎年ここを訪れているのだ。

 ザクザクザクと彼が雪に埋まっている道を踏みしめて約十分、ようやく目的地にたどり着いたらしく立ち止まってそこにあった雪の山を崩し始める。そして手袋をしていたにもかかわらず、手が悴んできた頃にようやく雪をかき出し終わった。そこから出てきたのは何の変哲もない墓石。只、正面には美坂家、とだけ刻印されていた。

 彼はそれを見て一瞬目を伏せるが、気を取り直すかのようにそこまで運んできた水を柄杓で汲み、かけた。そんな事をしながら彼はふと思う。毎年の事ではあるがこの時期に水をかけるのは如何な物だろうか、と。しばしその考えに耽るものの、いつも来ている美坂家の長女が特に何も言っていなかったことに思い当たったので、まぁいいか、とその考えに決着をつけた。とはいえ水をかけっ放しにしていくのは彼が昔住んでいた場所ならまだしもこの雪国ではあまりにも無責任である。少なくとも墓石に氷を貼り付けるという行為は故人を冒涜していると言えるだろう。いつものように彼は墓石にかけた水をもってきたタオルで拭き始めた。

 墓石を拭き終わる頃にはそこに来てもう二十分ほど経っていた。どうやら先ほどの思案と墓石を拭くという行為に時間を掛けすぎてしまったらしい。彼はこの後に訪れる場所に予定より少し遅れそうだったことに少し眉をひそめた。訪れる場所というのは美坂家なのだがそこの長女が悪い。彼女は今でも八年前の出会った頃と彼がまったく変わっていないと思っている節があった。時間に遅れるとまるで出来の悪い息子を見るような瞳で彼を見つめてくるのだ。もう二十歳を過ぎた成人としてその視線はあまり、いや、まったく嬉しくないものであった。早く行かないとな、と思い、それまでの考えをすべて吐き出すように白い息を吐いた彼はその場にしゃがみ込み、墓前に向き、手をあわせ冥福を祈った。

「あら、相沢君じゃない」

 そんな彼に一人の女性の声が耳に入った。閉じていた目を開け、声がした方向を向くとそこには美坂家の長女、つまりは美坂香里が立っていた。

「おう、香里じゃないか。どうした、こんな所で?」

 声をかけてきたのが知り合いだとわかると彼は普段どうりに気さくに声をかけた。

 その質問に少々呆れたような顔をしたものの、彼女は質問に答える。

「あのねぇ、お墓参りに来たに決まってるでしょ」

 なんとなく言外に馬鹿と言われたような気がしたので彼は反論する。

「そうじゃなくて、今頃来たのは何でだって意味だよ」

「あら、今日来るのは当然でしょ?」

「そうじゃな………あぁ、そうだな」

 なおも反論しようとした彼だったが、彼女の顔に浮かぶ悪戯っ子のような笑顔に気付き話を終わらせた。自慢ではないが彼はこのような顔をした時の彼女に口で勝ったことは出会ってからこれまで一度もなかったのだ。笑顔を浮かべたまま、雪を踏みしめて近づいてくる彼女は彼が墓前を空けるように一歩退いた場所で止まったかと思うとそのまま墓に向き、手を合わせた。

「七年、か……」

 ぽつりと彼女が呟いた。その言葉がまるで誘ったかのように彼は過去に思いをはせる。

「もう七年になるんだな……」

「ええ……まさか死ぬなんて思っていなかったわ」

「あの時は家族四人で美坂家は幸せいっぱいって感じだったからな」

「まぁ、否定はしないけど……あなたも含めて五人、じゃなかった?」

「俺は家族じゃないだろ?」

「家族のようなものよ……昔も今もね」

 そこで話が途切れた。少しの沈黙。その間、彼女は墓を、彼は空を見つめていた。

 それから少しの時が経ち、沈黙を破るかのようにふぅ、と息を吐いたかと思うと彼女は立ち上がって彼に向いた。

「暗くなっちゃったわね……この話は止めにしない?」

「ん、そうだな」

 彼が同意するとん、とだけ言い彼女は今来た道を戻っていく。彼もまたそれに続いた。

「そうだ、相沢君」

 何かを思い出したかのように歩きながら彼女は後ろに居る彼に向けて声を発した。彼はなんだ? と思いながら続きを待つ。

「そういえばこのあと七回忌があるんだけど……出る?」

「……さっきは家族同然だって言っていながら七回忌は出るなと言うのか」

 じと目で前に歩く背中を見つめながら彼は言った。

「あら、相沢君は堅苦しいのは嫌いでしょ? だから言ってあげたのに」

 彼女も彼の言葉に含まれるものに気付いているだろうに茶化すようにそれを言った。それを聞いた彼は、またからかわれてるのか、と内心溜息をつきながら思った。

「行くに決まってるだろ。家族になるかもしれなかったんだから」

「というか、なる筈だったのよね。で」

 そこまで言って彼女は向き直り、にまぁと笑う。

「結婚式はまだなのかしら? 祐一♪」

 一瞬、苦々しく笑ったかと思うと彼はそのまま彼女の横を通り過ぎた。

「あらあら♪ 柄にもなく照れてるの?」

 彼女は彼の腕に引っ付くように歩きながら尚も喋る。

 彼ははぁっと一つ溜息をつき、止まる。その横で彼女は「ん?」と笑いながら首をかしげた。そしてそんな彼女を見たかと思うと彼は言った。

「そうだな……照れてるかもな。お義姉様・・・・

「え?」

 その言葉で彼女は止まり、それを放って彼はまた歩き出す。彼と彼女の距離が5mほど離れた頃にやっと彼女も動き出した。

「そ、それは言わないでって言ってたでしょ!」

「散々からかったんだ。それぐらい覚悟しろ」

 立場が逆転したようで今度は彼がにやっと笑いながら言った。

「大学でもそう呼ばれたりして苦労したんだから!」

「そうだな。お姉様って呼ばれた所為で男もなかなか寄ってこなかったし」

「だから呼ばないでって言ってるでしょ!」

「ははは。いいじゃないか、そう呼んでも。実際そうなるんだし」

「えっ! ……じゃあ決心したの?」

 彼の言葉で驚いたらしく香里は先ほどまでの怒りはどこへやら興味津々に聞いてきた。

「これからもよろしくな。お義姉様・・・・

「また! 何度言ったら分かるのよ! この馬鹿!」

「ははは! ほら、さっさと行くぞ!」

 そう笑いながら言って彼は駆け出した。

「あっ! 待ちなさいよ!」

 そして、それを追うように彼女もまた走り出していった。



























終わり(仮)
後書き

はい、風鳴飛鳥です。

今回は……一応、香里SSみたいです。

まぁ、祐一と結ばれるのは香里じゃなくて栞なんですが。

……それにしても前半と後半で地の文の量があまりにも違いすぎます。駄目駄目です。

ちなみに香里の『私』は仕様ですよ?

ついでに言うと、続きを書こうとしたんですが何がどうなったのか18禁に走りそうなのでここで切りました。

……書いてないですよ? 残ってもいないですよ?

それでは、また。



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