誰も知らない話 第9話


てんやわんやな暴走騒ぎの後、とヴィンセントとクラウドは
エッジへ向かうこととなった。
とは言うものの、乗り物はクラウドの乗ってきたバイクしかなかったので
クラウドが電話をかけてティファを呼び寄せ、軽トラックを運転してきてもらった。
やってきたティファはボロボロになったとヴィンセントを見てひどく動揺したが
とりあえずが生きているのに安心し、初めて会うとはすぐに仲良くなった。
なかなかの適応力である。

そうして久々に再会したはティファのトラックに乗せてもらい、
クラウドのバイクにはの代わりにヴィンセントが乗ることになった。
とヴィンセントは怪我を負っていたが、幸か不幸か2人とも肉体を改造された
の場合は自ら改造してしまった)身の上だったから
あまり大きな損害にはなっていない。
特にの場合は既に再生が始まり、傷口が塞がりつつある状態だった。
この後更に時間の経過を待てば大丈夫だろう。

「何だか懐かしいな、」

トラックの窓から見える荒野を眺めながらが言った。

「長いことエッジに帰ってないもん。」
「せやなぁ。アンタをヴィンセントさんに預けてもうどれくらい経ったやろ。」

も頷く。

「半年は経ってるよ。いちいち数えてないけど。」
「もうそないなるか。時間経つのは早いなぁ。」

そうやってしみじみ言うの外見は若い娘なものだから
は思わずクスクス笑う。
外と中が違うと随分おかしみが生まれるものだ。

「ヴィンセントさんはどうやった。」

猶も笑うを訝しげに見ながらが尋ねた。

「うん、いい奴だよ。携帯の操作下手だしノリ悪いけどさ。」

は言って後ろを振り返る。
クラウドの運転するバイクにヴィンセントが乗っているのが窓から見えた。

「優しいよね、あいつ。」
「そら良かった。」

は満足そうに呟いた。
ヴィンセントならに良くしてくれるだろうと見越しての選択だったが、
改めてそれが当たったことが嬉しいのである。

「あの人は元々熱血系やったらしいしな。」
「嘘だ。」
「そのうち、本人に聞いてみ。耳まで真っ赤になりそうやけどな。」
「マントばさってやって逃げていきそうだよ。」

2人はここでハハハと笑い合った。

「そういや、研究所に花屋作っちゃったんだって。」
「うん、だってせっかくやもん。」
らしいや。帰ったら手伝うね。」
「そうして。やることようけあるからな。」

は微笑んで目をつぶった。
そのまま何も言わないのではどうしたのだろうと顔を覗きこむ。

「ありゃ。」

は声を上げた。

「ティファ、見て。ったら寝ちゃった。」
「疲れてるんだよ、色々あったもの。さんって何でも頑張っちゃうから。」
「そうなんだよね。」

の寝顔を見て、は微笑んだ。
賞金稼ぎをしてた頃から何度かラッキーなことはあったけど
人生最大のラッキーは間違いなくに会ったことだと思う。

「ねぇ、貴方も店に着くまで休んでたら。」

ティファが運転しながら言った。

「眠くなるようならね。」

は答えて再び窓の外の景色を眺めた。



ヒーリンロッジににて、が暴走したがすぐ収束したという知らせは
ルーファウスの耳にも届いていた。

「思わぬ事態が起きたな。」

ローブを被りなおしながらルーファウスは呟いた。

「まさか、あれの暴走を止めるとは。プロフェッサー・
 つくづく面白いことをしてくれる。」
「いかがなさいますか。」

社長の側にたたずんでいた男が尋ねる。

「ジェノバ・コピーの抹消は保留にする。当面はプロフェッサー・
 管理に任せよう。ただ、今後また問題が起きるようなら即座に抹消にかかる。
 準備は常に怠るな。」
「承知しました。」
「ほっとしたようだな、ツォン。」
「いえ。」

ツォンと呼ばれた男は短く答えた。

「私はあくまで与えられた命令に従うまでです。」
「まぁそういうことにしておこうか。」

ルーファウスの口調はからかっている感がある。

「1つ、わからないことがあります。」

社長の口調に気がつかなかった振りをしてツォンが呟いた。

「プロフェッサー・は何故あそこまで強いのでしょうか。」
「さてな、」

ルーファウスは言った。

「余程自分に正直なんだろう。」

言って、彼はローブの下で密かに微笑を浮かべた。

それはが見たら『食えへん奴め。』と確実に吐き捨てそうなものだったけれど。



「私は、あの施設に入れられた時からずっと思てたんや。」

はハーブティーを入れながら言った。

「いつかここをぶっ潰さなアカンって。でないと、とんでもないことが起きてまうって。」

静かに語るの話を、ヴィンセント、クラウド、ティファの4人は
ハーブティーが入れられる間、テーブルについて黙って聴いていた。

ここはエッジの街外れにあるの店だ。帰路についていた一行は無事に
辿り着いたのである。

辿り着いたはいいが、何かと大変だった。とヴィンセントは負傷、
も暴走の影響で体にひどい疲労が溜まっている状態だったので
トラックから降りてからは歩くのがおぼつかず、ティファに手伝ってもらいながら
店に入らねばならなかった。

店に戻ってがまず早速やったことは暴走で体に負担がかかった
怪我をしたヴィンセントを2階のベッドに寝かせ、
2人に彼女特製の薬―勿論植物由来―を調合してやることだった。
には疲労回復を促すもの、ヴィンセントには傷の回復を促すものを。
自身も負傷している身なのだからいちいち世話を焼くな、と
ヴィンセントには言われたがは例によって先輩の話を無視した。
自分はほとんど傷が治っている、だから大丈夫だと主張したのだ。
実際その通りでヴィンセントよりもずっと早くの体に開いていた穴は
塞がってしまって、言われなければ穴が開いていたことなど
わからないくらいになっていた。

クラウドとティファは自分達も疲れているだろうに随分と手伝ってくれた。
クラウドはヴィンセントを2階に上げてくれたし、
ティファはを運ぶのみならずが薬を調合するのに
必要な材料を指示に従って室内薬草園から採取してきたりしてくれた。
ついでに働き者の彼女はがいなかった為に
朝の掃除が出来なかった店の床も綺麗にしてくれたのだ。
クラウドはヴィンセントを運んだ後、店の外に植えている植物達に
水をやるのを買って出てくれた。
ただし、食虫植物が植わっている周辺だけは絶対にやらない、と主張したが。
にとっては大変にありがたい話だった。
その間に彼女は薬を調合し、とヴィンセントに飲ませて
は苦いと文句を言ったが―ヴィンセントの傷口には
念の為包帯を巻いてやり、を寝巻きに着替えさせて、と
怪我人の世話に専念することが出来た。

そうしてバタバタがとりあえず収まってから、は皆を居間に呼んで
お茶を振舞うことにした。
皆とは言ってもとヴィンセントは寝かせておくつもりだったのだが
が1人でほっとかれるのは嫌だ、とヨロヨロしながら降りてきてしまったし、
ヴィンセントはヴィンセントでが勝手に部屋を出たのを心配して
包帯だらけのままついてきた。
結局4人が勢ぞろいしてしまった格好だ。
そういう訳では自分のを含めて5人分のハーブティーを入れながら、
『退屈しのぎに』と自分の昔話を始めたのである。

「私が神羅製作所に入ったんは、23年前の話や。」

耐熱ガラスのティーポットに湯を注ぎながらは始めた。

「丁度24になったかならんかくらいやったな、植物の研究を続けたくてな、
 どっかええとこはないかと探してたトコやった。
 せやけどなかなか思う所がのうて、一か八かで行ってみたんが神羅やった。」

言っては少しずつ緑色に色づいていくティーポットの湯の様子を覗き込む。

「おもろいことに、私が痩せている土地でも繁殖する植物の研究を
 してるって言うたらあの時社長やったプレジデント神羅のおっさんは
 えらい興味を示してな、何を思たか即刻私を科学部門に採用してくれたわ。
 事業分野に加えたらうまいこと儲けられるかもとか思たんかな。
 とりあえず私は神羅製作所に入ることになったわ。
 で、配属されたんがその時極秘で新しく作られたばっかりの研究施設やった。」

ここではハーブティーをカップに注ぎながらあまり良くないことを
思い出したかのように眉根を寄せた。

「その当時はそこが極秘で作られたようなけったいな場所とは
 知らんかったんやけど、連れてこられた瞬間変な気分になった。
 そこは地下に作られとってな、まぁ機械だらけやったわ。
 この辺はヴィンセントさんはよう知ってると思うけど。
 ともかくそれだけやったらまだ普通やったんやけど、
 何かおる人間の大半が妙な感じやったわ。
 何か大事なもんをどっかにおいてきたような、そんな感じやった。」

ハーブティーが耐熱ガラスのカップに注がれていく。
一同は一言も突っ込むことなく、の話に耳を傾けていた。

「もしかして来るとこ間違えたかな、ってちょっと(おも)た。
 せやけどまだ確信は得られへんかったからしばらくは
 与えてられた専用の植物研究室で研究に没頭してたわ。
 設備良かったから色んな植物を作れたしな。
 あ、ちなみに今入れてるハーブティーな、そん時私が開発した
 あんまし水やらんでも育つ特製ハーブ使(つこ)てんねんけど。」

は5人分のハーブティーを入れ終わると、うち4人分を皆にまくばった。
一同は香りを楽しみながらそっと口をつける。
も自分のカップを取り上げると、一口すすった。
まさかこうやって他人に自分の昔の話をする日が来るとは思わなかった。
レノにすら、まとも全て話したことがあったかどうか。
だが、今回のようなことがあった以上、最早黙っているのは良くない。
関係者には知る権利がある。

「そんなこんなで、」

は話を続けた。

「植物の研究を続けてたんやけど、いきなし辞令が来た。異動が決まったんや。
 今度は生体研究をやってる部署や、この辺はアンタらもよう知ってると思うわ。
 まぁ早い話が、普通に人体実験もやってるようなトコってことやな。
 いつの間に調べたんか知らんけど、私が一時期生物系の
 研究もしてたことがバレてな、かなり強引な異動やったわ。」

言うの口調に思い出しただけでも腹が立つといった感情が
含まれていたことは多分4人とも気がついているだろう。

「その時は人体実験までしてるとは知らんかったけど嫌な予感がしてたから
 嫌やって言うたんやけどな、却下されたわ。
 来たばっかりの新人研究者の立場じゃどないしょうもなかったし、
 そん時は諦めた。そこにおる間中はホンマに地獄やったわ。
 ジェノバプロジェクトのこととかソルジャーのこととか、色々知らんと
 アカン羽目になったからな。
 そんで、自分もその辺に加担せざるを得んかったことが一番嫌やった。
 私のせいで一体何人犠牲になったんやら、考えとないわ。」

カップを持つ手が震える。それは恐ろしい記憶だった。
強制的に連れてこられ眠らされた人々、そんな彼らに注射器で
得体の知れない何かを入れる時の感触、
拒絶反応を起こして悶え苦しみ意識を失くす寸前にへと向けられるあの視線、
『何故こんなことを』と訴えるその目を忘れたことは一度たりともない。

仕事が終わってから何度部屋に逃げ帰り、涙しながら震えていたことだろうか。

に転機が訪れたのは、そんな風に疑問を抱きながらも
実験に手を貸し続けていた時のことだった。

「実験の為に引っ張ってこられた男の人がおってな、」

はハーブティーをもう一口すすった。

「まぁそれはいつものことでな、実験担当は例によって私やったわ。
 もうええ加減限界に来とったんやけど、その頃既に実験投げ出したら投げ出したで
 自分の命が危ない状況でもあったもんやから結局やってもた。」

言いながらは泣きそうになったが、何とか堪えた。
この歳になってもあれを思い出すのはかなりきついものがある。

「普通やったら被験体にされた方には散々責められるんやけどな、当たり前やけど。
 せやけどその人は変わっとってな。」

『やるならやるといい。』

手が震えているにその青年は静かに言った。
騒ぐことなく、淡々と悟りきったような口調だった。

『そうしないとアンタが困るだろ。俺のことなら気にするな、親兄弟もいないし
 別に所帯持ちでも女がいる訳でもない。
 いなくなったところで困る奴はいないさ。』
『せやけど…』
『構わないさ、アンタは他の連中とは違うみたいだ。
早くしなよ、他のスタッフに 見つかってしまう。』

そうして彼は穏やかに微笑むものだから、はもうたまらなくなった。

『よせっ、何をするつもりだ。』

青年が声を上げる。はその制止の声を聞かずに注射を自らの腕に突き刺した。
細い針を通して、異物が体の中に入っていくのを感じる。

『馬鹿な、何てことを。』
『逃げてください、せめて貴方だけでも。』

は言った。

『アンタはどうするんだ。』
『なるようになるんちゃいます。ええから、行って。
 そこに避難用の隠し通路があるから。』

「それで私はその人を隠し通路に入れて逃がした。その後どないなったんかは
 わからへん。無事やとええんやけどな。それから私はもうアカンって思った。
 これ以上こんな実験が続くんは我慢出来へん。止めようって思った。」

一同は、ティーカップをほとんど空にしての話に聞き入っていた。
は新しい茶を入れにかかる。

「大丈夫だったのか。」

カップの底にちょっとだけ残った茶を飲み干してクラウドが尋ねた。

「実験体を勝手に逃がしたりして。」
「あの時は何もお咎めなかったなぁ。上がわざと見逃してたんかもやけど。」

はクスクスと笑うとクラウドのカップに新しい茶を入れ、
残りの3人にもおかわり如何、と尋ねる。

勿論、上層部がわざと見逃してたなんてことは有り得ない。
あの時とっくに限界を超えていたは事前にこっそり施設内の
監視システムに侵入、実験室内の監視映像を偽物とすり替えていたのだ。
被験者に注入するはずだったものを自分に入れた様子も
最初から被験者なぞおらず自分1人がやったことのように見せかけて、
更には被験者が通るルートの監視映像も弄くった。
システム侵入の痕跡を残さないことには自信があったから、
本当にあの時は誰にも気づかれなかったのだろうと思う。
バレたら殺される恐れがあった。死にたくはない、だから賭けに出た。
あの時被験者に注入しようとしたものは彼女自身が開発した
不老不死の試験薬だ。
投与するのは大博打、うまく行くか拒絶反応を起こして
もだえ苦しむ羽目になるか二つに一つだった。
だがは大博打に勝ち、簡単には老化せず傷を異常な速さで
再生する体と大口径銃も片手で扱えるほどの怪力を手に入れた。

「笑えることにな、そんな自分勝手でやったことがきっかけで私は
 プロフェッサーとか何とか言われるようになった。
 開発したものの効果を自身が実験台になることで
 証明しようとして成功したからやて。ホンマ、阿呆らしい。」

丁度のカップに新しい茶を注いでやってから
はポットをテーブルにおいて椅子に座った。少し疲れてきたようだ。
長々と昔話をするのは病み上がりですらない体にはやや応える。

「それからどないしたんやったかな、ああ、そうそう。
 まぁ何年かは大人しくしとったわ。そら影では現状打破を
 企んどったけどそううまくはいかんからな、情報をこっそり
 集めつつ隙を狙う生活やった。体はとっくに年を忘れてしもてたから、
 来る新人皆にどないしたんやって聞かれて大変やったっけ。
 何とか我慢してたつもりやったけど、やっぱりアカンかったな。
 あの1件から5年くらい経った頃に、人体実験に関する
 神羅の極秘情報を盗んで 世間に公表しようとデータベースに侵入してん。
 よっぽど焦ってたんやろな、私としたことが足跡ちゃんと消せてなくて、
 一発でバレてもた。」
「それで、どうなったの。」

おずおずとティファが聞いた。
彼女はさっきから静かにハーブティーをすすりながら
の話を聞いていたが淡々とした口調と
あまりに正反対の内容にさすがに動揺している様子だ。

「ああ、身柄拘束された挙句、
 プレジデントのおっさんから即刻殺し屋が差し向けられたで。」

ティファは思わず口を塞ぐ。
対するの口調は淡々を通り越して
寧ろふざけているようにも思える。
実際のところ、がふざけてなどいないのはわかりきった話だけれど。

「大方重役会議で危険人物扱いが決定して、
 口封じする方向になったんやろな。
 人が寝てる時に首と体が分離しそうになるし、
 食事には毒が盛られるし、こっそり始末するのが
 無理ってわかったら白昼堂々殴りかかってこられるし、
 まぁ、騒々しいのなんのって。」

ここでクラウドがアンタ頭おかしいんじゃないのか、と
呟いたがまずに睨まれ、ティファとヴィンセントにも
視線を投げかけられて押し黙った。

「で、結局私が簡単に死なへんことを悟って
 プレジデントのおっさんは私をあの施設の
 植物研究区画に閉じ込めた。誰がやったんか知らんけど
 うまいことやられたでぇ、使(つこ)てた端末で区画内の
 電子ロックを弄ろうとしても全然システムに入られへんねんもん。
 そのまま後は10何年も閉じ込められっぱなし。
 後のことはまぁ、皆が知ってのとおりやな。」

全部話し終えては自分のカップの中身を飲み干した。
ハーブティーがすっかり冷めてしまっている。

一連の話を聞き終えた一同は何か物思いに耽っているように
黙ったままカップを見つめている。
あまりの沈黙振りには焦った。話し方がふざけすぎていただろうか、
あまり深刻ぶるのも柄ではないのでなるべく大袈裟に
ならないようにと努めたのだが。

実際のところ、の話を聞いていた一同は考えていた。

クラウドはみたいな体験をしたら自分だったら
現実逃避していただろう、と思っていた。
したくないのに人体実験をさせられて、
その度に人の恨みを買い、毎日のように罪の意識に苦しむ。
多分、いや、絶対に耐えられない。
はどうして耐えることが出来たのだろう。

ティファはの話に驚きはしたものの、
彼女をもっと好きになれそうだと思っていた。
元々のことは好きだ、が、今までの彼女は自分のことを
一言も話さなかったので得体の知れないところが多かった。
外面はともかく内心では自分達のことを
あまり信じてくれていないのか、とよく思ったものだ。
でも、今日彼女は全てを話してくれた。

信じてくれてるんだ、と嬉しかった。

ヴィンセントはを誇らしく思っていた。
部署も勤務地も違っていたのでこの後輩と
直接会ったことなど数える程しかない。
初めて姿を見たあの時など、ただ不安がっているだけの
子供にしか見えなかった。
だが、自分の知らない間に彼女は闘っていたのだ、
痛みと罪の意識にさいなまれながらも。
ヴィンセント自身は体を改造されてからは長い眠りにつくばかりだったが、
は10数年もの間、幽閉されて眠りにつくことすら許されなかった。
それがどれだけ(むご)いことか…。
よくぞ生きる意志を失わなかったものだ。

そして、は改めて確信していた。やっぱりは凄いんだと。
が自身も嫌がる他人に人体実験を施していたことは
確かに彼女に衝撃を与えた。
が、今までを信じていた気持ちに揺らぎはない。
は自分が何をしているのかわかっていて、
それに伴う代償も甘んじて受けたのだ。
それは彼女が人として大事なものを最後まで捨てなかったから。

『ええからお前は黙って生きろっ。』

あの時のあのの言葉は本当に大事なものを捨ててしまった者には
決して口に出来ない。
大好きだ、やっぱりは自分の…。

。」

はおぼつかない足で椅子から立ち上がってに抱きついていた。

「ん。」
「あたしは、のことずっと信じてるからね。に昔何かあったって。」
。」

それはにとって思いもかけない言葉だった。
の前でこの話をすることは正直自身に実験を施した次に大きな博打だ。
ひょっとしたら幻滅されて信頼を失うかもしれない、チラと、そう思っていた。
だが現実は正反対だった。そう思った瞬間、の足の力が抜ける。
一同が動揺した。

っ。」

が声を上げる。

「大丈夫。」
「うん、ちょっと立ちくらみしただけやから。」
「馬鹿者が。」

ヴィンセントが呆れたように呟いた。

「戻ってきてからまともに休んでいないからだ。」
「そうだよ、さん。人の世話ばっかりで自分のことほったらかすの、
 悪い癖だよ。」
「レノが見てなくてよかったな。いたら大騒ぎだ。」

ティファやクラウドも口々に言う。はてへへ、と照れ笑いを漏らした。

本当は外に出ることが叶わなくなったあの時、
何度か死んでしまおうと思ったことがあった。
だが、その度死んでどうするんだ、と思い留まった。
自分のせいで生きたいのに叶わなかった連中がいる。
死ぬことより生きることの方が難しいのに、自分は何を考えているのだ。
どうせ簡単には死ねぬ体になったのなら、
せいぜい生きて何か良いことが起こるのを期待したって良いではないか。
そう思ったのは間違いではなかった。

自分を囲んで笑いながら色んな事を言っている連中を見て、
本当に死んでしまわないでよかったとは泣きそうになるくらい 強く感じたのだった。


次回、最終話。乞うご期待

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