誰も知らない話 第7話


に倒されたレノはかなりの時間が経ってから目を覚ました。
むくっと体を起こしてみればあちこちが痛い。
やはりと本気でやりあうのはきつかったようだ、そうでもしないと
何かとややこしいから仕方がないのだが。
それでも意識を取り戻した彼は上機嫌だった。

「へへへ、こりゃ役得だな、と。」

我知らずニヤニヤする。

『大好きやで。』

やたらニヤつく彼の脳内には意識が完全になくなる直前に
残していった言葉が蘇っている。
多分はレノが完全に気を失ったと思って言ったのだろう。
まともに意識がある時なら絶対に言うまい。
何故ならここ1年近く、のレノに対してやることには
まるっきり愛がなかった。
それでも彼が諦めなかったのはそれがの本意ではないことを
知っていたからだが、たまには素直になってほしいと思うのは人情として当然である。
要は事情が事情であるゆえにこんなことにはなってしまったが、
思わぬ幸運もあったという訳だ。

ちゃーん、俺も愛してるぞ、と。」

1人でほざいていた彼を引き戻したのは仕事の相棒の重たい足音だった。

「いつまで馬鹿なことをしている。」
「んだよルード、空気読めよ、と。」

レノはムッとした顔をするが、ルードはそれ以上に険しい顔をしていた。
おかげで只でさえ威圧感のある見た目が更に恐くなっている。

「プロフェッサーを逃がしたそうだな。」
「しょうがねぇだろ、ちゃん強いんだからよ。」
「どう責任を取るつもりだ。」

ルードはレノがどういうつもりだったのかわかっている模様だ。
呟くその口調は責めているというより相棒の身を案じているといった雰囲気だった。

「なるようになるだろ、と。」

レノは努めて軽い調子で言った。
十中八九、洒落にならないことになるだろう。
だがそんなことは始めからわかっていたことだ。

「社長が呼んでいる。」
「あいよ。」

ルードに言われてレノはよっこらしょ、と腰を上げた。
今頃はクラウドに乗っけられて自分の店に帰っていることだろう。
暇が出来たら絶対あそこに行こう、つーか寧ろ帰省だな。
あ、でもあの食虫植物は勘弁だぞ、と。
脳内で勝手に休暇の計画を立てるレノの顔は
とても面倒な呼び出しを食ってるようには見えなかった。



の瞳がおかしな輝きを放ち、口から激しい咆哮が漏れる。
その背中からは何かが生えてくる。
生えてきたそれはの長い銀髪―そう、は銀髪だった―を
割ってみるみる姿を現す。
それは翼のような形をしていた、が、羽毛に覆われたものではない。
もっと醜悪で禍々しい。あまりいい表現ではないが、
骨肉がそのまま翼をかたどっているとしか見えなかった。
言うまでもなくヴィンセントはのこの状態を危険だと判断していた。

ッ。」

何度も呼びかけるが、は恐ろしい変化を続けるだけである。
既に自分の意識を失っているのかもしれない。
とうとう盗賊の最後の1人が切り裂かれた。
だがの腕はもはや斬る対象を失ってもクレイモアを握ったまま暴れ続ける。
その間にも不気味な翼は成長を止めない。
ヴィンセントは即座にに駆け寄った。

「やめろ、。己を失うなっ。」

それでも声は届かない。刃は猶も狂気じみた舞いを舞い続ける。
下手に近づけば自分の首が落ちかねないだろう。
まずはクレイモアを何とかせねば。
ヴィンセントは一瞬考えて素早く愛銃の弾を入れ替え、
そしてに向かって銃口を向けると迷うことなく引き金を引いた。
バシュゥッと音を立てて弾はへと飛んでいき、
クレイモアを握るその腕に着弾する。
の腕が痙攣(けいれん)し、クレイモアが手から滑り落ちた。
ヴィンセントが入れ替えたのはがその昔開発した特製の麻酔弾だ。
もしもの時に、とと旅立つ前に渡されたのだが…。
皮肉だという想いは隠しきれないが隙を逃すヴィンセントではない、
武器が相手から離れたと同時に一気に間合いを詰める。
彼はそのまま彼の被保護者を抱きかかえた。
はがあああっと吠え続けて保護者の拘束から逃れようとする。

「最早、手遅れか。」

翼が広がるビキビキという音の中、ヴィンセントは呟いて銃をもう一度取り出した。

「すまない。」

銃口をの左胸に当てて引き金を引こうとする。
と、銃身に手が当てられた。のものだ。

。」
「ヴィンセント、」

制御がほとんど失われた体からかすかな声が漏れた。

「お願い、あたしを、殺して。」

それはあまりに切なく必死な願いだった。
ヴィンセントは胸に激しい痛みを感じて、唇を噛む。

「早く、あたしが、まだあたしでいられる間に。」

ヴィンセントは引き金にかけた指に力を込めた。
どれだけ生きながらえようともこの感覚だけは慣れることはないだろう。
たまらず彼は目を閉じた。



はクラウドのバイクに乗っけられてエッジへと帰っている
―クラウド曰く、運んでいる―所だった。
ヒーリンからエッジまではかなり距離がある、
店に戻るにはまだしばらく時間がかかるだろう。
焦ったところでバイクの最大速度は変わらないので、
は口に緩衝材を詰められることもなく静かにしていた。
は、大丈夫だろうか。
ヴィンセントがついているから問題はないだろうとは思うが、
それでも心配が完全に拭えるわけではない。

おこがましいかもしれない、自分は別にの母親でもなんでもなく
勝手に連れ出しただけの話なのだから。
もしかしたら、あのまま施設に残してしまった方が
も追われる心配をしながらの流浪生活をする必要もなく
幸せだったかもしれなかった。
だが、どうなのだろう。はどう思っているのだろう。
今のは不幸なのか。暴走する危険を孕み、町から町へと渡り歩く
落ち着かない日々を過ごすことはあの子にとって苦痛でしかないのか。

はこっそりため息をついた。幾度このことを考えただろう、
最早数えることも出来ないくらいだ。
それでもあの子の為だと言い聞かせて今までやってきたが、
さすがに今回のようなことがあるとさしものもぐらついてくる。
もう一度ため息をついて、は高速で過ぎ去る景色をぼんやりと眺めた。

「…だと思う。」
「え。」

それまで黙ってバイクを運転していたクラウドがいきなり何か話しかけてきた。
が、音がうるさくて良く聞こえない。

「今、何て言うた。」
は、」

いつもより少し大きな声でクラウドは言った。

「幸せだと思う。」
「何なん、いきなり。」

は首をかしげた。
何かにつけて『興味ないね』を連発するこの青年が
人のことに口を挟むなんて随分と珍しい。
いや、それ以前に…

「何でアンタがのこと知ってるんよ。会わせたこと、一度もあらへんはずやけど。」
「ヴィンセントから聞いた。何でアンタが神羅の連中に連れて行かれたのか、
 事情がわからなかったからな。
 勝手に喋ったことはアンタに事後承諾で許してほしい、と言っていた。」
「そうか。」

はポツリと呟いた。それではクラウドは何もかも知っている訳だ。

「で、が何て。あの子が幸せって、ホンマにそう思う。」
「とりあえず、俺よりは。」
「変なこと言いな、まだ若いくせに。」

後ろ向き―いつものことだが―な発言をする青年の背中を
を見つめた。少し震えているように見える。

「少なくともを助けたアンタは死んでない。
 も助けて、自分もちゃんと生きている。 
 助けられた方にとって、それだけでもどんなに幸せなのか、
 アンタはわかってない。」
「自分は知ってるとでも言いたそうやな。」
「俺の時は、ダメだった。」

クラウドが唸るように言ったので、ははっとした。

「助けてもらって、俺は生き残ったのに助けてくれた方はダメだった。
 俺は何も出来なかったんだ。」
「そうか。」

はクラウドにそれ以上言わせない為にその背をポンポンと叩いた。

「それでアンタはちゃんと生きてるんやな、ええこっちゃ。
 私もしっかりせんとなぁ。ありがと。」

クラウドの背中の震えが納まった。
はふ、と笑って遠ざかっていく景色にもう一度目を向けた。



昔、1人の女がいた。腕の立つ賞金稼ぎ―いかんせん、方向音痴なのが
玉に(きず)だったが―で、華奢な体にクレイモアを背負う姿は
どことなく人々に畏怖と尊敬の念を抱かせていた。

その女がある日突然いなくなった。
戦いで死んだという者もいたし、知られることなく引退したのだという者もいた。
実際はどちらも外れだった。
女はたまたま戦いで疲弊したところを狙って連れ去られたのだ。
そしてそのまま彼女は恐ろしい実験のサンプルにされた。
大昔、この星にやってきた忌まわしき厄災・ジェノバの細胞を埋め込まれたのである。
程なく彼女はライフストリームに満たされたカプセルに閉じ込められることとなる。
彼女を実験体にした連中は彼女を始めはソルジャー候補と呼んでいた。
故にそのまま行けば、彼女は神羅カンパニーの兵士となっていただろう。
が、その後彼女に妙な変化が訪れたのだ。

「彼女に埋め込まれたジェノバ細胞が、増殖を始めたのだ。」

社長は静かに言った。

「異例のことだ、それまでソルジャーに埋め込んだジェノバ細胞が
 増殖するという例はなかった。彼女だけに起こった現象だ。
 しかも増殖のスピードが異常で時折精神的に不安定になるという報告もあった。
 このまま増殖が進み、彼女の細胞が全てジェノバ細胞に置き換わったら…。」

ここで社長は一呼吸置く。

「我々はジェノバのコピー誕生に立ち会う羽目になる訳だ。
 これがどういうことか。」

呼び出しを食って話を聞かされていたレノは息を呑んだ。
これは参った、思ったより大事(おおごと)だ。
てっきりを逃がした件でお咎めを受けるだけだとばかり思っていたのに。
冷や汗をかくレノに、社長は更に話を続ける。

「プロフェッサー・はソルジャーの育成、
 ジェノバの研究等にずっと以前から反対していた。
 そしてそれに伴う我が神羅カンパニーの極秘情報を世間に
 公表しようと社内ネットワークに無許可のアクセスを試みた。
 すぐにそれは未然に防いだが、危険分子だ、
 父は彼女を本社に異動することなく、最初に配属していた部署にそのままおいた。
 二度と外に出られぬようにしてな。」

つまりそれは実質を監禁していたということだ。
心臓がねじれてどうかなりそうな感覚を覚えながらもレノは
ふと思った疑問を口にした。

「それだけうちにとって危険だったんなら、何で殺さなかったんですか。」

口の中がカラカラになっている。
本当ならが死んでいる様子など考えたくもない。
社長はそんなレノの心中を見透かしたようにふ、と笑った。

「その時既に彼女が並大抵のことで死ぬような体ではなかったからだろうな。
 実際、彼女は父の送った刺客をことごとくはねのけた。
 結局殺せないなら封印しておくしかない、と言ったところだな。
 全く、恐ろしいことだ。」

レノはもはや沈黙するしかない。
に何かあったということはある程度知っていたがまさかそこまで…。

「いずれにせよ、プロフェッサー・は先を見据えず
 己の感情だけで世界を危機に陥れることに加担したということだ。
 は手遅れにならぬうちに見つけ出して処分する。
 プロフェッサーも場合によっては、わかってるな、レノ。」

レノは、はい、と言ったものの今回ばかりは内心で舌を出していた。
相棒のルードや先輩、後輩には悪いがひょっとしたら失業間近かもしれない。
いや、ならうまくやれる。根拠もないのに彼は本気で信じていた。

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