誰も知らない話 第6話


ヴィンセントが彼女を初めて見たのはもう20年近く昔の話だ。

彼は当時神羅製作所(後の新羅カンパニー)が新しく
作った研究施設に輸送される荷物を護衛する任務についていた。
何の荷物かは知らされていなかった、が、知るつもりもなかった。
知らされたところでどうということはなかっただろう。
神羅製作所はそういう所だ。
かいつまんで話せば、荷物の輸送は滞りなく完了した。
あまりにもあっけなく終わったので正直、自分が行かされる必要があったのかと
思ったことを覚えている。
それでも即本社に帰らなかったのは仕事の一環ということで
ついでに施設の見学もしておけ、と言われていた為だ。
あまり乗り気ではなかったが、それをして損ということもあるまいと
思って研究員の1人に施設を案内してもらった。

この研究施設はとある地域の地下に作られていて、
内部は当然の如くさまざまな機材で埋め尽くされていた。
専門知識のないヴィンセントにはよくわからないものが多かったが、
中には人一人が普通に入れそうな大きさのカプセルが
置かれている部屋もあったので、人道的とは言いがたい
実験もなされていたかもしれない。
彼女を見たのは、研究員に連れられて無機質な廊下を歩いている時だった。
しっかり閉じられた自動ドアが多く立ち並ぶ中、
一つだけドアが開けっ放しになっている部屋があった。
研究員はその部屋に関しては何も言わなかったし、
足を止めもしなかった。
まるで見えているはずなのに見えない振りをしているかのようだ。
さすがに少し気になったヴィンセントは気づかれないようにこっそりと足を止め、
チラリ、と開いているドアから中を覗き見た。
覗き込んだその部屋は人が入る大きさの金属カプセルが
グルリと立ち並んでいて、残念ながら良くない感じがするところだ。
ひょっとしたら、と思わせる何かがここにはある。

そんな空間の真ん中に白衣を着た若い女性が1人立っていた。
新人なのだろうか、それにしてもどうも妙だとヴィンセントは思った。
この女は周りの空間から明らかに浮いている、
まるで間違ってここに寄こされたかのようだ。
当の彼女は自分を囲むカプセルの群れを見つめてぼんやりとしていた。
いや、よく見ればなにやら唇を動かしている。何を言っているのかはわからなかった。
だがその顔がどこか思い詰めているようなのが印象的だった。

後で彼女はという名であること、
この新しい研究施設に配属されたばかりの新人スタッフで、
地味で大人しいが大変優秀だという評判を聞いた。
元々は植物学専門ということで神羅にやってきたのだが
すぐに他の生物分野でも優れていることがわかって、
あの施設の生体実験の部署に移されたらしい。
自分よりも歳若いのに大したものだ、とは思ったが
当時のヴィンセントには他に色々思うところがあったので
彼女に構っている暇なぞなく、しばらくは思い出すことがなかった。

そのうちはめきめきと頭角を現し、
プロフェッサー・と呼ばれるようになっていった。
だが、地位も名誉も与えられながらも彼女はどことなく
周囲から浮いたままの存在だった。

「今思えば、プロフェッサーは既に何かをやらかしていたのだろうな。」

水筒から水を飲みながらヴィンセントは言った。

「お前を預かる為に20年ぶりに彼女に会ったら初めて見たあの時と
 全く変わっていなかった。私の記憶の彼女がその時のままだったから
 迂闊にもすぐには気がつかなかったが、冷静に考えてみればプロフェッサーも
 本来それなりの歳のはずだ。」

「昔、人体実験の部署にいた頃に自分を実験体にしたことがあったって
 が言ってた。」

岩に座り込んで足をブラブラさせていたがヴィンセントの話に口を挟んだ。

「別に外見が変わった訳でも体調がおかしくなった訳でもないから
 その場ではすぐに気がつかなかったらしいけど、
 何だか力が強くなっちゃってたし何年か経ってみたら
 体だけ年取ってないことがわかったって。
 不自然なことはするもんじゃないって、何か苦笑いしてたっけ。」

ヴィンセントは水筒から口を離して、フンと呟く。

「自分から実験台になるとは、無茶をするものだ。」
「そうだね。」

が言って岩から降りてきた。ついでに彼女はヴィンセントから水筒を奪う。

「神羅の方針に反抗してあの施設に飼い殺しにされるし、
 死にかけながらいちいちあたしなんか助けるし、
 本当に無茶苦茶ばっかり。でも、だからが好きなんだ。」
「うむ。」

水筒を取り上げられたことを特に突っ込むこともなく、
ヴィンセントは頷いた。
そうして自分の横に勝手に座り込んで水を飲もうとするの頭を
ポンポンと軽く叩く。

「何、急に。」
「深い意味はない。」

不思議そうに尋ねるにヴィンセントはそれだけ答える。

クラウドからの居場所が判明したというメールが入ったのは
その直後だった。




とレノの戦いはそろそろ終盤を迎えていた。
双方とも正真正銘、本気でやりあっている為に体力の消耗が激しい。
部屋の中には彼らが肩で息をしている音が何度か響いていた。

「ええ加減ギヴアップしたらどないなん。」

ハァハァと息を切らせながらは目の前に立ちふさがる男に言った。
だがレノは自身も息を切らせながらもニヤリと笑って答える。

「お生憎様、簡単に逃がしちゃ失業しちまうんだよ、と。」
「何度もクビになってまう機会はあったんちゃうかと思うけど。」

はボソリと突っ込むと、目の前に迫ってくるレノの攻撃をかわそうとする。
だが、溜まってきた疲労が災いして目測を誤ってしまった。

「貰った。」

レノが歓喜の声をあげるのとがよろけるのとは同時だった。
気づけばレノの手にはいつの間にかナイフが握られている。
このまま床に倒れれば、冗談抜きで命がない。
またも窮地に陥ったが取った行動は、これまた少々見栄えのしないものだった。

「ええ加減に、せえっ。」

は声をあげて白衣をバサァッと脱ぎ捨てる。
勿論、ただ脱いだだけではない。突然広がった白い布地は止めを
刺そうとしていたレノの視界を一挙に塞ぐ。

「ぐおっ。」

レノがひるんで動きが止まったのが、最大の好機だった。
は最後の力を振り絞って、白衣で前が見えなくなっているレノの
鳩尾(みぞおち)に強烈な一発をお見舞いした。

こうして戦いは終わった。

「はぁ、はぁ。やっとケリついたわ。」

は回収した白衣を着込んで、何とか立ち上がる。
足元には気を失った自分の恋人(今までそうとは認めたくなかった)が
転がっている。逃げるなら今のうちだ、しかしはどこまでもお人好しだった。

「レノ、」

倒れているレノの上にそっと覆いかぶさってはその耳元に囁いた。

「大好きやで。」

そして意を決してもう一度立ち上がり、今度はためらうことなく部屋を飛び出した。
出て行く直前、気絶してるはずのレノが

「知ってるぞ、と。」

と呟いた気がするが、それは幻聴だと割り切った。

そうして何とか人目をごまかしてヒーリンロッジを出た
を待っていたのは意外な人物だった。

「クラウド、何でここに。」

バスターソードを背負ったバイクの運び屋である。

「今日はティファちゃんはおらんのか。」
「店においてきた。」
「あ、そ。」
「俺は仕事で来たんだ。」

文脈を無視した唐突な発言にはさすがにキョトンとしたが、
クラウドは興味がなさそうにそのまま続ける。

「レノからの依頼だ。エッジまで荷物を運んで欲しい、と。」

は更に驚きで目が丸くなる。
が、クラウドはそんなの様子など見えていないかのように
携帯電話を取り出した。

「品名:、人間・女、天地無用・取扱注意、
 備考:傷を付けたらぶっ殺す、とある。」

淡々とメールを読み上げて、逆立った金髪の青年はまったく面倒な、と
言わんばかりに首を振った。

「そういう訳でアンタは荷物だ。今からエッジに運ぶ。」

はしばし何も言えなかった。
レノは予め何もかも準備していたのだ。彼は他のどの男よりものことをわかっていた。
だから始めからを彼なりに最善の形で守るつもりだったのだ。
胸が詰まる思いがした。どうしてそこまでして自分を…
あれほど彼を邪険に扱っていたというのに。
泣きそうになったが、今はそれどころではない。

「送り状と荷札ついてへんけど、ええの。」

茶化すようにはクラウドに言った。
しかし、相手は眉一つ動かさずに静かに切り返した。

「口に緩衝材を詰めといてくれ。アンタはちょっと五月蝿い。」
「失敬な。ティファちゃんに言いつけたる。」

言いながらもはバイクの後ろに乗り込んだ。
せっかくの好機を潰すわけにはいかない。

「出すぞ。」
「ええで、行って。」

クラウドがアクセルを踏み込み、ヒーリンロッジがあっという間に遠ざかって行く。
発生する強い風に吹かれながら後ろを振り返った
クラウドにも聞こえないように呟いた。

レノ、御免な、と。




はヴィンセントと共にエッジへと向かっていた。
大変喜ばしいことにが見つかったという知らせが入ったのだ。
クラウドが今、彼女を運んでいるらしい。
自分の手で助けられなかったのは残念だが、が無事なら異論はない。
という訳では先に立って歩き、ヴィンセントを早く早く、と急かしていた。

「ちょっと、そこのおっさん。足遅いよー。」
「今の速度で十分だ、焦る必要はない。
 そして今お前が歩いているのは逆方向だ。」

言われては気まずそうに足を止め、引きつった顔でヴィンセントを見た。
実を言うと彼女は極度の方向音痴なのである。
生来のものなのだろう、と一緒にいた頃は勿論
ヴィンセントと旅をするようになってからもそれは全然治っていない。
どこかの町に逗留している時でも、宿から1人で出かけては迷子になりかけて
その度にヴィンセントが探し出してくれるという始末だった。

「こんな荒野で北とか南とかなんてわかる訳ないじゃん。」
「人についていくだけで自分は周りを見ないからそうなる。」
「自分だって携帯のメールもろくに打てないおっさんでしょ。」
「私の前を歩くなら正確な方向を向け。」

だから人の話を聞けよ、とは思った。
ヴィンセントがこうなのはいつものことだが、
たまにはもうちょっと会話の流れを大切にしてもらいたいものだ。
これでも初めの頃よりはましであるけれど。
膨れっ面をしながらは方向を修正して再び歩き出した。
ヴィンセントはやはりやや遅くの後からついてくる格好だ。
実際には勝手に先へ進む子供を見守っているという方が正しいかもしれない。
は気がつかなかったふりをしてさっさと足を進める。
が、またその足がピタリと止まった。

「ヴィンセント。」
「わかっている。」

ヴィンセントは既に銃を抜いていた。もすぐクレイモアを背中から抜く。
ぞろぞろと周囲の岩陰から出てくる連中―おそらく盗賊の類だろう―を
じろりと見つめて彼女はため息をついた。

「こんな時に。」
「仕方があるまい。」

は先に切り込んだ。後ろからヴィンセントが援護射撃をする。
盗賊達はバタバタと倒れていくが、数が思ったより多い。
どこから沸いて出るんだ、と何人か切り伏せながらは思う。
が動いている間、ヴィンセントの弾でも何人か倒れていた。
それでもまだ残っている。

早く、1秒でも早くに会いたい。

の中でだんだん焦りが募ってきていた。焦りと同時に苛立ちが生まれている。
盗賊の1人の放った矢が、の頬を掠めた。

邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ。お前ら全員邪魔にも程がある。

そう思った瞬間のことだった。

「がああああっ。」

は咆哮した。と、急に彼女の剣速が上がる。
そしてその剣はそれまで動けない程度の傷で済ませていたのから
一転して確実に相手に死をもたらしていた。
盗賊共の間に衝撃が走る。ヴィンセントも驚いたようにを振り返る。
だがは止まらなかった。最早ヴィンセントの援護も必要ない。
彼女の剣は恐ろしい勢いで邪魔者を消していく。
その表情は禍々しく、とても人のものとは思えない冷たさに満ちていた。

ッ、よせっ。」

ヴィンセントが叫んだのが聞こえたが、はそれがまるで
自分ではなくて他の誰かに向けて発せられているように感じた。
剣は既に彼女の制御から外れている。抑えられる状態ではなかった。

「うおああああっ。」

再びは吠えた。自分の中で何かが暴れ始めているのを感じる。
ビキビキと腕が(きし)んだ音を立てる。背中が熱い。
あっという間に意識が半分どこかへ取られてしまった。

、どうしよう。
半分になってしまった自分の意識では思った。
どうしよう、あたしが半分いなくなっちゃったよ。
助けて、誰か助けて。

やがて自分の意識が半分以下になってしまった
何が何だかわからなくなってしまった。

ヴィンセントの声だけが遠くで聞こえていた。

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