誰も知らない話 第5話


と会ったのは確か1年前、仕事で廃墟と化したミッドガルに来た時だ。

相棒のルードと一緒に調査に来ていたのだが、廃墟の中を歩き続けるのに
飽きてきて相棒が文句を言うのにも耳を貸さず、途中寄り道をした。
気紛れに寄ったのは何かと因縁のあったあの教会の廃墟だ。
何故かレノは入ってみようという気になった。
別に特に何かが起こるという訳ではないと思っていたはずだったのだが、
とにかくこの時の彼はそうせずにはおられなかったのだ。
本能に身を任せて重い木のドアを開けて中に入ると、
いきなり声が耳に飛び込んできた。

『おお、これは凄い。』

一体何だ、と思った。何が凄いんだ、それも声は女のものなのに
言い方がおっさんくさいと言おうか何と言おうか。
誰だよ、ブツブツ1人で言ってる危ない奴はと思って
足を踏み入れるとそこには白衣の女が1人。
教会の石畳がはがれて花が咲いているところに
彼女は座り込んで何やら嬉しそうに花粉を採取している。

『何やってんだ。』

思わず声をかけてしまった。
女はそれまでレノ達の存在に気がつかなかったらしく、声を上げて飛び上がる。
ガチャっと音がして何かがレノの鼻先に突きつけられた。
巨大口径のオートマティック拳銃、とても女の護身用には見えない。

『おっと、物騒だぞ、と。』

さりげなく銃口を押し戻すと、真っ赤になった女の顔が見えた。
美人、という訳ではない、しかし人の良さそうな、悪くない顔立ちだ。

『御免なさい、人の気配全然感じへんかったし最近物騒やからつい。』

早口で喋る女の言葉はレノの知るとある髭の男を思い起こさせる。
同じ土地の出身なのだろうか。

『別にいいけどよ。女がこんなもん振り回すのは良くないぞ、と。』
『タークスの人に言われたらおしまいやな。』

女はさらりと言ってまた花粉の採取に取り掛かる。
どうもさっき飛び上がった拍子にこぼしてしまったらしい。
それよりレノとしては女の言葉がひっかかった。

『どっかで会ったことあったか。』
『阿呆か、そのなり見たら一発やん。』

既に女の顔からは赤みが引いている。しかもやや突っかかるような物言い、
ひょっとしてこいつは昔レノが鎮圧した連中の関係者かもしれない。
ちょっとまずいことになったな、と思う。
考えている間女は完全にレノを無視して花粉を取り続けている。
しばらくして相棒のルードが急に町の外で待っている、
と呟いてその場を去っていった。
教会には白衣の女とレノの2人だけになる。
女は自分から話をするつもりなどないらしく、
せっせと花の観察に勤しんでいた。ブツブツ言いながら
手にしたクリップボードに何か書き込んだり、時折指で土をすくったり。
この得体の知れない科学者風の人物にレノはちょっと興味を持った。

『アンタ、何モンなんだ。』

返事がない。観察に夢中で何も聞こえていないらしい。

『なぁ、聞いてんのかー。』

まだ無言、どうしてもレノを無視したいのか。

『相手してくれよー。』

やっと相手はレノを見た。が、物凄く鬱陶しそうな顔をしている。
そして彼女が発した一言は大変に冷たかった。

『御免やけど、お宅、邪魔。』

かなりグサッと来た。人の良さそうな顔とはあまりの隔たりがある。
そしてどういう訳かレノは意地になってきた。
是が非でもこいつの口を割らせてやる。
そう思ったのだ。さて、どうしたものか。
まだ花に夢中の女を見てレノはふといいことを思いつく。

『アンタ、花が好きなのか。』
『うん、研究しとうから。』

今度の女の答え方は普通だった。どうやら当たりらしい。

『アンタ植物学者か。』
『まぁな。痩せた土地でも育つ植物の開発が専門やねん。
 この辺はろくな土壌やないみたいやから。
 それにしてもおもろいなー、ミッドガルのどこにもホンモノの花が
 咲いてた様子なかったのにここにだけ咲いてる。壊れる前からこうなんか。』
『多分な。でもいちいち覚えてないぞ、と。』
『そうなると土壌の問題なんか、この花がたまたま特殊なんか、
 他に要因があるんか、気になることがようけあるな。』

女はひどく饒舌だった。
多分興味あることを振ってやるといいタイプなのだろう、
さっきと打って変わって嬉しそうだ。

『さて、そろそろ帰ろ。』
『もう行くのか。』
『うん、後は帰ってデータをまとめて色々と考察するのにかからんと。
 それにそろそろ博士に昼ご飯作ったる時間やし。』
『博士だ。』

レノが聞き返すと女は自分がいる研究所の所長だと答えた。
偏屈で、町の連中から敬遠されているらしい。
話を聞いているうちにレノは彼女が今エッジの街外れにある植物研究所にいること、
研究をしつつ所長の爺さんの世話をしてやってることなどを聞き出した。
見たところ自分より幾分歳若いのにじじい―それも偏屈―の
世話をしなきゃならないなんて可哀想だ、と思ったのを覚えている。
ルードには連絡を入れて、レノは勝手に今から帰るという女の後をついていくことにした。
勿論、女は非常に困った顔をした。
知らない人がついてきて一体どうするつもりなのか、と尋ねてくる。
明らかに何かを警戒している様子だった。

『俺がアンタに興味あるから。』
『私は別にそっちに興味ないんやけど。』

女は呟いて、クリップボードや筆記用具や何やを傍らにおいていた籠に詰め始める。
が、レノは諦める気は毛頭なかった。

そうして結局、レノは渋る女を説得して同行の許可を得てしまった。
かなり強引だったが、その時はまるっきり悪いとは思わなかった。

『あ。』

教会を出て、歩きだした時レノはふと自分がまるっきり名乗ってなかったのを思い出した。

『俺はレノだ、アンタは。』

先に立って歩いていた女は足を止めて振り返った。
しばしためらったように瞳を左右に動かす。
やがて、折れたのかそれともレノにならいいと思ったのか彼女は答えた。

でええわ。』

あれは運命の出会いだ。レノは今でもそう思っている。




夢を見た。は知らないところにいる。
水の色と森の色が混じった光の奔流の中に彼女は立っていた。
周りには誰もおらず、光の他には闇が広がっているばかりだ。
ふいに誰かの存在を感じては後ろを振り返る。
振り返ったらそこには我が子のように大切にしている娘がいた。
はその名を呼んで手を伸ばす。だが、届かない。
手を伸ばそうとすればするほど、娘は遠ざかっていく。
そうして悲しげに微笑みながら娘の体は光へと変わっていった。
はその名を叫び続けたが、結局娘は戻ってこなかった。

目が覚めたのは自分の叫び声のせいだった。
気がつけば目が濡れている。体は強張っていて、うまく動かせない。
息をしようとしたらうまく空気を吸い込めず、むせて咳き込んでしまう。
うまく動かないもののたまらず体を起こしたら、
これで何度目かのレノの腕の中だった。

「大丈夫か。」

覗きこむレノの顔は心底心配している様子だ。
は一瞬そのまま甘えてしまいたい衝動に駆られた、が、
すぐに思い直してレノの腕を(ほど)こうとする。

「ちょい夢見が悪かっただけやから。」

ハァとレノが深い深いため息をつくのが聞こえた。

「たまには素直になれよ、と。」

が解こうとした腕には余計に力が入る。

「なぁ、もう楽になれよ。」
「何が。」
「言っただろ、痛い思いさせたくねぇんだ。」
「却下。」

はすげなく答えた。レノの想いは既に十分すぎるほどわかっているが、
今の彼女には誰がなんと言おうとも曲げられないものがある。
一方のレノはかなり苛立ちを覚えている様子だった。

「何でそこまですんだ。そこまでする必要があるのかよ。
 もう諦めろ、あいつはどうしたって化けモンだ。
 いつかお前にだって牙を剥くかもしれねぇぞ、
 なのにどうしてそこまでやるんだよ。」

いつもの軽い口調をかなぐり捨ててまくし立てるレノにはふ、と微笑む。
この瞬間だけ、彼女は何故か妙に気持ちが落ち着いていた。

「せやなぁ、」

極々穏やかには呟いた。

「それでも自分の娘みたいに思てるんかもしれへんなぁ。」

レノの顔がはっとしたようになった。
の言葉は憤るよりもずっと効果的に彼に覚悟の程を伝えたらしい。
するっと、の体は彼から解放された。

「わかったよ。」

レノがに背を向けて立ち上がる。
彼はゆっくりとドアの方へと歩み寄り、そこでくるりと振り向いた。

「構えろ、。」
「え。」

訳がわからず、躊躇(ちゅうちょ)しながら自身もベッドから立ち上がる。
さしもの彼女もレノの意図がまるっきりわからない。
第一、構えろって…
考えていたら、ジャキッと音がしてレノが警棒を構えていた。

「俺を越えていけよ。」
「レノ。」

やっと意図が読めた。は涙を拭うと、戦闘態勢に入る。
銃は奪われているが、何とかなるだろう。しなくてはならない。

「手加減はしないぞ、と。」
「ええで、望むトコや。」

が床を蹴るのと、レノが突っ込んでくるのは同時だった。




エッジの街で、クラウドとティファは苦労していた。
が連れ去られた可能性が高い以上、どこの誰がそれを行ったのか
確実な情報が欲しいというのに聞き込みをしてもろくに成果が 上がらないのだ。
の住まいするのがあまり人の寄り付かない所であることが明らかに災いしていた。
誰に聞いても、昨日の晩から朝にかけてのの足取りについて
知っている者はいない。
あの研究所に夜中や朝早くに足を運ぶ奴などいるものか、と
そう言う者までいた。
ヴィンセントにも情報が入り次第応援を、と頼み込んでいることもあって焦りが2人を襲う。
クラウドの携帯電話が電子音を奏でたのは最早どうしようもないのか、と
2人してバイクの上で考え込んでいる時だった。
こんな時に仕事の依頼か、とクラウドはうんざり気味に電話を開く。
受信メールが1件あった。差出人は…

「ティファ。」

バイクの後ろで膝を抱えていた幼馴染にクラウドは声をかけた。

の居場所がわかった。」

その言葉にティファはガバッと顔を上げる。

「ホントに。どこにいるのっ。」
「ヒーリンにいるらしい。無事みたいだ。」
「良かった。でもどうして…」

クラウドは無言で携帯電話のメール画面をティファに見せた。

「これって。」
「急ぎの仕事だ、行こう。」
「うん。」

ティファは肯いてバイクの後部に座りなおした。
クラウドはしばし携帯電話を操作しメールを送ってから
素早く塵除け眼鏡をかけて、最大速度でバイクを発進させた。




狭い部屋の中で激しい打撃音がこだまする。
戦いは熾烈だった。拳が飛び出し、警棒が髪をないだかと思えば
サンダルの高い(かかと)が目の前に迫ってくる。
今の所情勢は武器を持たないに不利だった。
それでもなくても相手は戦闘において特化された大の男だ、力の差がありすぎる。
警棒が振り上げられた。は慌てて飛び退(すさ)る。
同時に警棒はさっきまでのいた空間を切り、床に激突する。
激突した部分があっさりと割れた。
もしの頭に当たっていれば頭蓋骨に重大な損傷を及ぼしていただろう。
想像するだに恐ろしい話だ。

「くっ。」

白衣を翻しては蹴りを放った。
だが、それは見た目より屈強な腕であっさりと防がれてしまう。

「本気で来いよ、。」

レノが低く唸るように言った。

「でないと、死ぬぜ。」

言う彼からは殺気がみなぎっていて、背筋が凍る思いがする。
ホンマに殺すつもりで来てるんや、とは思った。
これがタークスに属していた者の本領か。

「ごめん、」

は呟いた。

「何ぼアンタ相手でも殺されてやるほど人はようないねん。」

そうしては大きく息を吸い込む。
次にレノに突っ込んでいった彼女の目に迷いはなかった。
ここで突破出来なければ意味がない、例え限りなく不利な状況でも。
は咆哮を上げて拳を振り上げた。が、これもあっさりレノに防がれる。
そのままレノはの右手を離さなかった。
左手には警棒、既に電撃を(まと)っている。食らえばひとたまりもない。
彼がニヤリと笑うのがわかった。

「もう終わりかよっ。」

まるっきり悪役の台詞を吐いてレノが警棒を振り上げた瞬間をは見逃さない。
次に響いたのは何かひっかかったようなどことなくキレの悪い音と
レノがひるんで後ろに下がった音だった。

「おおっと。」

驚きと歓喜が入り混じった声音で言いながら、レノが左手の甲をペロリと舐めた。
警棒が握られたその甲には黒い筋が1本入っている。
筋の周りは少し腫れていた。

「ボールペンでやられたのは初めてだぞ、と。」
「0.4ミリや、ひっかかれたらかなり痛いで。」

そう、窮地に陥ったがとっさに取り出したのは
白衣の胸ポケットに入れっ放しだった彼女愛用のボールペンだ。
普通よりちょっと細い0.4ミリ、バインダー式クリップのあれである。
銃は取り上げられたが、他の持ち物に関しては
あまりチェックされなかったらしいのが幸いだった。
あまり格好いい戦い方ではない、というより寧ろ格好悪い。
だが体裁をどうのこうの言ってられる状況でもなかった。
利用出来るものは何でも利用する、それがのやり方だ。

「さて、アンタには文房具にやられたという何とも言えん敗北感を
 味わってもらおか。」
「そんな負け方、ぜってぇお断りだぞ、と。」

また2人がぶつかった。
今度は本気の肉弾戦だ、パンパンと互いの攻撃を防ぐ音が響き渡る。
雌雄はなかなか決しない。はレノに対して攻めあぐねていたが、
それは向こうも同じようだった。
が本当にただの植物学者ならばとっくに屈しているところだろう。
だが幸か不幸か、若気の至りでやらかしたことが功を奏している。
阿呆なこともやらかしといたらたまには役に立つな、とはちらと思って
強引にレノのガードを崩す。
レノは一瞬よろけたが、さすが戦闘員だけあってすぐに体勢を整えた。

ちゃん反則だぞ、と。」
「アンタが言うな。」

は言って回し蹴りを放った。
迷いがなくなったせいか回転のスピードが速い。
レノは避けようとしたようだったが、避けきれず結局ガードする。
ガシャンと音がしてレノが舌打ちをした。
はすかさず床に落ちた警棒を蹴りあげて自分の手で受け止める。
が、彼女はそれを即座に窓から投げ捨てた。
慣れないものを使ったところで大した効果は期待出来ない。
とりあえず向こうから武器を奪うことが出来ればいいのだ。

「これでちょっとはやりやすなったかな。」
「いてて、やっぱ手強いぞ、と。」

右腕を押さえながらレノが呟く。はそれに答えずに突っ込んでいった。

次の話を読む
メニューへ戻る。