誰も知らない話 第4話


大きな窓から薄明かりが差し込んでくる。
車椅子に座る白いローブを被った男の姿は逆光でよく見えない。
傍らには側近らしき男が複雑そうな表情で立っている。
レノに連れられたは彼らの正面に立たされて、
こちらは思い切りしかめ面で彼らを見つめていた。

「よく来られた、プロフェッサー・。」

車椅子の男が口を開いた。

「長旅の疲れは取れたかな。」

何を白々しい、とは思った。
部下に命じて強引に連れてこさせたくせによくもまあこんな口が叩けるものだ。
元々そういう人物であることはわかっていたが、
何度あいまみえても本能的に感じる嫌悪感に慣れる事は出来ない。

「人を誘拐しといて一体何の用なん。」

警戒心むき出しで言うの言葉に男は何がおかしいのか、急に笑い出す。

「誘拐とは心外だな、我々は貴方や周囲に危害を加えるつもりはない。」
「同じことやろ。相変わらず屁理屈ばっかりうまいな、アンタは。
 こないなトコに隠遁しとるくらいやから、ちっとは鈍っても
 差し支えなさそうなもんやけど。」

言いたい放題を口にするに側近の男が一瞬渋い顔をするが、
当のローブ男は動じない。
どころか楽しんでいる節があった為、それがの神経を余計に逆撫でした。

「さて、それでは本題に入ろう。」

ローブの男はとうとう切り出した。

「あれはどこだ。」

は体を固くした。とうとう来たか、と思う。
心臓が早鐘を打ち始め、体中から冷や汗が吹き出すのがわかる。
ローブの男が射抜くような視線でこちらを見つめ、
辺りの空気が急に張り詰める。それは大変な重圧だった。
だが何があろうともは口を割る気はない。

「知らん。」

ははっきりと答えた。

「私は何も知らん。」
「プロフェッサー、」

ローブ男が静かに言った。

「我々が何も知らない、と思ってもらっては困る。2年前のあの日、
 メテオ災厄の混乱に乗じて貴方が施設のシステムを破壊、
 あれを連れ出したことはわかっている。」
「へぇ、」

は皮肉っぽく笑った。

「さすがは神羅の情報力やな。それやったら私の居場所かて
 とっくに わかってたはずやろ、何でさっさと私を始末しに来んかったんや。」
「わかっているんだろう。あの状況で貴方と彼女を  追っている余裕などなかった。
 だからこそ貴方は計画を実行に移した。
 以前から人体実験に反対していた貴方としては  大変な好機だったろう。
 それに貴方の人格から考えて、助けた者をそのまま放置しておくはずがない。
 少なくともしばらくの間はあれと共に過ごしていたはずだ。」
「だから何も知らん言うてるやろ。」

ローブ男ははぁ、とため息をついた。
まるで強情な娘に呆れている父親のような素振りだ。

「どうしても口を割らないつもりか。」
「1個だけ教えて、あの子を見つけてどないするつもり。」

の問いに男は沈黙した。
ローブのせいで顔はよくわからないが多分笑っているんだろうとは思う。
そして、こいつもの問いにまともに答えるつもりはないに違いない。

「プロフェッサー、」

沈黙を破って男は言った。

「事は重大だ、あれを放置しておくのは危険すぎる。
 世界を再び危機に陥れる可能性があるものを貴方のエゴだけで
 かくまうのはどうなのかな。」
「そんで我々ならうまく処理するってか、ふざけんなっ。」

は激昂した。

「そもそもあの子をそんな風にしたんはお前らやろっ。
 自分らで勝手なことしといて今更世界にとって危険やとか何とか、
 そんな話があるかっ。」

怒りが頂点に達したはローブの男に掴みかかろうとする。
側近の男が素早く懐の銃に手を伸ばすが、
その前に後ろで待機していたレノがを羽交い絞めにした。

「離してっ。」

は叫んで暴れるがレノはますます力を強める。

「よせ、。」

耳元でレノが囁いた。『ちゃん』付けしない辺り、彼も切迫しているのか。
それでもは自分を止めることが出来なかった。
あの男に引き渡したら、あの子は、あの子の人生はどうなるのだ。
また化け物のように扱われ、自由を奪われて過ごすのか。
冗談ではない。

あの時誓ったのだ、あの子には二度とあんな思いはさせないと。
最早、は理性などかなぐり捨てて暴れ回っていた。

ッ。」

レノが声をあげてを押さえる。だがは聞き入れない、束縛を解こうともがく。
その間もローブの男は静かにを見つめているだけだった。

まるで楽しくてしょうがないというように。





部屋の中は何とも言えない雰囲気に包まれていた。

「やはり一筋縄では行かないな。」

面白そうに言う社長にレノはどう答えたらいいのかわからなかった。
腕の中にはぐったりしている、不本意ながら彼は
また自分の恋人を気絶させる羽目になったのだ。

「すいません、社長。」
「お前が謝ることはない、こうなるのは予想済みのことだ。
 さすがはプロフェッサー・と言ったところか。」

社長は笑ってはいたがその裏に潜むものは何なのかと考えると笑い事ではない。

「俺が、説得しますんで。」

苦々しく呟くと、レノはを抱きかかえて部屋に連れて行く。
余程らしくない深刻な顔をしていたのだろう、

「先輩。」

の見張りとして部屋の前に立っていた後輩が声をかけてきた。

「大丈夫ですか、顔色悪いですけど。」
「どってことないぞ、と。イリーナ、悪いがちょっと他に行っといてくれ。」

後輩はためらうがレノはさっさと行け、と手振りする。
渋々後輩はその場を去るが、後でどうなっても知らない、と
きっちり釘を刺していった。

レノは彼女が完全に視界から消えるのを確かめてから、
部屋のドアを開けて中に入り、をベッドに寝かせた。
本日2度目の失神をしたの寝顔は青白く見える。
つくづく感じの悪い仕事をする羽目になったものだ。
いや、それより面倒な恋をしてしまったというべきか。
わかっていたはずだった、が昔何をやっていたのかも、
その為にいずれは自分の立場がややこしくなるのも。
もそれをわかっていたから彼を遠ざけようとしたのだ。

『さっさと私なんか忘れたらええのに。』

あれはなりに彼を気遣っているつもりなのだろう。
だが…

「そんな気遣いはお断りだぞ、と。」

目を覚まさぬ恋人の頭をそっと撫ぜながらレノは呟いた。
そして彼はある決意を固めた、それは命がけではあったけど。





はヴィンセントと共に荒野の岩の陰で休息を取っていた。
広い大地を歩き続けるのは楽ではない。
特にこの1週間は歩きずくめだったし仕事で戦いに身を投じてばかりだった。
いくら常人とは体の作りが違うとはいえ、これだけ歩いて
しかも戦闘をこなせば疲労も溜まる。
ヴィンセントは今までよくやってられたな、と思う、
それも1人で話し相手もなしに。
自分だったらとっくに人が恋しくなっているところだろう。
そういえばヴィンセントに預けられてこうして流浪の旅をするようになってから
一体どれくらい経っただろうか。

あの時解放されたと共にエッジの街の
偏屈植物博士の元に身を寄せていた。

脱出してからしばらくは一緒に行動していたのだ。
追っ手があってはいけない、と町から町へと流れ、助け合いながら何とか生きていた。
ところが、ある時モンスターの襲撃にあって2人は離れ離れになってしまった。
は先にエッジの街に流れ着いて、ティファに拾われ看病された。
はその後、街のはずれで倒れていたところを偏屈植物博士に拾われた。
そうしてがたまたま職を求めてこの偏屈の所へ訪れた所、2人は再会したのだ。

当時この偏屈の植物研究所は誰も近寄りたがらない孤立した状態だったから、
街の連中はのことは知っていてもの存在は知らなかった。
もまだまだこの時はととりあえず偏屈博士以外の人間に対して
かなり警戒心を抱いており、自分から外に出ようとはしなかったのである。
そういう訳で2人は偏屈と植物の世話をしてやりながら、
束の間の平和な時間を過ごしたのだ。
だがそんな平和な時間にも影が忍び寄っていた。

丁度偏屈の博士が老衰で他界してからしばらくのことだ。
がいつものように植物の世話をしていたら、
が血の気を失ったような顔で2階から降りてきた。
どうしたのか、と尋ねると首を振って何でもないと言うが
どう見ても何かあったとしか思えない。
何度も聞いた挙句、やっと自分が造った連中に狙われているという
情報が入ってきたことを聞き出した。
その時のの顔は忘れられない。
どうしてそっとしておいてくれないのか、とひどく嘆いていた。
で、せっかくの平穏な日々が崩れ落ちるのを感じた。
自分がここにいるとが巻き込まれてしまう。
出て行かなくては。
だが、とならともなく1人で荒野を彷徨うのは不安だった。
だからしばらくはそのことを考えないようにしてしまったのだ。
もそのことは気がついていたのだろう。

ある日のこと、は夕食の席でから
この研究所を離れた方がいい、と言われた。
勿論、1人で行けとは言わない。
自分の信頼の置ける知人に預けるからその人と一緒に行け、とは言った。
決心がつかず仕舞いになっていたにとっては好機だった。
とは離れたくなかった、が、自分のせいで
またゴタゴタに巻き込むこともしたくない。
それに、何よりが自分を心配しての措置であることをわかっていた。
だから首を縦に振った。

ヴィンセントと引き合わされたのはその後日のことだ。
黒々とした長髪、赤いバンダナに同じ色のマントを羽織った姿が
やたら目立つ彼はの古い知り合いとかで、
今は1人で流浪の旅をしているという。
がわざわざ連絡を取って呼び寄せたらしい。
無愛想で融通も気も利かなさそうな男だった。
歳は27とのことだったが、落ち着き振りがまるっきりおっさんのそれで
と話をしているのを聞いたところからしても、
やはり外見年齢と実年齢に大幅な食い違いがあるようだ。
腕は立つらしく、腰には巨大な銃がぶらさがっていた。

『すいません、ヴィンセントさん。ややこしいこと頼んで。』
『プロフェッサーのたっての頼みなら断わる理由がない。』

確か2人はこんな会話を交わしていた。
こうしてがヴィンセントに預けられることが正式に決まった。
話がまとまってからすぐ次の日にはヴィンセントと共に旅立つこととなった。
に別れを告げるのはとても辛かった。
しばらく2人とも抱き合ったまま動かなかったのを覚えている。
は我慢していたつもりだったのだろうが、目じりに涙が溜まっていた。
やがて、ヴィンセントに急かされて2人はやっとこさ離れた。
泣きそうになっていたはしばらく涙を堪えていたが、
完全に研究所が見えなくなってからはとうとう限界が来てしまった。
ボタボタと大粒の涙をこぼすにヴィンセントが無愛想に言った。

『今のうちに泣いておけ。そのうち、嫌でも涙を流すことがなくなる。』

最初は何のことか意味がわからなかったが、
ヴィンセントが何だか落ち着かなさそうに視線を泳がせているのを見て
どうも慰めているつもりらしいことがわかった。
それでひどく安心して、このおっさんとなら一緒に旅をするのに差し支えない、と
判断したのだった。

「とは言え、まさかここまで付き合う羽目になるとはねー。」

はボソリと呟いた。
ヴィンセントはに背を向けて眠っていたから聞こえる気遣いはない。
今まではどうしていたのか知らないが、といる時の彼は休息の時に
必ず仮眠を取ることにしていた。
曰く、

『お前が起きていれば問題ない。』

とのことだから、おそらくの腕を一応認めてはいるのだろう。

「最初は頭固くてノリも悪くて何だ、このオヤジとか思ったもんだけど。」

しかしその実、ヴィンセント・ヴァレンタインはついこの間まで
携帯電話も持っていなくて時々操作に困っているし、
缶スープの選び方には失敗するし、とかなりの天然ボケを
かましてくれるにとっては遊びがいのある愉快な人物だった。
感情表現が極端に下手でかなり鈍いが、が本当に辛い時は
慰めようと努力もしてくれる。
が何故彼に自分を預けたのか、わかる気がした。

「後はもうちょっと引きずってるのが軽くなればいいんだけど。」

本人に聞こえてないのをいいことには更に呟いた。

「でも多分、それはあたしじゃどうしようもないんだろうね。」

ヴィンセントはが一連の言葉を口にしている間、
ずっと眠り続けていてピクリとも動こうとしなかった。

携帯電話の振動を感じたのはもウトウトしかけていた時だった。
いけない、寝てしまうところだったと慌てて目を覚まして
眠っているヴィンセントのもとに飛んでいく。

「ヴィンセント、ヴィンセント。」

睡眠を邪魔されたの現保護者は眉間に皺を寄せてなかなか目を覚まさない。
仕方がないので、は彼の体を掴んで揺さぶる。

「ヴィンセント、電話鳴ってるっ。」

ヴィンセントは薄目を開けて何事か呟いた。

「あたしが出てどーすんのよ、アンタの電話でしょっ。」

呆れたが怒鳴ってからやっとこさヴィンセントはまともに目を覚ました。
鬱陶しそうに携帯電話を取り出して蓋を開く。

「電話を持つと面倒が増えるな。」

唸るように言うと、ヴィンセントは不器用に電話を操作し始めた。
どうやらまたメールのようだ。始めは面倒くさそうに画面を見つめていた彼だが、
その目がだんだんと見開かれていく。

「ヴィンセント、」

不安に思っては声をかけた。

「どうしたの、誰から。」

ヴィンセントは答えない。目が画面に釘付けになっている。

「ねぇ、どうしたの。何かあったの。」
「大した用事ではない。くだらない内容だったから度を失っただけだ。」
「嘘だ、ホントにそうならさっさと電話しまってるじゃん。
 何かあったんでしょ、隠さないでよ。」

しつこく尋ねるに、珍しくヴィンセントは長くためらった挙句こう言った。

「クラウドからの連絡だ。プロフェッサーが研究所からいなくなったらしい。
 おそらく誰かに連れて行かれたのだろうとのことだ。」

は全身から血の気が引くのを感じた。

「そんな…」

やっとこさ言えた言葉はそれだけだ。
が連れて行かれた。
それが何を意味するものなのかは嫌というほどわかっている。

「どうしよう、ヴィンセント。が、あたしのせいだ、あたしのせいで…。」

恐れていた事態が現実になったことで
自分でもおかしいと感じるくらい取り乱してしまっていた。

「どこへ連れてかれたの、早くを助けなきゃっ。」
「落ち着け。」

半狂乱に陥るの肩をヴィンセントが掴む。

「今はまだ詳しいことがわかっていない、下手に動くと後に響く。
 それにお前を欲する連中がプロフェッサーを連れて行ったのなら
 彼女は奴らにとって重要な情報源だ、そうひどい扱いを受けることはない。」

それでは少し大人しくなったが、内心はその限りではなかった。

「これからどうするの。」
「クラウド達が今町で聞き込みをしているらしい。
 こっちは向こうから情報が入り次第動く。それまではいつも通りだ。」
「待ってられないよ。」
「待つのもお前の仕事だ。」

はイライラと髪をかきむしった。
早く動きたいのに何も出来ないというのは考えただけでストレスが溜まる。
事が事だけに彼女は待つということに対して抵抗を感じていた。
せめてヴィンセントの言うように、がひどい目にあっていなければいいのだが。

、」

ヴィンセントが言った。

「案ずるな、プロフェッサーは必ず助ける。」
「うん。」

は肯くと、背に刺したクレイモアの柄を握り締める。
まずは目の前の仕事を片付けるのが先だった。

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