誰も知らない話 第1話


廃墟と化したミッドガルの町の周辺、そこに人々が細々と作り始めた
エッジの街から外れた所、あまり人気のない少し開けた場所に
の花屋がある。

は若き女性で、ある時ひょっこりエッジに流れてきた身の上だった。
独特の言語を喋り、正確はまぁ穏やかと言える方だろう。
その分怒りが限界に達するとどうなるかわかったもんではない危機も孕んでいるが、
それは人間である以上いたしかたない。

本人の言うところによるとどうも植物学者らしいのだが、
過去に何があったのか知っている者はほとんどいなかった。
ただ、流れて来た時は体中に傷を負ってボロボロだったから
あまり穏やかでない何かがあったのだろうとは思われる。
ボロボロの状態で町の真ん中で倒れていた彼女を拾ったのは
たまたまそこを通りかかったティファだった。
以来、セブンスヘブンの住人達とは親しい。

傷も治って少し落ち着いてからは町の連中の間では
偏屈の変人で有名だった老人の営む小さな植物研究所に身を寄せ、
やがて老人が亡くなってからは研究所を 引き継ぐこととなる。
この研究所というのが、主であった偏屈老人のことのみならず
2年前のメテオ災厄の一件でほとんど崩壊してない点でも怪しまれているのだが
は世間の声などどこ吹く風で研究所を継いだ。
そうして前々からこの辺りに緑がないことを嘆いていた
研究所を継いでしばらくの間ここで日はろくに射さず
土壌も肥沃ではないこの辺の劣悪な環境でも育つ植物の研究に没頭、
ほとんど外に出ず誰とも話さない生活を送っていた。

だがしかしそんな生活は本人としてもあまりよろしくなかったのだろう、
がそれまで誰も近づきたがらなかった閉鎖的な研究所に
店を開いたのはそれからいくばくか時が流れてからのことだった。

以降彼女はそこで研究もしつつ、自分が栽培した花を売りながら生計を立てている。





とある昼下がり、ティファはデンゼルとマリンを連れての店にやってきた。
の店は場所が悪いわりには評判がよい。
外観は白くて味気なく、おしゃれとは言いがたい建物だ。
中の様子にしたって、本来は研究所なので植物園と言った方が当たっている感じである。
だが緑にあふれ、色とりどりの花が咲き乱れるここの空間は
2年前の出来事ですっかり疲弊した元ミッドガルの住人に小さな癒しを与えていた。
それに研究所所長兼、店主であるは多少人見知りではあったが
人のいい人物だったから花を見に来るだけのものも邪険に扱うことがなく、
それが更に町の連中の好感度を上げていた。
勿論、それはセブンスヘヴンの店の住人達にも例外ではない。
特にデンゼルとマリンはこの店が大のお気に入りで、
何かにつけて行きたがる為ティファは2人を連れてよくこの店に来ていた。
今日だって、2人はの店に連れて行ってくれ、とひどくせがんできたのだ。
どうしようか、とは思ったがクラウドは仕事で外に出たまま
この1週間帰ってきていないしデンゼルとマリンを連れて行くついでに
店をちょっとでも明るくしてくれる花の1本や2本見繕うのも悪くないと考えたのだった。

「いらっしゃーい。」

店に入ると白いカウンター越しに、白衣の店主が独特の抑揚で迎えてくれた。

「あれ、ティファちゃんやないの。それにマリンとデンゼルもか、
アンタらよう来てくれるなぁ。」
「こんにちは、さん。」

栄養剤の入ったビーカーを片手に微笑む店主にティファは笑い返し、
子供達は口々にに挨拶するとそれぞれ見たい植物のところへ飛んでいく。

「今日も忙しそうね。」

嬉しそうに騒ぐ子供達を眺めながらティファはカウンターにもたれた。
目の前に置かれている鉢植えから甘い香りが漂ってくる。

「この子らの世話せなアカンからな。」

は言って自分の背後にある蔦の鉢植えに
持っていたビーカーから栄養剤を注いでやる。

「そういうそっちは、お商売どないなん。」
「お蔭様で、ボチボチってトコかな。」
「さよか。その様子やとクラウドはまだ仕事中やな。」
「うん。」

ティファは目の前の鉢植えの葉っぱに何となく触れてみた。
小さな毛に覆われたそれはとても柔らかく、手触りがいい。
たくさん咲いた小さな白い花からは今も甘い香りが漂っていてとても心地よかった。

「いい香りだね、これ。」
「良かったら一鉢どない。この子は力作やでー、
暗いトコに置きっ放しでも 3月(みつき)はもつ。香りもこの通りやし、
店に置いといたらぐぐっとええ感じになると思うんやけど。」
「相変わらず商売熱心なんだから。」
「当然。」

は笑ってまた違う鉢植えに栄養剤を注ぐ。
白衣を着たまま植物の世話をする彼女の後姿はいつもかいがいしい。
ティファは鉢植えの葉を弄りながらしばらくそんなを見ていたが、
ふと思い出して呟いた。

「そういえばさん、大丈夫なの。」
「大丈夫って何の話。」
「わかってるんでしょ、最近…」

言いかけたティファの言葉は突然上がったデンゼルの小さな叫びに中断された。
子供達はその時が偶発的に作った新種の食虫植物が
丁度店に入り込んだ蚊を食した瞬間を見て面白がっていたのだが、
どうやらデンゼルが食後の花にちょっかいをかけて指を噛まれたらしい。
ティファは慌てて駆け寄るが、花自体が小さかった為に
デンゼルの怪我は全然大したことはなかった。

「うわわわっ。」

栄養剤のビーカーをほったらかしても慌ててやってくる。

「ごめんごめん、言うとくの忘れとったわ。その子、御飯の邪魔したらメッチャ怒るねん。
大丈夫か。」

はバタバタとカウンターにとって返し、救急箱を取ってくると薬を取り出す。
デンゼルはこれぐらい平気だ、と主張するがは聞かない。
余計な世話だと文句を言い続ける約1名を無視してさっさと消毒液を塗って
絆創膏を貼り付けてしまった。

「言うとくけどな、少年。」

処置を終えてからは言った。

「今回は良かったものの、これが毒花やったらえらいことになってたんやで。
 節介焼かれとないんはわかるけど、その辺もわきまえてや。」

それを聞いてデンゼルは大人しくなったが、ティファは聞こうとしていたことを
完全に聞きそびれて何とも言えない気分になった。

結局、この日はに礼を言うと勧められた鉢植えを1つ買って
ティファは子供達と共に店を後にしたのだった。





ティファ達が店を去ってからはため息をついてカウンターにもたれた。

「ふぅ、危ういトコやったなぁ。ティファちゃんは鋭いからたまらんわ。」

ひとりごちながら白衣で額を拭う姿は都合の悪いことを隠し持っている証拠だ。
まったくもって面倒な話だった。ティファが何を言おうとしていたのかなど明らかだ。
あんまり心配かけとないんやけどなぁ、とは思うもののここ最近のことを考えれば
ティファが心配するのも無理はない。彼女は間違いなく、最近の店の周辺で
何があるのか知っている。
ティファにそのことを洗いざらい話した覚えはまるっきりないが
寂れた町外れにあるこんな店でも人が幾度かは訪れるのだ、
噂くらいは流れているだろう。
ましてやティファの店、セブンスヘブンは人気の酒場である、
客の誰かが余計なこと(にとって)を喋っている可能性は十二分にあった。
嫌や嫌や、と思うがどうしようもない、自分で決めたことは守り通さねば。

「限界やって思(おも)たら終わりや。」

は呟いてすっかり空になったビーカーを掴んだ。
耐熱ガラスで出来ているはずのそれは、が掴んだ途端 ピシリと妙な音を立てた。





は今でも覚えている、あの時のことを。

自分はずっとカプセルの中に閉じ込められていた。
一体どれくらいの間そうしていたのかわからない。
ただただ見えるのは青と緑の入り混じった光越しの景色、
物体の本当の色など最後に見たのはいつのことだったか。
もう自分はここから出ることはないと思っていた。
ここでずっと実験動物として生きていくのが自分の運命なのだ、とそう思い込んでいた。
だが、彼女はそんな自分の元にやってきて全てを変えていった。

あの時、具体的に何があったのかは知らない。
わかっていたのはあの時あちこちが炎に包まれていたことだ。
自分の入ったカプセルが置かれた部屋にまで炎が迫ってきていて
はそれを見つめながらうすボンヤリと
ああ、自分はこのまま炎に巻かれて死ぬのだな、と考えていた。
死に対する恐怖がなかったのは長い拘束生活のせいで
ほとんど自分は死んだような気になっていたからかもしれない。
そこへ急に誰かが飛び込んできた。始めは誰か研究者が自分の資料でも
救いだしにきたのだろう、と思った。
どうせ自分のことなど目もくれずに去っていくに違いない。
人間、非常時にはどうしても自分のことしか見えなくなるものだ。
なのにその誰かは真っ直ぐにの所へ来て、あろうことかカプセルのドアに手をかけた。
ドアを開けようとしているのに気がついた時は気が確かかと思った。
だがその誰かがあまりに必死の形相だったものだから、
本気なんだと思わざるを得なかったのである。
そうして誰かはとうとうの入っていたカプセルを壊した。
その上、歩くことの出来なかったを引き摺って連れ出したのだ。
炎の中、邪魔が入りながら人を担いで脱出するのは困難のはずだ、
鍛えられたレスキュー隊でない限り。
現に、何度も瓦礫がその誰かの体に当たっていた。
倒れてきた骨組みに足を取られたりもしていた。
何度もやめろ、と言った。自分は既に死んだも同じだ、無理に助けなくてもいいとも言った。
そしたらひどく怒られた。

『ええからお前は黙って生きろ!』

そのえらい剣幕に思わずは沈黙した。
何だってこの人物はこの状況の中で当然のように生きることを
口に出来るのかよくわからない。そもそも…

『どうして…』
『知らんわ、ただの気紛れやろ。』

気紛れで赤の他人を助けることは有り得ないことくらい
長らく閉じこもっていた身でもわかっていた。
だからこそ、

『ほな、行くで。』

そう言われた時は覚悟した、絶対生き残るんだと。

そうして2人は命からがら脱出した。
大変にタイミングが良かった。2人が脱出した直後に
を地下に閉じ込めていた忌まわしき建物は崩壊したのだ。
はまだ歩けなかったし、彼女を助けてくれた人物はひどく消耗していた。
それなのに2人はふと気がつけば笑い合っていた。
そしてそれはが何年ぶりかに笑った瞬間でもあった。

をいちいち救い出したこの変わり者は名を、と言った。

「そろそろ行くぞ。」
「うん。」

はクレイモア(大剣)を背中にさして立ち上がった。
足元にはモンスターの遺骸が散らばっている。
更に目をやれば激闘を物語る凄惨な跡が広がっているのがわかる。
それにも関わらず当のは傷一つついていないどころか
返り血すら浴びている様子がない。

「大した仕事じゃなかったね。」
「そんなものだ。」

の横にいる男は下手をすれば何を言っているのかわからないような低い声で呟く。

「依頼人が報告を待っている。面倒が御免なら、急げ。」

言って男は身にまとった赤いマントをバサァッと(ひるがえ)し、先に立って歩き出した。
は慌ててこの愛想なしを追うが、ふと思ったことを口にしてみる。

「ねぇ、そのマントばさってやるの何か意味があるの。」

の突っ込みに男は一瞬足を止める、が、すぐにまた黙ったまま歩き出した。

「コラッ、流すなっ。」

は抗議したが男は何も聞こえていないかのように沈黙したままだ。
いつものこととは言え面白くない。
男の後ろをついて歩くの顔は膨れっ面をしている。
しばらく沈黙が続いた後、前を歩いていた男が口を開いた。

「何か思い出したのか。」

思わずははっとする。

「どうして。」
「お前は何か思い出すといつもボンヤリしている。
戦いの最中にその癖が出たら首が繋がっていないところだ。」
「そんなヘマしないもん。」
「油断はするな。一瞬の隙が命取りだ。」

男は言ってまたマントをバサァと翻した。
だから何の意味があるんだよ、とは思ったが今度は口に出して突っ込まない。
無駄な努力は仕事の大敵だ。

、」

男に突っ込む代わりには呟いた。

「ひどいよ、何でこんなのにあたしを預けたの。」
「それは私の台詞だ。」

の言葉は男に筒抜けだった。





ティファに勘付かれて面倒な思いをしたその日は夜になっても面倒だった。
はその時、店のカウンターにおいたコンピューターの前に座って
今までに集めた植物のデータ整理をしていた。
只でさえ廃墟と化したミッドガルから更に外れたこの土地は
夜になると人の気配が全くしなくなる。
聞こえてくるのはまだ僅かに生き残っている虫の音だけ。
そんな時、急に外から人の気配を感じ、はコンピューターの前で身を固くした。

ほどなく足音がする。おそらくは男のものだろう。
嫌な予感がしては眉間にしわを寄せた。
とりあえずは様子を見てみよう、と手を止めて様子を探る。
足音はどんどん近づいてきて、とうとう店の敷地内に侵入した。
と、同時に

「あだーっ。」

ドアの向こうから叫び声が上がった。

「てめぇ、このクソ花、さっさと離せよっ、と。」

どうやら番犬代わりに植えている食虫植物が侵入者を感知したらしい。
その声のおかげでどこの誰だかはっきりわかったので
はわざと放っておいてそのまま植物のデータ整理に勤しむ。
おかげで外はしばらく騒がしかった。

「いでーっ、また噛みつきやがったっ。」
「だから離れろってのっ。」
「あ、俺のグラサンーっ。」

侵入者は店が町外れで近所迷惑になる心配がないのを良いことに
喚き散らしている感じである。
がデータ整理を半分ほど終えた頃、また悲鳴が上がった。
今度は蔓ではたかれたらしく、激しく呪詛の言葉を吐き散らかしている。

ちゃん、おい、ちゃんっ。」

とうとうドンドン、とドアが振動し始めた。侵入者が足で蹴っている模様だ。

「開けてくれよー。」
「絶対嫌っ。」

拒絶すればドアの振動は一層ひどくなる。聞こえないふりをしてデータ整理に戻るが、
ドンドンという音が邪魔をして集中できない。
近所迷惑以前にこっちの鼓膜がどうにかなりそうだ。
そうして2時間ほど経った頃、とうとうはたまりかねて立ち上がった。
敵もさるもの、これだけ放っておかれてもドアを開けろ、とあらゆる手段を尽くして主張する。
正直、根負けした形だった。
鬱陶しさにイライラしながらは作業を中断、カウンターの下から救急箱を引っ張り出す。
そしてそれを片手にぶらさげてドアを開けた。

「いつまでやっとんねん、やっかましいな。」
「おおぅ、ちゃーん。」

ひょうきんな物言いに足元を見てみれば、食虫植物の蔓に捕まって
へたり込んでいる赤毛でスーツの約1名がいる。
相当やられたのだろう、手といい顔といいとりあえず肌が露出している所は
可能な限りの範囲で噛み傷だらけだ。

「ったく、何なんだよ、こいつは。」
「ああ、たまたま突然変異で出来た新種の食虫植物。
そのうち学会で発表したろかと思って。なかなかイカすやろ。」
「食虫植物ぅ〜?どこがだよ、人食いの間違いじゃねぇのか。」
「失敬な。まぁいくら不法侵入者といえど傷だらけは可哀想やからな、
ハイ、救急箱。使い終わったらそのまま置いてどっか行って。」

言うだけ言っては救急箱を侵入者の目の前に置くと、さっさとドアの中へ戻る。
と、同時に食虫植物には相手を解放していい、と合図を送った。

「何なんだよ、この扱いは、と。」

後手にドアを閉じれば、ドア越しに文句を垂れる声が聞こえてくる。

「ひでぇぞっ、愛があるのに愛がねぇっ。」
「訳のわからんこと言うなっ。」

は思わず自分もドア越しに突っ込んでしまった。


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