灯台下暗し

第16話 勝負(Side:???)

正直、ランキング戦という状況下で海堂に『ぜってぇ負けねぇ。』と言われてさすがにビビったけどコートに入ったら落ち着いてしまった。俺だって負けない、なんて思いがあったからだろう。例によって一部からは無茶だのアホだの言われるのはわかりきった話なんだけど海堂にあそこまで言われてビビったままってのも失礼な話だと思う。それに、

『もし、もしもだよ。もし、先輩が上がってきたらどうなるのかな。』

『僕、ちょっと見てみたいかも。』

勝手な思い込みだけど加藤が俺が見ているのも知らずにああ言っていたのが印象に残っていて、じゃあやらなくちゃってのもあった。

それはともかくとしてまずはトスだ、ラフを選んだら当たったので迷わず俺はサービス権を取った。いい感じだと思う。とりあえずノソノソと位置について焦るな、とりあえず入れるんだといつものように意識してたら

「よ、い、しょっ。」

本当ならもうちょっと歳取った人が言いそうなフレーズが口をついて出てきた。それはともかくとしてサーブは無事入る。けど相手はアホみたいに速いサーブを見慣れてる海堂だ、すぐ打ち返されて俺はそれを取りこぼしてしまった。

*  *  *  *  *

サーブはから、いい感じだなと独り言を言いつつノソノソとあの野郎は位置につき、とりあえず入れることだけ考えたトロい球を飛ばしてくる。拍子抜けだ。いや、待ておかしい。のこの傾向は前にランダムで試合に当たった時と変わらない、なのに俺は一体何を期待した。相手がだからって流石にかいかぶりすぎだ。すぐ打ち返す。はいきなり取りこぼした。ここで『ひでぇな、いじめだ』みたいな事をいきなり言わないだけまだマシになったか。

「よっ。」

の次のサーブ、今度はさっきより少しだけ気合いを入れて打ってくる。それでもトロくさい球で、のスイッチはまだ入ってないらしい。しかし考えてみれば人のことはどうこう言えないくらい短気ながこのへんでダブルフォルトをしでかさないのは意外だ。思い切りは悪いが少ないチャンスを落とさないように必死なんだろう。が、遠慮するつもりはないから返す。も動く。球はのラケットの上のあたり、フレームの先に当たってこっちには返ってこずに落ちていった。

「うー、やっぱダメか。」

やーな予感はしてたんだけどよ、とは呟くが俺は油断するつもりはない。いつもの当人は無意識で言ってることとやってることが逆ってパターンだ。こいつのことだからこの1ゲーム目は落として(もちろんわざとじゃなく)、2ゲーム目、遅くても3ゲーム目に調子を上げてくるだろう。のサーブ三球目、多少加減しつつも余裕で返す。取りこぼすかと思ったら、

「てりゃっ。」

意外だ、返してきやがった。思ったよりタイミングが早ぇ。一年の誰かだろう、あれ、と言ってるのが聞こえる。

先輩、もう集中モードなの。」
「まさか、今からあれやったらあの人すぐバテバテじゃん。」

他の奴等も何か言ってるようだが全部聞いてる場合じゃねぇ。即座に球を打ち返し、それでもはすぐ反応してくる。また返ってくる球、マジか。一ゲーム目でがまともにリターンし出すとは、俺は自分が思うよりあの野郎をなめていたのか。上等だ、来い。

*  *  *  *  *

今更すぎるけど手加減してくれてようがレギュラー常連のリターンはきつい。ぶっちゃけ1ゲーム目はすぐ落としてしまうだろうな、と自分では思ってた。だけどこれまた今更になって格上の化け物どもに何度も叩きのめされた事がここで生きてきたらしい。(本当今更すぎる気がするのはおいておく。)海堂が返してくる球が見えてきた。もちろん注意はしてるんだけど極端に力まなくても何とかなりだしたという感じだ。海堂は何も思ってないだろうけど自分では内心びっくりしている。内ではコソコソして外では鴨ネギだの砂だらけだの呼ばれてた俺が海堂相手にラリーをやってるなんて。む、ちょっと待て。

「このや、ろっ。」

危ないところだった、海堂の奴が少しペースを上げてきてる。何も思ってないと思ってたんだけど、俺が見えてきたことに気づいたのかもしれない。気をつけないとすぐ持ってかれるな。そもそもラリーはまだ続いてるけどまだ1ゲーム目のこの状態、先の対戦で既に消耗している俺がすぐぶっ倒れてエンドってことも考えられる。流れを即変えるような術を持っていないのは正直悔しい。とまで考えた所ですごくアホなことを思いついた。海堂にはもうバレている手だけどやってみるか。すぐ返ってくる球を俺はまた打ち返す。 海堂の目が少し驚いたように見開いたのが見えた。さあ、俺が思う通り反射的に動いてくれるか、あるいは意図を看破して違う形で来るか。どっちだ、海堂。緊張でラケットのグリップをいつもより強く握ってしまう。そして海堂は、

「かかったっ。」

思わず俺は声を上げ、でも体は既に海堂の打ったスマッシュに反応しててほとんど何も考えてないままにラケットを振っていた。

バシィッ

いい音がして球は海堂側のコートに決まった。

先輩がスマッシュ返したっ。」

加藤が叫んだのが聞こえる。

「しかもちゃんと決まったっ。」

堀尾も意外だと言わんばかりに声を上げる。他の連中も何かわぁわぁ言ってる。桃の返した時のアレまぐれじゃなかったのかよとか言ってるの誰だ、荒井か池田か、それとも林か。あ、でも言われても仕方ないわ。

「てめぇ。」

海堂がちょっと近づいてきた。口からはフシュゥゥゥゥという独特のあの呼吸が漏れる。

「わざとスペース開けて誘いやがったのか。」
「何か流れ変えたかったんだけど他に思いつかなくてさ。」
「そこで俺をはめるとはいい度胸だ。」
「だけどよ海堂、俺が返せるの知ってたろ。」

俺はここで一呼吸置く。(喋ってたら呼吸が少し辛くなった。)

「外すって思ったのか。」

海堂はぐっと言葉に詰まった様子を見せた。図星だったみたいだ。俺は俺で見栄を張ってはいたものの本当はちょっと胸が痛んでいた。すまん、本当にかかってくれるとは思わなかったんだ。俺にだってチャンスの1個くらいはあってもいいということにしといてくれ。

「やっぱりてめぇは腹黒野郎だ。」
「にも関わらず根気よく付き合ってくれるお前は有難いよ。」

海堂はいつものようにフンと鼻を鳴らした。

「言ってろ、悪質天然ボケ。」
「悪質とか天然はいい加減やめろ、このやろ。」

こっちはツッコミ疲れしてる場合じゃないっての。

*  *  *  *  *

海堂との対戦を見ていた他の部員達の多くは思わぬ事にざわざわしていた。俺からするとそんなに驚くことじゃないんだけど何も知らない方から見るとそういうものなんだろう。

「おらマムシーっ、何うかうかハマってやがんだよっ。」

ライバルがやらかしたことに少しイラッとした桃が野次を飛ばす。

「人に忠告しときながらなんてざまだ、てめー。」
「ホント海堂先輩どしちゃったんだろ、あんな単純なのにひっかかって。らしくないじゃん。」
「またやってしまったな。」

堀尾の疑問に俺は答える。更に1年トリオがどういうことですか、と聞きたそうにこっちを振り返ったから続けて俺は解説した。

「焦ったんだよ。本人は油断したって方向で今猛省してるだろうけど。」
「海堂先輩が、ですか。僕ちょっと信じられない。」
「だよなー、だって言っても、さぁ。」

加藤の発言に続いて堀尾が言う。彼なりにぼかしてたあたりにバレたらおっかない目にあうかもという不安があったと推測する。

「前にランダムで試合してもらった時と一緒さ。特に今回は1ゲーム目でが思うより粘ってるからね、尚更早く潰したかったんだろう。でも、」

俺は少しずり落ちてた眼鏡を直す。

「俺達の中では自分が一番を見てたのに彼が何か仕掛ける可能性を失念したのは言い訳出来ないだろうね。」

「てゆーか、海堂先輩何で忘れてたの。」

ここで意外な事に越前が話に参加した。

先輩、もともと嘘つきだったじゃん。」
「リョーマ君、さすがにそこまで言うとまずいよ。」

慌てた様子で水野が言うが越前は気にしている様子がない。そして越前の意見も否定出来ない。嘘つきという表現はともかくが本来の力をすぐに出さない癖があるのも海堂はわかってたはずだ。さて、どうする海堂。そう思いながらの方にも目をやると当の本人は消耗しているはずにも関わらずしっかり立っていた。立ってられるよう集中しているのはいいが試合そのものへの集中が継続出来ない可能性は約50%、危うい均衡だと思う。

*  *  *  *  *

してやられた、に。青学の中では誰よりもあいつを見ていたんだから油断できないってわかってたはずじゃねぇのか。自分の間抜けさに腹が立つ。人知れず格上の相手に挑んでは打ちのめされて、それでも立ち上がってくる奴が何もしかけないなんてどうして思った。

『俺が返せるの知ってたろ。』
『外すって思ったのか。』

の言葉が頭の中に蘇る。何も返せなかったのは図星だったからだ。たとえ俺の球を返してきても軌道は外れるだろうと見くびった結果があれだ。タイミングによっちゃこの1ゲームを落としてたかもしれない致命的な油断、今度こそ次はねぇ。だって普段はボケ面だが小細工が何度も通用すると思うほどアホじゃないはずだ。消耗してるわりに食いついてくるのはさすがだがとっとと終わらせる。 と、気負ったわりにはの方がさっきの一件で集中が途切れたのかその後ラリーはまともに続かず、あっさりと1ゲーム目は俺が先取した。

2ゲーム目、サーブは俺から。とっとと終わらせるって思いつつも実際の所は今でも少し迷いがある。本気で相手をする必要があると思う反面、あまりに早く終わらせたくないというのもあってどうも複雑だ。が聞いたら何て言うだろうか。てめぇ人に手を抜くなって言っておいて、と言うかもしれないし、まぁいきなり本気出されたら俺何も出来ないしな、と納得するかもしれない。(あの野郎ならどっちも考えられる)当のは今はまだやる気のようだ。俺が打った球をもう動いて返してきた。集中モードとかに入ったかどうか今回はさすがにわからなかったがもう驚かない。こいつならやる。それに当人は気づいてないだろうがゲームのペースが早くなってるところへここまでやってんのはさすがだ。だから、だからこそ。

「来い、っ。」
「スネイク来たっ。」

1年の水野が声を上げるのが聞こえる。がクソッと呟いたのが口の動きでわかった。信じねぇぞ、こら。どうせ何か対応するに決まってる。

先輩返す気みたいっ。」

加藤が解説するまでもねぇ。

「まさか、あの人前に試合した時スネイクに手も足も出てなかったじゃんっ。」

何度か見てんだからいい加減気づけ、堀尾。他の非レギュラーならともかくこいつはだ。思わず脳内で突っ込みながらも(の癖が伝染ったか)俺はから目を離さない。そのの目つきが変わった。来やがるっ。

「スネイクに追いついたーっ。」

1年トリオの声がハモった直後音がしてはスネイクを返してきた。

「フン。」

やっぱりだ、ランダムで当たったあの時から奴にスネイクが見え始めていたのはわかってた。今日返してきてもおかしくない。が、返したところでどうなるってもんでもねぇぞ、

「これで少し猶予が出来たよな。」

2ゲーム目が始まってからは黙っていたが俺が打ち返したのを更に打ち返してきながらまともに喋った。これはさすがにはったりじゃねぇな、本当に思ってることを言っている。

「余裕こいてると速攻削るぞ、こら。」

はハハ、と笑った。

「おーこわ。」

更に気が入ってない時のあののんきな口調では言う。が、ムカつきはしなかった。むしろ面白いと思った。スネイクを打ち返しにかかったらそのうちどうなるか今更知らないってこたないだろう。現時点で消耗してるのにまだ先があるというなら見せてみろ。またラリーの応酬、こっちが何度かスネイクで返してもはすぐ落ちない。気力でもってんのか、本当に大した野郎だ。

*  *  *  *  *

本当ならいつぶっ倒れてもおかしくないはずなのにそこまで深く考えてなかった。考えたらそれこそくじけて海堂に一気に持ってかれるのを本能的に悟ってたんだと思う。周りは気づいてるか否かわからないけど俺は今完全に集中モードに入ってるわけじゃない。そこで海堂のスネイクを返せたのは嬉しい。問題はあのブーメランスネイク、あれは今んとこ打たれたら集中モードを全開にしたところで足が追いつけない。消えるサーブよかマシとは言え前にうっすら見えたことだけでも奇跡だ。打たせないようにするしかない。とにかくやるぞ、俺は。部内では人知れず小突き回され、外では跡部と樺地に遊ばれ観月に嫌味を言われ千石に笑われ葵におちょくられ挙句切原にボコられた日々は無駄じゃないはずだ。(海堂や不動峰の連中、聖ルドルフの不二がわりと気遣ってくれなかったら気持ちの上で洒落にならなかったと思う。)海堂がまたスネイクを打ってくる。なめんなよ、毎朝お前と走ってただけじゃない、元々手塚部長に走らされてたことも多いんだぞ。自慢にはならないけど。でもどうする、そうそう倒れるつもりはないけど体力が少しずつなくなっていくのはわかってる。1ゲーム目は途中で一瞬集中が切れた隙にボコボコやられた。更に体力が減った状況でプチンと行ったら間違いなく終わり、あっという間に6ゲーム全部取られるだろう。何が出来そうだ、何かないか、何もないのか。

「あ。」

思わずつぶやいた時には体は勝手に動いていた。海堂の目がまた見開かれるのがチラッと見える。外野は多分何か言ってたろうけどその一瞬、俺には周囲が何言ってても聞こえてなかった。そして、

「コードボールっ。」

誰かが言ったのとほぼ同時にほんの少しの間とはいえ聞こえてなかった音が復活し、俺が打ち返した球はネットにひっかかって海堂が拾おうとしたあと一歩のところでぽろっと落ちた。周りがまた妙に騒ぐ。

「おい、どーいうことだよ。」
がコードボール狙って打ったっ。」
「もうあいつわけがわかんねーぞ。」

「あっぶねー、怖え。」

俺は呟いた。六角の葵におちょくられつつやりあった時奴が打ってるのを見といてよかった。でも俺がやると一瞬集中モードに入らないとダメだしそれでも成功率は低いしこれも疲れるな。

「睨むなよ、別に含むところはねーから。」

いい加減聞き慣れた息の音に反応して俺は言った。

*  *  *  *  *

、面倒事を嫌う思いと自分を隠したくない思いの間でフラフラしつつも爪を研いでいたなかなか興味深い2年生、俺は前から興味をもっていた訳だけど、今では他にも注目している奴はいたみたいだ。

「やってるね、海堂と。」
「やあ、不二。相変わらず試合終わらせるのが早いな。」
「君もね。」

クスリと笑いながら不二は言う。

「それよりお前がこっちを見に来るとは思わなかったよ。」
「面白そうだと思ってね。」

気まぐれなのかそれともが一瞬だけとはいえ消えるサーブを返そうとしてきたのを根に持っているのか。不二は例によって俺に表情を読ませない。

「それよりびっくりだよ、ずっとやる気はありそうなのに隠れてたがあれだけ必死になるなんて。乾、何かやったの。」

不二がいたずらっぽく笑う。

「俺は何もしてないよ。逆にに無茶苦茶言われっぱなしさ、失礼な奴め。」
「根に持たれたんじゃない。が部活の後に外で練習してるの君が尾行したこと。」
「そういうお前こそ弟を差し向けての練習に手を貸しただろう。が不二裕太にボコボコにされたことをボヤいてたって海堂から聞いたよ。」
「さぁね。」

食えない奴だ。不二だってには得体の知れない人扱いされているんだけどね。(因みに英二は五月蝿く首を突っ込む厄介な人、越前はちょっと前までのにとっては不要な騒動を起こす天敵扱いだった。の当初の評価基準が自分が面倒に巻き込まれないか否かだったからだろう。)ともあれ俺は本当に何もしていない。興味があったから観察はさせてもらったけど後は本人が自力で、あるいは海堂や他の連中に力を借りつつやった成果だ。
「おや。」
不二が呟く。
「コードボールか、は狙ったみたいだね。」
「ああ、正直これも意外だったよ。どこで覚えたのやら。」
「乾先輩でも知らない事があるんですね。」
1年の加藤が言う。
「俺だって全知全能ではないからね。ついでに意外なのは君達1年生の中にもを見てるのがいることかな。」
「誰も聞かなかったし誰も見なかったのに、ですか。」
加藤が遠慮がちに問う。
「ああ。」
俺が言うと加藤はしばらく迷ってるような顔をして黙った。やがて加藤はやっぱり迷ってる様子で口を開いた。
「あの、先輩ってずっと部の誰かになるべく見られないように練習したりしてたんですよね。あの人にとって今僕らや他の誰かが見てるのはいいことなんですか。」
「いいんだよ。は自分にもずっと嘘をつきながら隠れてたけどやっとその必要がないと自分で決めることができた。この辺は海堂の大手柄だ。」
ふと気づけば加藤だけでなく、堀尾も水野も俺をじっと見ていた。俺はこう続けた。
「あとはやるだけやろうとしている所を純粋に認めて、見てくれる人がにはもっと必要なんだよ。」
「ただし乾みたいに不要なレベルの情報まで集めるのはなしね。」
「不二、オチをつけるのはやめてくれ。」
いつからそんなキャラになったんだろう。
「ふふ、の影響かな。」
いつもの笑顔でいう不二に俺はやれやれとしか言えなかった。横で堀尾が先輩が聞いたらすっげぇ怒りそうだな、とつぶやいた。

作者の後書き(戯れ言とも言う)
スマホで長時間下書き打つとPC以上に肩と目が痛む気がする。

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