灯台下暗し

第1話 きっかけ

俺の名前は、。私立青春学園中等部の2年生で、テニス部に所属している。
好きな言葉は平穏、常日頃円滑な人間関係を求めてうっかり 目立たないように学校生活を送るよう出来うる限りで努力中だ。 学校なんちゅうこんな閉鎖空間での集団生活、表彰されるとか生徒会活動で学校にでかい貢献をしたとかいい意味で目立つんならいいけど何か変わってるとか、悪いことしたとかで目立ったりした日にゃえらいことになる。
人間関係もそれによって凄く左右されるから気をつけないと過ごしにくくなるしな。ヘタレでも何でも言うといい。基本的に人間なんて混乱とかトラブルを避ける為に臆病になりがちなもんであって、 そうじゃないものに対する憧れが漫画やドラマの商売が成り立つ要因だと思う。あ、そいつは飛躍しすぎか。いずれにせよ、俺にとって重要なのは波風が立たないことであり、自分がトラブルに巻き込まれないことは勿論他の誰かがトラブルを起こしたり巻き込まれたりしないことを常に願っているのだ。

だけど、平穏を望む者にとって周囲の環境は必ずしも穏やかには行かない。 当人が静かに過ごしてても周りがいらんことをするんじゃどうしようもないのだ。 特に俺の所属するテニス部ときたら、個性きつい奴らが多くて―特にレギュラー陣がそうなんだが― 必ず何かのトラブルを起こしやがるときてる。仲間同士で衝突する、他校の選手を怒らせる、逆にふっかれられた喧嘩に巻き込まれる等々、お前ら漫画のキャラかっ、と突っ込みたい。 筆頭として、後輩に当たる1年の越前リョーマは俺にとっては敵だ。 あいつの場をわきまえない挑発的な発言は内外を問わずいつも波乱を起こす。つーか、誰彼構わずのあの言いたい放題ぶりは最早悪だ、悪。あいつのあれはもう文化圏の違う育ちだからという問題じゃないな、当人の人間性の問題だろう。特に他校の選手を挑発するのは周りの心臓に悪いからマジでやめてもらいたい。しかし一番やめてもらいたいのは同じ学年のあいつらだった。

とある日のテニスコートに怒声が響く。
「てめぇ、今何っつったっ。」
「いってぇ、離せよ、このマムシ野郎っ。」
「やんのか、コラァッ。」
「上等だ、このヤロっ。」
「おいおい、またかよ。」
誰かが呟いた。俺が他の奴とラリーの練習をしようとしてた時のことだ。
さあ、サーブをしようと思ったらいきなり他から大声が上がってこの有様になったのである。騒ぎの源はわかりきっている、同じ2年でレギュラー入りしてる海堂と桃城だ。
「今度は何だ。」
「桃が海堂おちょくって薫ちゃん、なんて呼んだらあのザマだよ。」
「うわぁ、バカ桃、いらねぇことすんなよな。」
「それを冗談で受け流せない海堂も海堂だぜ。」
周りの連中がヒソヒソと囁きあう。でも誰も止めには入らない。
海堂と桃城のこの手の喧嘩はいつものことだ。こいつらと来たら、入部した頃からギンギンにお互いをライバル視していて何かにつけてすぐぶつかっている。テニスのことは勿論、今回みたいなしょーもないことまで気に入らなければすぐ相手に噛み付くのだ。で、今までに何度か同学年や1年連中が止めに入ろうとしたことがあるんだが、何分2人ともカッとなったら止まらず、仲裁人まで睨んで脅かす始末だから手に負えない。結局は手塚部長か、あるいは他の3年の先輩方に止めに入ってもらうのだ。権力者の介入で止まるのはいいが、止まるまでの間に両者のムードがどんどん険悪になっていくので周りはいつ流血沙汰になるかとビクビクものだし(あいつらは口どころか手もすぐに出るから)、
誰かが喧嘩状態になるのを見るのは誰だって気分がよくない。現に俺なんか、あいつらが揉める度にいつもイライラしている。2人の喧嘩のせいで関係ない俺らまで手塚部長に校庭を走らされたのは一度や二度の話じゃないしな。慣れたけど、やっぱり嫌だってヤツだ。
「早く終わらねぇかな。」
俺は呟いた。
「このままだと俺らまた連帯責任で走らされるぞ。」
「無理だって、。んなこと出来たらとっくに俺らのうちの誰かが止めに入ってるしな。」
「まぁなー。」
実際、海堂も桃城もお互い退く気がまったくなく、1年や2年が止めに入れそうな隙も作ってくれてないから手の施しようがない。が、ほぼ毎日のように平穏を崩すことが多い同級生に俺はかなり嫌気が差していた。何だってこいつらのせいでこんなにイライラせにゃならんのだ、大体、非レギュラーはお前ら以上に練習しなきゃいけないんだぞ、これじゃおちおち練習出来なくて実力を伸ばすも何もなくなるだろうが。ったく、何だって3年生も顧問もいない今に限ってこんなことに。一瞬、止めに入ってやろうかという危険な考えがよぎる。いや、待て待て。んなことしたら無駄に目立ってこの先やりにくくなるぞ、俺。平穏と円滑な人間関係の為には妙な目立ち方をしないことが肝要、
多分こんなタイミングで止めに入った日にゃ海堂にも桃城にも『余計なことすんな』ってすごく睨まれるだろうし、今後敵視されそうで怖い。だがしかし今日は暑く、俺の不快度は120%だった。

プチッ

頭の中で何かが切れる音がしたのは気のせいだったろうか。
ふと気がつけば、俺は他の連中をどけながらズンズンと騒ぎの渦中へ足を運んでいた。誰かが、え、が何で、とか、まさかあいつ止めに入る気なのか、とか言っているのが聞こえる。でも、こっちはそれどころじゃない。やってきた約1名にはまったく目もくれず、海堂と桃城はとうとう掴み合いまで始めていた。もー、こいつら我慢ならねぇっ。毎度毎度、
「いい加減にしやがれっ、この阿呆共っ。」
テニスコートにとても自分とは思えない声とバキッ、ドカッという打撃音が響く。と思えば、ドサァッという重い音がしてふと気がつけば海堂も桃城も尻餅をついていた。
「お前らいつもいつもうるせぇんだよ、ライバル心燃やすのはいいが俺らにまで迷惑かけんな、落ち着いて練習できねーだろーがっ。」
頭にきて一方的にまくしたててしまっている俺を、海堂と桃城は2人して頬を押さえて見つめている。予想外の外部ファクターの威力は凄かったらしい。で、とうとう、海堂がポソリと呟いた。
「誰だ、おめぇ。去年からうちの部にいたか。」
目立たないようにする努力は、行き過ぎるとたまにこういうさみしい目に遭うことがある。
「去年からいるよ、嘘だと思うなら名簿見やがれ。」
そもそもお前と同じクラスだ、このヤローッ。とまでは言わず、ポカンとしてる2人を尻目にプンスカしながら元の位置に戻って俺はきがついた。うかうかとやってしまったことに。同学年の皆さんと1年生の皆さんよ、頼むから俺をそんな目で見るな。俺は別に怖くもないし、かといって英雄って訳でもねぇから。

3年生の皆さんと顧問の先生が戻ってきた時には、俺らは通常通り練習をしていたのだがレギュラーが約2名、(つら)に殴られた跡があったのと全体に何かあったっぽい雰囲気がまだ残っていたのか、きっちり何があったのか問いただされることとなった。おおっぴらに公表させられた訳じゃないんだがまず最初に海堂と桃城が顧問の竜崎先生にベンチへ呼ばれ、その後手近な奴に話を聞いて回ってたらしき大石副部長に俺がとっつかまった。そういや、副部長に話をしてた1年生―確かカチローって呼ばれてる奴―が俺のこと指差してたなぁ、やれやれ。 ってな訳で、俺は海堂や桃城と一緒に竜崎先生の前に立たされた挙句にブツブツと長いお説教を食らう羽目になった。先生が俺におっしゃるところによれば、止めに入ったのはいいが暴力で事を解決するのはよくないってことだった。
確かにおっしゃることはよくわかるけどさ、いつも口で言っても聞いてくれない奴ら相手にどうしろってんだ。勿論口ごたえせずに大人しく話は聞いたが、釈然としないものがある。後で大石副部長がこっそりと、
「大変だったな。とりあえず、あいつらを止めてくれて助かったよ。」
と、フォローを入れてくれなかったらずっとモヤモヤしっぱなしだったかもしれない。決まりが悪かったのは海堂と桃城も一緒だったようで、竜崎先生から解放されてから即刻、俺に悪かったと謝ってきた。俺も殴って悪かった、と返し、後は3人揃って手塚部長の命でグラウンド10周をすることとなった。
「しっかし、まっさかな〜。」
「何だよ、桃城。」
「まさかと走らされる日がくるなんざ、夢にも思ってなかったな。」
「俺だってまさかこうなるとは思ってなかったよ。つーか、やべぇどうしよう、自業自得とはいえ、俺の平穏が壊れる。」
「ハッハッハ、まぁ頑張れや。」
「お前らのせいでこーなったんだろーがっ。おい海堂、どー思うよ、この無責任発言。」
俺が話をふると、海堂はハッとしたようにこっちを見た。
「聞いてなかった。それよりお前ら、私語を慎め。周数増やされるぞ、俺は構わねぇがな。」
そら海堂にとっちゃ、周数を増やされてもあんまし問題ないわな。寧ろ丁度いいハンデか。でも俺は海堂みたいに持久力の鬼って訳じゃないから周を増やされると大分困る。今でもへたりそーな気分だ。そういや、海堂も桃城も足におもりつけたまんまだったよな、どうやったらそれでその速度を維持出来るんだよ。こっちはついてくだけで必死だってのに。結局途中から3人とも無言になり、2人は先へ先へと走っていってしまった。俺はヘロヘロで一番最後に10周分を終えて、更に練習も普段どおりにこなさないといけなかったからマジで死ぬかと思った。

部活が終わって片づけも済ませたら、後は部室で着替えてちゃっちゃと帰るだけだ、普通の奴なら。現に他の2年や1年はゾロゾロと部室に入っては着替え終わって1人、2人と鞄を背負って出て行く。そんな中、俺は部室に入っても着替えずにそのまま鞄を掴み、どさくさに紛れて部室を出る。何でそんなことをするかっていうとまぁ事情がある訳なんだが。でもいつもなら部室を出てそのまま校門へ行けるのに今日はそういう訳にいかなかった。例の1件で俺に興味を持った奴がむやみに話しかけてくるのだ。こないだまで俺の存在にすら気づいてた様子がない奴までも注目してるあたり、人間っちゅうのは勝手なもんだ。 これだから妙なきっかけで目立つのは嫌なんだよな。正直鬱陶しいのでいい加減な返事をして周りを振り切り、部室を飛び出した。当分は噂で悩まされる日々が続きそうだな。ま、すぐに鎮火するだろうけど。さぁ、今度こそ行こうと思ったら、
「おい。」
また声をかけられて足を止めないといけなかった。今度は誰だよ、と思ったら海堂だった。頬に貼られた湿布がちょっと痛々しい。やっぱやりすぎたな、と反省する。 これから学校でまだ自主練でもするんだろう、海堂はまだレギュラージャージのままだ。いや、そんなことより問題なのは、
「な、何だ。」
そもそも何でこいつが話しかけてくんだ。人の疑問も知らずに海堂はこう言った。
「本当に去年からいたんだな。」
本当に名簿調べたんか、律儀な奴だな。
「まぁな。」
「クラスも同じなのに全然知らなかった。」
「そらそうだろ。」
普段目立たないよう努力してる奴を、テニス以外で他人に興味がない奴が 感知できるはずがない。心の中でそう思ったが、口にはしない。しかし海堂は俺の言い方に疑問を持ったらしい。
「どういう意味だ。」
そんな角が立ちそうなこと、言える訳ねーだろ。とも言えず、俺は適当なことを言う。
「あ、俺、存在感薄いって言われるタイプでさ。
よく言われんだよ、いるの気がつかなかった、みたいなこと。」
嘘じゃない。違うとすれば、意図してやってるかやってないかだ。海堂は納得したらしく小さく、そうか、と呟いた。俺はうんうん、と頷く。それはいいんだが、これ以上どんな会話をすればいいんだ。
「で、何か用か。」
このままだと気まずい沈黙状態でしばし固まらねばいけない事態を予想して俺は言った。
「ないなら俺もう行っていいかな。」
「どこへいく。」
「帰るんだよ。」
「着替えもせずにか。」
お前に関係ないだろうが。
「急いでるんだよ。」
これ以上聞かれるのが嫌で、俺は一方的にじゃあな、と言ってその場を走って去った。
海堂が何で俺に話しかけてきたのか訳がわからなくて逃げたとも言う。

思った通り、次の日朝練で登校したら先にきてた連中が来たぞ、あいつだって目で 俺を見てきた。俺が通ると、ささっと道を開けるし、しかもそれが2年や1年だけじゃないと来た。3年にもなってそれはどーなんだ、と思うけど見なかった振りをする。鎮火するまでの辛抱だ。その間に妙な事が起こらなければ、多分大丈夫のはずだったのだが、
「ウッス。」
ベンチに鞄を置いて着替えてたら、挨拶されたのでそのまま普通におはよーさん、と返す。が、そういえば誰だっけと何気なく横を見たら、
「いっ。」
よりにもよって海堂だった。何ということだ、妙なことが起きてしまった。思わずマジマジと見つめると、
「何か用か。」
「い、いや別に。」
にらまれてしまった。そもそも何でお前が俺に挨拶するんだよ。落ち着かないので俺は急いで着替える。何か悪い予感がしてチラと後ろを見たら、やっぱり他の連中が何事かって目でこっちを見ていた。
そうかと思ったら、
「ね、ね、君さ、海堂と仲良くなったの。」
「は。」
練習が始まると、朝っぱらから訳のわからんことを聞いてくる人がいる。
「急になんですか。」
怪我してるでもないのに絆創膏を頬につけてる変わった先輩に、俺は問い返す。先輩は、だってさぁとニヤニヤ笑う。
「昨日、桃と海堂の喧嘩止めたの君でしょ、あれから何かあったのかなって。」
「別に何も。」
何かあったとすれば、海堂が俺の存在を認知したくらいじゃなかろうか。
「うそだー、だって海堂が自分から誰かに話しかけるなんてないじゃん。」
知らねーよ。確かにそういうタイプじゃないのは見てたらわかるけど。どうでもいいけど、この人も大概うるさいな。どうやって撃退したものか。
「あの、菊丸先輩、あんまり喋ってると怒られますよ。俺も練習ありますし、すいませんが。」
菊丸先輩はえー、ケチーと意味不明の不満を上げる。まったく、いつもこんなのの面倒を見てる大石副部長が気の毒だ。
「あと、念のため申し上げときますけど、」
だめ押しで俺は慇懃無礼に言った。
「俺の名前はです。その気がおありなら覚えといてもらえたら嬉しいかと思います。」
菊丸先輩はシュンとなったが、悪いけど構ってられないと思った。でも一難去ってまた一難、今度は後ろでクスクス笑う人がいる。
「不二先輩、何か。」
「あれ、僕の名前覚えてるんだ。」
同じ部にいて天才の誉れ高いあんたの名前覚えられない奴がいるのか、俺はそこまで無頓着じゃない。
っていつも人に興味がなさそうだから覚えられてないと思ってた。」
確かに他人様に大きな興味がある方じゃない、意外と見てる人っているもんだな。侮れない。
「で、どうしたんですか、俺何かまずいことでも。」
「ううん、ただ英二が後輩にあそこまでシュンとさせられるなんてそうないもんだから。桃と海堂の間に割って入るし、君って意外と面白いんだね。」
「別に、俺はつまらない人間っスよ。雑魚ですし。」
不二先輩はへー、そうなんだ、と明らかにそうは思ってない言い方をした。あんたら一体何なんだ、勘違いしてないか。つーか、海堂が俺に話しかけるのは他学年にも天変地異なのかもしれんが、びっくりするのは俺本人で十分だろうが。

朝練が終われば、当然授業がある。
が、訳のわからんことが連続したせいで1時限目から俺はぐったりしていた。担任がくるまで机に突っ伏してボーッとしてたら、ガインッと机の足を蹴られる。
「てめ、海堂。いきなり何しやがる。」
ってゆーか、こいつまた出たっ。
「朝からダレてんじゃねぇぞ、コラ。」
「うるせーな、こっちは朝もはよから訳のわからん事態に巻き込まれて疲れてんだよ、
先生来たらちゃんと起きるからほっとけや。」
大体、お前のせいってのもあるんだぞ、とはさすがに言えないけど。
「フン、どうだかな。」
失礼な奴だ。
「で、お前こそどうしたんだよ。隣の席でもないのにわざわざ。」
「別に。腑抜けた面している奴が目に入って不快だったから来ただけだ。」
ひでぇ言われようだな、おい。
「別にほっときゃいいじゃねぇか。」
「うるせぇっ、俺の勝手だろーが。」
何故か海堂は顔を真っ赤にして怒鳴った。

言い方は悪いんだけど、海堂の奇行は続いた。それまでまったく俺の存在を認識してなかった奴が昨日の一件だけでこうも変わるもんだろうか。どういうつもりかは知らんが、次にこいつはパソコンの授業でわざわざ俺の隣に座った。嫌って訳じゃないけど不思議でしょうがない。隣に座ったからとて何か話をふってくる訳でもなく静かに教科書に目をとおしてるし、授業中は当然黙々とやってるし、俺の隣に座る必要性を感じないのだ。
妙だ妙だと思いつつの今日は前にやったウェブサイトの作り方の続きをやる。先生の説明を聞きながらキーボードをパコパコ打つが、この先生はどうも話が早くて面倒だ。実際、苦戦して途中で先生にヘルプを求めてるのが多い。
俺は幸いついていっていたが、そういえば隣の約1名は、と何の気なしに横を見る。海堂は、どうも苦戦してるようだった。気の毒に顔を真っ赤にして、何度も打っては消し打っては消しを繰り返している。先生は他の連中の面倒でいっぱいらしくまだこっちにまで気が回ってない。その間にも海堂は更に焦ってるのか、キーをバシバシやってる。これはさすがにダメだ、ほっとけない。こそっと隣から海堂のとこのモニタを覗き込んで俺は声をかけた。
「海堂、海堂。」
「うるせぇ、授業中に話しかけんな。」
あ、こら、てめぇ。

ペチッ

「いいから、落ち着け。」
軽く頭をはたいたら、意外だったのか海堂がポカンとして俺を見る。俺はそれには構わず、モニタを指差す。
「海堂、お前、2行目と3行目タグ閉じ忘れてる。これじゃレイアウト崩れんの当たり前だ。」
海堂は事がわかったらしい、黙って俺が指摘した所を直す。
「ついでに言うけど、ちゃんと上書き保存してブラウザ更新しないと直したとこ反映されないぞ。」
海堂はこっくりと頷くとマウスを操作した。顔が一瞬輝いたように見えたのは気のせいか。とりあえず無駄に早いペースに何とか海堂は追いつき、当の先生は生徒の孤軍奮闘ぶりにはまったく気づかずそのまま授業を続行した。
「おい。」
授業が終わってから、教科書をまとめてたら海堂がまたまた話しかけてきた。
「何だ。」
「その、助かった。」
「ああ、あれか。別にどうってことねぇよ。難儀してるのほっとくのも何だったし。」
「変な野郎だ。」
「お前が言うな。」
いけね、つい口に出して突っ込んじまった。案の定、海堂はまじまじと俺を見ていてものすごく決まりが悪かった。

その後更に妙な事は続いて、とうとう昼休みには俺は海堂と昼飯を食うという状態になった。
誘ってきたのは例によって向こうからだ。何でまた、と思ったけど断る理由もなかったのでそのまま誘いを受けて海堂の前の席を拝借する。おうおう、それにしてもクラスの連中の目がうるせぇこと。昼飯くらい静かに食わせろ。この分だと、話が隣のクラスにまで伝わって、部活の時間になったら桃城が俺んとこにすっ飛んできそうだ。
「お前、弁当凄いな。」
「そうか。」
「いや、間違いなく凄いぞ。重箱持ってくる奴なんて初めて見た。」
「そういうてめぇのはどうなんだ。」
「悪かったな、森林迷彩柄で。おかんが安かったからって適当なの買ってきたんだよ、俺の趣味じゃねぇ。」
海堂はどうだかな、と失礼なことを呟く。
「くそ、やけくそでリアルツリーの柄探してきてやる。」
「専門用語を乱発すんな、それに恥をかくのはお前だ、俺には関係ねぇ。」
そらまぁそうだが、もうちっと言い様はないのか。そのまま会話はいっぺん途切れて2人で黙ったまま昼飯を口に運ぶ。何か落ち着かない、どうやったらこいつと会話が続くんだか誰か教えてほしいもんだ。気まずいと思いつつ飯を食うってのはキツイもんがある。が、幸いなことに話のネタがすぐ側にあった。
「なぁ、この猫じゃらし、一体何だ。」
聞いた瞬間、海堂はウグッとなった。
「て、てめぇにゃ関係ねぇっ。」
「そら関係ないけどさ、こんなもんテニスバッグからはみ出てたら普通誰でも気にするぞ。何だ、お前んち猫でも飼ってるのか。」
「飼ってねぇ。」
「じゃ、何で。」
聞くと海堂はみるみるうちに耳まで真っ赤になった。七面鳥じゃあるまいし、よく顔色の変わる奴だ。
「関係ねぇっつってんだろ、これ以上首突っ込むと痛い目に遭うぞ、この詮索好きが。」
ホントこいつ口悪いな、人のこと言えた義理でもないけど。いずれにせよ、これ以上うるさくすると本当に殴られる恐れがあるのでやめておいた。また静かに食っていると今度は海堂が言う。
「お前、」
「何だ。」
「いや、やっぱりいい。」
よくわからんな、つくづく。ま、いいか。結局これ以上会話が続かないまま、俺らは黙々と昼飯を平らげてそのまま昼休みは終わってしまった。

まぁそういう訳で俺、と海堂薫は突然妙な具合に関わりを持つことになった。とりあえず今言えることは一つ。人生何があるやらわからない。

続く

作者の後書き(戯れ言とも言う)
ほにょにょん本舗初の男性主人公夢です。
短編の予定が、どんどん膨らんで結局いつものとおり連載となってしまいました。
頑張ります。 2008/09/14

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