義妹と俺様 ―里帰り― 前編

盆休みに里帰りをした。つっても俺じゃねぇ。
里帰りしたのは義妹の方で、俺はこいつの付き添いだ。
それもわざわざ神戸くんだりまで。


「で、何で新幹線なんだ。」
「別にええやん、乗りたかってんもん。」
「んなもん、飛行機で行きゃいいだろうが。」
「前乗った時、気分悪なったから嫌や。」
「だからてめぇは現代人じゃないってんだよ。」
「ほっとけ。」

クソ生意気な義妹は言いながら
鞄からポテトチップスを引っ張り出して(かじ)りだした。
齧りながら窓の外を見て、あ、すごい、山がいっぱい見える、
なんぞと小学生みたいなことを抜かしている。
いい気なもんだぜ。
尤も、こいつが大人びたことを言った日にゃ
十中八九病院に連れて行くがな。

「にーさん、見て見て。田んぼがすごいで。」
「ハン、ガキが。」
「いっつもそればっかりやな。」
「うるせぇんだよ、いいからずっと窓見てろ。」

言えば何やらブツブツ呟いて義妹は再び窓の外を眺める。
どうもそんなに邪険にしなくても、といったことを言ってたらしい。
何も知らねぇこいつに、俺はしょうがねぇ奴だと思う。
まぁ知らないのは当たり前で、俺がに本当のところを言わないからだ。
言ってやればいいのかもしれない。
部活でも忍足に『ちゃんと言うたれや。』と言われたことがある。
ついでにあの野郎は、
『言わんかったら、自分トコの妹メッチャ鈍いから一生兄貴のこと、
シンデレラに出てきそうな意地悪にーちゃんや(おも)てんで。』
と余計なことも抜かした。

余計な部分はともかく、言ってることは尤もなのはわかっていた。
が、どうにも気が乗らない。寧ろ、は何も知らなくていいと思った。
言ったらうちの義妹のことだから、妙な遠慮をするようになりそうだ。
それだと俺が面白くない。こいつはそのままでいい。少なくとも、今のうちは。

。」
「何。」
「何じゃねぇ、いつまで兄をほっとくつもりだ、ああ。」
「さっきは窓見とけ言うたやん。てっきり寝てるんか(おも)たら、勝手なやっちゃな。」
「ごたごたうるせぇ、妹の役目くらい果たせ。」

義妹がまた何か呟いたのが聞こえた。

「俺は常日頃自分の責務を果たしてるぜ、これくらい当然の権利だ。」
「ホンマ、タチ悪いわ。」

言いながらも義妹はこっちに向き直る。
手にはまだポテトチップスの筒を持っていたから俺はそこから1枚失敬した。

「随分味が濃いな、もうちょっとマシな味はなかったのか。」
「そうかなぁ、おいしいと思うんやけど。」

言って義妹はバリバリ食っている。俺が勝手に失敬したことには触れない。
人のことを自分勝手だと主張する割には矛盾しているが、
こいつのいつものパターンだ。

「それにしても、帰るの久しぶりやなぁ。いつぶりやったっけ。」
「1年経ってねぇだろ、大袈裟すぎだ。」
「せやったなぁ。でもメッチャ長いこと経った気がする。」
「ほう。」

確かに当人にとっちゃそんなもんだろう。
親戚でも何でもねぇ赤の他人に引き取られて、
放り込まれた今までと全く違う環境に馴染もうと必死になってりゃ、
時が経つのが妙に早く感じるのは当然だ。

「おい、それもう1枚寄こせ。」
「何や、食べへんのかと(おも)た。」

馬鹿みてぇな話だが、しばらく俺らはそうして喋りながら
交互にチップスをつまんでは食っていた。

そのうちバカ義妹は食うのも喋るのにも飽きて眠ってしまった。
俺はその横でぼんやりと窓の外を見つめていた。

新幹線が神戸に着いたのは、東京を出てから実に3時間後だった。

神戸に到着してから、泊めてもらうことになっていたの親戚の家に向かった。
曰く長らく疎遠だったという話だったから嫌な予感はしていたが、
案の定義妹とその親戚との再会はぎこちなく、鬱陶しい空気が流れていた。
疎遠だったとはいえ、そのよそよそしさは俺から見れば異常で、
昔からは親戚に相当嫌がられていたとしか思えない。
確かにガキっぽさが目立つし俺には生意気を抜かすが、
そこまで素行がひでぇ訳でもないのにこの冷遇ぶり、一体何があったのか。

それに予めわかっていたこととはいえ、わざわざ東京から義兄がついて来たというのも
この親戚連中にとってはいいものではなかったのだろう、
奴らがの見ていない所で世間体がどうのこうのとコソコソ言ってやがるのを
俺は聞いた。
世話になっている以上、文句を言うつもりはないがかなり腹立った。
そんなに世間体が気になるなら始めからこっちが泊まることに了承すんじゃねぇよ。
大人の癖にはっきりしやがれってんだ。

ったく、遠くの親戚より近くの他人とはよく言ったもんだぜ。

そういった不愉快なことはあったが、その日はとりあえず休むことになった。

「ひでぇ親戚だな。」

その夜、布団の中で俺は言った。

「自分とこの孫がわざわざ戻ってきて顔見せてんのに、喜びもしねぇ。」
「うちは親戚中でも変わりモン扱いやったからな。考え方が根本的に合わへんねん。
せやからそんな親に躾けられた娘も好かんみたい。」

さすがの俺も聞くんじゃなかったと思った。
どうしようもねぇな、ここんちの事情は。


次の日はこの感じの悪い親戚と俺達での親の墓参りに出かけた後、
2人だけでの育った町に向かうことにした。
親戚連中はそのことに何も言わなかった。
義妹が家の中にいない方が都合がいいんだろう。
本人不在なら存分に悪口も言えるしな。

こっちだってなるべくあんなうぜぇ連中と顔を合わせたくねぇ。
まったく、大人ってのは時々子供以上にどうしようもねぇもんだ。

そんなこんなで今、俺は義妹と共に電車のホームに立っていた。

「遅い。」
「しゃあないやろ、休日ダイヤやねんから。ちゅうか、電車待ちもまともに出来へんの。」
「うるせぇ、こんな間隔あいてるローカル線とは思ってねぇだろが。」

義妹は、言うてることがメチャメチャやな、と呟きながら
あまり人のいないホームをぐるっと眺め回す。

「何か電車の駅だけでも懐かしいな。」
「まだ肝心の目的地に着いてねぇだろ。」
「そうやけど、やっぱりそう思うで。」
「安上がりな奴だ。」

電車はが1人で気の早い懐かしがりをしている間にやっと来た。
15分に1本って間隔は有り得ねぇと思う。

そうして(のろ)い電車を何度か乗り継いで着いたのふるさとは
思った以上に小さな町だった。
多分住宅用地として開発された所なんだろう、
大半はマンション、それと大学みたいな学校関係の建物、他には駅とバス停、
中心に買い物をする場所、後は山ばっかりだ。

「ド田舎だな。」

俺は思わず口にした。

「ド田舎言うな。」

が平手突っ込みを入れてくる。
だが、事実だろうが、と思った。
生活に最低限必要な施設以外に娯楽の場所など皆無、
こんなトコによく住んでられるもんだ。

「うーん、空気が全然ちゃうなぁ。」

が言った。大して変わらないだろう、と言いかけたが
ふとした拍子に感じた緑の匂いに確かに事実だと気づく。
人が少ないとこんなに違うもんか。

「にーさん、行こう。」
「どこへ。」
「あっち。」

義妹は先に立って歩き出す。俺は後を追う。
いつもと逆なのが何となくおかしかった。
がどこへ行こうとしているのかはまったく見当がつかなかった。
俺はとにかくついていくだけで、歩きながら辺りの景色を見回す。
人通りは極少なく、見える建物は団地の住宅ばかりだった。
時折小さな公園があったが、夏休みってわりにガキの姿も見えない。
旅行か、あるいは今時のことだから塾か。

本当に何もないところだったが、歩いているうちに俺は
ここが静かでとても穏やかな所であることに気がついた。
風の音や虫の声がよく聞こえる。そういえば、長らく町中で
そんな音を聞いたことがあっただろうか。

前を歩く義妹の後姿を見守りながら、こいつは一体この町で
どういう風に過ごしてきたのだろうかと考えた。
そういえば一度もあいつからその手の話を聞いた覚えがない。
時折ちょろっと漏らす程度で、それ以上は口にしたがらないのが常だったと思う。
俺も普段は気にかけなかったから
―俺にはそれ以上に考えなければならないことが山積だ―直接聞こうともしなかった。

今更だが、俺はのことを何も知らない、と思う。
妹だと公言してしょっちゅう連れまわしてるくせに何たる話だ、
と思ったら馬鹿馬鹿しくて笑えて来た。

駅から随分歩いたな、と感じ始めた頃が足を止めた。
足を止めたのはとある団地の入り口だった。
5階建てで灰色のビルが幾つか立ち並ぶそこはまだ日は高いはずなのに、
人の気配がまるでない。
本当に人が住んでんのか、と一瞬疑ってしまったくらいだ。
窓を見る限り、住民がいるのは間違いはなかったが。

「あっちの方。」

唐突にが言って、真っ直ぐ指を指した。

「あの奥の方に住んどってん。」
「ほう。」
「親が死んでから引き払って人手に渡ったけど。」

言ってからは指を下ろして、寂しそうにその方向を見つめる。
しばらくはそうしてじっとしていた。
あまりに動かないものだから俺は言った。

「近くまで行くか。」

俺の提案には首を横に振った。
余計なことを思い出しそうだし、顔見知りに会うと面倒だと言う。
無理をさせるつもりはなかったから、あっさりと義妹の希望に沿って
そこから立ち去ることにする。

「次はどこに行く。」
「昔遊んでた公園があったからそこ行きたい。」
「そうか。」

俺はそれ以上何も言わずに従った。
今日はが中心だ、こっちがどうこう言うことはない。
要はこいつが危なくないように見てやればいい。
何をしてやれる訳ではないけれど。


義妹と俺様 ―里帰り― 後編へ続く

2007/08/05


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