義妹と俺様 ―ペット<猫編>―

知ってるかもしれねぇが、うちのは犬が嫌いだ。
言うところによると、ガキの頃近所の犬に耳元で思い切り吠えられて
それ以来すっかりビビっちまったらしい。

それだから一時期あいつがうちの犬の散歩に行く時は大騒ぎだった。
犬に吠えつかれて怯える、頚動脈を噛み切られそうになったと騒ぐ、
引きずられてギャアギャア叫ぶ、とうるせぇことこの上ない。
情けねぇ話で笑えるが、奴に言わせると

『いっぺんにーさんも同じ目に()うたらええねん。』

ときている。
耳元で吠えつかれたくらいでトラウマになるてめぇが弱いんだよ、と
返したら

『この冷血兄貴っ。』

と抜かしやがった。


犬だけに限らず、うちのバカ義妹は動物全般が苦手らしい。
どう扱えばいいのか見当がつかないからとか何とか言ってやがるが
結局のところ、ビビッてるだけだろう。
相手が動物だろうが人間だろうがこいつには大した違いはねぇ。
知らねぇもんにはトコトン怯える、それだけだ。
そのくせこのバカは猫だけはやたら気に入ってやがった。

その日は水曜日で部活がオフの日だった。
俺は生徒会の用事があったから放課後も学校に残ったが、
は待たせてもしょうがねぇ―寧ろ邪魔だ―から
さっさと1人で帰らせた。
いつもなら無理に留め置くくせに何なんだ、と文句を言ってたが知ったこっちゃねぇ。

何だかんだで用事を済ませて家に帰ればいつものように使用人に迎えられる。
はどこかと聞いたら、部屋に上がっていったという。
それはいいがメイドがついでに笑いを噛み殺してやがるのは
一体どういう訳なんだ。
が来るようになってから俺が奴の話を持ち出すと使用人達はよくこうなる。
何故だかまったくわからない。何か問題でもあんのかよ。

釈然としねぇものを感じながら自分の部屋に行こうと階段を上がったら、

「ほれほれー、こっちでちゅよー。」

廊下から(かん)に障るような頭の悪い物言いが聞こえた。
どこの阿呆だと思ったが、声からして他に思い当たる阿呆はいない。
今度は一体何をやらかしてんだ、と廊下を突き進むと
ブラウスとスカートをつけた物体が丸まってやがる。
モゾモゾ動いているのが面白かったからちょっと蹴っ飛ばしてやった。

「イテッ。」

物体が飛び上がった。
と同時にババッと何かが飛び退(すさ)った音がする。

「何すんねんっ。」

怒った物体が振り向く。

「何はこっちの台詞だ、恐れ多くも兄の通り道を塞いでんじゃねぇよ、このバカ。」

一瞬沈黙が流れる。

「何か言いたそうだな。」
「い、いや別にー。」

バレバレだ、阿呆。

「で、今日のお嬢様の奇行は一体何だ。」
「奇行ちゃうわ、ナルシスト。」

余計なことを言いやがったのでもう一発入れる。
義妹は痛い、今度ははたいたとか何とか騒ぐが無視だ。
騒ぐボケの足元に何かがよってきた。
うちで飼ってる猫だ。
猫がよってきた途端、義妹の態度が変わった。
(かが)みこんで、おおよしよし、と猫の毛皮を撫で回す。
ここで俺はバカガキの手に猫じゃらしが握られてるのに
やっと気づいた。
どうやらこいつは廊下で猫と遊んでいたようだ。

「いい年して猫とじゃれてんじゃねぇよ。」
「ええやん、反社会的なことをしてるんやなし。」

猫を抱き上げてなでながらバカが言う。
よく思うんだが、こいつの生みの親は娘が14になるまでの間
一体どんな躾をしてやがったんだ。
こいつの口からはしょっちゅう妙な言い回しが飛び出してくる。

「誰がそんな話をしている。」

俺は言った。

「家ん中のペットは2匹で充分だ、3匹目はいらねぇよ。」
「誰がペットや、ボケ兄貴っ。」

怒声と一緒に猫じゃらしが飛んできたが、痛くもかゆくもない。

そうやってすぐ噛み付くからペットだってんだよ、バーカ。


別の日、部活が終わってから家に戻ってきてみれば
また義妹の姿がなかった。
着替えてから気紛れに居間によってみれば
義妹はそこにいてまた猫と遊んでいた。
奴の周りには猫じゃらしや鼠の形をした玩具が転がっている。
俺や他の家族が買った覚えがないから、多分人が見ていない隙に
が自分で買ったんだろう。

「ん、こっちがええんか。アンタええ毛皮しとんなぁ。」

猫の毛皮をなでながらはご機嫌だ。
猫の方も喜んでいるらしい、腹を出してごろんと寝転がり
うっとりしている。
この猫、俺といる時はあまり反応しねぇんだが、まさか人を選んでんのか。

人が見てるのも知らず、猫と義妹は遊び続けている。
どー見ても動物が2匹いるようにしか見えなかった。
義妹の奴はとても猫って感じじゃなかったが。

やがて猫は飽きてきたのか、を無視するようになった。
義妹がいくら呼んでも、猫じゃらしを振ってみても目もくれず、
トトトッとこっちにやってくる。
何故かバカ義妹はその後を追ってきた。

「何や、もう終わりかいな…って、ゲッ、いつの間にっ。」

俺を視認した瞬間のこいつの台詞はこうだった。
ゲッって何だ、ゲッて。
足元によってきた猫を抱き上げながら
このガキ、いっぺん俺の手で躾しなおしてやろうかと考える。

「さっきからずっと居たぜ。相変わらず何も考えてねぇらしいな、ニブチン。」
「苦心してラブレターの返事を書かされる妹の気持ちが
わからん奴に言われてもなぁ。」

思わずムカついて俺は、の足を踏みつけた。
間抜けの義妹は痛みに声を上げた。

「ったく、何も踏まんでもええやんなぁ。」

夕方、猫に餌をやりながら義妹がブツブツと言う。
うちの猫の餌やりは元々メイドの1人がやっていたが
最近はこいつがやるようになった。
メイドの楽しみを奪ってしまっただろうかと
いちいち気にするのがこいつらしい。

「はん、恨むんならてめぇの口を恨むんだな。」

俺はバカ義妹に言って、読みかけていた本に戻る。
『踏まんでもええ』も何も毎日毎日、余計なこと言う奴が問題なんだろうが。
義妹はというと飯を食う猫に向かってまだ不満をこぼしている。

「あんなこと言うとんで、どない思う。」

猫に聞いてどーすんだ、脳は無事かお前。
しかし忌々しいことに猫は義妹に賛同するかのように
ミャアアアと鳴く。

「こいつ。」

思わず俺は呟いた。

「うん、やっぱり飼うならにゃんこに限るな。」
「世界中の犬好きを敵に回してんじゃねぇよ、ボケガキ。
 そういや明日はお前が犬の散歩の当番だな。」

宣告した瞬間、義妹の体が強張る。

「ふあああ、何か言うたぁ。」
「欠伸でごまかすな。」

俺はの首根っこを掴んだ。
ジタバタする義妹の姿はやっぱりどことなく動物くさかった。


義妹と俺様 ―ペット<猫編>― 終わり


作者の後書き(戯れ言とも言う)

前作「義兄と私」シリーズでは使い損ねたペット<猫編>を
こっちに持ってきました。
今更ながら跡部少年側から書くのは難しい、と
実感しています。
テンポがうまく弾まないです。

後、跡部さんちの犬の名前も猫の名前もわからないので
とりあえず犬猫呼ばわりしてみましたが
ひょっとしてどこかで公開されてたらどうしようかと
思ったりする今日この頃です。

2007/03/29

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