fate


.2

盗賊を倒してから三日目、クガイとハクロは盗賊のアジトにいた。

一瞬の内に全員を動けなくした後、リーダー格の、自分たちに話し掛けて来た男をクガイが脅し、ここに連れて来させ、何故か居座っていたのだ。

山小屋の、小さな個室にある椅子に堂々と座り、盗品のお酒を瓶ごと飲んでいるクガイにハクロは小声で尋ねた。

「クガイ様、…何がしたいんですか?」

クガイは、自分の前にあるテーブルに足を置き、椅子に深く沈んでいた。両手は椅子の横に垂らしている。

「旅費がいんだろ?」

「…確かに要りますけど、盗みは良く無いと思います。」

クガイはハクロの言葉を鼻で笑うと、酒を一口飲んだ。頬がほのかに赤くなっているのを見ると、多少は酔っているようだ。

「盗まれる方が間抜けなんだよ。」

「でも、旅費ならもう足りてるんじゃないでしょうか。これ以上は…」

と、部屋のドアを叩く音がし、ハクロは会話を止め扉を開けた。

扉を開けた向こうにいたのは、前のリーダー格の男だった。

「あ、姉御!お偉いさんは…」

「中にいますけど…」

彼の言っている「姉」とはハクロのこと。「お偉いさん」はもちろんクガイのことだ。

二人は未だに名前をバラさず、適当に呼べと言ったところこうなった。

ハクロはもちろん、自分が女でない事を言おうとしたのだが、勘違いさせたままにしておけと、クガイに止められたのだ。

(だけど、やっぱり嫌だなぁ…。)

ぼんやりとそう思いつつ、男を中に入れて扉を閉める。

「お偉いさん!今回も結構な儲けになりやしたよ!」

少し興奮気味な男を、クガイは右手を振って軽くあしらった。

「親分さん。今回の襲撃でどのくらいのお金になりますか?」

「金って言われましても、宝石や品物が殆どでして、金に換金すると、まあ、六十から八十ぐらいかと。」

親分と言われた男は、テーブルの前で直立不動のまま口と顔だけを動かして喋っている。

三日前、クガイにボコボコにされ、今も結構な仕打ちを受けているのに、何故かこの男はクガイのことを尊敬している様だ。

物を取るところで反撃を受けるどころか、アジトの一室を占領し、命令ばかりで自分は動かないこの若い男は、人を魅了させる何かがあるらしい。

先入観ばかりで、クガイ本人を見ようとしない城の人達とは違った、この世界の人間達をハクロは、好きになるだろうと、予感していた。

ここの盗賊たちも皆素直な感じで。挨拶をしないクガイの変りに、ハクロが微笑んで挨拶を返すのだが、それがとても女性らしいと、人気があると言うのはさすがに本人は知らないだろう。

「潮時だな…。」

男が出ていった後、クガイがポツリと呟いた。

ハクロはクガイが考えている事がさっぱり分からなかった。

 

「おい。前に言っといた事は調べたか?」

クガイは自室を出るなり盗賊たちに言った。

テーブルを囲んで酒盛りをしていた盗賊達の動きが止まり、皆クガイに注目する。

「あー、そういや北の町で何か厄介な事件が発生したって聞いたな。」

「ああ、魔物が大量に現われたとかってやつだろ?」

「俺は、村が一つ滅ぼされたって聞いたぜー?」

一人二人と喋り出すと、後は自分達が聞いた北の方で起こっている噂話しが次々と現われた。

黙ってそれらろ聞いているクガイに、男が回りの談笑に消されないようにと、大声で質問を投げかけた。

「お偉いさん!北の方にでも行くんですか?」

ピタリと盗賊たちの話し声が途絶え、またクガイへと集中する。

クガイは腕を組み壁に寄りかかった。

しばらく無言でいると、さっきとは別の男が声を出した。

「ここから出て行くんですか?」

「今まで良い作戦教えてくれたじゃないですかぁ〜!?」

「お偉いさんが抜けたら、寂しいじゃないっすか。」

またざわつき始めた盗賊たちにクガイは顔を顰め、自室へと戻った。

部屋の中ではハクロが、さっきまでクガイが飲んでいたお酒の瓶を綺麗に片付けていた。

「明日の朝、発つぞ。」

クガイが素っ気無く言うと、下を向いていたハクロは顔を上げた。

「随分急ですね。行くあてはあるんですか?」

「北だ」

「分かりました。それじゃあ荷物の整理をしておきます。」

ニコッと笑って、ハクロは部屋を出ていった。開けた扉から盗賊達の楽しげな声が聞こえ、扉を閉めると同時に小さくなった。

クガイは部屋の隅にあるベットに仰向けに横になると、しばらく天井を見ていたが、ゆっくりと目を閉じた。

 

「姉さん、姉さん!」

クガイ部屋から出て荷物を纏めようと、自分の部屋に行く途中にハクロは盗賊の一人に呼びとめられた。

「はい?」

足を止め盗賊の男に向き直ると、男は少し恥かしがりながらハクロに何かを手渡した。

「?何ですかこれ。」

「地図っす。お偉いさん、北に旅立つような事言ってたから、姉さんに…。」

「わぁ、助かる。ありがとうございます!」

極上の笑みで礼を言うハクロに、男は顔を真っ赤にさせた。

「姉御!俺からこれやるぜ!」

「あ、ちょっと待てお前ら!俺が先だ!」

「ずりーぞ!テメーら!!」

その様子を見ていた他の男達が先を競ってハクロにプレゼントを渡そうとし、ハクロは潰されそうになりながらも、その全てを貰っていた。

 

 

次ぎの日の朝。

酔いつぶれた盗賊達の間を通り、クガイとハクロは盗賊達の小屋から抜け出した。

ハクロの背負う荷物はここに来る時より大きくなっている。クガイは相変わらず荷物らしい荷物は持っていない。

「良いんですか?クガイ様。挨拶も何もしないで。」

「ほっとけ。五月蝿くなるだけだ。」

「せめて手紙ぐらいは…」

「めんどくせぇ。」

きっぱりと言いきったクガイは懐から小さな袋を取り出すと、苦い顔をしているハクロに向かって放り投げた。

「…クガイ様。…これ。お金じゃないですか!?しかもこんなに沢山!?」

小さな袋に入っていた、あふれんばかりの金貨に驚くハクロ。

「盗んできた。」

「盗むって、何処からですか!?……まさか。」

「2/3程貰った。」

「2/3…って、結構な額ですよ?残りのお金、クガイ様が持ってるんですか?」

呆れているハクロを他所に、クガイは自分のペースで前に進む。

少しずつ昇って来た太陽が、二人の上まで上がってきた。

「今までお世話になっていた人達から、全体の2/3のお金を…。そんなに沢山盗んだら、彼等にバレちゃいますよ?」

「何を」

「盗んだこと。」

クガイの右側を歩くハクロが、「下手をすると、追いかけられるかも…。」と、呟いている。

二人は森を抜け、町から町へと続く草原に伸びる街道を歩いていた。

近くに街があるのか、時たま二人の側を荷馬車が通っていく。

馬車が通らない時は、鳥の声が聞こえ風に揺れる草の音が聞こえ、暖かいよな涼しいような、気持ちのいい音が響いていた。

爽やかな空気に、ハクロは軽い深呼吸をした。

「クガイ様。北に行ってどうするんですか?目的でもあるんですか?」

小首を傾げるハクロに、クガイは何処か怒っているような目を向けた。

「前に、人間の勇者を殺すっつただろーが。」

「…それで何故、北なんですか?」

不思議そうな顔をしているハクロに、顔を前に戻したクガイが面倒くさそうに説明し始めた。

「北で変な噂が立ってんのは知ってるな?」

「…魔物が大量発生している。ってやつですか?」

「そんな事すんのは親父ぐらいしかいねーだろ。」

「…良く、分かんないんですけど…。」

恐る恐る詳しい説明を求めるハクロは、クガイのこめかみに青筋が立つのが見えた。

「す、すみません…。」

思わず謝ってしまう。

「親父が人間界に手を加えたって事は、人間の勇者をおびき出すため。言うなりゃ、北の噂話しの場は、人間の勇者のレベル上げの場みたいな所だ。」

「えっと。つまり、北の町で魔物が暴れているって噂を聞いて、人間の勇者が北の町に来るってことですね?」

クガイは何も言わず、首すらも動かさなかったが、ハクロはそれが正解だと言うことがわかった。

「人間の勇者かぁ…。一体どんな人なんでしょうね?」

またもクガイはハクロを無視した。会話を続ける気はないようだ。

クガイの態度に少し落ち込んだハクロは、気を取りなおし、背負っていた荷物から地図を取り出した。

「このまま北に進むと、今日の夕方ぐらいに一番近い町に着くことになりますね。」

地図と睨めっこをしているハクロに、クガイが素っ気無く言った。

「てめーも盗んでんじゃねーか。」

「これは貰ったんです!!」

ハクロの怒鳴り声に、クガイが五月蝿いと言わんばかりに顔を顰めた。

「女顔で得したな。」

嫌がらせも含んだクガイの言葉に、思わず歩みを止めるハクロ。

鳥の声が響く草原の道を、黒と白の人影が北へと向かって進んでいた。

 

 

「クガイ様。この時間なら、まだ宿が空いているかもしれません!」

辺りが夕日に染まる時刻。二人は道の先にオレンジ色に染まる町を見つけた。

町の中からはいく筋もの白く細長い煙が昇り、何故かほっと出来る風景だった。

二人が町の入り口にたどり着くのと同時に、入り口に立っていた一人の男が二人を警戒しながら近づいて来た。

「私達に何か用ですか?」

歩みを止め男の方を向いてハクロが尋ねた。ハクロの後ろでクガイも男の様子を見ている。

「実は、今日の昼頃にある盗賊の一団を捕らえたんだが、その盗賊どもが変な事を言っていてな。」

睨むような視線を投げつけてくる男にカチンと来たハクロが、男に少しぶっきらぼうに聞きます。

「それで、何なんですか?」

理由もなく睨んでくる男に腹を立てるハクロだが、後ろにいるクガイは相変わらず無愛想なまま男の言葉に耳を澄ましている。

「盗賊どもが盗んだ宝が被害件数より大幅に少なくてな、問い詰めた。そうしたら、黒ずくめの大鎌を持った男と白い髪の綺麗な女に嵌められたとしか、言わないのだ。」

男は更に目を細め、クガイとハクロの一瞬の表情をも見逃さないと、二人の顔を探っている。

と、クガイが男の前に立ち、呆れたような口調でこう言った。

「俺たちは確かにこの道を通って来たが、盗賊に肩入れなんぞしてねぇ。逆に襲ってきた盗賊どもを潰したことはあるけどな。」

静かにはっきりと言うクガイの言葉に、男は顔を顰めた。

「逆恨みで言われただけだと言うつもりか?だがな、盗賊どもは三日間その男女と一緒にいたと言っているんだぞ。ここまでそっくりの人間がいるんだ、そう簡単にここを通す訳には…。」

顔には出していないが内心大慌てのハクロとは違い、クガイはあくまで静かに、落ち着いた声で男に言った。

「分かってると思うが、こいつは男だぜ?三日間も一緒にいて気が付かないはずねぇだろ。暗い森の中で少ししか見てねぇわけじゃねぇんだ。」

男が驚いたような顔でハクロを見る。ハクロは少したじろいだが、「男です。」と少し小声で言った。

「もしかして、分かんなかったか?…んなわけねぇよな。盗賊どもと同じじゃねぇんだし。」

「当たり前だ!」

「じゃあ通せよ。早目に宿に入りたい。」

男はしばらく無言のままクガイとハクロを見比べていたが、クガイが「早くしろよ。」と強く男に言うと、しぶしぶながらも道からどき、クガイとハクロを町の中へと通した。

男はやはり二人のことが気になるようで、町の中へ入っていく二人の後ろ姿をずっと見ていた。ハクロも男の事が気になり、ちらちらと後ろを見る。

「…あの〜、クガイ様…。」

「嘘は付いてねぇ。」

きっぱりと前を見ながら言うクガイに、

「そうかも知れませんけど…。」

納得いかないハクロが、盗賊や門の所にいた男が可哀想ではないかと言おうとしても、言葉が上手く出てこないし、第一クガイの性格から無視されたり冷たい一言で終わらされたら、傷つくのは自分だ。

「…う〜ん。」

二人が宿に着くまでの間悩んでいたハクロは、結局この事については忘れることにした。いちいち覚えていたらきりがないのだ、クガイと一緒にいると。