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眼科疾患への鍼治療 ~対応の難しい疾患に対して~ 「網膜動脈閉塞」 2017年3月31日 Web公開版

2017年3月12日(日) 第34回 「眼科と東洋医学」研究会 台東区民会館  千秋針灸院 春日井真理 

・解説内容については、当日参加いただいた先生方にスライドを交えて報告した内容を、広く一般の方に分かり易くお伝えするために
大幅に補足しています。当日は限られた時間のためにお伝えできなかった部分も含めて、完成版として見ていただけたら幸いです。


 眼科での対応が難しい疾患に、鍼治療の可能性をお話しました。

・眼科領域の様々な疾患の中でも、治療方法が確立されておらず、経過観察以外の眼科対応が難しい疾患が少なからずあります。
私は今回の「眼科と東洋医学」研究会での特別講演のテーマとして、敢えて「網膜色素変性」、「網膜動脈閉塞」の2つの疾患を選択しました。
眼科で有効な治療方法が無い疾患については、当然ですが鍼治療でも容易に改善したり治癒するものではありません。

・しかし、こうした疾患への鍼治療を眼科医の先生方にご紹介することで、思いもよらず患われた患者さんが、「何もできることはない」という
状況から、眼科医療の選択肢の一つとして漢方・中薬および鍼灸を役立て、可能な限りの視機能の回復や病気の進行を抑制できること。
ご自身で実行できることから目や体に負担を掛ける環境を見直すことで、病気の予後が変わりうる事を知っていただけたら幸いです。


・網膜色素変性については、2012年の統計症例報告 「網膜色素変性への鍼治療」を要約し、鍼治療を行った長期経過(約11年)の1症例を
眼科での動的視野検査(GP)の検査結果と共にご紹介しました。鍼治療を続けることで一定度までの視力・視野の改善や進行抑制に繋がる
事実は、網膜色素変性への眼科医療の関わり方を今一度検討する必要を感じられた先生も少なくないものと思います。

・網膜色素変性については過去に発表済みの統計を基にしており、長期経過症例についても当院での視野測定ではなく、眼科での実際の
視野検査画像のため、個人情報保護の観点から、公開は差し控えさせていただきます。(必要な方には千秋針灸院内でご覧いただけます)


 片眼が突然失明し、多くは予後不良となる眼科領域の救急疾患。

・視神経内の網膜動脈が閉塞する疾患で、主に中心動脈閉塞と分枝閉塞があります。基礎疾患の血管病変に血栓形成が加わり、
突然発症します。数時間で不可逆性の視力障害を生じ、多くは予後不良となる眼科領域の代表的な救急疾患の一つです。
・体内の何処かでできた血栓が網膜動脈を塞ぐため、前触れも無く発症し、そのまま失明する可能性が高い恐ろしい病気です。

・現在の眼科医療では、救急処置として眼球マッサージ、血管拡張剤、血栓溶解剤などが用いられます。発症から数日以上経過した後は
治療法が無く、1週間程で眼科での治療は終了となります。
・患者さんは「眼科に見捨てられた」と感じる方も多いのですが、現在でも医学的に有効な治療法が見当たらない状況が続いています。


 当院では液晶視力表で視力を、アイチェックチャートで視野を把握します。

・鈴木式アイチェックチャートでの視野の評価は40cmの距離、あるいは可能であれば先に主表1で盲点を求め、適切な距離で正弦波の
見え方を1箇所ずつ正常は無印、ぼやけや感度低下、一部欠損は△、感度が無く見えないは×として分類し、用紙に記録します。
自覚検査のため、何かの変化があれば、患者さん自身で変化を自覚できる特徴があります。


・千秋針灸院で行う各種測定は、患者さんの自覚による検査が多く、眼科での他覚検査に比較して高度な客観性はありませんが、
患者さん自身の実際の見え方に直結しているため、変化が分かりやすく鍼治療を含めた療養の動機付けにも役立っています。
難しい病気ほど、医療任せの受身では容易に解決しないことは、特定疾患のクローン病患者である私自身も実感できるところです。


 初診時と鍼治療後の視力変化は、条件により大きな違いが見られました。

・眼科治療の終了後から鍼治療を行った16才~78才の7名8眼の視力変化。症例が少な目ですが、鍼治療を3ヶ月以上行っています。
青色のBRAO(動脈分枝閉塞)の1眼については視力障害は無く、CRAO(中心動脈閉塞)は7眼全てで、当初の視力は0.2以下でした。

・緑色の3眼は、発症後1ヶ月以内に鍼治療を開始できた症例で、視力の回復幅が最も大きく、黄色の2眼は発症後1ヶ月から1年未満、
赤色の2眼は発症後1年以上が経過していました。黄色の2眼の内、視力の回復が大きかった症例は発症後33日後ということで、
発症から概ね1ヶ月前後までに鍼治療を開始された症例、また年齢が若いほど、視力の回復が大きくなる傾向が分かりました。


 やや高齢の患者さんの症例をご紹介します。

・69才の男性で2015年7月10日に発症した、左CRAOです。既往歴はありませんが、最高血圧が150前後と高血圧傾向があり、1日に
10本程度の喫煙をされていました。発症後5時間後から6日間入院し、点滴治療を行っています。退院後は経過観察のみです。

・当院初診日は、発症から10日後の2015年7月20日で、左眼の視力は正視で0.01未満、中心外で0.03、健側の右眼は0.9でした。
発症から1ヶ月までは週3回、その後2ヶ月は週2回、以降は週1回から月1回の鍼治療としました。低周波通電治療も行っています。


 視力だけでなく、視野も大きく回復しました。

・初診時(左)と、2016年11月18日現在(右)の視野の状況になります。初診時では耳側下方のみが正常で、中心を含む鼻側上方にかけて
視野欠損がみられます。16ヶ月経過した現在は視野欠損は全て消失し、鼻側上方に感度低下が残っています。
視力は当初の0.01未満から、現在は0.6に回復しています。やや高齢ですが、早期の鍼治療が奏効した症例です。

・初診時と16ヵ月後の比較をしましたが、再発予防を兼ねて月1回程度で続けられたもので、実際には6ヶ月程度までに概ね回復します。
もしも鍼治療を行わなかった場合には、初診時の視力・視野障害が永続しますので、視機能の予後は大きく変わることになりました。


 続いてもう1例、若い患者さんの症例です。

・36歳女性で2015年4月10日に発症した左CRAOです。既往歴はありません。喫煙なども無く原因不明です。
眼科にて点滴治療などの初期治療を受けられ、その後は経過観察のみです。

・当院初診日は発症から22日後の2015年5月2日で、左眼視力は正視0.1、中心外0.1、健側の右眼は1.5です。
発症から1ヶ月までは週3回、その後2ヶ月は週2回、以降は週1回~月1回の治療としました。

 視野欠損は消失し、視力も大幅に回復しました。

・初診時(左)と、2016年11月18日現在(右)の視野の状況になります。初診時では中心部から下方にかけて視野欠損を生じており、
中心付近の視野欠損周囲から耳側下方にかけて感度低下がみられました。19ヶ月経過した現在は、視野欠損は消失し、
中心付近の耳側下方に感度低下が残る状況です。視力は当初の0.1から現在は1.2へと回復しています。年齢が若いこともあり、
早期から鍼治療を開始できたことで、大幅に回復した症例です。


 発症から時間が経過する前に、鍼治療を1日でも早く始めましょう。

・網膜動脈閉塞は眼科領域の重篤な疾患ですが、早期の鍼治療により大幅な回復が見込めることが分かってきました。
概ね発症から1ヶ月程度までに適切な鍼治療を開始することで、視力・視野共に改善する可能性が高いと考えられます。
また虚血性視神経症でも同様な傾向があるようです。退院後に1日でも早く、「ダメ元で迷わずやってみる」ことが大切です。

・眼科医の先生方にお伝えしたいこととして、眼科医療の一連の救急処置が完了しましたら、適切な鍼治療の可能性も
ご紹介いただけると、突然の失明と共に予後不良を宣告される患者さんにとって、大いに役立つものと思われます。
今回の報告をご覧になられることで、適切にご判断いただけましたら幸いです。


 眼科領域の鍼治療は新たな発見の連続です。

・鍼治療を含めた東洋医学を医学的に正しく評価し、適切に運用することで、今回は従来の医療で対応の難しい疾患、
例えば「網膜色素変性」では、視機能の一定度までの回復や病気の進行抑制。「網膜動脈閉塞」では眼科での初期治療の
後に早期に鍼治療を開始することで、予後が大幅に改善する事をご紹介しました。

・特に「網膜動脈閉塞」は、眼科医の先生方から「網膜動脈閉塞の治療法を変える報告」、「眼科学会で報告すべき内容」など、
最大級の賛辞を多数いただきました。私は鍼灸師ですので眼科学会での報告は叶いませんが、広く眼科医の先生方から
一般の方まで今回の報告を知っていただき、また多くの鍼灸師の先生方に再現していただくことを願っています。
今後この病気で新たに失明する方が無くなるように、私も微力ながら取り組んでいきたいと思います。


・今回の報告に尽力いただいた竹田眞先生をはじめ、「眼科と東洋医学」研究会の眼科の先生方、ご協力いただいた患者様、
千秋針灸院のスタッフ、支えてくれた家族や提携治療院の先生方、応援していただいた皆様に感謝いたします。


Copyright © Chiaki. All Rights Reserved 2017.3.31 

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