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鍼施術により、MDスロープに変化がみられた緑内障性視野障害について  2019年3月17日Web公開版

2019年3月10日(日) 第36回 「眼科と東洋医学」研究会 台東区民会館  千秋針灸院 春日井真理 菊池真樹子

・解説内容については、当日参加いただいた先生方にスライドを交えて報告した内容を、広く一般の方に分かり易くお伝えするために
大幅に補足しています。当日は限られた時間のためにお伝えできなかった部分も含めて、完成版として見ていただけたら幸いです。


 鍼治療が中~長期的に緑内障性視野障害の進行に対し、抑制・改善を示した報告です。

・眼科で行われる静的視野検査(ハンフリー)の、視野内の平均的な視野欠損の状況を表した値がMD値で、検査毎のMD値を数年分以上並べて、
近似値から計算した直線がMDスロープです。緑内障性視野障害の進行を表す主要な指標で、眼科では点眼薬や手術など治療法を選ぶ際に
重視しています。今回は眼科の視野検査の結果から、鍼治療によりMDスロープが特徴的な変化を生じたことを専門医の先生方に報告しました。

 対象の17名(29眼)は、全て眼科医療機関のハンフリー視野検査により数値は明らかです。

対象の症例はスライドのとおりですが、視野検査は全て患者さんの受診されている眼科で行われた結果で、詳細な記録は当院で保管しています。
当院検査ではなく、当院以外の第三者(眼科)での検査結果を単純に集計した報告なので、先生方にも信頼性の高さを評価していただけました。
・残念ながら検査結果を眼科からいただける患者さんは限られますので、全部で17名(29眼)の症例は針灸院としてはよく集められたと思います。


 毎年、治療法には大きな変化はありませんが、今年からスライドは少し変えてみました。

・ディスポーザブル(使い捨て鍼)を使って、うつ伏せの姿勢から頚肩部や背中、腰にかけての目に関係するツボに針治療をしていきます。
仰向けでは手足や眼の周囲に針をします。目の周囲は直径0.12~0.14ミリと特に細い針を使い、目周囲での出血等を大きく減らしています。
・8歳位の子どもさんから様々な眼の症状・病気に針治療を行っています。乳幼児は鍼よりも効果は弱まりますが、小児打鍼法で対応できます。


 スロープの+値は視野の改善を示すため、眼科学では「ありえないこと」とされています。

・通常眼科の視野検査は3~6ヶ月に一度のため、緑内障性視野障害の進行状態の判定には、鍼治療開始から少なくとも1年以上は必要です。
・眼科の治療では良好群(±0.0db~-0.29db/y)が目標とする理想的な状態で、現実には一般群(-0.3db~-0.59db/y)は止むを得ない速度です。
・異常群(+0.01db/y以上)で問題となる視野検査慣れによる学習効果は、緑内障の診断に数回以上を鍼治療開始前に行うため除外できます。


 鍼治療を継続している7割近い(69.0%)症例で、スロープは+値を示していました。

・全17名(29眼)のスロープは、7割弱で異常値(+0.01db/y以上)を示しました。異常群が半数以上というのは明らかに普通ではない結果です。
・MDスロープの改善が学習効果などではなく本物であれば、視野や感度の回復を意味しますので、大変大きな眼科学上の発見になります。
・眼科医の「変わっていません」という診断の中には、「視野が改善することはない」という思い込みもあることが、今回の結果から分かります。

 4年以上と比較的長期の症例に絞っても、半数でスロープは+値を示しました。

・観察期間が48ヶ月(4年)以上の症例を抜粋したスロープでも異常群は半数で+値となり、やはり一般に眼科では考えられない状況です。
・長期になるほど検査回数も増えるためスロープの信頼性は高まります。私の臨床的な感覚としても概ね半数は改善していく実感です。
・スロープの改善は永久的に続くのではありませんが、鍼治療を行うことで緑内障性視野障害の進行を抑制できる可能性が高い結果です。


 眼科では一般的によく見かける、緩やかに視野障害が進行している症例です。

・50代男性の正常眼圧緑内障の症例です。左は前期、右は後期で、一般群相当(-0.3db~-0.59db/y)の緩やかな進行がみられます。
・通常の眼科治療でのスロープは水平から右肩下がりを示します。鍼治療を行っても進行する症例はありますが、比較的緩やかです。

・この症例では眼科は左眼は20年後もあまり変わらないが、右眼は更に視野障害が進行して見辛くなると予測し、治療計画を立てます。

 毎回の結果にバラツキはあるものの、スロープは右肩上がりに改善しています。

・30代男性の開放隅角緑内障の症例です。視野障害は前期相当ですが、両眼ともスロープは右肩上がりに改善しています。
・眼圧高めの開放隅角緑内障でしたが、鍼治療後は眼圧を13前後と低く保てたことが、スロープの改善に繋がったと考えられます。
・1回の視野検査では様々な理由でMD値のバラツキが生じるのですが、検査回数や観察期間が長いため信頼性の高い症例です。

 中~後期緑内障で進行した視野障害の症例ですが、スロープは改善していました。

・30代女性の正常眼圧緑内障の症例です。左は後期、右は中期と進行した視野障害ですが、両眼ともスロープは改善傾向を示しました。
・紹介している中で、この症例だけは固視不良の傾向がありますが、視界中心部へ視野障害が及ぶ場合には、中心固視が難しくなります。
・固視不良は1回の視野検査では問題ですが長期スロープでは影響を受け難くなります。視野検査が不得手な方は毎回不得手だからです。


 悪化の続いた視野障害が、鍼治療開始後から改善に向かった分かりやすい症例。

・40代女性の正常眼圧緑内障の症例で、鍼治療前の悪化傾向から鍼治療開始に改善した、鍼治療前後の変化が分かりやすい症例です。
・この症例では典型的なV字回復を示しましたが、改善までは難しくても鍼治療開始後から視野障害の進行が緩やかになる傾向はあります。
・眼科での緑内障治療に適切な鍼治療を加えることは、長期的な視機能維持(眼の寿命を延ばすこと)に繋がると考えられます。


 まさかの両眼で真逆の結果となった症例。スロープの悪化には理由がありました。

・両眼で対照的な結果になった、60代女性の開放隅角緑内障の症例です。右眼は順調に改善しましたが、左眼は大きく進行していました。
・右眼は手術で眼圧が10前後と低く維持されていたのに対し、左眼は18前後とやや高いことが、両眼で違いを生じた理由と考えられます。
また鍼治療開始後に降圧剤の服用が開始され、眼灌流圧(眼圧と血圧の差による眼内の血流圧)の低下も関係した可能性があります。


 鍼治療で緑内障性視野障害の抑制・改善を証明した、史上初の報告となりました。

・今回の報告から眼科での治療に鍼治療を加えることで、MDスロープは改善する場合があり、緑内障性視野障害の進行抑制や改善に
繋がる可能性があることが分かりました。また低めの眼圧(概ね15以下)を維持できた症例に、改善例が多い傾向も見えてきました。
・MDスロープは緑内障性視野障害の全てではありませんが、今後様々な形で再現性が確認されることで、眼圧下降のみを目標とした
緑内障治療の常識が変わるきっかけになることや、何より緑内障患者さんの長期間の視機能維持に繋がることが期待できます。

・緑内障の常識を変える内容になりますので、オフレコでは緑内障学会への報告の話もいただきました。私は鍼灸師という立場ですので、
緑内障学会などでの報告は叶いませんが、広く眼科医の先生方から一般の方まで今回の報告を知っていただき、また多くの鍼灸師の
先生方に再現していただくことを願っています。今後も鍼灸師の立場から緑内障治療に、私も微力ながら取り組んでいきたいと思います。

・今回の報告に尽力いただいた竹田眞先生をはじめ、「眼科と東洋医学」研究会の眼科医の先生方、ご協力いただいた患者様、
千秋針灸院のスタッフ、支えてくれた家族や提携治療院の先生方、応援していただいた皆様に感謝いたします。


Copyright © Chiaki. All Rights Reserved 2019.3.17 

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