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臓腑辨証    1.004   2001.7.29

 臓腑辨証とは、各臓腑の生理機能に基づいて疾病の諸症状や進行を分析して
帰納を行い、病理機序をを明らかにして、病変部位、性質、正邪盛衰等を判断する
辨証である。中医学では八綱辨証に次いで重要な位置付けがされており、臓腑間
の関係や臓腑と各組織の関係と影響に注意が必要となる。

心・小腸肺・大腸脾・胃肝・胆腎・膀胱臓腑兼証

 臓腑辨証に限らず中医学の辨証は多くの場合、八綱辨証が基本となります。四診
から辨証へと診察を進めていく場合に迷いが生じたら、今一度八綱辨証に戻って
みて下さい。私の場合も治療効果が上がらない場合には、辨証の基本に戻って再
検討しています。また、整形外科分野の治療機会が多い日本の場合、あまり臓腑に
固執し過ぎると、遠回りの治療となる恐れもあります。患者さんの主訴をよく聞いて、
まず何をすべきかを判断する必要があるでしょう。

心・小腸病辨証

 虚証では長期に渡る病気や高齢、先天の気不足、思慮の過度により起こるものが
多い。実証では痰阻、火擾〔精神錯乱の状態を起こす〕、寒凝、お滞、気鬱等が多い。

1.心気虚・心陽虚・心陽暴脱
 心悸〔以下共通〕、胸悶、息切れ、活動後に症状悪化、顔色淡白、自汗、
畏寒〔以下心陽虚〕、四肢の冷え、心痛、冷汗〔以下心陽暴脱〕、呼吸微弱、口唇
青紫、顔面蒼白
 舌質淡・苔白、脈虚〔心気虚〕、舌質淡胖・苔白滑、脈微細〔心陽虚〕、
脈微弱〔心陽暴脱〕

2.心血虚・心陰虚
 心悸〔以下共通〕、不眠、多夢、眩暈〔以下心血虚〕、健忘、委黄、口唇淡
五心煩熱〔以下心陰虚〕、潮熱、盗汗、両顴部が赤い
 舌質淡、脈細弱〔心血虚〕、舌紅少津、脈細数〔心陰虚〕

3.心火亢盛
 心胸部煩熱、不眠、面赤口渇、小便黄、大便乾燥〔硬い〕、吐血等出血、腫物等
 舌尖紅絳、口舌瘡あるいは疼痛、脈有力

4.心脈痺阻
 心悸、胸悶、胸部の刺痛、肩背部に方散痛
 舌質紫暗、紫班、紫点、脈細渋または結代

5.痰迷心竅
 表情に乏しい、精神抑鬱、痴呆、異常な動作や言動、突然昏倒する等
 舌苔白膩、脈滑

6.痰火擾心
 発熱、面赤、目赤、痰が黄色く粘る、痰鳴、不眠、心煩、眩暈、精神錯乱状態
 舌質黄・苔黄膩、脈滑数

7.小腸実熱
 心煩、口渇、口や舌に瘡が生じる、小便赤、尿道に灼熱痛、血尿
 舌質紅・苔黄、脈数

臓腑の疾患の中でも心の病は比較的重い症状が多くなります。特に心筋梗塞等の
症状も含んでいますので、危険な症候がある場合は針灸治療は応急処置として、
病院等へ送るか受診を勧めて下さい。千秋針灸院でも危険な例が1件有り、針にて
応急処置を行い症状は治まりましたが、後日病院で精密検査により軽度の心疾患
が発見された例がありました。
心疾患を持っている方は、舌が大きい等、様々な異常が舌に現れる例が多くなりま
す。しかし安易に心疾患の疑いを患者さんに告げるのは不安を煽り、さらに心火や
気鬱を生むために症状が悪化する可能性があります。
ケースバイケースで対処が
必要となります。

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肺・大腸病辨証

 肺の虚証では気虚と陰虚が多く、実証では風寒燥熱等の外邪の侵襲や痰湿阻肺
によりおこるものが多い。

1.肺気虚
 咳喘、呼吸が無力、痰は薄く透明、声が無力、顔面淡白、精神疲労、感冒に罹り易い
 舌質淡、脈虚弱

2.肺陰虚
 咳嗽、無痰または粘稠な少痰、口や咽喉部が乾く、消痩、潮熱、盗汗、五心煩熱等
 舌質紅・少津、脈細数

3.風寒束肺
 咳嗽、痰は希薄で白、鼻閉、水様の鼻汁、軽度の悪寒や発熱、無汗
 舌苔白、脈浮緊

4.痰湿阻肺
 咳嗽、痰は粘稠な白色で喀出し易い、胸悶、重症では気喘、痰鳴を伴う
 舌質淡・苔白膩、脈滑

5.風熱犯肺
 咳嗽、痰は粘稠な黄色、鼻汁は黄色で粘稠、身熱、軽度の悪風悪寒、口乾、咽痛
 舌尖紅・苔薄黄、脈浮数

6.熱邪壅肺
 咳嗽、痰は粘稠な黄色、呼吸が荒い、壮熱、口渇、煩躁不安、重症では鼻翼煽動、
鼻出血、喀血を伴う、胸痛、膿血や生臭い痰を吐く場合もある。
 舌質紅・苔黄、脈滑数

7.大腸湿熱
 腹痛、粘液便、裏急後重あるいは激しい下痢、肛門の灼熱感、小便短赤、口渇等
 舌質紅・苔黄膩、脈滑数

8.大腸津虚
 大便秘結、排便困難、数日に一回の排便、口咽乾燥、口臭等
 舌質紅少津、脈細渋

9.腸虚滑泄
 大便失禁、下痢が止まらない、重傷では脱肛を伴う、腹部隠痛、喜熱喜按等
 舌質淡・苔白滑、脈沈弱

臓腑の疾患の中では、肺の病は呼吸器系の疾患に当てはまり、比較的イメージし易い
と思います。感冒から気管支喘息まで呼吸器の症状を伴います。大腸も大便の状態と
関与している為、イメージし易いでしょう。外感あるいは慢性の疾患と幅が広く、針灸の
効果も比較的高いため、脾胃の疾患と共に鍼灸師の腕の見せどころです。整形外科
分野の治療に来院されている患者さんに、これらの症状があれば内科分野の治療を
アピールする絶好の機会になり、結果が伴えば治療院の患者層が変わってきます。
治療後の脈の変化を見逃さず、適切なアドバイスを行うのがポイントとなります。

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脾・胃病辨証

 脾の病証には寒・熱・虚・実証があり、脾病では陽気虚衰による運化失調から、水湿や
痰飲が内生したもの、統血機能が失調した出血の病証がよくみられる。胃病では受納・
腐熟機能の障害、胃気上逆等がよくみられる。

1.脾気虚
 食少、腹脹、食後に腹脹強まる、大便溏薄、倦怠、息切れ、顔色萎黄、消痩等
 舌質淡・苔白、脈緩弱

2.脾陽虚
 腹脹、食欲不振、腹痛、喜温喜按、大便溏薄または未消化便、四肢不温、倦怠、浮腫
 舌質淡胖・苔白滑、脈沈遅無力

3.中気下陥
 腹部に下垂感と膨満感があり食後憎悪、頻便、肛門墜重感、倦怠、眩暈等
 舌質淡・苔白、脈弱

4.脾不統血
 歯肉出血あるいは血便等の出血傾向、食少、大便溏薄、精神疲労、顔色がすぐれない
 舌質淡・苔白、脈細弱等

5.寒湿困脾
 腹部のつかえや腹脹、食少、大便溏薄、悪心、頭や体が重だるい、顔色暗黄、浮腫等
 舌質淡胖・苔白膩、脈濡緩

6.脾胃湿熱
 腹部のつかえ、嘔悪、下痢、尿黄、体や四肢が重だるい、面目等が黄色、皮膚に痒み
身熱があり汗が出ても解熱しない等
 舌質紅・苔黄膩、脈濡数

7.胃陰虚
 上腹部のつかえや隠痛、空腹感があるが食欲はない、口咽部の乾き、大便乾結等
 舌質紅で少津、脈細数

8.食滞胃かん
 上腹部の腹脹や疼痛、ゲップや吐酸あるいは嘔吐、嘔吐後に脹痛は軽減、泥状便
 舌苔厚膩、脈滑

9.胃寒
 上腹部の疼痛、軽症ではジワジワ痛み重症では激痛、冷えで増悪し温めると軽減
四肢が冷え喜温、精神疲労を伴う等
 舌質淡・苔白滑、脈遅・緊弦

10.胃熱
 上腹部の灼熱痛、胸やけ、口渇で冷飲を好む、消穀善飢、口臭、歯肉の腫脹や出血
大便秘結、小便短赤等
 舌質紅・苔黄、脈滑数

脾胃の病も比較的イメージし易いと思います。面白いことに脾胃は表裏の臓腑ですが、
その性質は反対であり、脾は湿に弱く食欲に関与し、胃は湿を好み食事の量に関与し
ます。食欲は無いけど食べれる〔脾虚〕等は脾胃の性質の違いをよく表しています。
両者は反対の性質も伴いながら密接に関与している為、バランスが崩れると糖尿病等
〔消渇・中消〕や肥満の原因となります。なお脾は生理学的な脾臓の役割とは全く異な
りますので注意が必要です。
針灸治療が効果を上げる場合が比較的多い疾患です。

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肝・胆病辨証 

肝の病証には虚証と実証があり、虚証は肝陰、肝血の不足といった陰病の傾向が多く、
実証では気鬱に代表される陽亢が多い。胆病の多くは実証で、口苦、黄疸、驚悸、不眠
等といった症状があらわれる。

1.肝気鬱結
 胸脇部や少腹部の脹痛等、溜息をつく、精神抑鬱、易怒、梅核気等、婦人の生理不順
等も含まれる。
 脈弦

2.肝火上炎
 眩暈や頭部の脹痛、面紅、目赤、口苦、口乾、易怒、不眠、悪夢、胸脇部の灼熱痛等
 舌紅・苔黄、脈弦数

3.肝血虚
 眩暈、耳鳴り、顔色は艶のない白色、爪の色が悪く脆い、多夢、視力低下、四肢の痺れ
手足のふるえ、肌肉の痙攣、婦人の月経量の減少等
 舌質淡〔白〕、苔白、脈弦細 

4.肝陰虚
 眩暈、耳鳴り、目の乾き、五心煩熱、潮熱盗汗、口咽乾燥、手足のふるえ等
 舌質紅・少津、脈弦細数

5.肝陽上亢
 眩暈、耳鳴り、頭部や目の脹痛、面紅、目赤、易怒、心悸、健忘、失眠多夢、腰膝の
だるさ、頭が重くふらつく等
 舌質紅、脈弦有力または弦細数 

6.肝風内動
 〔1〕肝陽化風 眩暈、項部の強ばりと手足の震え等 舌質紅・苔白または膩、脈弦有力
 〔2〕熱極生風 高熱、意識不明、手足の痙攣や頚項部の強直等 舌質紅・絳、脈弦数 

7.寒滞肝脈
 少腹部から睾丸部の冷痛、陰嚢の収縮と疼痛、寒冷により増悪、温熱により緩解
 舌苔白滑、脈沈弦または遅

8.肝胆湿熱
 脇肋部の脹痛や灼熱痛、できもの、厭食、腹脹、口苦、下痢、小便短赤等
 舌質紅・苔黄膩、脈弦数

9.胆鬱痰擾
 驚悸、不眠、煩躁、口苦、嘔悪、胸悶、脇脹、眩暈、耳鳴り等
 苔黄膩、脈弦滑

肝胆の病では、その病因に気鬱〔ストレス等〕が関与することが多いという特徴があります。
肝気が上り、体の上部に偏ると上半身がほてり下半身が冷える症状が現れますし、気の
流れが滞れば、肝・胆経脈上の胸脇部や肩に痛みや凝りが出現します。目に症状が現れる
傾向もあり、目を使う機会が多い現代社会はストレスも加わって、肝胆の病が増えている
のかもしれません。そういえば怒りの感情〔キレる〕も肝病に属します。興味深いですね。
針灸治療は病が気鬱等で、かつ経脈上の浅い部分にあれば症状が重くても比較的良好な
結果が得られます。肩こり、眼精疲労、下肢の冷え等です。慢性肝炎や胆石では臓腑に
病が入っているため粘り強く治療することが必要になりますので、まずは現代医学からの
アプローチが適切と思われます。針灸治療は非常に幅広い適応疾患があります〔治療者の
技術による〕が、疾患によって針灸治療が最適か否かはケースごとに検討が必要となります。

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腎・膀胱病辨証

腎については、人体の成長・発育の根源であり、臓腑機能活動の中心とされる。腎の病症では
臓が損耗する一方のため虚証が多い。膀胱病では湿熱証が多く見られる。

1.腎陽虚
 腰や膝のだるさや疼痛、畏寒、四肢の冷え〔特に下肢〕、陽萎、不妊、浮腫〔特に下肢〕等
 舌質淡胖・苔白、脈沈弱

2.腎陰虚
 腰や膝のだるさや疼痛、眩暈、耳鳴り、不眠、多夢、遺精、経少や閉経、消痩、潮熱、盗汗等
 舌質紅・少津、脈細数

3.腎精不足
 小児では発育が遅い、身体が小さい、知能の発達や動作が鈍い、泉門の閉鎖が遅い等
成人では男性不妊、早期の閉経や不妊、早期の老化や脱毛、歯が抜ける、健忘、耳鳴り等  

4.腎気不固
 顔色が白い、精神疲労、聴力減退、腰や膝のだるさ、頻尿、遺精、早漏、水様の帯下等
 舌質淡・苔白、脈沈弱

5.腎不納気
 喘息、呼多吸少、動くと増悪、自汗、精神疲労、声が小さい、腰や膝のだるさ
 舌質淡・苔白、脈沈弱 〔症状が激しい例では舌質紅、脈細数等の場合もある〕 

6.膀胱湿熱
 頻尿、尿急、尿道の灼熱痛、尿は黄赤で短少、小腹脹悶、発熱や腰痛を伴う、血尿や結石
 舌質紅・苔黄膩、脈数

中医学では、一般に腎の病は虚証のみとされています。虚証が多いということは臨床上でも
治療に時間がかかることを意味していて、特に陰虚証や腎精不足の治療では気長に効果を
待つことも必要です。腎の病では程度にもよりますが、尿や汗の問題〔気虚・陽虚〕は比較的
早期に好結果が得られるようです。ただし透析等、臓器に大きな問題がある場合は別です。
腎病の針灸治療の難易度は高めですが、評価の方法〔例えば夜間頻尿の回数等〕を決めて
患者さんに説明していくことで、治療の継続に理解と自信を持っていただくことができます。
膀胱湿熱証は膀胱炎等を指していますが、こちらは実証ですので比較的治療効果は上がり
ます。

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臓腑兼証

人体の各臓腑間は生理上も密接に関係しているため、ある臓腑が発病すると他の臓腑も
影響を受ける場合がある。同時に二つ以上の病証がみられるものを臓腑兼証という。

1.心腎不交〔心腎陰虚+心火亢進〕
 心煩、不眠、心悸、健忘、眩暈、耳鳴り、腰のだるさ、五心煩熱、咽乾、口燥
 舌質紅、脈細数

2.心脾両虚〔心血虚+脾気虚〕
 心悸、健忘、不眠、多夢、眩暈、食欲減退、腹脹、泥状便、倦怠、脱力感、顔色萎黄、皮下出血等
 舌質淡嫩 脈細弱

3.心肝血虚
 心悸、健忘、不眠、多夢、眩暈、耳鳴り、震顫、両眼の乾き、物が見にくい、爪甲の色が悪い等
 舌質淡・苔白、脈細弱 

4.心腎陽虚
 寒がる、四肢の冷え、畏寒、心悸、小便不利、浮腫〔特に下肢〕、唇や爪甲が淡暗や青紫色
 舌質青紫・暗淡・苔白滑、脈沈微細

5.心肺気虚
 心悸、息切れ、咳喘、胸悶、息が詰まる、自汗、脱力感、動くと悪化、顔色が白く冴えない等
 舌質淡・苔白、脈沈弱あるいは結代

6.脾肺気虚
 長期に渡る咳、息切れ、咳喘、痰は多く白い、食欲不振、腹脹や下痢を伴う、力が入らない等
 舌質淡・苔白、脈細弱

7.脾腎陽虚
 寒がる、下肢の冷え、顔色が白い、腰・膝・少腹部の冷痛、下痢〔未消化〕、五更泄瀉、浮腫等
 舌質淡胖・苔白滑、脈沈細

8.肺腎陰虚
 咳嗽、痰は少量か時に血が混ざる、口咽乾燥、両頬が赤い、盗汗、腰や膝のだるさ、遺精等
 舌質紅・少苔、脈細数

9.肝腎陰虚
 頭暈、目眩、健忘、不眠、耳鳴り、咽乾、口燥、脇痛、腰や肩のだるさ、五心煩熱、盗汗等
 舌質紅・苔少、脈細数

10.肝脾不調
 胸肋部の脹満や疼痛、溜息をつく、精神抑鬱、易怒、食少、腹脹、大便不調、腸鳴、失気等
 舌苔白あるいは膩、脈弦

11.肝胃不和〔肝火上炎→胃気上逆〕
 胸脇や胃の脹満や疼痛、呑酸、煩躁、易怒、しゃっくり、ゲップ等
 舌質紅・苔薄黄、脈弦あるいは弦数

12.肝火犯肺
 胸脇灼痛、イライラ、易怒、頭暈、目赤、煩熱、口苦、咳嗽、咳血、痰は粘りのある黄色
 舌質紅・苔薄黄、脈弦数

代表的とされている臓腑兼証です。実際の臨床では臓腑単独の病証よりも、むしろ複雑な
臓腑兼証が多くみられます。例えば肝腎陰虚の病証では舌質紅少津・脈細数ですが、この
患者さんに食積などで湿邪があると舌苔が白く厚くなったり、脈が濡脈等を示したりします。
日本では針灸治療が普及しているとはいえず来院が遅れがちになるため、疾病が慢性期に
入っている場合が多いからと思われますが、証が複数ある病証は当たり前で臨床は複雑に
絡んだ糸を解いていく作業ともいえます。経験が浅い〔私も含めて〕間は、一つ目は解けても
二つ目や三つ目で詰まって症状が残ってしまう例もあります。その時点での証の立て直しが
必要となるのですが、臨床は本当に奥が深いことを実感しますね。

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