信仰告白・9(終章)

 

 農業国、ルーキウス。
 初めてこの界隈に足を踏み入れた時、なんという御気楽な土地であろうか
と、内心呆れたものだった。
 けして世界に抗えるだけの国力を持つことのない、小規模な民族集団。豊か
な国土に恵まれたこの土地に暮らす人々は、その限られた絶対数で成り立つ国
に籍を置いてきたからこそ、世界に対しての完全な自活を可能にしてきた。

 だからこそ培われてきた、数百年という国史を要素とした独自の国民性は、も
はや他国の干渉の及ぶところのない強固さで持って、彼らの中に根づいている。
 そんなふうにして連綿と引き継ぎ受け継がれしてきた民族意識というものは、
えてして外部からの中途参入者にえもいわれぬ疎外感をつきつけるものだった。
外界での生活が長ければ長いほど、彼らがその気風に馴染むまでには時間が
かかる。
 その戸惑いは、目的遂行のためだけの一時逗留を決め込んでいた自分だとて
例外ではなかった。
 そんな風にして始まった、一時的な仮住まいの日々。


 どれほど意識しようとも、何らかの言動を選ぶ毎に人との接触が大なり小なり
生じるのは当然のことで……民族性の相違はその度に相応の衝動を生む呼び
水となった。
 だが……

 果たして、それはいつの頃からだっただろうか。
 土地特有の、住民の呑気な国民性を目の当たりにしても、半日常と化したその
光景をどこかもの慣れた達観と共に見過ごすようになったのは。
 けして長くはない逗留期間の中で、いつしかこの土地の水に馴染み始めた自分
を自覚するようになったのは。

 そして……あのクーデター疑惑の一件において、歴史の表舞台から追いやるべ
くこの手で姦計にかける存在が、 誰であるのかを知った時…
 まだ土地にやってきてまもない頃の自分が、ダンジョンの奥地で出会った、あの
騒がしい主従が誰であるのかを知ったとき―――
 上層部からしての徹底した呑気な国民性に、改めて呆れ返ると共に……そこま
で徹底されて受け継がれてきた、この国に流れる数百年という歴史のありようを……
 ――――自分は確かに、どこか羨望の思いで以って眺めやったのだ。

 国の首脳陣をして、市井の只中に紛らせたところで、何ら外部に違和感を生じさ
せない、豊かなのどやかな小国の大地。
 けして形を同じくするものではなかったけれど、そこには確かに―――
 若年のうちから外部に対する完全な「自立」を世界から強いられてきた、自分達
兄弟の、腹の底で作り上げた 理想の偶像の断片が……


 ―――――そこには……確かに、あった。






  「……一体、それでどうなさるおつもりです?」

 ルーキウス王国を内部から揺るがした、クーデター騒動が表向きの終局を
見せてから五日目の午後―――白鳳は、ルーキウスの王宮内部に設計され
た、第二王子の私室に拘留されていた。

 事の起こりは、今朝方のこと。
 あの晩、不問という形で国境を超え、近隣国にひとまず身を寄せていた白
鳳のもとに、今になって大掛かりな捜索隊が押しかけた挙句、有無を言わさず
身柄を拘束されたのだ。

 国を出奔する際に懸念した通り、鍛えぬかれた玄人の先頭集団に、単身太
刀打ちできるには人数に限りがある。一端は向き合ったものの数分で脱出を諦
めた白鳳は大人 しく彼らに従い、拘留されて再びこの国の土を踏むこととなった。

 抵抗を見せなかったことで、拘束もおざなりな手枷一つに過ぎなかったものの、
一度は泳がされながら騙し討ちにあったような気分で、出迎えた見なれた容貌
を憮然と見下ろしてみせる。一回り近い年齢差がありながら、自分の目線に動
揺一つ見せない王子の落ちつきが尚のこと気に触った。
  「まさか坊ちゃんが、こんな回りくどいやり口をご存知とは知りませんでしたよ。
   …あの晩、セレストを寄越したでしょう?なぜそのときに、私を拘束してしま
   わなかったんです?」

 拘留とはいえ、向き合った体勢のまま椅子を勧められたくらいだから、手荒な
真似に出る心積もりはないのだろう。それで不意を許した自身に腹が立って、煮
えきらない衝動が居丈高に足を組ませた。

 だが、対する少年は綽々と茶器を口許に運ぶだけで、状況を取り成そうとすら
しない。
 その状態のまま三分が過ぎ、五分が過ぎ…
 相手の出方を待ちかねた白鳳が内心痺れを切らしかけたころ……茶器の中身
を綺麗に煽った王子が、ようやっとのことで口を開いた。

 「いやぁ…後にも先にも…かどうかはともかく、セレストが大っぴらに職権の乱用
  を願い出たのはあれが初めてだったからな。許可を与えたのが僕だったというこ
  とで、今あれは僕に頭が上がらんのだ。余程の事態でもない限りは、当分の間
  僕の行動は近衛副隊長殿の御目こぼしつきということだな。いや、感謝するぞ白鳳」

 莞爾として相手の肩を叩かんばかりの王子のよすがに、答えになっていませんよ
と聴衆の青年から白い視線が飛ぶ。対して少年は悪びれる風もなく、そう言う経緯
だから、目付役殿の心証を下げないためにも紳士的な交渉に基づいて出向いたこと
にしておいてくれと続けた。
 恐らくは、この少年とその従者はそれこそ日課か何かのようにこんな掛け合いの
ようなやりとりを繰り返してきたのだろう。口八丁ならば自分だとて見くびられるもの
ではないが、この王子にそれを仕掛けるのもなんだか馬鹿らしいような気がして、白
鳳は嘆息混じりに水をさし向けるに留めた。

 「……それで?あなたの御守役の目を誤魔化してまで、私を「召集」した理由は
  結局、なんだったんですか」
 「状況が変わったのでな。さっきのような理由で、セレストを迎えにやるわけにもいか
  なかったから、日を見計らってお前を「呼んだ」という訳だ」

 今度は、王子ものらりくらりと話題の核心を避けるようなことはなかった。
  「状況?」
  「あの一件の後、僕達は一件に関する全ての記録を抹消するべく動いていた。そ
   うして表沙汰にならなかったからこそ、お前も今まで拘束を受けずにすんでいた
   訳だ。 ―――――ところが、いざ蓋を開けてみたら、一部の記録が残されてし
   まっていた。それも、『首謀者と思しき男』の姿も克明にだ。…どういうことか、予
   想はつくだろう?」

 潜めた声音で…しかしどこか楽しそうに言葉を重ねるカナンの姿に、白鳳の眉宇が
我知らず潜められる。
 記録に残された男というのは、間違いなくアックスのことだろう。そこから痕跡をた
どっていけば、いつかはその背後で暗躍していた自分の存在にたどりつくのも時間の
問題ということだ。
 それでも、全く痕跡も残さずに暗躍を続けることなど人の身には不可能であったから、
それもまた予定調和のうちだった。それを今になって、ことさらに強調されるのかがわ
からない。

 ますます憮然とした表情になった白鳳の前で、カナンが含みを感じさせる笑みを見
せた。
 「で、それが兄上の耳にはいってな。こういってはなんだが、僕はこの王家において
  はバリバリの末っ子気質でな。兄上初め、周りが僕をどう扱ってきたからそうなった
  のかは、押して知るべしと言うやつだ。特に兄上は…公私の線引き、溺愛と盲愛の
  分岐を取り違えられるような方ではないが、とにもかくにも「過保護」でな。……もと
  もとこの一件には裏に含むものを御感じだったようだったから、真相の一端をお耳に
  されてからは大激怒の毎日でな。この状態でへたなところからお前の名前が浮きぼ
  りになれば、草の根をわけてでも狩り出された挙句に、お前は間違いなく極刑だ。
  そうなってからではしゃれにならんと、僕が兄上にかけあってな。ひとまず、僕が身
  柄を預からせていただくということになったんだ」

 だから、今近衛は所用で出払っているが、「身柄保護」についてはセレストも承知済み
のことだぞ?―――続く少年の言葉は、やはりどこか楽しそうで……
 そして……
 さらに続けられた少年の言葉に…束の間、白鳳は自失した。

   「取引をしないか?」
  「坊ちゃん?」
   「お前は他国籍の人間だから、むしろ我が国の情勢がよく見えているのだろうな。
   で、恐らくはお察しの通り、平和ボケした我が国は対外勢力に対して非常に脆い
   存在である訳だ。数百年の安泰をもたらした国祖ルーシャス様の偉業はしかし、
   その平和になれきってしまった国民から危機感というものを取り上げてしまった。
   これは実に由々しき事態であり、陰ながらの問題呈示は以前から繰り返されている」
   「はぁ…」

 突然なんの話が始まったのかと、返す相槌が思わず気のぬけたものとなる。それ
でも捕虜という建前上質問で彼の話の腰を折る訳にもいかず、白鳳は話題の糸筋が
自分に分かる形で見えてくるまで、大人しく傍聴に徹することを余儀なくされた。

 対して、元来自身を優先されるという周囲の扱いに慣れ切っている王子は白鳳の
よすがを気に留める風でもなく、ゆったりと続く言の葉を紡ぐ。
 「そうなると、継承順位はどうあれ王家の人間である僕が、ひとり蚊帳の外と言うわ
  けにもいかなくてな。だが兄上もそうだろうが、僕自身が国外へ赴いて世情を観察
  すると言うわけにも立場上いかない。…となると代理の者を立てるよりない訳だが、
  これがまたいまいち焦点が合っていない。お気楽とんぼは既にこの国の国民性だ
  からな。結局埒があかんということだ」
 「あぁ…はい」
 「―――まあ。それで、だ」

 言い置いて、続く言葉に含みを持たせた王子の双眸に、どこか悪戯気な光が宿った
ような気がした。
 「……白鳳。その役を、お前に頼みたい」

 刹那―――穏やかな陽光が一杯に差し込んでくるよう設計されたのだろう南向きの
室内の、体感温度がすっと下がったような気がした。

 「……坊ちゃん?」
 「巡検士、と言うやつだな。基本的には、国外を回って触れた、生の感触での世情を
  ルーキウスにもたらすのがお前の仕事だ。勿論非公式の役職だが、王家の保護は
  つく。公役で動くからには、「どんな禁足地でも」出入り自由だ」

 ―――お前の「暗躍」の、役に立つとは思わないか?
 ある意味では国家の大事をも左右する人事であるというのに…こともなく話題に持ち
出すカナンの語調は、気安く衒いがない。
 咄嗟にどう反応したものか腹を決めあぐねて、思わず呆けたようなよすがとなった白鳳
に向かって、王子は今一度同じ通告を繰り返した。
 「どうだ白鳳?それでお前の所業は、帳消しだ」

 ……いいたいことは、ほかにもあった。
 そもそも、未だ国政の表舞台にたってもいない少年に、重大な人事決定権が認められ
ている筈がないだろうという言わずもがなの指摘。
 ここでまた、役席だけを与えてこの身を野放しにしようと言う王子の、認識の甘さに対す
る揶揄。
 こうしている間にも、世界を根底から覆そうとした八翼の一つ一つが、その完全なる再
起の刹那を図って大陸全土に息づいている。一度はその脅威を肌で感じていながら、そ
のあまりに危機感に欠ける王子とこの国に対する諫言じみた思いと。

 だが……その全てを、白鳳は口にすることができなかった。
 やられっぱなしは業腹だという、年甲斐もない自身の意地もあっただろう。誘いに乗るだ
け乗って直前で裏切りに走ったこの身が実質上御咎めなしの立場にあるという、八翼に
対してのどこか後ろめたい思いもそこにはあったかもしれない。
 それでも結果として語る言葉を持てなかったのは……それを持ちかけた王子の真意を、
腹の底で感じ取ってしまったからかもしれなかった。

 天下太平の言葉をどこまでも地でいくこの国にありながら、より真摯な自衛を意識してい
る時点で既に、カナンにはルーキウスと世界の置かれた状況というものがわかっている。
 大陸と国土は常に背中合わせの存在であるということ。そして、この大陸が人為的な過
渡期にいつさしかかってもおかしくない時期にあること。それを肌で感じ取っていなければ、
こうも狙いすましたような言葉は出てこないだろう。
 解かっていて……それでいてなおかつ事態を包括して捉えるだけの器量を備えている
からこそ、彼は自分に「協力」を求めている。

 そして……言葉には表れない少年のもう一つの思いにもまた、白鳳は気づかないわけ
にはいかなかった。
 彼はきっと…承知しているのだ。あの一件に手駒として加わったこの身が抱く「裏事情」
が、どういったものであったのかを。
 そして恐らくは、そこに彼自身の言動がどのように絡んでいたのかも、彼には解かって
いるのだろう。だからこそ、ここにきて彼はこの身に向かい、彼流の差し出し手を延べて見
せたのだ。

 モンスターの亜種に対して、国主の名で配布された絶滅危惧種保護条例。違約者には
禁固十年の罰則は、保護を目的とするが故に国境を超えての振る舞いに関しても治外法
権の対象外だった。ルーキウス王が条例を撤回しない限りは、その鉄則は永劫について
回る。
 リプトン王にそれを耳打ちしたのは、この眼前の第二王子だ。そして発令の時期を鑑み
ても、それがこの身に対する意趣返しであったことは想像に難くない。
 その事に対する―――これは、彼なりの謝罪であるのかもしれないと白鳳は思った。

 国家の隠密を気取るということは、大義名分の元に行動する限りは一切が問答無用の
白地手形を受け取ったのと同じ事だった。名分を背負う以上相応の制約はあっても、世界
を回るコンプリートの旅を続ける自分にとって、これほどの有効手形はほかにないだろう。
 それこそが、きっと王子の譲歩であり……それでも言葉にした謝罪を試みず、また逆に、
自分に対してこれまでの所業に対する詫び言を求めないさまが、実に彼らしいと白鳳は微
苦笑した。

 なんとも言えないやりきれなさに、浮かべた笑みがどこかほろ苦くなる。この王子をそん
な風に育て上げたのはあの思い人なのだと思うと、胸襟に広がる衝動が鈍い痛みを増した
ような気がした。

 「…では決まりだな。これは非公式ではあるが、お前の身柄は僕預かりということになる
  からそのつもりでな。詳しいことは追って知らせるが、この国に滞在する間の責任者とい
  うか監督者はセレストということになる」
 公私の別は弁えるようにな――――

 あきらかに含みを持たせたものいいでありながら、付け足しのようにつづけられたその語
調には、不思議なほどに悪意を匂わせるような揶揄の響きがなかった。
 つまりは――これは、自らの守役にことある毎に戯れかかって見せていた不審人物に対
しての、王子なりの放任宣言ということなのだろうか。
 ……と、次の刹那。  気配を察したわけでもないのだろうが、それを無言の諾意と受け
とって満足そうに頷いて見せたカナンが、次の刹那意図したよすがで軽く咳払いをして見せた。

 切り出しにくいのか、同じ仕草をニ、三度繰り返した後、続けられた言葉にはあからさま
に取り繕った響きが残されている。

 「…なんだ、お前の弟御のことだが…」
 「坊ちゃん?」
 「…スイというのは、不都合があって名乗らせている通称か?」

 ―――それは、まさに自供と呼ぶに相応しい水向けであったかもしれない。くどくどしく
言葉を重ねるまでもなく、ただそれだけの問い掛けで少年の置かれた立ち位置を推し量る
ことは容易かった。
 いつからとも、どうしてとも、問いかける隙を残さない断定的なものいい。それでも、彼が
何をどこまで知っているのかを推量するには情報が十分過ぎた。

 セレストが、なにを思って王子に真実を告げたのかは彼ではない自分にはわからない。
王子の器量ならば全てを知って尚、自らしかけた「悪戯」のその重さに耐えうると思ったのか、
あるいは王子自身がどうあってもと真相を迫った結果であるのか…

 それでも……取り繕うことも卑屈になることもしない少年の姿が、彼の出した答えなのだと
いうことは解かる。
 謝罪でも弁明でもなく―――彼が言外に伝えてきたのは、「知っている」というその事実の
みだった。
 ただ、知っていると…ほかにはなにも語らない王子の潔さが、そうあれと彼を育てたので
あろう周囲の惜しみない愛情の程を彷彿とさせる。
 実弟が人身であれば、ほとんど年のころのかわらないであろう眼前の少年の健全な発育
の具現に……僅か、感傷じみた思いが胸襟を掠めた。

 「―――翡翠、といいます」

 それでも、そのままほだされてしまいそうな自らに発破をかけたがる底意地が、少年と
同じように端的な事実だけを言葉にして投げ返す。

 「虹彩の色が、あまりにも深い翡翠の色であったから…そう名付けたと、母が」
 元来愛称で呼ぶことが多く、また人外に転じてからは、真名がその体に知らず及ぼすかも
しれない影響を恐れて口にすることのなくなってしまった名前。
 当たり前に弟をそう呼んでいたのは……もう何年昔の記憶だろうか…

 と、刹那……
 「そうか…いい名だな」

 追従でも取り繕いでもない穏やかな声音が、室内の空気に浸透する。
 つられるようにして据えられた視線のその先で……深い海の色を宿した双眸が、衒いない
笑みを浮かべながら肩口に乗る小さな弟の総身へと向けられていた。

 「翡翠か…再生と退魔の力をつかさどる、守り石だ。……祝福された、いい名だな」
 「……坊ちゃん…」

 刹那…胸襟をざわりと満たした衝動に、なんと名付ければいいのか…白鳳には、わからな
かった。
 人の身が抱えるには重すぎる、未だ鮮明に刻み込まれた禁呪の記憶。
 身内意外の誰かの肩に、この重責を折半しながら背負わせる事はできない。理解も厚情
も、どうあっても他人の目線からしか得られないものだった。

 それでも……ここまで気安く柔軟に、この相関に言葉をかけた人物を、自分はほかに知
らなかった。

 『―――白鳳さん。言質が必要なら、何度でもいいますよ』
 自分の最も望んだ言葉を惜し気もなく与えてくれた、あのセレストでさえ…スイの背負う呪
縛の正体を知った刹那は言葉を失った。それほどに、この身が犯した業は重い。

 それを…祝福された名だと、一言で受け止めて見せたこの子供は……
 そして―――この子供を、そうあれと育てたのであろう、あの得難い青年は…
 ざわざわと、奥底から這い上がって来るものがある。その情動に飲み込まれてしまいそうな
己を奥歯を噛み締めるようにして凌ぎながら、白鳳はその場にたたずんでいた。
 ああ…負けた訳だ。本当に、ぐうの音もなく。
 これほどに静謐な、浄化された世界を自分は知らない。

 本来こんな穏やかな世界に、自分のすむべき居場所はない。それがわかっていて、尚…
自分は、自分をひきつけるこの引力に抗うことができなかった。

 「―――カナン、ルーキウス王子殿下」

 膝をつく事は、敗北を認める事だ。これまで築き上げてきた矜持を、根底から覆される事だ。
 それでも―――どうしても、それを不快だと自分に認める事ができない……

 「……御役、謹んでお受けします」

 殊更に、冗談めかした口調で。それでもけして、相手を軽視することのない恭しさで以って。
 刹那、満面の笑みになった即席の保証人のよすがを眺めながら―――この時、自身の変革
に引き戻しようもない止めを与えられた事を…白鳳は、知覚しないわけにはいかなかった。




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