王道楽土・序章


 非公式の謁見という形で引き合わされた、ルーキウス王国の第一王子とその
妹姫は、直系卑属であるという共通項で括られている近親者としては、第二王
子であるカナンの風貌とさほどの類似性を感じさせない容色の持ち主だった。

 頭髪の薄金、虹彩の淡い紫丹―――纏う色彩は、三人一様に近似している。
それでも、それは民族や郎党故の相似と呼んで片付けられる程度のものでしか
なかった。
 そしてまた、肝要な対比対象となるその輪郭、面差しについても…例えるなら、
親等を幾分隔てた縁者の持つそれと判じても、一見者からの異論は上がらないで
あろう。それほどに、ルーキウスの王国が育む三粒の珠玉は三様の「輝き」を有し
ていた。
 隔世遺伝などの先例もあり、容姿の類似に個体差が出ることは解かっていて
も…同じ家屋に暮らし、生活環境を共有する者同士というものは、その歳月に比
例して、醸し出す雰囲気が謀らずも似通ってくるものではないのだろうか。それと
も、国によってはそれぞれ別個の居住棟を与えられることも珍しくはないという彼
らのような選ばれた限られた存在には、市井の法則に適さない不動の何かが存
在するのか。

 いずれにせよ、その「相」にはそれぞれ相入れないものがあり…だからこそ、そ
れが根幹となって形づくられた、三様の強烈な個性がそこにはあった。
 立太した王太子である第一王子のリグナムは、その自覚する責務によるものな
のか、内面の厳格さが薄幕となって総身を覆っているような独特の威圧感がある。
それに反して、第一王女であるリナリアは、その鷹揚な育ちを体現しているかのよ
うな浮世ばなれしたものやわらかさを兼ね備えていた。だがどことなく感じ取れる、
不動の真の強さのようなものはやはり、あらゆる側面からの有事を想定した教育を
施されてきたであろう内親王ならではのものだろうか。

 そして、自分もよく知るこの国の第二王子、彼らの弟にあたるカナン・ルーキウス
……クーデターの一件で、それぞれの個人情報はある程度手にしていたものの、こ
うして実際にこの目にすると、また独特の感慨がある。それぞれまるで別個の個性
を持ちながら、それでいて各々適所に必要とされる部品の一つ一つであるかのよう
な彼らを見ていると、そんな彼らを輩出したこの国の王家にこれまでとは別種の興
味が沸いた。
 そして―――第二親等としてはこうして浮きぼりとなる相違があっても…否。相違
があるからこそなのか…そんな彼らが互いに寄せる深い理解と愛情を、この目で感
じ取ることは容易かった。

 王政に守られたこの小国を、いずれ世襲によって担うこととなる二人の王子と一人
の王女。その相互扶助を否めない将来への相関を想定しての習慣であるのか、傍目
にも三人がそれぞれの背中を預け合って生きている様が見て取れた。  そうして当
然のように、互いに向けられた差し出し手を取らねばならないほど、国の支柱となる
彼らが背負う、見えない柵というものは重いのだろう。そう思えば、それぞれ別々の
方向を向いている彼ら三様の個性が、しっくりと一所に納まっているのも道理だった。

 生まれながらの選民というものも、どうしてなかなかの苦労持ちであるものだ――
―そこまで思い巡らせたところで、いわば「白州」にありながら、つと白鳳はその目を
遠くした。
 自分の暗躍の結果一つで…この国は、長い年月をかけて培われてきたのであろう、
その長閑な国風を一転させられていただろう。そして、将来約束されてきたその首座を
取り上げられ、守るべき民草の手によって国土より追われる末路を、この次継者達に
強いる結果となっていたかもしれない。

 それは、八翼を担うこの世のものならぬ二枚の羽に、姦計に誘われたあの時から胸
襟に刻んだ覚悟であるはずだった。

 情を振り払えずに振り向いてしまったら……きっとその瞬間に根底から瓦解してしま
う、そんな微妙な均衡の上に成り立っていた、それは賭けであったから…

 だから、それが「活動」にあたって少なからず必要となる持ち札になることを知りながら
―――自分は敢えて、ルーキウス王家の情報から一歩の距離を取りつづけてきたのだ。

 この国に暮す、実直で健全な性根を培われた善良な民草。その束ねとなる王家がど
のような心映えを持つ者達によって構成されているのかは…末王子であると言うあの
少年と、その護衛役も兼ねた騎士の姿を思えば自然と慮られた。
 だからこそ―――そんな彼らと、自分は極力接触したくなかったのだ。
 選ばれた存在であるが故の、強いられる覚悟も労苦もあるだろう。子供に読み聞かせ
る御伽噺のように、何一つ翳りのない人生など誰の上にも用意されているはずもなかった。

 それでも…それと知って尚、彼らを押し包む陽光はあまりにも健全な明るさに満ちてい
て…
 近づかずにおいて良かったと―――相対した刹那には、もうそう思っていた。もしも事を
起こす段階で接触をはかっていたら、間違いなく自分はその光に目が眩んで自滅していた
だろう。
 自身の業をつきつけられる、底冷えするような畏怖の念と共に、否みようもなく沸き上がっ
てきた、躊躇いがちの安堵。
 結果として、ろくろくその領域に踏み込む事のなかった王家の底力を前に、この身はあっ
さりと陥落したけれど―――企ての全てが水泡に帰した今だからこそ、それで良かったの
だとぼんやり思う。こうして対面してみれば、彼らの姿は予想に違わず不可侵の威勢に彩
られていて、その道行きをこの手で歪める事は、あまりにも寝覚めが悪すぎた。

 どこまでも自分の内面に踏み込み、自分を根底から作り変えてしまう事すら否まなかっ
たその真摯さと剛情に、 最後には降伏の白旗を振った得難い想い人や、その主でありこ
れまで何度となく、その素直で伸びやかな気性に触れつづけた年若い少年に抱いた思い
とは、それは必ずしも同種のものではなかったけれど…
 それでも…暗躍を絶たれた事で、目の前に立つ王子王女に対する生涯拭う事のできな
い負い目を抱かずにすんだ事を、自分は控えめに安堵しもしたのだ。
 そんな自分の内情を知るはずもなく、しかし、それでも全てを見通しているかのような厳
粛な面持ちで、兄王子はこの身に問われる罪状とそれに伴う処遇を言葉すくなに口にした。

 末王子の口から事前に聞かされたのと同義のものであったそれは、しかし更なる権限を
有するものが改まった場所で通告する事で、正規の詔へと変わる。
 場所柄の雰囲気や、相手の牽制の気圧されて膝を折るほど、この身は実直にはできて
いない。そんな風に目に見えるものだけで物事の価値を決めつけられるほど、自分は表裏
のない世界を歩いてはこなかった。

 それでも……そんな自分の矜持がひどく瑣末なものに思えるほどに―――

 そこは確かに……
 人の世の常道を自らの意志で踏み外した自分の目には、触れがたく近寄りがたく映った
ほどに…そこに構築された世界はあまりにも、自分の夢想した「完全」さに程近い形をしてい
た。
 だから、もうこれ以上…  この身で、この手で―――眼前に広がるこの夢想の具現を、壊
してしまいたくはないと…自分はあのとき、確かに思ったのだ。


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