注!!!!

この話一部ホモっぽいとか言う噂ですよ。

受けつけねぇ…って言う方は止めておいた方がいいと思います。

 

 

3.敵を知れば百戦危うからず

 

喜一の度の過ぎた校則違反については昨日今日始まったことではない。そもそも彼は制服すら着用しない。

朱に交われば赤くなるとはよく言ったもので、勇介もまた校則違反の常習犯である。授業態度はいたって真面目な勇介だが、寮を抜け出す頻度がとにかく高い。女子寮に忍び込むこともしばしばだ。(因みに、サイリルが男子寮に乱入する回数はさらに多い。)

しかし、そんなことは些事に過ぎない。

彼らが目を付けられるのはしょっちゅう騒ぎを起こす行動の派手さのためである。

 

 

この日は小遣い稼ぎと称して賭けバスケをやっていたところを見事に見つかった。

とっさにバスケットボールを抱えた勇介と溢れんばかりに千円札が詰まった缶をつかんだ喜一は、何とか煙幕呪文で目晦ましをして、あらかじめ打ち合わせた場所へと逃げようと駆け出した。

別方向に飛び出す勇介と喜一を見て、何の掛け合いもせずに追手も二手に分かれると、間髪入れずに呪文を唱える。

『『彼の影を戒めよ光の針!』』

まったく同時に発動した魔術は一直線に罪人に向かい、その影を刺し止める。影とともに自由を失った二人はあっさりと捕まり、仲良く生徒指導室にしょっ引かれることとなったのだ。

彼ら以外のためにはあまり使われることない生徒指導室は些か暗くてかび臭い。部屋の真ん中につつましくある長机の木目もいい加減見飽きていた。

「だから赤タイの奴らんときに止めときゃよかったんだよ。喜一がもう一組とか言うからズルズルずるずる…」

憮然とした表情で文句を垂れる勇介に喜一もむっと来て言い返す。

「あそこからが本番だろー。勇介の言う通り止めてたら稼ぎなんか雀の涙だ。最後は山分けなんだからよー。」

「だからって捕まったら意味ねぇじゃん。今日はくたびれ儲けになっちまったよ。喜一のせいだ。」

「勇介が早くこいつらに気付きゃよかったんだ。お前の仕事だろ、そういうの。」

「無茶言うな!バスケやってたんだぞ!」

「だからそこで野性の勘を目覚めさせてだなー…」

 

 

「いい加減に黙れ…!」

生徒指導教員を呼びに行った従兄を待つ間、こうして二人を見張っていたジスト・ハーネットはあまりにも緊張感のない二人にイライラしていた。根が真面目なのだ。

柳眉を顰めて怒りに震える姿には迫力があり、普通の生徒なら怯えるだろうが如何せんこの二人はその顔を見慣れてしまっていた。

「勇介が不運体質だからよりによってハーネット従兄弟に見つかんだよ。他の奴なら逃げ切る自信あったのによー。勇介捨て駒にして。」

「ふざけんな!そんなことしようとしたら絶対足引っ張ってやる。死なば諸共だろ、親友。」

「自らを犠牲にして親友を助けるぐらいの愛情を見せてみろ。」

再び始まった軽口の応酬にジストはふつふつと沸いていた怒りを爆発させた。

 

「てめぇらには反省の心がなさすぎだ!!」

 

ジストが怒鳴るのと同時に彼の側にあった廊下と教室を分ける窓ガラスが破裂した。

幸い、廊下には誰もいなかったようで悲鳴も呻き声も聞こえなかった。

「あーあ、割ったー。」

と、すかさず喜一が小学生のようなことを言い出す。

「さ、さすがヒステリック・ボム…」

無残な姿になった窓を見て勇介の頬が引きつる。これがいつか人に対して起こったらと思うと恐ろしい。

 

感情による魔力の暴発は誰にでもいくらかあるものである。しかし、ジスト・ハーネットのそれは尋常でなかった。
普通は年とともに落ち着くはずの暴発の威力が年々高くなっているのだ。

彼の場合、幼少期の激しいストレスが原因でこの暴発が生まれ、それにいまだに悩まされているのが現状である。
本人の資質から来る属性が光なのに対し、遺伝的に決まる魔法系が闇系なので、もともと酷く魔力の制御が難しいのも災いしている。
さらに短気な性格が加わって、付いたあだ名が「ヒステリック・ボム」である。

名のとおり、ジストが短気を起こすたびに何かが破壊される。学生会副会長を務めるジストにとっては随分不名誉なあだ名だった。

実際には彼自身はいたって品行方正。口は悪いがクソがつくほど真面目な優等生である。

学生会として勇介や喜一などの不良学生を捕まえる率はダントツで一番であり、大きく貢献しているのだが、そのときにヒステリック・ボムを起こすことも多く、彼ら不良学生と一緒くたに見る教師もいるのだ。

 

「しまった…またやった。」

今回の事でまた一部の教師につつかれる。悪事を働いたのは勇介と喜一だけだったのに並んで説教をもらうことになるのも最近は珍しくない。

割れた窓を見てジストが重い溜息を吐くのと同時に、廊下から良く通る声が「ラヒール」と短く呪文を唱えた。

見る見るうちに割れたガラス同士がつながり、数秒後には窓は元どおりになっていた。

無生物に回復呪文を使えるような奇才は数少ない。

 

「待たせたな、ジス。」

ジストと共に勇介たちを捕らえたエージュ・ハーネットは、生徒指導室に二人を放り込むとジストに見張りを任せて姿を消していた。

二人の担任教師に報告し、生活指導教員を呼びに行ったはずなのだが、どうやら彼は一人で戻ってきた様子である。

「エージュ、一人か?」

「ああ。先生方もそう暇ではないからな。」

それを聞いた勇介が「やったー、解放ー!」と喜ぶとジストがその頭をはたいた。

「喜んでいる所申し訳ないが、お前たちにはきちんと罰を頂いてきた。反省文5枚と特別課題、それに罰掃除として中庭の噴水清掃だそうだ。」

特別課題のプリントを渡せれて勇介はがっくりと頭を垂れる。喜一は課題よりも罰掃除のところで「げぇー」と不満の声を上げた。

「噴水ってフツー専門の人に頼むもんだろ。」

「お前たちがあまりにも堪えていないようなので特別メニューだ。よかったな。」

エージュは無駄に整った狐顔で無表情に嫌味を言う。皮肉げでもなく事務的に嫌味を言う輩も珍しい。

「俺たち学校の美化に貢献しすぎだよな。」

喜一の言葉にエージュが軽く笑う。

「その点は認めよう。既にあらかたの場所を清掃し尽くしたお前たちの不良学生っぷりは賞賛に値する。しかし…」

ふっと笑みを引っ込めて、恐ろしく冷たい目で勇介と喜一を見下ろす。

「ジストに窓を割らせたことは少しも認める点が見つからない。賭けバスケとは別件として償ってもらおうか。」

 

静かに、しかし激しく怒っているエージュはかなり怖い。勇介と喜一は本能的に逃げる事を選択肢、じり…とパイプ椅子から腰を上げる。

「あの窓はあんたの従弟殿が勝手に割ったんだろ。」

「ジスを怒らせるようなことをしたのだろう?」

勇介が苦し紛れに言うが、この状態のエージュ・ハーネット相手に何を言っても無駄なことは分かっていた。時間稼ぎだ。

「だからってそこでテメーが怒る理由はねぇだろ!」

至極もっともなことを喜一が叫ぶ。

「力を制御できないのはオレの所為なんだから、何もそこまで怒ることは…」

ジストが図らずとも勇介たちにとって助け舟を出してくれるが、それに対するエージュの言葉はにべも無い。

「腹が立つものは仕方ないだろう。幸い、僕とジスは他人ではないわけだし、代わりに制裁しても何ら問題あるまい。」

「アリ!大アリ!威力が全然違うって!」

殆ど半泣きになりつつ、勇介はさらに後ずさり、ハーネット従兄弟がいるのとは反対側の窓を開けて飛び出した。喜一も別の窓から同じように逃げ出していて、彼らは並んで走り出す。

生徒指導室は1階なので、窓から脱出できればその先には広い広い校庭が待っている。放課後の校庭は部活動が盛んに行われており、そこで派手な行動を起こせば他の生徒がとばっちりを食うため、本気で魔法は使えないはずだ。

エージュがそれさえもどうでも良いと言うほど頭にきている可能性も十分にあるが…。それくらいエージュ・ハーネットは従弟を溺愛していた。

 

『月満つるときまで奴らの力篭もる声を奪え、音の精霊!』

「え、エージュ!!」

思いがけない高度な呪いにジストは慌てて止めようとするが遅かった。

ぽっぽ、とエージュのまわりに白い光が灯り、彼の右手で一つに纏まると、それが一気に勇介と喜一に目掛けて飛んで来る。

「よりによって魔法封じの呪いかよ!」

魔法封じほど喜一にとって手痛い呪いは無かった。

日々の生活から魔法を活用しまくっている喜一にとって魔法は第3の手を言っても過言ではない。それは利き手の次に役立つ手なのだ。

 

わずかな希望に賭けて逃げ出した二人を、真っ白い光が矢のように追いかけてくる。敗北を覚悟した喜一は、隣を走る勇介を見て悪あがきを決めた。

「許せ勇介!!」

パン、と手を合わせて詫びる喜一に果てしなく嫌な予感がした。

その喜一の手が勇介の腕をがっちりと掴むと、あろう事か立ち止まって精霊に向き直った。

精霊は8メートルほど後ろにいたが、もう逃げ切れる距離ではない。

『グリン!』

風を操り、勇介の体を浮かせて精霊に投げつける。盾にするつもりなのだ。

「このうらぎりものぉおおお!!」

飛ばされながら叫ぶ勇介に、喜一は心の底で「お前普段から魔法使えないようなもんなんだから別にいいじゃん」と思っていた。

間違ってはいないが、薄情すぎる。

 

そして、勇介はものの見事に音の精霊と衝突した。

光に包まれ、呪いをうけた勇介が「キャ――!」と悲鳴をあげた。痛みは無いというのに雰囲気だけで叫ぶあたり、勇介も余裕がある。

標的の予想外の動きに精霊が怯み、隙が生じる。

喜一はそこで逃げはせずに、さっさと精霊を霧散させてしまおうと右手に魔力を集中させたのだが、ここで思わぬ邪魔が入る。

 

「何あたしの勇くん投げ飛ばしてくれちゃってるのよォ――――ッ!!!!」

 

放課後の校庭では、たくさんの生徒が部活動に励んでいた。そのなかにバレー部があり、そのバレー部に蓮見サイリルがいても何ら不思議はない。

ただ、サイリルがこの現場を目撃していて、偶々彼女にボールが回って来ていたのがまずかった。

彼女は怒りのままに喜一の後頭部目掛けてボールを投げつけた。しかもそのボールには無意識に魔力が篭もり、それはもう肉体だけではありえない速度を出していた。

そんなものが無防備な真後ろから飛んできて避けられるはずもなく、少々狙いの逸れたバレーボ−ルは喜一の背中にぶち当たり、構成されていた魔術は虚しくも掻き消えた。

「ってぇええ!あのアマァ…!!って、ヤバ…!」

ハッと顔を上げたときは既に遅し。喜一の目の前にはまばゆく光る精霊が両手を広げていた。

 

さっきの、ふざけた調子の勇介の悲鳴とは違い、死にそうな喜一の悲鳴が校庭に木霊した。