3.敵を知れば百戦危うからず(2)

 

 

勇介と喜一が魔力封じの呪いを受けてから5日たつ。

いつもならば何かしら騒いでいるはずの放課後を、二人は大人しくカフェテリアでお茶を飲んでいた。

勇介はいつもと変わらないのだが、その相方のほうがまったく、これっぽっちも、何に関しても、やる気ゼロなのだ。

魔力を封じられて何をするにも不自由している喜一は、夕方の時点で気力をほとんど使い果たしていた。5日たつというのにまだ慣れないらしい。

特進クラス首席がかけた呪いはさすがに強力で、いかに天才で奇才な召喚士東雲喜一の手を持ってしても解くことはできなかった。

この5日であらゆる手を尽くし、今は大人しく満月が来て効力が切れるのを待っている。

解く方法が無いわけではなかったが、それよりは時効のほうが早いのだ。

しかし、魔法を封じられても勇介にとって不具合はあまり無い。むしろ魔力抑制装置である大量のアクセサリーの一部を外すことが出来て身が軽くなるかと少々喜んだくらいだ。

しかし喜一曰く、外すと勇介の魔力の膨大さと凶暴さに、精霊がかけた呪いが破裂してちょっとした魔力爆発事故を起こす危険性が高いらしい。

博士が作ってくれたアクセサリーは一個で呪いの精霊の何倍かの効力がある。そんなものを常に10個近く装備している勇介の魔力が、首席といえどたかだか人間の魔術で抑えれるはずも無いのだ。

 

 

「ついにアクセサリーがジャラジャラうるさい生活から逃れられる日が来るかと思ったんだけどなぁ。」

「お前の悩みはその程度でいいよな…俺がこの5日間どんなに苦労して暮らしているか…」

悔し涙に目を滲ませる喜一に、勇介は少しも同情しなかった。

「ていうか、それが普通。」

「俺を普通の人間と一緒にするなよ。俺ほど魔法なくて駄目な奴他にいねぇぞ。」

「胸張るなよ。」

何故だか偉そうに宣言する喜一を見て、親友選び間違えたかな、とかすかに思う。

 

「ほーんと、魔法の使えない喜一君なんて苺の乗ってないショートケーキって感じよね。」

甘い香を放つココアの入ったカップを片手に、サイリルがにっこりと笑って彼らのテーブルにやって来た。そして、さも当然のように勇介の隣にガタガタと椅子を移動させて座る。

「勇くんも、こーんな魚が死んだみたいな目してる、つっまんない喜一君と一緒にいるくらいなら私に声掛けて欲しいわ。」

「俺もそのつもりだったんだけど腐ってる喜一ほっとくのもロクなことにならなそうな気がしてさ。」

バカップルが額を寄せて失礼な事を言っても、喜一はそれに対して反論するほどの元気はなかった。

ただ、サイリルの顔を見るとむかむかする気持ちだけは抑えられない。

「あんときお前さえ現れなければ…」

独り言のつもりだったそれは、思いの外しっかりと声になっていたらしく見る見るうちにサイリルの眉がつりあがっていく。

「あら、現れなければなんなの?勇くんを放って一人で逃げ延びたのにって?親友を、あろうことか勇くんを犠牲にして自分だけは助かろうっての!?あんたそれでも人間っ!!??」

ダンっ!とテーブルに拳を叩きつける音が嫌に響いた。カフェテリアでくつろぐ他の生徒も何事かと彼らに視線を寄越す。

普段は常識人である勇介がここで何らかの対処を取るが、ことサイリルに対してだけは彼は常識から逸脱する。

「サリー…そんなにオレのために怒ってくれるんだ…」

「当たり前じゃない、勇くん。ごめんね、私がもっと早く気付いてれば勇くんを守れたかもしれないのに…」

「サリーは十分やってくれたよ。あのときのサリー、すげぇカッコよかったよ。」

「ホントっ?うれしい…!」

「なんかマジでウザイんですけどこの人たちー…」

いつもの事だが、濃厚で甘ったるいピンクオーラに眉を顰めずにいられない。残り少ない気力が根こそぎ奪われていく気がした。

彼らは周りの状況なんてこれっぽっちも気にしない。正しくバカップルと呼ぶに相応しい。

喜一がいようといまいと関係無い分、いきなり現れて横暴に「お前どっか行け」と言われないだけマシかもしれない。

 

ラブラブ空気から一転して、サイリルが喜一にビシッと指を突き出す。この唐突な変わり方もいい加減慣れた。

「ていうか、喜一君はこの機に魔法に頼らない生き方を身に付けるべきよ。魔法ばっかりに頼ってると魔法がないと何にも出来ない駄目人間になるわよ。」

「なんだその物言いは。お前は俺の母親か。それともドラえもんか?」

「なるなら私は勇くんの母親になるわよ。何か向こう側の歌であったのよね。生まれ変わって母になって命さえ差し出して貴方を守りたいのです〜みたいな歌詞の歌。あんな感じよ。うん。喜一君じゃ守る気にならないわ。」

自分で出した結論に満足そうに頷いて放置されていたココアに手を伸ばす。

今のサイリルの言葉に勇介も幸せそうに微笑んでいて、喜一の機嫌はさらに急降下だ。

何故こいつは同じ目に遭っておきながら一人で幸せ噛締めちゃってるんだ。それでも俺の親友か。

などと、自分が5日前に勇介にした仕打ちを完璧に棚に上げたことを考えていた。

バカップルは二人揃うとしょうがないが、喜一は単体でもしょうがない奴なのでその方がよっぽど酷い。

 

 

「こうなったらこの憤りのすべてを元凶に返すしかあるまい…」

魔法を封じられてから5日。始めて喜一の目に光が宿った瞬間だった。

しかし、その内容はなんだか不穏である。

「元凶って、エージュ・ハーネットか?本気であいつ敵に回すのヤダなぁ。」

常々エージュに底知れない嫌な雰囲気を感じている勇介は、今回は手を出したくないというのが本音だ。

「お前、今まで俺らが捕まったときに追っ手がハーネット従兄弟じゃなかったときが何回あると思う?」

テーブルに突っ伏す喜一に、上目づかいで睨まれて勇介は記憶を辿った。

「9割方あの二人にしてやられてるな。」

「だろ?しかもあいつらに対して勝率3割ってとこだ。由々しき事態だとは思わんか、勇介。」

「あら、喜一君がそんなに負けてたなんて意外だわ。」

なぜかやたらと実戦経験が豊富で、実技では他を寄せ付けない喜一がハーネット従兄弟におよばないと言うのはサイリルにとって信じられない事だった。

「ジスト・ハーネットは知らんが、眼鏡狐は実技試験じゃふかしこいてるぞ、絶対。俺ら捕まえるときと威力が全然違うもんよ。」

これは勇介も初耳だった。もっとも、中級クラスの勇介は、喜一とエージュのいる特進クラスの状況など知る由も無い。

「そういえば、ジストも実技試験のときはいつも調子悪そうに首を捻ってるわね。」

といっても、十分優秀だからあんまり気付いてる人いなそうだけど。と続ける。

サイリルとジストは同じ上級クラスなのでそんなところを目にする機会があった。

「何か怪しいな…」

従兄弟揃って実技試験で手を抜くとはどういうことだろうか。

腹の中では何を考えているのか分からない部分があるエージュはわざとなのかも知れないが、ジストまでとなると何やら秘密のにおいを感じる。

 

「よし。敵を知り、己を知れば百戦危うからずだ。ここはいっちょハーネット従兄弟を探ってみますか。」

「おお、やる気になったか。さすがわが友よ。」

勇介の宣言に喜一は嬉しそうに手を出した。勇介がその手をがしっと掴む。

「上手いこと弱みでも握れれば捕まっても見逃してもらえるかもしんないしな。もう課題はこりごり。」

苦笑する勇介とにやりと笑う喜一を見て、蚊帳の外といった雰囲気を感じたサイリルはこの上なくむっと来た。

「勇くんがやるなら私もやる!」

堅く握手を交わす二人の手の上からサイリルも手を乗せて叫んだ。

思いもよらない宣言に勇介が目を丸くする。

「サリーまで危ない橋わたることないよ。魔封じうけるぞ!?」

「私は喜一君と違って魔法封じられたぐらいで無気力になるようなのび太くんじゃないわ!」

勇介を見返すサイリルの目は真剣そのものだった。

「それに、えぇとー、ほら!私ならジストと同じクラスだもん。探り入れるのも簡単よ!」

「でも、あいつら学生会だから罰受けることになるかも…」

サイリルだけは危険に巻き込みたくないと思っている勇介は何とか説得を試みようとするが、相手は桃色の台風こと蓮見サイリル。

勇介なんぞの手に負える相手ではない。

「私を誰だと思ってるの?何度勇くんの所に夜這いに行ったと思ってるのよ。今さら学生会が寄越すようなチンケな罰怖くないわ。」

色々と問題点が多い発言だが、今それを気にするような人材はここにいなかった。

「諦めろよ勇介。認めておかないとこいつ何しでかすかわかんねぇぞ?」

呆れたような喜一の言葉にサイリルは勢い良く首を縦に振る。

「喜一君の言う通りよ。自分でも何しでかすか分かったもんじゃないわ。」

どこか誇らしげにいい笑顔を見せるサイリルに、結局勇介は折れた。