3.敵を知れば百戦危うからず(5)

 

 

わずかに真上とはいかない位置に満月が輝く頃。彼らは第2訓練場にいた。

グラウンドと同じ土の地面に大きく魔法陣が描かれており、訓練場自体をぐるりと緑色のネットが囲んでいる。

この魔法陣とネットは訓練場の外に魔法が漏れない為に施してある術で、いつ誰が作ったのか知れないが、恐ろしく強力で正確である。

ただし、このままでは外から丸見えなので、直ぐに見つかって止められるのが関の山だ。

 

 

しかし、彼らには強い味方がついていた。

この訓練場一帯にサイリルが敷いた結界はプロ顔負けの完璧な出来だった。

これならば誰もこの場所を注目する事もないし、見たとしても何が起こっているのか気にとめることもない。

「すごいな、さすがサリーだ。」

「そうねぇ。勇くんとのラブラブタイムを邪魔されない為に必死でマスターしたんだけど、まさかこんな所で役に立つなんて。」

「サリーはいつでも頑張ってくれてるんだな…ありがとう。」

どう考えても誉められた事ではないのだが、勇介にとってはそれよりもサイリルが自分たちのために、という所がポイントらしい。

「当たり前じゃない。勇くんと一緒にいるためなら何でもするわ。」

「サリー…」

いつもの展開ながら、喜一が脱力してしゃがみ込むのも無理はないだろう。

一体いつまでこの二人のピンクムードを味わっていなければならないのか。さっさと来い、と対戦相手に恨み言を唱え始めた所で、彼の視界に影がかかった。

顔を上げるとそこにいたのは待ち望んだ対戦者の二人で、ジストの方はバカップルに引き気味のようだが、エージュは涼しい顔で喜一を見下ろしていた。

「邪魔をしたか?」

「…おせぇよ…本当。」

 

 

 

訓練場の中心で彼らは対峙した。

つい先程まで散々サイリルが喜一の代わりに自分が勇介とタッグを組む、と言って騒いでいたのだが、結局彼女は審判に落ち着いた。

とはいっても、スポーツと違って喧嘩に審判が必要な訳でもなく、彼女は少し離れた所で座り込んで見守っている。

月の光で出来た薄い影が更に短くなってきていた。間もなく、勇介たちにかけられた呪いが解ける。

「そろそろ月が中天にかかる…ご苦労だったな。」

「苦労したのは喜一だけだけどな。」

「うるせえ!」

いっそ、お前そのままのほうがためになるんじゃないの?とからかう勇介と、それに掴みかかる喜一を見て、ジストは深く溜息をついた。

なんで彼らはこうも緊張感がないのか。これからこんなのと本気でやり合おうとしているのか。

だんだん情けなくなってくるのだ。どうしようもなく。

「ヘタしたら停学ものの危険まで冒して何やってんだろ、俺たち…」

「なんだ、副会長さんはこんなちょっとした冒険も怖いのか?」

「これのどこがちょっとだ!あぁ!?」

確かに、ジストはこれまで規則に違反するようなことをやったことはないが、それを抜きにしても今回のことはちょっとしたでは済まされない。

魔法を使っての私闘。しかも許可なく訓練場を使用し、おまけとばかりに就寝時間だ。

ばれてしまったら間違いなく彼らは学生会役員を解任、そして4人仲良く説教と罰をもらうことになる。反省房行きと言うこともありうる。

「さっさと済ませて帰るぞ、エージュ。」

「さっさと済むと思ってんのかぁ?」

「はっ。今まで誰に捕まりまくってたんだてめぇらは。」

「逃げることに気を取られなきゃおめぇらに負きゃしねぇよ。」

「俺、自信ない。」

「勇介ぇえー!!」

コントのようなやり取りの真っ最中、勇介と喜一の体が淡く光だした。その光はのろいを受けたときと全く同じ質の物だった。

ふと空を見上げると真上から丸い月が彼らを照らしている。時効がきたのだ。

勇介たちを包んだ光は蛍のように体から立ち昇ると空中で霧散した。

「あー、やっと声の調子戻った…」

「そうなのか?俺にはよくわかんねぇなぁ。」

もとから大量のアクセサリーで常に魔法を封じてあるような状態の勇介にとっては、呪いの精霊がいようといなかろうと大差なく、いまいちピンとこないようで首を傾げた。

「遅くならねぇうちに始めようぜ。」

そう言ってジストが白亜の杖を構える。それにならい、エージュも軽くブラックスターを持ち直した。

「結構乗り気じゃん、ジスト。」

勇介が一歩下がりセイント・ロッドを握り締め、反対に喜一が一歩前に出る。

「…東雲、杖はねぇのかよ。」

「ああ。邪魔だからいらね。」

杖と言うのは主に魔法の制御に用いる物で、なくても魔法を使うことは可能だが、酷く制御が難しくなる。歴史に名を残す大魔法使いたちでさえ所有していた物なのに、目の前の金髪猫目の青年はそれを邪魔だと一蹴する。

ジストが目を見開いて喜一を凝視してしまうのも仕方ないだろう。

「そいつは規格外だ。あまり気にするな。」

「数世紀前に滅びた筈のヴァンプに言われたくないわ、この眼鏡蝙蝠。」

 

 

 

喧嘩の始まりには何の合図もなかった。それなのに、まるで示し合わせたように彼らは魔術の構成に入る。

喜一が右手を突き出すのと、ジストが杖を振るのはほぼ同時だった。

両者とも基礎の4大元素魔術だが、初っ端から最上級で仕掛けた。

『デラブル!』

『デラレッド!』

声とともに喜一の手の先からは青い水の奔流が、ジストの杖からは赤い炎の嵐が生まれ、それらは両者の間で渦巻き、唸りを上げながら天に昇って行く。

威力は全く互角。青と赤は一色に染まることも、混ざり合うこともせずに、ただぶつかり合って巨大な嵐を作っていた。

勇介はそれに巻き込まれないよう彼らから距離を取って様子を伺う。直ぐにでも自分のすべき作業に入りたいが、今回はタッグマッチなので向こうにも手の空いている人間が一人いるのだ。

青と赤の竜巻のむこうをじっと見据えると、エージュは既に構成を終えていた。さすがにコンビネーションが良く、行動を起こすのが恐ろしく早い。

杖の宝珠が輝くと、彼はそれをジストに向けた。

『アクト・マジ』

エージュが唱えたのは魔力強化の呪文で、それを受けたジストの赤い炎が一気に勢いを増す。見る見るうちに拮抗していた竜巻は赤一色に染まり、訓練場を夕方のように染め上げた。

「喜一!」

その炎に飲み込まれたように見えた相棒の名を叫ぶが、どうやらそんな心配は無用だったらしい。

彼は苦手な自然魔法からさっさと自己流の紋章魔法に切り替えたらしく、左手で魔法障壁の印を切っていた。

「あれが東雲喜一のハイエンシェント・スペルか…」

せっかくのチャンスを逃したことより、相手の未知なる力に興味を示す辺り、ジストもここの学生らしい研究者のひとりだ。

「しかも自己流にアレンジを加えているからな…発動も早いし、消費魔力も極端に低い。感心しているとやられるぞ。」

「だな。」

杖を構えなおすジストに、喜一は右の手で再び印を切った。

紋章魔法と言うのは声を必要としないため、発動のタイミングが酷く捉えづらい。

指先から伸びる光が短く模様を描いた次の瞬間には無数のかまいたちが襲い掛かっていた。しかし、それがジストまで届くことはない。

『サークル!』

すでに防御の体制を決めていたらしく、四方八方から繰り出されるかまいたちはあっさりドーム型の結界に阻まれた。

それでも、かまいたちの数が大量な分だけ時間稼ぎができる。全てを防ぎきるまで中からこちらに呪文を放つことも出来ないのだから。

「こっちは平気だ。勇介、頼むぜ。」

「オッケーィ。」

喜一の言葉を信じてこの場は任せることにした。果たして2対1でどれほど持つのかは心配だが、こればかりは喜一の戦闘センスを信じる他ない。

勇介は深く息をついて覚悟を決めると、育ての親が残していったセイント・ロッドをきつく握り締めた。

 

 

勇介の魔法が完成するまでの間、何としても二人を足止めするのが喜一の役目である。が、正直辛い。

エージュは自分と同じ特進クラス首席。ジストは一つ下の上級クラスの次席。

この時点でなら戦闘経験から言って負ける気はしない。しかし、この二人はやたらとコンビネーションが良い上に、今は彼らが人間とは言い難いものだと知っている。

いつぞやかドラゴンを相手にしたときより辛いかもしれない。そんなことを一瞬で考えて、更に次の手を打つことにした。

攻撃は最大の防御と言うことで、ひとまずあの邪魔な結界に消えてもらうことにする。

つねに腰のベルトから下げているボロボロの書物に手に取り、それをなぞると本は喜一の意識に従って勝手にページを開く。

『契約に従い、来たれハルパス!』

血の署名からずるりと姿を現したのは小鳥の形を持つ悪魔だった。可愛らしい外見をしているが、なかなか残忍な悪魔でもある。

「頼むぜ、あの結界割っちゃってくれ!」

『お前の望みとあらば…』

しわがれた声で呟き、ハルパスは矢のように結界に突進した。

ジストもそれに気付くが、既に遅い。ハルパスが結界にくちばしを突き刺すと、ガラスのようにそれは砕け散った。

それと同時に役目を終えたハルパスも影となって地面の中に消えていった。

数個残っていたかまいたちが襲い掛かるが、それはエージュが杖を一閃させると掻き消える。あまり大量ではこんなまねは出来ないが、数が少ないのならば風属性のエージュには造作もない。

かまいたちが効かないことは分かっていたので、その隙をついて喜一が更に呪文を叩き込もうとしたとき、己の背後で突然沸き起こった巨大な魔力の渦に思わず手を止めた。

そんな場合ではない。むしろ今は絶好のチャンスなのに、身体が動かない。

それはエージュとジストも同じだった。

萎縮せずにはいられないような強大な力が、喜一の後ろでその一端を解放した。

 

 

 

 

 

 

息を整えて覚悟を決める。

自分で抑えられるギリギリの力を解放するために右耳のカフスと、左手の指輪を二つ取り去った。

その瞬間、体の奥底に押し込められていた凶暴な魔力が体中から噴出すのが分かる。

人知どころか世界の理を越えた力だ。一端でしかないのにこんなにも暴れ狂い、少しも言うことを聞こうとしない。

それを何とか杖の先に集めようと、意識を集中させる。少しでも気を抜けば、勝手に暴走してどんな影響を及ぼすのか分からない。

ただ暴れまわっていた力が少しずつ方向性を持ち始める。それでも一点にまとまるような事はしてくれず、無駄に魔力を散らすばかりだ。

今回はアクセサリーを3つ分も解放したのだから仕方ないのかもしれない。しかし、これぐらいでないと出来ないのだ。

 

あの満月を、太陽に変えようなんてことは。

 

これ以上は抑えこめない。

そう思ったとき、勇介は杖を天空に向けて力を放った。

「いっけぇぇえええええええええええええ!!!!」

綺麗にまとまることはしないが、巨大な光の柱が昇り竜のように月に向かっていく。それこそ、咆哮が聞こえそうなほどだ。

自分の身体から魔法使い何十人分とも知れぬ力が流れ出ているのが分かるのに少しも疲れを感じない。それが勇介には恐ろしかった。

この体には、本当に無尽蔵の魔力が流れているのだと実感するからだ。

 

 

ぼんやりと自分から立ち昇る光を眺める勇介は、突然ざわりと身の毛がよだつのを感じた。

勇介の勘は当たる。なんだかとても嫌な感じがする。

自分ほどの大きさではないが、十分脅威となる凶悪な力。そして、酷く禍禍しい気配を持っている。

それが目覚めようとしているのが分かった。

目を向けるとそこには、あまりにも強すぎる勇介の力を誰もが呆然と見守ってしまう中、一人平然と杖を掲げるエージュがあった。

「喜一!あいつやばい!!!」

その声に、喜一が弾かれたようにエージュに意識をを向けると、同時に魔術を放つ。

『全てをのみ込め、永遠の黒!』

たった今正気に返ったとは思えない速度で放たれた魔術だが、ジストもまたそれに遅れることなくついてくる。

『全てをかき消せ、無限の白!』

彼らが放ったモノクロの閃光が両者の間でジリジリとせめぎ合った。

「こんな高等呪文、ご丁寧に返してくんじゃねぇよ!化け物かてめぇは!」

「エージュの邪魔はさせねぇ…!」

勇介は魔法の真っ最中。喜一はジストに阻まれ、もはやエージュをとめるものは何もない。

 

エージュの杖の宝珠が光り、それを軽く振ると最後の止めに呪文を唱えた。

『遅れたときを取り戻す。ディレイ・解放。』

「遅延呪文…?」

唱えられた魔術の不可解さに喜一が眉を寄せるが、直ぐにそんなことは気にしていられないような恐ろしく濃い闇の力がエージュから溢れた。

それに気圧されて喜一とジストの魔術がかき消されたほどだ。

まるで、エージュの回りの空気だけが別物に造り替えられていくように、どこまでも深い影を感じさせる。

勇介の位置からでも、彼の目が黄色く輝いているのがはっきり分かった。

 

「何が満月だから平気だよ!覚醒しちゃったじゃんか!喜一の阿保――!!」

「うるせぇ!お前は自分の魔法に集中しろ!太陽さえ出来れば俺たちの勝ちだ!」

半泣きになって叫ぶ勇介に、喜一はもう怒声を上げることしか出来ない。

さっきの呪文で彼の少ない魔力はほぼ底をついた。あとはエージュとジストのとどめ用にとっておかなければならないので、もう手出しが出来ないのだ。

「なるほど。太陽を作って俺たちの力を半減させようって魂胆か。姑息だな。」

対するジストも膝に手をつき、荒い呼吸を繰り返している。こちらは完全に魔力切れだ。

「なんでお前がそんなに魔力足りないんだ…。あ、まさか…」

「エージュが新月でもないのに活性化できるのは、血を吸った直後だけだ…。お前の自信から言って、絶対何かある筈だってな…ここに来る前しこたま血ぃ吸われたんだよ。昨日も吸われたってのにたまったもんじゃねぇ…。」

「そのときから遅延呪文で時間止めてたってのか?うわぁー、最悪…どっちが姑息なんだよ…。勇介!さっさと完成させちまえ!」

この太陽を完成させた時点で勇介と喜一に軍配が上がる。日が昇り、ハーネット従兄弟の力が半減すれば喜一の悪魔召喚で片がつく。

勇介が再び杖に集中すると、ぐにゃぐにゃと曲がっていた光の柱がピンと伸びて月に向かっていき、完成に近づく太陽に照らされて辺りが夜明けのように明るくなりだした。

ここまで完成に近づけば、後は惰性的に太陽になる筈だった。しかし、相手だって大人しく見守ってくれはしない。

 

エージュが杖を天空に掲げると、彼の杖の宝珠から黒い光が溢れ出した。

『天よ、我が意に従い闇に染まれ。ウェザリアータ。』

太陽を作られたのならば、再び夜にしてしまえばいい。

天候操作は本来10人程度の儀式で行うものだが、覚醒したエージュの力でなら十分可能だった。

訓練場の空が勇介の光とエージュの闇でぐらぐらと揺らぎ、時折明るくなり、暗くなりを繰り返す。

 

喜一たちが固唾を飲んで見守る中、二人の戦いは激しさを増していった。空のはるか彼方で渦巻く光と闇が、空気をビリビリと震わせて昼と夜を行ったり来たりしている。

力の大きさだけで言うのなら勇介に分がある。しかし、勇介はそれを制御しきれない為、実質術の力としては完璧に拮抗していた。

「くそ!」

突然、大人しく見守る体制だった喜一が勇介のもとへと駆け出し、勇介の杖を握る左手首を掴んで引き剥がす。

「お前もう一個アクセサリー外せ!そうすりゃ勝てる!!」

「な!無茶言うな!今だってギリギリなんだぞ!?これ以上は暴走するって!!!」

「俺が制御手伝ってやる。なぁに、心配すんな。俺はこの学校一の業師と謳われた男だ。お前の暴れ馬ぐらい御してみせらぁ。」

「何だ、その根拠のない自信は――――!!!」

合成魔法と言うのは相当の力量と、何より術者の相性が要求される。

友情が生む奇跡と言えば聞こえは良いが、たかが喧嘩にしてはリスクが大きすぎる賭けでもある。

 

勇介の静止を聞かず、喜一は左手のブレスレットを無理矢理剥ぎ取った。

その瞬間、勇介が発していた魔力が雪崩のように勢いを増した。一本の柱として月に向かっていた力は完全に方向を見失い、縦横無尽に暴れまわる。

膨大な魔力を流されてガタガタ震える杖を必死に掴んでいると、それに喜一の手が加わった。

途端、暴走しかけた力が完璧な術になって行くのが分かった。驚いて隣にある親友の横顔を見ると、彼はいまだかつてない真剣な表情で杖を握っていた。勇介の視線にも気付かぬほど集中している。

激しい光は確かに満月に昇り、それを見る見るうちに太陽に造り替えていく。

 

拮抗していた力は、今や完全に光に傾いていた。昼夜を繰り返していた空は徐々に夜明けの色に染まり、闇が押し退けられていく。

「く…っ、どちらが化け物か分からんな…」

辺りが明るくなるにつれて、エージュの力はどんどん弱まっていくのだ。もはや彼に抗う術なかった。

 

このまま決着がつくかに思われたそのとき、傍観に徹していたサイリルの声が訓練場に響いた。

 

「勇くん危ない!!!!」

 

「へ?」

彼女の声が耳に入ったと思った次の瞬間、勇介は後頭部に激しい衝撃を感じて、そのまま前のめりに倒れこんだ。

勇介が気を失うことで放出されつづけていた魔力がぱったりと途絶えると、それに気付いた喜一がハッと顔を上げる。

 

そこには白亜の杖を振りかぶったジストがいた。

 

「お疲れさん。」

その声は聞こえていたか、いなかったか。

 

パカン、と気の抜ける音が響き渡り、激しい魔法合戦の幕は閉じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

すっかり魔力が底をついた疲労感に任せて地面に座り込んだジストの視線の先では、やりすぎだろうと思うほどに勇介の後頭部にヒールをかけまくるサイリルがいた。

勇介が作った太陽が煌々と輝いて夜の闇を打ち消しつづけているので、辺りは昼のように明るく、その様子が良く見える。

 

ぼんやりとそれを眺めているジストの元に、悠々とエージュが歩み寄ってきた。

「やはり俺の策は完璧だったろう?」

そう言って、満足げに口元に笑みを浮かべる。

彼は最初から勇介の甚大な魔力を使われるだろうことを予測していた。

だからこそ、それに対抗するために下準備をし、ジストの血をもらっておいた。それによりジストの魔力量が下がることまでも利用したのだ。

肉弾戦を一切やらずに最初から大型の魔法だけで戦っていたのは、魔力が尽きたジストを戦力外とみなさせる為だ。

実際、勇介たちは完全にジストを失念していたし、隙だらけだった。

「まさか満月を太陽にするなんてのは予想外だったけどな…魔力も尽きたし、日差しもきついし、ダルイ…」

「それはご苦労だな。…では、血をもらおうか。」

 

「は…?」

 

胡乱げにエージュを見上げると、彼はやはり涼しい顔でのたまった。

「今は夜なんだ。あの太陽をそのままにしておくわけにもいくまい。」

だから血を吸って再び覚醒し、夜に戻すと言う。今度は邪魔する者がいないのだから簡単だ。

エージュの言っていることは正しい。このまま太陽を放っておけば、いい加減この騒ぎが露見するだろう。しかし…

「こ、これ以上は倒れる…。」

ジストの使用限界魔力は尽きているのだ。

人は潜在魔力の全てを使えるわけではない。実際に使っているのはその7割程度だ。

全てを使ってしまえば死に至るため、残りの3割は人間が無意識に残している生命維持魔力になる。

今の状態で血を吸うことは可能だ。それにより、エージュが覚醒する事もまた可能。

ただし、ジストにとっては使用限界を超えて危険領域に突入することになるわけで、当然オーバーワーク。

確実に地に伏す敗者二人と同じ未来が待っている。いや、それよりも悪いかもしれない。しばらくはダルさと貧血に悩まされることになる。

しかし、エージュはやると言ったらやる男だった。

「きちんと部屋まで運んでやる。安心しろ。」

「ちょ…待て、本気かよ!?」

力ずくで押さえつけ、いつものように首筋に牙を突き立てると、直ぐさまジストの意識は遠いところに旅立っていった。

 

 

結局辺りが元の静けさを取り戻したとき、そこで意識を保っていたのはエージュとサイリルの二人だけであった。