3.敵を知れば百戦危うからず(6)
勇介たちは今日もカフェテリアで同じテーブルに付いていた。
先にいたのは勇介と喜一で、後からサイリルがやって来たのだ。そうでなければ喜一がこの席に自ら座るはずがない。
バカップルと付き合っているだけで頭痛がするのに、ついでに今日は昨夜の騒ぎでいまだに後頭部が痛む。
目の前では相変らず繰り広げられるピンクな空気がふりまかれ、今日もまた気力が奪われていく気がする。
ダルイだるいと周りに注意を受ける喜一だが、その原因の一端は目の前のバカップルが握っている気がしてならなかった。
そんなテーブルへ近づく物好きなど普通はいないのだが、今日は違った。
「東雲。お前今日も制服着てないな。」
憮然とした表情のジストと、その隣にエージュ。あまり見たくない顔だった。
「今日は授業ないんです〜。だから私服でもいいだろぉ?」
そう言われてしまうとジストも押し黙るしかない。しかし、これは明らかに嘘だった。
同じ特進クラスのエージュになら分かる筈だ。今日は特進の共通科目の授業がある日なのだから。
ところが、エージュは何も言ってこなかった。
学生会会長は不良学生に対して意外と寛容なのだ。というか、彼の従弟に危害を加えない限り大概のことには口を出さない。
「あら、学生会のお二方、何か用?」
サイリルが二人に声をかけると、勇介もようやく彼らに目を向けた。バカップルは本気で彼らに気付いていなかったらしい。
それに引いたのはジストだけで、慣れきった喜一と興味のないエージュは何も気にならないらしい。
「昨夜のことでな…」
「あ、もしかしてバレた?うわぁー、罰キツそー」
昨日の騒ぎは百戦錬磨の勇介にしても実はかなり気が重かった。言い渡されるだろう罰を想像してげんなりとテーブルに倒れ込むが、どうやらバレたというわけではないらしい。
「こっちはお前達の一方的な挑戦を受けてやって、しかも勝利したと言うのに何も利益がないというのは腑に落ちんと思ってな。」
「なんだよ…何かしろってのか?」
かすかに口元をつり上げるエージュに、喜一が嫌そうな顔をする。完全に勝つ気でいたので逆はあってもこんなことは想定外だ。
「俺も正直、お前達との鬼ごっこには飽いていてな。」
「あー駄目だぁ〜やめろって言われても無理。生活かかってますからー。」
負けたくせにあっさりと「他のことにしてくれ」などと言う喜一にジストの頬が引きつった。
「何でてめぇの態度はそう…!!」
怒鳴りそうになるジストをエージュが手で制する。
「それはこちらも分かっている。だから、強制的に従ってもらう…」
嫌な予感に立ち上がりかけた喜一だが、既に遅かった。
ここに来るまでに唱えていた呪文をまた遅延呪文で遅らせたらしく、いつぞやかの様に喜一の目の前で精霊が形を持とうとしている。
『ディレイ・解放』
そして、カフェテラスには先日のように喜一の悲痛な叫びが木霊することとなった。
次の満月まで、約一月この呪いは解けることはない。
続いて、エージュがくるりと勇介に向き直ると、サイリルが庇うように彼の前に立ちはだかった。
「勇くんに危害を加える前に、確か私を通してくれるのよね?」
「ふむ。確かにそういったな。どうする、ジス。」
「別に希崎は口約束だけで平気なんじゃないか?」
なあ、とふられて勇介は首を縦に振った。
「一月大人しくしてろって言うんだろ?一月ぐらいなら、まあ…頑張る。」
「では、そうしてもらおうか。」
かくて、この11日間に及んだ彼らの戦いは終わりを告げる。
珍しくも敗北と言う形で。
そもそも、「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」などという言葉を作ったのは何処の誰なのか。
敵を知ることで、敵をさらに強力にさせてしまうことだってあるのだ。
知らないままでいたのならば、敵はあくまでも人間として対していたはずで、その一線を越えて突っ込み過ぎたために痛い目に遭った。
勇介は今、激しく後悔している。
あのとき。
なぜ「知らぬが仏」と言う方の言葉を頭に浮かべなかったのか、と。
了