3.敵を知れば百戦危うからず(3)

 

 

かくして、勇介、喜一、サイリルによるハーネット従兄弟ストーキングの日々は始まった。

といっても、問題を起こさない限り勇介はエージュともジストとも接する機会がない為、その役はもっぱら喜一とサイリルに任された。

 

寮の部屋で玄米茶を啜りながら、ここ1週間の行動記録を見て勇介がしみじみと呟く。

「なんかさぁ、こいつらクラスが違うとは思えないくらい、いぃ………っつも一緒に行動してるな。」

「いいなぁ。どうしたらこんなことできるのかしら。私ももっと勇くんと一緒にいたいわ。」

いつものように男子寮に忍び込んでいるサイリルがそれを聞いてポツリと漏らす。

彼女にとってはハーネット従兄弟の弱みよりもこっちの方が重要事項らしい。

「仲良すぎだろ、従兄弟。」

つい呆れ口調で突っ込みたくもなるというものだ。そもそも、その行き過ぎな気がする従兄弟愛のせいで呪いをかけられる羽目になったのだ。

「そういえば、シデンさんがいつだったか「あの二人怪しいわよね〜」って楽しそうに言ってたわ。」

サイリルの爆弾投下に勇介と喜一は頬を引きつらせた。

しかしまあ、言ったのがあのオカマ研究生だというのならば納得が行くような気もする。

「あいつは俺たちに向かってもそう言ったしな…」

青筋を立てながら呟く喜一に、サイリルが机を叩きつけて立ち上がり、憤慨した。

「なによそれ!酷いわ!勇くんはノーマルよ!!喜一君は知らないけど。」

「俺だってノーマルだよ!」

「分かんないわよ、勇くん可愛くてカッコよくて素敵だもの。よからぬ欲望を抱いたらすり潰すからね…」

「ちょっと、目がマジなんですけどこの人…」

可愛らしい女の子が出すべきではない、やたら低い声の脅し文句に、本気で冷や汗が背筋を伝った。

「かなり話逸れてない?」と、おずおずと進言した勇介は正しい。

 

 

 

こうしてストーキングを始めてみたものの、分かったことといえば二人がやたらと仲が良いことと、エージュがむかつくほどに完璧だということだけである。

ハーネット家は超名門の魔法使い一族で、家柄がよければ才覚もあり、ついでに学業と運動神経と外見まで二人揃って良い。

その時点で一般生徒からみれば十分妬む対象となるのだが、それはエージュ一人に注がれる。

ジストにはヒステリック・ボムと言う欠点があったし、本人の猪突猛進系単純さと雰囲気の良さで大概は親しまれている。そうでなければ短気さに怯えるかどちらかだ。

それに対し、エージュは欠点と言えば欠点がない所、という存在自体が嫌味のような男だった。何もかも完璧すぎて、つけ回してみても一欠けらのボロすら出さない。

生活態度に何ら問題なし。エージュは常に集団の中心にあり、リーダーシップを存分に振るう。

それを妬ましく思う輩以上に羨望や憧憬の眼差しを集め、ファンクラブやら親衛隊が結成されているほどだ。しかも学生会会長。教師からの信頼も絶大だ。

「お前はこの学校の王様か。」と、いつぞやか喜一がつっこんだところ、さも当然のように優雅に頷かれたときは呆れて言葉もなかった。

「まあ、別にいいんだ俺は。あの眼鏡狐がどんなに俺様だろうと王様だろうと…」

「喜一君はかなりゴーイング・マイウェイだから人のことなんか気にしないもんね。妬みでもないのになんだか随分会長を嫌ってるみたいだけど。」

「そりゃあ、いつもいつも商売の邪魔されて、稼ぎ没収されて、あまつさえ逆恨みのように呪いかけられれば嫌いにもなるわ!」

最後の一つ以外は自業自得であるというのに、自身も十分俺様体質の喜一はそれを自覚しない。もはや同属嫌悪にも近しいものがある。

 

「あー…なんか弱みねぇかなー。弱み弱み…」

「元からないモノだったら見つからないんじゃないかしら?」

あのエージュの完璧さを思い描くと、サイリルがこう言いたくなるのも仕方ないことかもしれない。

「いや。ぜってぇ何かあるはずだ。この世界で息をする以上、人に知られて困ることの一つや二つ誰にでもあるはずだ。」

「確かにそう考えるとあの完璧過ぎさは逆に怪しいかもしれないわねー。普段からボロを出さないように気を配ってると思えないことも…」

首を捻るサイリルがふと隣に目をやると、勇介は真摯に何かを読んでいる様だった。

「どうしたの、勇くん?何か気になることあった?」

サイリルに話し掛けられると、勇介は困ったように首をかしげた。

「別に大したことじゃないんだけどさ…」

「なんだよ、言ってみろ。」

 

喜一に促されて、勇介が見せたのは学校新聞である。毎日ではないにしろ、所々に赤いマークをつけてある。

「ここ3か月分くらい調べてみたんだよな。」

そのマークがつけられているはヒステリック・ボムの被害情報だった。

「こうして見るとすげぇな。週に4回は破壊活動してんじゃん。」

「そのうちの6割くらいは俺たちといるときだけどな。」

この被害の原因の一端が自分にあると思うと、さすがにちょっと反省してしまう。しかし、喜一は気にも留めないらしく、平然と「これがどうした?」などと言っている。見上げた根性である。

「怒りの度合いとさ、爆発の威力は比例しないんだなぁーと思って。」

そういわれて新聞を確認すると、確かに被害はまちまちだった。

怒りの度合いは怒られている勇介と喜一が一番良く知っている。それと照らし合わせて考えると双方に関連性があるとは思えなかった。

「この日なんかいつものよーに喜一の服装注意しただけでガラス6枚だぜ?」

「こっちは勇くんたちが儀式場に大穴空けたときね。私でも知ってるような事件なのに被害は魔境一枚だけ?」

新聞を一通り見た喜一は、何かに気付いたように何度も繰り返して新聞を捲りつづけた。そして、ノートを持ち出すとそれに黙々とグラフを作ってゆく。

どんどん形作られていく折れ線グラフに、勇介とサイリルは目を見張った。

「波があったんだぁ…」

喜一が作ったグラフは、山が3つある綺麗なサインカーブを描いていた。

「毎月被害がでかい時期と小さい時期があるな。」

一年を通してならば、魔力が高い時期と低い時期というのが弱冠ある。しかし、それが毎月の周期で、ここまで威力に差が出るというのはあまり聞かない話だった。

「何かしら、これ?」

「さァ…」

「ちょっと、喜一君が作ったくせに何よそれ。」

「分からんもんは分からん!」

偉そうに胸を張る喜一にサイリルは不満顔だ。

「まあ、これで分かることなんか、あいつらが実技で手ぇ抜いてるわけじゃないってことだけだな。」

「どういうこと?」

今度はカレンダーを持ち出して印をつけた。

「実技試験って、大体時期決まってんだろ?丁度グラフじゃ谷だ。」

 

 

 

結局の所、魔力のサイクルがあるから何だというわけでもない。

何となく秘密の匂いが濃くなっただけだ。しかし、巧妙に隠しているもので、尻尾を捕まえられそうな気配などまるでない。

喜一とサイリルは、昨日から交友関係を洗い始めており、やってることは探偵の浮気調査と変わらなくなって来た。もしくは警察の聞き込みか。

二人が思いの外真剣なので勇介はここ一週間ほったらかされている。やれることが無いのだから仕方ない。

 

今日も今日とて部活の助っ人で小銭を稼いだあと、翌日の課題用のノートを教室に置き忘れたことに気付き、夕暮れの薄暗い校舎に足を向けた。

G-1棟の教室からノートを回収し、外に出て校庭を突っ切って寮に帰ることにする。途中、R棟の前に差し掛かったとき気の抜ける声で名を呼ばれ、視線をやると、一階の教員室からひらひらとシュレイツが手を振っていた。

相変らず最後にいつ洗濯したのか知れないくたびれたシャツと白衣に、ヘにゃへにゃのネクタイをしている。

「ちょーどいい所にきてくれたよぉ〜。希崎君大好きぃ。」

この教師が生徒の名前を覚えているのはとにかく珍しい。彼が知っている生徒は全校生徒が知っていると見て間違いないほどである。勇介も有名になってしまったものだ。

足を止めてしまったので仕方なくシュレイツの手が呼ぶままに窓に近づく。

「なんか用ですか?」

「このプリント学生会室に置いてきてくんない?誰かいると思うから多分開いてる。ホントはついさっきまで書記の娘が待っててくれたんだけどねー。見つかんなくって待たせすぎたら「自分で持って来て下さい」だってさぁ〜。いやー、まいっちゃったね。」

「多分その女子は反省しろって言う意味で自分で持って来いって言ったんじゃないっすか?」

「そうかもね。でもまあ、素敵な希崎君が通りかかっちゃったからよろしくね。」

有無を言わさず勇介にプリントを押し付けてぴしゃりと窓を閉ざされた。ご丁寧に鍵までかけている。

こんなときだけ素早く動く教師に勇介は深く溜息をついた。

 

面倒だが、頼まれた以上は仕方ない。例え校則違反が多かろうと、勇介自身は素直なのだ。頼まれごとは断れず、きちんとこなす。

学生会室は校舎の中でも一番奥まったF棟の最上階に位置する。かなり不便な場所だ。

周りにある教室も家庭科室とか調理実習室など、使用頻度が低いものばかりで人気も無い。

加えてこの時間帯である。校舎内に生徒が残っていること自体が珍しい。

勇介は沈みかける橙色の夕日に照らされながらのんびりと薄暗い廊下を歩いていた。右手のプリントは重いけど、こういう空気も悪くない。

そこそこご機嫌だった勇介は、この先で見るものに度肝を抜かれることとなる。

 

 

シュレイツが言ったように、学生会室には確かに誰かがいるようで窓から明かりが漏れていた。

中の様子なんて全く気にせずに、何の気なしにその扉を開ける。プリントを届に来たのだ。勇介に非はない。

「誰かいるかー?」

最初の一言より先は続かなかった。

 

たしかに、学生会室には人が残っていた。ついでにそれは、今自分が調べまわっているハーネット従兄弟だった。

そこまではいい。彼らは学生会のメンバーだし、いつも一緒にいるのだ。普通だろう。

しかし、二人がいる位置はどう考えてもおかしい。

無駄に豪奢な学生会会長席の臙脂色の椅子に体を沈めているのは副会長のジストで、会長のエージュはそのジストに圧し掛かっていた。

目の前にある光景があまりにも信じられなくて。けれど、妙に納得する気もして。そんな自分の思考回路も嫌で。

「き、希崎……」

突如として現れて勇介の姿を見て真っ青になるジストは、何故か赤のネクタイが解かれシャツの前を肌蹴ている。

そのジストの首筋に顔を埋めている薄茶色の頭はどう見てもエージュで…

(え?なにこれ。俺ってば濡れ場にダイブ・イン?)

かなり混乱する頭がお気楽そうに、しかし現状を把握しようとする。

 

勇介とジストが見詰め合ったまま固まっているが、エージュだけはいたってマイペースにジストから離れると、濡れた口元を手の甲で拭った。

その妙に生々しい仕草に勇介はハッと我に帰る。右手にもっているものの重さで自分がこんな場所に足を踏み入れた理由を思い出した。

「あ、いやー、その…。シュレイツさんに頼まれてプリント持ってきたんだけどお邪魔したみたいな。ごめんなさい。」

入り口近くの机にプリントの束を置いて、勇介はそそくさと出て行こうとする。

戸口まで戻ってから、「あ。」と何か思い浮かんだように足を止め、ハーネット従兄弟にふり返るとビシッと親指を立ててウィンクをした。

「大丈夫!明日からはここ、誰一人近寄らなくなるぜ!」

その宣言でフリーズしていたジストが復活する。

「言いふらす気満々じゃねぇか!!!」

ジストの悲痛な叫びを背にうけて、勇介は逃げるようにその場を後にした。

「おい!待て希崎!!!」

追おうにも勇介の逃げ足の速さは熟知していたので、廊下に響く足音からすでに手遅れと知る。

 

 

「す、すげぇモノ見てしまった…」

ある程度まで走った勇介は、廊下の壁に体重をかけて早鐘を打つ胸を押さえる。

いつの間にか日は沈みきって、まだ低い位置にある月が廊下にわずかな光を湛えていた。窓の外を見つめると大分丸くなってきた月と目が合った。

そして、ふと気付く。エージュはともかく、あのジストの態度…

あまりにも混乱していて思い至らなかったが、もしやこれは弱みになるのではないだろうか。

「不運体質かと思ってたけど、俺って結構ツイてるじゃん。」

ぐっと拳を握って足取りも軽く歩き出した勇介の肩を、影からぬっと伸びてきた生白い手が捕まえた。

まるでホラー映画のような一瞬。勇介の息が詰まる。

恐る恐る視線を動かす。形の良い指、白い手の甲、灰青のコートを着た腕。

その先にあるのは口元に微笑を浮かべたエージュ・ハーネットの顔だった。一見、いつもと同じように微笑んでいるが、眼鏡の奥で光る目は捕食者のそれだった。

「いつの間に…」と、言葉を音にする隙もなく、エージュの手がひたりと勇介の首にかかる。

「僕達は話し合いが必要だ。そうだろう?」

にっこりと笑う顔は、整っているだけに恐ろしい。

日の落ちた校舎に勇介の悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

「大変大変!!すっごいこと分かっちゃったわ―!!!」

毎度のことだが、サイリルはこっちの事情などお構いなしに勇介たちの部屋の窓から乱入してくる。彼女にとって箒は移動手段でなく、夜這い手段だと言い切ったほどだ。

既に当たり前な行動となってしまったために、喜一からも文句の一つも出ない。

「サリー、何か分かったん?」

勇介の問いにサイリルは得意げに頷いた。

実は例の一件以来、勇介はいまいち乗り気ではない。エージュには出来るだけ関わりたくないというのが本音だ。

しかし、愛する恋人が楽しそうにしているのは自然と勇介の口に笑みを作らせた。

 

「なんと、エージュ・ハーネットには恋人がいるわ!!」

 

何かこう、彼らの秘密を手に入れた的なことを期待していたので、あまりにも予想外の言葉に、暫し時がとまった。

しかし、一瞬後には驚愕が追いつく。

「マジで!?みんなのリーダーでファンクラブやら親衛隊やらあんのに実は売約済み!?」

「ていうか、あの狐にとって従弟以上に愛せる人間なんてもんがいたんだ!」

どうでもよいことなのに、つい食いついてしまうあたり彼もまだまだお気楽学生である。そこにはもともとの使命や目的などは一切無い。

「だよねだよね!二重にビックリよね!相手は孫明ちゃんって言う子なんだけど…」

孫明は学生会会計を務める上級クラスの才女だった。少々冷たい感があるものの、小柄で綺麗な顔立ちをした少女である。

学業、運動神経、家柄、魔法力まで完璧な彼女と、エージュは確かにお似合いだろう。しかし、今までそんな噂は露ほども流れた事が無かった。

言われてみればエージュとメイが一緒にいるところもよく見かけるが、そこにはいつもジストもいる。

3人組というのなら勇介たちもそうなのだが、エージュとメイには勇介とサイリルのようなラブオーラなどこれっぽっちも感じないのだ。

 

それを聞いたとき、勇介の中ですべての謎が一つに繋がった気がした。

彼らが実技試験で手を抜くわけ。ヒステリック・ボムの威力のばらつき。彼女がいるにもかかわらず、学生会室でジストとイチャついていたエージュ。

このすべてが一つの事を指しているのだとしたら?それは何…

 

思い至った結論に青ざめて、勇介はがたんと椅子を倒して立ち上がった。

「やべぇ!!!ヤバイよマジで!!!」

突然叫ぶ勇介に喜一とサイリルは目を真ん丸くして彼を見つめた。

「ど、どうしたの?勇くん。」

「あんなん敵に回したら命がいくつあっても足りねぇよ!!喜一、復讐は諦めろ!」

「え、イヤだ。」

切羽詰った様子の勇介を相手にしても、喜一は至極あっさりと却下した。

「あの狐に目にもの見せるまでは枕高くして眠れねぇもんよ。」

腹立たしげに眉を寄せて呟く喜一の肩を掴んで、勇介はさらに声を張り上げた。

「あれは狐じゃねぇ!蝙蝠だ!!!」