1. 5年前のこと(1)

 

「は、博士…マジで行くの?」

「ああ。」

「本ならまたオークションとか闇市で買えばいいじゃん。」

「面倒臭い。うざい。種類が少ない。」

「だからって死の危険も顧みずに越境ってどうかと思うよ…。向こう側の本読みたいだけなんだろ?」

「死にゃあしない。境界の狭間を永遠に漂う可能性が高いだけだ。」

「余計やばいって!止めときなよ博士〜、これ以上知識詰め込む必要ないよ。」

「うるせぇなぁ…俺に拾われて助かった命で生きてるくせに指図するな。誰が育ててやったと思ってる。」

「とか言ってるけど、物心ついたときには俺既に家事やらされてたような…」

「俺の世話になってんだから俺のために働くのは当然だ。」

 

幼い子供をバリバリ働かせたことを、胸を張って肯定出来る人も珍しいのではないだろうか。それぐらい博士は特殊だった。

どうにも少年の周りには特異な人間が多すぎるきらいがある。まさか今は亡き少年の両親も、12歳の我が子が重い溜息をつくことになろうとは思ってもみなかっただろう。

 

「おれさ、本当のこと言うと博士なら越境も出来ちゃうと思うんだよな。」

「俺も無事に渡る気しかないぞ。±50年ほどの誤差が生じるだろうが…」

「じゃあ、博士が上手く行って戻ってきたとしても、そのときおれオッちゃんかもしれないんだ…」

「二度と会うこともないかもな。」

「普通そういうことあっさり言うか…?」

 

少年は更に重い溜息をついた。

いくら家事が得意だろうと、彼はまだ12歳の子供である。物心つく前に両親を亡くした彼にとって、家族と言うのは目の前の博士だけだ。

その博士が突然出て行く。しかも行き先は少年には絶対追うことの出来ない所だ。

心細いし、何より辛い。

しかし、それよりも…

「おれが一番心配なのはさ…」

「なんだ?」

 

「こんな博士が一人で生活できるのか?ってことなんだ…」

 

うっ、と涙ぐんだ彼を思いっきり杖で引っ叩いて、博士は少年に背を向けた。

「くそ、少しは可愛げのある別れを期待した俺が馬鹿だった。俺はもう行くぞ。じゃあな。」

「えっ、ちょ…!博士!!」

痛みに気を取られていた少年が顔を上げると、博士は既に複雑怪奇な呪文を口にして水晶に手を触れていた。

とたん、目を焼くような光が部屋を満たす。

 

「マジでこんな別れなのかよ、博士!!」

驚いて叫ぶ少年を気にもとめず、博士はマイペースだった。体が薄れて半分消えかかっているまま「あ、そうだ。」と声を上げる。

「家に戻ったら俺の机の上の封筒見ろ。帝都魔法学院の案内書だから。」

「はぁ!?」

「丁度学院長とは知り合いだし、全寮制だ。お前放って置くのも危険そうだから魔法使いにでもなれ。」

「何勝手なこと言ってんだよ!おれ魔法なんか使えないって!!」

「今は使えなくてもそのうち使えるようになんだろ。俺が育てたんだからな。」

「理由にならねぇよそんなの!!」

「あー、大分意識遠いや。いい加減お別れだな…」

「ふざけんなぁああ――――――――――っ!!!!!!」

 

 

これが、勇介が育ての親と最後に交わした言葉だった。