1. 5年前のこと(3)
その後、キュビエが迎えに来たので、勇介は後ろ髪を引かれつつも部屋を後にした。
喜一も誘おうと何度も起こそうとしたのだが、彼はまったく起きる気配がなく昏々と眠っていたのだ。
時間ぎりぎりまで学校探検に精を出し、そこでまた友達が増えた。
自分のルームメイトほど特殊な人種が集まっているような学校だったらどうしよう、と心配していたのだが、杞憂だったらしい。
それは良い。とても良いことだ。
しかし、順調に卒業できたとしても、その特殊な人種とこの先10年以上付き合うことになるのだ。
せめてまともな会話をしたい。
できれば仲良くなりたいものだ。
そういえば、今も部屋で眠っているだろう喜一に、まだまともに自己紹介さえされていない。
こんなんで、この先やっていけると思えない。
そう思ってしまうといてもたってもいられなかった。
やはり、喜一にもう少しチャレンジしておきたい。
それに、あの様子だと喜一は入学式さえすっぽかして睡眠に励む気がする。
キュビエと二人で始めた学校探検が十人弱の集団になったころ、勇介は彼らと別れて部屋に引き返した。
話し込むだけの時間はないので、とりあえず起こして入学式に出席させることが目標となる。
勇介が部屋に戻ると、やはり喜一はベッドでよく寝ていた。
ロフトに上り、名前を呼びながら散々叩いたりつねったりするが、敵は眉一つ動かさない。
これには勇介も呆れ果てた。
時間は刻々と迫っていて、そろそろ本気で起きてもらわないと自分まで入学式に遅れてしまいそうである。
勇介は悩んだ挙句、ロフトから降りると自分の荷物を漁り出した。
初対面の人間にやることではないと思ったが、この際四の五の言っていられない。
勇介が手に取ったのは目薬だった。
再び喜一の傍に戻り、左の瞼を力ずくで開ける。ここまでしても喜一は起きない。
しかたなく、勇介はそこに目薬を滴下した。
「うぉ…っ!」
さすがに驚いたのか、左目を抑えて喜一が飛び起きる。
「お、おはよう。」
「…何した、今。」
「ロー○花粉用目薬。効くんだ、これは。」
「………あいつ以外に無理矢理起こされたのは初めてだ。」
「へ?」
喜一がぼそりと呟く。無理矢理起こした事で不機嫌になると思ったのだが、その声は何の感情も映していなかった。
「希崎勇介だっけ?」
「あ、うん。」
「ふぅん……」
ほんの1時間くらい前もそうしたように、じろじろと見られる。おちつかない。
「あの、東雲?」
「何か用?」
「いや、そろそろ起きないと入学式遅れるから…」
「だから?」
「だから?って…入学式行かなきゃ。」
「行けよ。」
「だから行こうよ。」
なんだか妙に会話がかみ合っていない。その事に勇介も喜一も気が付いた。
「………は?それって俺も行くの?」
「なにいってんの!?」
思わず勢い良くツッコむが、喜一は眉をひそめたあとゆらりと体が揺らぎ、そのままバッタリとベッドに倒れこんで枕に顔を埋めた。
そのまま、微動だにしない。
「寝るなよ!!!」
どうしようもない同居人を力ずくで引きずり出して体育館に連れてきた勇介は大分ぐったりきていた。
引っ張られている方の喜一と言えば、完全に俯いて半分夢の国に突っ込んでいる。いいご身分だ。
「あ。ユウスケ。」
キュビエが勇介を見つけて駆け寄ってきて、勇介のお荷物を見て首を傾げた。
「それがキイチ・シノノメ?」
「うん。そう…」
「スゴク寝てるな。」
「うん…」
「あはは!すごい!立ったまま本当に寝てる!」
「あ、アハハハハ。すごいよな!うん。」
勇介は12歳にして人に合わせて笑うということを覚えてしまった。
パイプ椅子に座らせたとたん、喜一は舟をこいでいた。もともと殆ど眠っていたのだから当然といえば当然である。
しかし、学院長の孫ではなかっただろうか。祖父の挨拶も全く耳に入らず良く眠っているらしい。
後ろの席に座っている勇介は起こそうと突付き続けているのだが、何の効果もなかった。