「私、じゃじゃ馬なの」  五百木 操

 

 彼女は今年満で92才だから、1906年生まれ馬年である。それも丙午。日本には、「丙午生まれの女性は夫を殺す」と言う迷信がある。全くとるに足らない迷信だが、それでも、1966年の丙午年には出生率が下がった。人々が、女児の生まれるのを恐れたからである。この年生まれの女性を、嫁に貰うのを嫌がる人が現実に少なからず居る。だからでもないと思うが、このおばあちゃん、凄く元気がいい。階段を弾むように歩く足取りは、今にも木登りでもしそうな気配なので、それをいうと

 「登りたいけど、周囲が止めるの」と平然と笑われる。更に

 「私、じゃじゃ馬なの」と婉然と微笑を湛えたお顔は、とてもおばあちゃんとは言えない。娘さんである。

 若い時女学校の先生をしていたこともあり、今でも豊富な人生経験を買われての仲人役が忙しい。

 それと碁とどんな関係がある?それが大有り。彼女はいま私が仕事をしている碁会所「囲碁三昧」のオーナーである。ここでおばあちゃんともよく打つ。本当は四子の手合いなのだが、負けず嫌いの彼女は七子置いてきて、私の石を殺して呉れる。

 日本も終戦後占領政策として農地解放が行われ、中国程ではないが、地主階級は打撃を受けた。それでも元庄屋の五百木家は、屋敷の中に25メートルの本格的な温泉プールを持つ大邸宅である。プールは「五百木スイミングクラブ」として、松山市の青少年の水泳育成に貢献している。更に広い邸内の一室を改築して、多くの人が碁を打てる部屋を作り近所の人に開放している。これは、彼女に碁を教えてくれた亡き夫の意志を継いだものでもある。

 日本は高齢化社会に入り、各地の集会所等で碁を打つお年寄りは多い。しかし最近は残念ながら、日本は国際棋戦であまり良くない。若い人で碁を打つ人も減った。そこで私は提案する。国際老人囲碁選手権戦というのはいかがだろうか。これなら日本もいい線をいける。来年は、おばあちゃんを団長にして中国へ行こう。

 そのおばちゃんだが、

 「こう忙しいと、死ぬ暇もない」

 と今日も元気で、じゃじゃ馬のように跳ね回っている。

 

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