「上品ですか」    武宮正樹

 

 1995年、東京で第18回世界アマ選手権戦が開催されたときである。私も丁度所用で上京しており、日本棋院に出向いて観戦した。中国棋院からは、華以剛先生が団長として見えておられ、「やあ、お久しぶり」ということになった。1992年私が始めて中国に旅行して以来、この日本語の上手な先生には何かとお世話になっている。

 「一局如何ですか」と先方から声を掛けて頂き、お言葉に甘えて早速三子でご指導頂いた。ここは日本である。華先生なんとか私に花を持たせたかったようだが、ご期待に添えず私は負けてしまった。局後華先生の解説を伺って居たときである。一陣の春風が吹いた気配がした。

なんと武宮正樹名人が横に座られたのだ。そして彼も実に気軽に、まるで巷の碁会所で仲間同士が盤をつつくような調子で私達の検討の輪に加わった。武宮名人の講評と言えば、プロ棋士が金を払ってでも拝聴したがる貴重なものである。私はすっかり興奮してしまった。中盤の難しい局面で、名人が推奨した一手は平凡な一間飛びだった。ところが興奮して舞い上がっている私は、名人の評を批判してしまったのである。

 「その手は上品過ぎますよ」

 「上品ですか?」

 と名人は愉快そうに笑い、私の生意気な言葉に腹も立てず、また私の下品な手を貶すでもなく

 「あなたの打った手は難しすぎますよ」

 と言葉を継いだ。

 ご存じ宇宙流の大家武宮正樹は、碁もさることながら人間も宇宙のように大らかな人である。改めてその人柄に魅入られファンになってしまった。

 自慢にはならないが、私も年をとると頑固である。折角の武宮名人のご指導にも関わらず、相変わらず私の小さな宇宙「碁盤の片隅」で下品な手ばかり打っている。

 

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