「私にも楽しませて下さい」   大竹 英雄

 

 定年まで、私はNTT (日本電信電話株式会社)に勤めていた。NTTは当時従業員36万人の大会社で、会社の囲碁全国大会を4年に一回行っていた。

 私も何回か参加したのだが、1977年箱根で行われた大会の時のことである。時の名人大竹英雄氏が、審判長として見えられた。最終日、優勝者と三子で記念対局を打って貰うことになった。別室で打った手を電話で中継して、会場の大盤で解説する。解説陣はやはり大竹名人と同門の、佐藤昌晴九段(当時七段)、宮沢吾郎九段(当時六段)だった。名人の打ち回しは冴え、中盤で既に黒は勝ち難い碁になっていた。ところがである。解説の佐藤昌晴が時々白の打つ手に首を傾げる。そして素っ頓狂な声を上げた。

 「大竹先生一目勝ちを狙っている!」

 そう聞いて白の打つ手を見ると、納得がいく。敢えて黒をつぶさないように、最期まで並べるように打っているのだ。実際は黒が一目勝った。それはいい。対局室から大盤の前に戻った大竹名人に、会場から質問が出た。

 「先生は本当に一目勝ちになるように打たれたのですか」

 大竹名人は、この問いに直接答えず

 「私にも楽しませてください」と笑った。

 この話しには後日談がある。1994年松山で「NECカップ」が行われたとき、大竹英雄が立会人として来られた。前夜祭のレセプションの席に私も出席し、彼と同席した。懐かしさのあまり、17年前のこの話しを私が笑いながら披露したときである。意外にも彼はきっと居ずまいを正し

 「もしそんな失礼なことを私が言ったのなら、どうぞお許し下さい。若気の至りです」と頭を下げられた。

 この才気煥発な天才の、自分に厳しい一面を改めて知ったのである。 

 

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