『何だか幸せな気分・・・・・・まだ起きたくないな・・・・・・・・・・・・。』
花梨は夢と現の狭間に落ち込んだまま、温かい何かに擦り寄り抱き付いた。
そのまましばらく眠りを楽しんでいたが、何時までも寝ているわけにはいかない。無理矢理眼を開けると。
「花梨、おはよう御座います。」
との言葉と共に、優しいキスが唇に降ってきた。
「おは・・・よう、ご・・・ざ・・・・・・いま、す。」
言われるまま取り敢えずそう答えたのだが。
『起きている筈なのに、何で頼忠さんの顔が見えるんだろう?』



『―――台風一過―――』



台風一過の清々しい朝。

頼忠は嬉しくてたまらない。
昨夜、思いかけず愛しい少女の全てを抱き締める事が出来た上、腕の中に閉じ込めたまま眠る事が出来たのだ。しかも、少女は一晩中抱き付いてくる・・・・・・。このまま寝顔を楽しんでいたいが早く話をしたいとの思いもあり、複雑だ。幸せとはこういう事を言うのだろう。
と、花梨の瞼がフルフルと震えた後、うっすらと瞳が開いた。
「花梨、おはよう御座います。」
そう言うと、少女の唇に触れるだけの口付けを落とす。
「おは・・・よう、ご・・・ざ・・・・・・いま、す。」
答えてはくれたがまだ寝惚けているのだろう、ほやほやとした表情が可愛い。今の状況がお解かりにならないのか、じーっと見つめてくる。
ちょっとした悪戯心が湧く。
もう一度唇を重ねると、今度はじっくりと味わう。そして、離せば―――花梨は眼をまん丸に見開いて固まっていた。
「花梨?」
「・・・・・・・・・・・・。」
「花梨、おはよう御座います。」
もう一度声を掛けると、見る見るうちに少女の顔が紅く染まっていく。
「花梨、どうなされたのです?」
さすがに心配になって頬に触れたら――――――振り払われた。
「やだっ!あっちに行って!!」
「花梨?」
「見ないで!向こうを向いて、お願いだから!」
手を振り回して頼忠から逃げようとする。
『昨夜の事はまだ早すぎたのか?ご無理をさせてしまったのか?』
全身の血が引く。反射的に、少女から離れる。

だが。

「起き抜けの顔、ブスなんだから見ちゃダメっ!!」
「はっ?花梨、何をおっしゃっているのですか?」
花梨は身体を捻って布団に顔を埋める。
「寝起きの顔、私、ブサイクなんだもん。頼忠さんに見られたくない。」泣きそうな声がだんだん小さくなる。「嫌われたくないもん・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
顔がにやけてしまうのを止められない。それこそ、花梨が後ろを向いている事に感謝だ。こんな顔は花梨に見られたくは無い。
暴れたせいで布団がずれて、花梨の背中が見えてしまっている。頼忠の印があちこちに散らばっている白い背中・・・・・・・・・。可愛い花梨・・・身体が反応してしまう。

背中の中心に口付けを一つ落とす。
ぴくんっ!と跳ねる隙を付いて、少女の身体の下に腕を滑り込まして背中から抱き締める。
「頼忠さんっ!?」
驚き慌てるその声音が、高ぶっている心を余計に煽る。首筋に唇を這わせれば、抵抗するそぶりを見せる。だが、唇以外に手も悪戯をしかければ、花梨はあっさりと陥落した――――――。



「頼忠さんのばかあ。イジワルっ!」
花梨は散々悪態を吐きながら、枕やクッションを投げ付けてくる。だが、真っ赤な顔で拗ねた表情をされては、反省など出来ない。身体の熱を鎮めたくて、腕が伸びそうになる。これ以上怒らせて、二度とこの部屋には来ない、と言われては困るから我慢をしているが。

何とか動けるようになってから、シャワーを浴びて着替える。だが、いざ帰ろうとした花梨は困惑した表情で頼忠を見上げた。
「靴・・・びしょ濡れだ。」服は乾燥機で乾かしたが、靴はすっかり忘れていた。「でも、しょうがないか。」
そう言って、そのまま履こうとする花梨を慌てて止める。
「お風邪を召されてしまったらどうなさるのです?」
「えっ?でも、代わりは無いもん。頼忠さんの靴は大きすぎて歩けないし。」
「では、私がお連れ致します。」
そう言ってひょいと抱き上げれば、花梨は驚きで眼を見開いた。そのまま外に出れば、再び文句を言って暴れ出す。
「ちょっと降ろして下さい!自分の足で歩きますからっ!」
「他の部屋の住人が何事かと驚いて出て来られますよ?お静かにして下さい。」
わざと花梨が困る事を言葉にすると。
「うっ!」
絶句して、睨み付けて来る。
そんな事は気にせずに歩き続けると、花梨は怖い笑顔で抱き付いてきた。―――頼忠の頬や耳を引っ張りながら。
「花梨、危ないですから大人しくしていて下さい。」
注意をするが。
「大人しくしているよ!暴れてないでしょ?」
「・・・・・・・・・。」
まだこの頼忠を父親扱いなさるのですか?ならば、車でお送りするつもりでしたが、このまま歩いて行く事に致しましょう。
「ちょっとぉ!車じゃないの、普通?このまま家まで歩くつもりですか?!」
駐車場に向かわずに道路に出ると再び文句をおっしゃるが、にっこり笑顔で見つめれば口を閉じられた。

だが。
大人しくなったと思った次の瞬間、悪戯は悪化した。耳に息を吹き掛け、首筋に指を這わせる。そして、うなじを・・・舐めた。
「花梨?お止め下さい!」
焦って頼むのだが。
「う〜〜ん、何を?」
そうとぼけると、今度は唇を押し付け、吸い上げる。
「花梨!」
このまま『回れ右』して部屋に戻りたいが、花梨のご両親がお帰りになる前に送り届けなければならない。時間が足りない。甘美な拷問に耐え続けるしかない頼忠であった。
『急に小悪魔におなりにならなくても宜しいのに・・・・・・!』



結局。
花梨の家まで抱き上げたまま歩いて行ったのだが、その間中ずっと、花梨は頼忠に悪戯をし続けていた。楽しげに。


――――――この次、花梨が私の部屋に来られた時には御礼をする。たっぷりと。――――――






注意・・・『―――台風―――』の翌朝。

朝帰りがバレないように早く帰宅しても、花梨の姿は近所の人に見られたよね?
目立つから強い印象を残すし、心配もされる。おしゃべりオバサンが告げ口するのも時間の問題。意味無いじゃん!

2004/10/23 13:22:12 BY銀竜草