『―――魔性の女―――』
偽りの果てに・B編・後日談



「・・・・・・・・・。」
花梨は呆然と次々と高く積まれていく布の山を見ていた。色とりどりの美しいそれは、一目見ただけでとても高価な物だと分かる。
「まだあるの・・・・・・・・・?」
今度は豪華な調度品が次々と運び込まれ、口をあんぐりと開けた。
「花梨様。」
「何?」
「お車はご覧になりますか?丁度今、門の所に到着致しましたが。」
「・・・・・・・・・。」隣を見ると、頼忠が呆れたように首を振った。「今は乗らないから後で良いよ。」
「そうですか。では、車宿(くるまやどり)に入れておきますね。」
「先ほどの馬は厩に連れていきましたから、それをご覧になさる時にでもご一緒にどうぞ。」
他の女房が口を挟んだ。
「はい、ありがとう御座います・・・・・・・・・。」


「で、何があったの?」
騒ぎとしか言いようの無い報告が一段落すると、疲れ果てた花梨は頼忠に寄り掛かった。
「貴族の方々から元龍神の神子様への結婚祝、だそうです。」
「今頃何で?」
「さぁ?」頼忠は困ったように首を左右に振った。「しかし、恋文も届かなくなりましたし、ようやく諦めたのではありませんか?」
花梨一人が知らない事だが、最近、噂が流れているのだ。龍神が認めた神子とその恋人の仲を邪魔しようとした者に、大いなる災いが降り掛かったと。
青龍に喰われた。
地獄に落とされた。
ヘビに姿を変えられ、どこそこの木の陰で寒さに震えている。
神の国で下働きとして働かされている、などなど。
ただの噂だが、現実に神子に執心していた男が行方知れずとなっている。その上、八葉として神子のお側にいる東宮や検非違使別当が肯定はしていないが否定もしないで沈黙を守っていれば、噂に真実味を与えてしまう。―――恋文を一度でも贈った事のある者は震え上がった。私は神子に邪な想いを抱いてはおりません、との意思表示が、結婚祝を贈るという行動に繋がったのだった。
頼忠もその噂は知っている。だが、花梨に言うつもりは無い。そしてこの屋敷内では誰もその話をしてはならないとの命令を出した。
「そうかな?」そんな事など全く気付かない花梨はにっこり微笑んで頼忠の手を握る。「うん、そうだと良いね。」
「はい。」
「それで贈ってくれた人へのお礼ってどうするの?」
「それは私にもよく分かりませんので、深苑殿とご相談された方が宜しいでしょう。」
「八葉のみんなには?」
「八葉ならば、貴女自筆の文が届けば喜ぶと思いますが。」
「文かぁ。」でも下手な字だと失礼のような気がする。代筆はもっと駄目だろう。「それなら直接お礼を言いたいな。最近会っていないし。」
「そう、ですね・・・・・・。」
頼忠からも握り返し、それを口元に持っていく。そして花梨の手の甲に唇を押し当てた。
「うん・・・・・・・・・。」
あっという間に、花梨は手に腕に繰り返し受ける刺激に関心の元を移した。
「そうだ。頼忠さん、文と言えば。」
「はい?」
只今忙しく、上の空で生返事。
「翡翠さんから手紙、文が届いたよ。」
「何と書いてありましたか?」
さすがにその文の内容には興味がある。唇を離して尋ねた。
「そう。なんかね、急用が出来て伊予に戻ったんだって。」
「あぁ、そうらしいですね。」
帰った理由は分かっている。
「でね。こちらに来ませんかって。船に乗せてくれるって言っているの。夜の海って綺麗なんだって。月とか星が怖くなるほどの美しさだって。」
「・・・・・・・・・。」
「海外からの珍しい品も色々と見せてくれるって。」
「・・・・・・・・・。」
「そういうのにも興味はあるけど。」声を潜める。「でもさ。翡翠さんが海賊をしている姿、見たくない?」
「・・・・・・・・・。」
「海賊の親分なんでしょう?優雅な貴族って感じの翡翠さんが他の船を襲っているって、想像出来ないんだもん。」
「・・・・・・・・・。」
「面倒な事が嫌いで手を抜く事ばかり考えている翡翠さんが先頭切って動いている姿、一度見てみたいのよね。」
「・・・・・・・・・。」
「そうそう。泰継さんも伊予に居るんだって。何でも仕事とかで。」
「・・・・・・・・・。」
「泰継さんだから陰陽師の仕事だよね?翡翠さんが依頼したのかなぁ?」
「・・・・・・・・・。」
「でもさ、伊予には怨霊はいないって言っていたのに、何しているんだと思う?」
「さぁ・・・・・・?」
「翡翠さんが誰かを頼るなんて珍しい。興味無い?」
「・・・・・・行きたいのですか?」
「うん、行きたい。」
「・・・・・・・・・。」
「片道どれぐらい掛かるんだろう?こちらの旅って歩いて行くんだよね。十日二十日で着く?旅慣れしていない私だと更に数日掛かるだろうし、向こうで遊ぶ日にちも必要で。で、帰って来る日数。」指を折って数える。「三ヶ月ぐらい掛かるのかな?もっと?」
「そう・・・ですね。」
いや。翡翠の事だから、二度とこちらには帰れないのでは?
「行きたいけど、ちょっと遠いんだよね。」
「・・・・・・・・・。」
「頼忠さん、三ヶ月もお休み貰えないでしょう?」
「私、ですか?申し訳ありません。」
「だと思った。だから、断りの手紙を出したよ。」
「宜しいのですか?私は行きませんが、花梨お一人で行かれても宜しいのですよ。」
行きたい行きたいと何度も言う花梨に、ちょっぴり拗ねて、つい心にも無い事を言ってしまう。
「頼忠さんがいなかったらつまらないじゃない。」
「しかし、翡翠は貴女だけを誘ったのでしょう?」
と、花梨が睨んだ。
「何よ?頼忠さんったら、行けと言っているの?」
「そういう事ではありませんが、貴女が行きたいとおっしゃるなら、私はお止め致しま―――。」
「ちょっと待って。」言葉を遮ると、頼忠から身体を離して真正面に向き合って座った。「まさか頼忠さん。50年、頼忠の妻として生きろとか言っておいて、言った頼忠さんの方が私に飽きたんじゃないでしょうね?」
「は?」
「そんなに熱心に追い出そうとするなんて酷い!」
「あの・・・・・・?」
「私がいない間に羽を伸ばすつもりでしょう!」
「えっと・・・・・・?」
「私は夜勤でたった一晩いない夜だって寂しくて眠れないのに、頼忠さんは違うんだ。」頼忠の膝によじ登ると、両頬をぴしゃりと叩いた。「絶対に許さないんだから。」そしてそのまま引き寄せる。「そんな憎らしい事を言う口、塞いでやる。」
「か―――。」
苦笑交じりに名前を言い掛けたが、花梨の唇に塞がれ、途中で止まる。
「・・・・・・。」
「かり・・・ん・・・・・・。」
忍び込んで来た舌は慣れぬようで動きがたどたどしく、じれったい。しかしそれが、この少女の恋の相手が頼忠だけだと伝わって来て、優越感に浸る。多くの男がこの少女を求める。なのに、少女は頼忠だけにこんな行動を取る。独占欲という炎を煽られ、少女の髪に手を差し入れ、夢中で応える。
「・・・・・・。」唇を離すと、頬を真っ赤に染めて潤んだ瞳で頼忠を見据えた。「美の女神にはなれないけど、魔性の女となって頼忠さんをメロメロにしてやる。50年と言わず、一生花梨の傍から離れられないカラダにしてやる。」
「・・・・・・・・・。」
もたもたと梃子摺りながらも必死に頼忠の衣を脱がしに掛かった花梨を、頬を緩めながら見下ろしていた。



「全く貴女という女(ひと)は・・・・・・・・・。」
片肘を立てて頭を支えながら、笑みを浮かべて眠る妻の顔を飽きずに眺め続ける。魔性の女がどういう女かは知らないが、花梨が頼忠の心を鷲掴みにしている事は確かだ。一生、いや死んだ後もこの花梨から離れられないのは。先ほどの可愛らしい攻め方を思い出すだけで顔がにやける。身体が熱くなる。
「もうすぐ夜明け、か。」
夜が明ける前の真っ暗闇。風さえも吹いておらず、物音一つ聞こえない。この世にたった二人しかいないという錯覚に陥りそうになる、幸せな時間。だが、さすがに一眠りしておいた方が良いだろう。軽い口付けを頬に落とすと、夜具を掛け直す。
「お休みなさい、花梨。」
妻を抱き寄せ、眠りに落ちていった。たまにはイジワルな事を言って怒らせるのも良いものだと思いながら――――――。






注意・・・『偽りの果てに・ただあなたが欲しくて』の後日談。

「何コレ?」なんて言わないで。
『青龍に喰われた』って書きたいが為に、本編で青龍を登場させたって信じられます?でも本当なの。

こちらは全年齢OKな内容ですが、B編の後日談なので16禁になってしまいました。妄想させる描写が全く無くてごめんなさい。

2006/06/02 21:47:47 BY銀竜草


後書き

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