『―――酒グセ―――』



四条の屋敷では、宴をよく催す。
龍神の神子と八葉の親睦を深める為であったり、労をねぎらうものであったり、情報交換する為であったりする。だが、色々な口実を設けているが結局の所、八葉である男達が密かに想いを寄せている少女の側に居たいだけである。
美味い酒、そして肴には可愛い笑顔。これだけで皆、ご機嫌になる。



「彰紋くん。舞を踊れるって言っていたよね?見たいな。」
「良いですよ。」花梨のお強請りには二つ返事。「泉水殿。笛を吹いてくれませんか?」
「私の拙(つたな)い笛の音で良ければ喜んで。」
「へぇ、凄い・・・。」
「おや?これは正式には二人で舞うのではありませんでしたか?」
花梨の笑顔を貰えた二人を羨ましく思った翡翠、扇を手に取り、彰紋の動きに合わせて舞い始める。
「翡翠殿。ご存知でしたか。」
「翡翠さん、踊れるんだ?」
「まぁね。舞も一通りには学んだからね。」
体格は違うが息もピッタリ、優雅な舞いで魅せる。
「うわぁ、きれい・・・・・・。」
花梨、両手を胸の前で組む。うっとりと聴き惚れ、見惚れる。


「体積は重さとは関係ありませんから。」
幸鷹が同じ大きさの二つの器を更に大きな器の上に置き、並々と水を注ぐ。
「頭では解るんですけどね。」
「で、こちらには重い小石を。こちらには、この軽い皿を沈めると。」
ザザーと水が溢れる。
「ふむふむ。」
「零れた水の量はほぼ同じでしょう?」
それぞれの受け器に溜まった水の量を比べる。
「そうですね。この二つは形も重さも全く違っているけど体積は同じなんですね。」
「えぇ。実際に自分でやってみると、理解し易いのですよ。」
「確かにこうすれば納得出来る・・・・・・。」
器から取り出した小石と皿を片手ずつ持つ幸鷹の手を、花梨は真面目な顔で見比べた。


「うわっ、イサトくんって身が軽いんだぁ!」
「こんなの簡単だぜ!」
ひょいひょいっと逆立ちしたり、後ろ宙返りをしたり。
「凄〜い!」隣を見る。「ねぇ、勝真さんは出来る?」
「ガキの頃はやったがな。今はやらない―――。」
「出来るんだ!」眼が輝く。「ねぇ、やってみて!」
「やらないって言っているだろうが。人の話を聞けって。」
「でも出来るんでしょう?見た〜い!」
「花梨が見たいってさ。」
イサトまで煽る
「おいおい、マジかよ・・・。」
嫌々そうにだが、それでも立ち上がってイサトの隣で飛んだり跳ねたり。
「二人とも凄い凄いっ♪」
花梨、歓声を上げながらパチパチと大拍手。


「泰継さん。式神って、一体何なんですか?」
「元は鬼神や精霊だ。紙に乗り移させた。」
「へぇ。」室の中をうさぎや猫が走り回り、鳥が飛び回る。「面白いですね。」
花梨は大喜びで猫を追い掛け、うさぎの背中を撫でる。


少女が喜ぶ事なら何でもやる男達。和やかに、華やかに楽しむ。


更に盛り上がってくると。

一人漫才し、自分でウケて笑っている者。
妙な手つき腰つき足取りで踊る者。
式神であるうさぎ相手に説教している者。
お経を唱える者。
徳利を積み重ねて均衡を保とうと苦心している者。
宮中で行われる行事を一月から順番に言い続ける者。
隅で眠ってしまう者。

酔い方は、人それぞれである。


だが、一人、酔った姿を晒した事の無い者が居た。


「おい頼忠。遠慮していないでもっと飲めよ。」
「いや。この後、警護のお役目がある。」
口を湿らす程度で殆ど飲まない。頼忠からすれば、八葉の全員が酔っ払ってしまったら、万が一の時に困るとの思いがある。大切な神子を、己が守りたいと。



「全く、付き合いが悪いぜ。」
帰り支度をしている時、勝真が不満を吐き出した。すると他の者達までが、今まで感じていた事をしゃべりだす。
「礼儀正しい態度は性分だと解っておりますが、他人行儀で寂しいです。」
「仲間だと言いながら、私達には寛いだ姿は見せませんしね。」
「ふざけるとか冗談を言う事もありませんし。」
全員がうんうんと頷く。
しかし仲間である前に恋敵、そんなに仲が良い訳ではない。
「・・・・・・・・・。」一瞬の沈黙の後、彰紋が意味深な笑みを浮かべながら言った。「乱れた姿、見てみたいですよね?」
「えぇ。見てみたいですね。」
幸鷹が眼鏡の奥で瞳を怪しく煌かせながら頷いた。
「醜態を晒した事が無いのは、あいつだけだしな。」
「そうだね。」
こちらも裏のある笑みを浮かべながら、イサトと翡翠が頷いた。
「しかし、警護は頼忠の役目だと言い張りますから、飲んではくれません。」
泉水が残念そうに呟いた。
「頑固者だからねぇ。」
「意地を張って居るようにしか見えないが。」
「それでしたら、酒だと気付かない物なら口にするのでは?」
幸鷹が提案すれば、他の者達は顔を輝かせて次々に策を出し始めた。
「菓子に入れてしまうとか?」
「薬湯に混ぜてしまうとか?」
「それは面白い。やってみましょう。」
「暗示は掛けられないかな?」
「大人しく掛けられてはくれないだろうが!」
「泰継殿?」
「問題無い。呪いと気付かれぬように掛ければ良い。」
「協力するぜ?」
「私も協力致します。」
「では、泰継殿。お願い致します。」
「解った。」
「そうだ。どんな酒豪でもたった一杯で酔ってしまうほどの強い酒があるぜ?」
「しかし頼忠は、武士団の中でも酔っ払った事が無いそうですよ?」
「まぁまぁ。折角ですから、試してみましょうよ。」
ちょっとした好奇心、遊びのつもりで悪戯を仕掛ける計画を立てる。
「さすがにこれだけやれば、酔っ払ってくれるだろうな。」
「では、善は急げと言いますから、早速明日にでも試してみませんか?」
「じゃあ僕は―――。」
「だったら俺は―――。」
「あなたはこれを用意出来ますか?」
「解りました。お持ち致しましょう。」
何が善なのかは追及する者はいない。それどころか、誰が何をするのか、どんな物を用意するのか、楽しげに相談しながら割り当てる。
「楽しみだな。」
「そうですね。」
「我々が口にしないように気を付けねばなりませんが。」
「俺達が酔っ払わないようにしないとな。」
「そうですね。意味が無くなりますからね。」
「じゃあ、用意しておきます。」
「頼んでおきましょう。」
「では、明日。」
「またな。」
「これで失礼致します。」


この時はにこやかに屋敷を離れたのだった。翌日の今頃、怒り狂う事になろうとは知る由も無く――――――。






注意・・・話の進み具合の都合上、細切れダラダラ全4話となっています。