『―――神子様の得意芸―――』



何がどうなったのか、花梨はまた貴族の宴に出席させられていた。
『だから貴族の宴会は嫌いなんだってば!!』
御簾の奥で花梨は密かに愚痴った。
これが八葉達との親睦を深める為の宴なら、おしゃれをして可愛いとか似合うとかと褒めて貰ったり、みんなと共に美味しいものを食べたり、笑い騒げる。
しかし、貴族の宴会は違う。女、それも姫君は男どもから離れて大人しくしていなければいけないらしい。折角長ったらしい髢を付け、長袴に袿を重ね着した姿となったって、見せたい人はここにはいない。
『幸鷹さん達の側に行きたいな。』
大きな袖の中に手を入れ、中に隠し持っている布を触った。
幸鷹や彰紋、泉水もこの宴に参加しているが、御簾の向こう側にいる。しかし、その周りにいる酔っぱらいが無遠慮な視線を送って来て気分が悪い。一応眼の前には酒(!)と料理が並んでいるが、動物園の檻の中に入れられ見世物になったような状態では食欲など湧かない。あったってがっつく訳にもいかない。
『帰りたいな。まだ帰っちゃダメなのかな。』
脇息に寄り掛かると小さくため息を吐いた。

「おや?神子様は退屈なさっておられるらしい。」
酒が回って騒がしいのに、耳聡い者がいたらしい。花梨のため息を聞き逃さず、御簾に顔を向けた。
「誰か神子様に喜んで頂けるような芸を披露せよ。」
赤ら顔の年配の男が扇を打ち鳴らし、若者に言う。しかし舞も踊ったし楽器も演奏した。和歌を詠み贈ったが反応なし。他に何をすれば良いのか。誇れる芸を持たない者達は視線を逸らし、知らぬ顔を決め込んだ。
「全く、何に遠慮しているのだか。」
提案した男は眉を顰めたが、隣の貴族は面白い事を思いついた風な笑みを浮かべた。
「でしたら、神子様が何か演奏して下さらんか?琴でも琵琶でも何でも宜しいのだが。」
閉じた扇をコトリと音を立てて床に突き立て、御簾の奥にいる花梨を見据えた。
「それなら私も一緒に。」
「神子様が演奏なさって下さるなら私も。」
歓声が上がった。何人かが近くにあった楽器を手に取る。
「おう、そうじゃそうじゃ。」
「合奏は女人が交じっているのが面白いのです。」
やいのやいの言って囃し立てる。
『えぇ〜〜〜?何でそうなるのよ!?』
笛は吹けるが他の楽器は全く駄目だ。しかも笛だってこちらの世界の曲は1曲も吹けない。真っ青になったが。
「残念ですが、今神子は御手を怪我されています。今回は諦めて下さい。」
『あ、幸鷹さん、ありがと〜〜〜!』
助け船を出してくれた幸鷹に感謝の瞳を向けた。
しかし。
「お怪我、ねぇ。」神子に演奏をするように提案した男の嫌味っぽい声が低く響いた。「そう言われてしまえば無理強い出来ませんな。」
周りにいる男達も鼻で笑った。
「えぇ、言い訳としてはこれ以上の理由はありません。」
「そうですな。今時芸の一つも出来ないとは恥ずかしくて言えんでしょう。」
何人もの男達が納得顔で頷く。
「お側にいる者達は何をしていたのでしょう?教養ある者は一人もおらんのでしょうか。」
幸鷹達八葉を嘲りの瞳で見回した。
『私が楽器を弾けないからって、何で八葉が馬鹿にされなきゃいけないの?』
花梨は眉を顰めた。
自由気ままに過ごしていたのだから教養がないと花梨が責められるのは仕方がない。だが、八葉には責任はない。教えを請わなかったのは花梨なのだから。
「ねぇ―――。」
大立ち回りした過去があるんだから、今更姫君のフリをしたって可笑しいだけだ。反論しようと口を開きかけたが。

「うわ、何をする!」
突然、嫌味を言っていた一人の貴族が飛び上がるように腰を浮かせて叫んだ。
「申し訳ありません!」
酒を配っていた若い女房がその貴族の側に膝をつき、謝った。胡坐(あぐら)をかいている足の側で徳利を倒してしまったようだ。しかし倒したといっても空の徳利だったらしく、床も袴も濡れた様子はない。徳利を起こし立てると空っぽの杯や椀と一緒に盆に乗せた。
「申し訳ありません、で済むか。ワシの衣よりもその盃の方が大事なのか!?」
女房は同じ粗相を繰り返さないように散らかっている食器類を片付けていたのだが、貴族の男は自分よりも食器類の方が大切に扱われている、侮辱されたと感じたようだ。
「馬鹿者めがっ!!」
怒りの形相で扇を握った手を振り上げた。
「あっ!」
「っ!?」
叩かれる!女房は身体を硬くして眼を瞑り、周りの貴族達は息を呑んだ。
と、その時。
「大変!」
花梨が叫び、御簾から飛び出て来た。そして恐怖に震えている女房を強引に退かし、座った。
「むぅ・・・。」
行き場を無くした腕を不愉快そうに下ろす貴族の前で、花梨は白くて小さな四角い布を取り出した。
「早く拭かないと折角の綺麗な衣にシミがついてしまいます。」
その布をくしゃりと丸めると握った拳に押し込み端っこをちょん、と出した。そしてこれで拭いて下さいと言いながらその拳を突き出した。
みんなの視線が逸れた事に気付いた泉水が、呆然としている女房の肩をちょんと叩いた。
『え?』
『今の内に向こうへ。』
目配せをすると、女房には意味が通じたようだ。感謝の瞳でお辞儀すると目立たないように静かにその場から立ち去った。
「何じゃ、ワシが自分で拭くのか?」
顔を顰めた。しかし龍神の神子様に拭かせる訳にもいかない。仏頂面でその布の端っこを摘まむと引っ張った。しかし。
「あん?」
「え?」
「あっ!」
白い布を引っ張ったのだから白い布が抜き出て来たのは当然の事。だが、摘まんだ端の対称の端に結び目があり、黄色い布が繋がっていた。引っ張った貴族からも周りで見守っていた者達からも驚きの声が上がった。
「何じゃ?」
ただの白い布一枚の筈だったのに、何が起こったのだ?不思議に思い、また引っ張る。すると。
「またか?」
「おお〜!」
「どうなってんだ?」
黄色い布が抜き出たが、今度も摘まんだ端の対称の端に結び目があり、赤い布が繋がっていた。歓声が上がる。
「っ!」
持っていた右手はそのまま、左手でも引っ張る。そしてまた持ち替えた右手で引っ張る。すると、紫、緑、桃色、茶色と布が出てきた。ムキになって引っ張り続けるが、次から次へと色とりどりの布が出てくる。
「むむむ。」
貴族の膝の上に小さな布の山が出来た。そしてついにズボッと音がし、最後の布が抜き出たのだが。
「おぉ〜〜〜!」
「何と素晴らしい。」
最後の布の端っこには、布で出来た紅い花が括り付けられていた。
「はい、拍手〜!!」
花梨自ら上げた手を叩くと、何人かが釣られたように手を叩き、まばらに拍手の音が響いた。


「雰囲気が変わりましたね。」
遠巻きで見ていた幸鷹が隣にいた彰紋に言うと、彰紋も暴力沙汰にならなかった事に安堵し大きく息を吐いた。
「そうですね。あの時はどうなるかと思いましたが、花梨さんが上手くかわして下さいました。」
「神子の纏った美しい霊気がこの場の悪しき気を浄化なさったのですね。」
そう言って微笑む泉水に幸鷹は返す言葉など思い浮かばないが、
「えぇ。花梨さんは天女のような人だから。」
彰紋は納得したように頷いた。


「さてとお次は。」
ズリズリっと後ずさって貴族の男との間に空間を作った。
「これとこれをお借りしますね?」
近くにあった御膳から、空のお椀と柑子を手に取った。
「良い香り〜。」
鼻に近付け、香りを楽しむ。そして床にその柑子を置くと、椀を被せ隠した。
『この神子は何をしているのだ?』との視線の中で、「タラリラララ〜♪タラリラリララ〜〜〜♪」などと歌を口ずさむ。
「はい、これも借りますよ!」
若い貴族が見ていたゴワゴワした硬い紙を取り上げた。
花梨は、袖が邪魔だなぁ、などと言いながら袖や袿の裾を持ち上げたり払ったりする。そんな中で、先ほどの伏せて置いた椀を左手で持ち上げ、中の柑子を右手で持ち上げた。
「はい、注目〜〜〜。隠しますよ!」
袖を払いつつ柑子を椀に入れ、そのまま床に伏せ置いた。
「タラリラララ〜♪タラリラリララ〜〜〜♪」
紙で椀を覆い、椀の形を作るように椀に押し付ける。そして、軽くその上に手を乗せた。
「ワン、ツー、スリー!」
最後の掛け声とともに紙で覆った椀を取り除いた。その瞬間、どよめいた。
「き、消えた!?」
「おおーーーっ!」
一人の貴族が花梨から椀を取り上げ、中を確認するが、柑子はどこにもない。
「おい?」
「いや、ない。ほら?」
「柑子はどこに行ったのだ?」
他の貴族達も椀を覗いたり手を突っ込んだりするが、無い物は無い。畏怖の眼で花梨を見つめた。
「ふふふ。」
望むとおりの反応で、花梨はご機嫌だ。頼忠相手に練習した甲斐があったというものだ。これが翡翠や泰継ではどうやったって無理だが、こうも素直に騙されてくれるなんて。
「もしや、あの妙なうたが呪いだったのか?」
頓珍漢な推理をする者まで現れた。


「・・・・・・・・・。」
貴族の宴でこんな騒ぎ方をするのは初めてだ。幸鷹の眉間には皺が寄ってしまうが。
「それにしても花梨さんのこの芸は何時見ても面白いですね。」
「神子がこれをなさると盛り上がります。」
「次は・・・・・・。」
彰紋も泉水も期待に満ちた眼差しで花梨を見つめる。


「もう一度、頼む!いや、頼みます。」
この上級貴族である私が、誰よりも優秀な私が騙されるのは勘弁ならぬ、そんな筈はないとの怒りで顔を真っ赤にさせた一人の貴族が花梨に頼み込む。
「こういうのって繰り返さないものだけど。」
しょうがない、あなたの頼みでは断れない、などと言いながら、柑子をもう一つ手に取った。
花梨は、やっぱり邪魔な袖だ、などと言いながら袖を押さえつつ先ほどの伏せて置いた椀を左手で持ち上げ、右手の柑子と共に貴族全員に見えるように左右に動かした。
「はい、注目〜〜〜。隠しますよ!」
柑子を椀に入れ、床に伏せ置いた。
「タラリラララ〜♪タラリラリララ〜〜〜♪」
一瞬顔を顰めるが袖を払いつつ紙で椀を覆い、椀の形を作るように椀に押し付ける。そして、軽くその上に手を乗せた。ふと目の前にいる貴族を見ると、真剣を通り過ぎて花梨の手を睨みつけていて思わず笑みが零れてしまう。
『ねぇねぇ。』その貴族の耳元で囁いた。『柑子を消す呪い、あなたが言ってみません?』
「あん?」
警戒心丸出しの眼差しで花梨を見るその貴族に花梨は、周りの人達を驚かす絶好の機会だよ、とそそのかす。
『呪いは歌じゃなくて――――――。』
『ふむふむ―――。』
花梨の楽しげな様子に押され、つい説明を聞いてしまう。
「何をこそこそと話しておるのですか?」
焦れた一人の貴族が声を掛ける。と、花梨は身体を起こしこちらを注目するように片手を上げた。
「はいは〜い。では続きを始めま〜す!」
椀に手を添えると先程の貴族に目配せをした。
「あ〜、コホン。―――わん、つー、するう、じゃなかった―――。」
「スルーって、あ〜〜〜!」
間違えた掛け声に調子が狂った花梨はつい体勢を崩し添えていた椀に体重を掛けてしまう。
しかし、グシャリと音がして堅い筈のその椀を押し潰した。
その瞬間、どよめいた。
「な!?」
「おぉーーー!」
「ああぁ!?」


「あ!」
「え?」
彰紋と泉水、珍しく大きな声を出した。
「これは・・・・・・。」
熱心に花梨の手元を見つめる。


一人が花梨の手を払い除けると、椀を覆っていた紙をめくる。しかしそこには柑子しかない。
「ちょっとちょっと!」掛け声を掛けた貴族の腕を掴んだ。「お椀じゃなくて柑子を消すんでしょう?何をやっているんですか!」
「ふへ?」
状況がイマイチ理解出来ず、ぼんやりとした虚ろな瞳で花梨を見返した。
「どうやったのですだ?」
「何が起こったのですか?」
「椀をどこに持って行ったのです?」
周りにいた男達も一斉にその貴族を詰問する。
「宮殿、これは陰陽術か何かですか?」
「何時の間にこのような事を覚えたのですか?」
「もう!お椀を消す呪い、知っているなら知っているって言えば良いじゃない。私まで騙すなんて酷い!!」
半分怒ったように、半分泣きそうな声で責め立てる。


しかし花梨の眼が煌めいている事に気付き、彰紋も泉水も声を出して笑った。
「また騙されてしまいました。」
「これは初めてですね。」
クスクスと何時までも笑いが止まらない。
「楽器なら弾ける方は大勢いますが、この芸は花梨さんにしか出来ません。」
「凄いです。」
「えぇ。そうですね・・・・・・。」
絶賛する二人。しかし幸鷹は一人、複雑な思いで頷いた。


「龍神の神子様を騙すとは・・・・・・。」
「なんと畏れ多い事を・・・・・・・・・。」
眉を顰める者も、恐怖で震える者もいる。
「ウソツキっ!」
「知らん、知らん。ワシは全く知らんぞ!!」
焦った貴族が必死で否定する。わいのわいの大変な騒ぎだ。


「・・・・・・・・・・・・。」
一人冷静な幸鷹は、言いようのない複雑な思いを抱きながら混乱した貴族達を眺めていた。
確かに貴族にとってはこのような宴は初めての経験だろう。
『芸は芸でも、これは隠し芸ですからね・・・・・・・・・。』






注意・・・連作『おままごと』の花梨ちゃん。
      京ED後数ヶ月後。

2009/04/15 02:59:16 BY銀竜草