優先順位 |
「花梨、ちょっと来てくれ!」 朝早くにイサトが花梨の室に飛び込んで来た。 「どうしたの?」 朝餉を食べていた花梨は箸を持ったまま顔を上げた。 「祇園社に怨霊が出たんだ。」 「わっ!」 花梨の手首を掴むと強引に立たせ、そのまま引っ張るように歩き出す。 「ちょっと待ってよ。これ!」 「神子様。」 隅に控えていた女房に助けを求めるように見ると、慌てて駆け寄って花梨が持っている椀と箸を受け取る。そして室を出て行く二人を苦笑しながら見送った。 「祇園社っていうと、あそこに出る怨霊は火属性じゃなかったっけ?」 小走りで付いて行く。 「そうだ。だから泉水か頼忠か、どっちか一緒に来て貰わねぇと。」 イサトは火属性で、同じ火属性の怨霊は苦手だ。協力を求めようと八葉控えの間に入った。 「ん?」 「あ・・・。」 だが、そこにいたのは勝真と彰紋だけ。イサトの顔を見ると気まずそうに顔を背けた。 「ちっ、誰もいないのかよ。」 「いるじゃない。二人も。」 「花梨、こいつらは―――。」 「祇園社に怨霊が出たんです。協力をお願いします。」 つかつかと地の八葉に近寄ると、頭を下げた。 「・・・・・・・・・。院側の地だと、俺達じゃ騒ぎの元になっちまう。」 「ごめんなさい。」 「大丈夫ですよ、私達と一緒に行くんですから。」それでも渋っている二人を睨んだ。「まさか勝真さんも彰紋くんも、帝の味方をしない人が怨霊に襲われたって知らん、なんて思っていませんよね?」 「な、何だと!?」 「そんな!」 「じゃあ、協力してくれるんですね?ありがとう御座います。」 かっとなって握り拳を作って立ち上がった勝真に、花梨はにっこりと微笑んで見せた。 そうして四人は祇園社にやって来た。 「で、どこにいるの?」 「こっちだ。こっちの植え込みにいるんだ。隅っこだからまだ被害は無いんだけど、小さい子供がよく虫取りしているから。」 「虫?」 「あぁ。木も花も沢山あっからいるんだ。色んなのが。」 イサトの案内でぞろぞろと歩く。地の二人は一歩後ろを付いて行く。 と。 「なぜお前がここにいる?目障りだ!」 怒鳴り声が聞こえた。 「誰だ、こんな所で騒いでいるのは。」 顔を顰めて声のした方を見る。と、泉水と上級貴族らしいデカい態度の若者がいた。 「お前と同じ場所にいるだけで気分が悪くなる。」 「・・・・・・・・・。」 「あ・・・・・・。」 彰紋が困ったように俯いた。 「泉水さん、何で反論しないの?」 泉水は悪口言いたい放題の言葉を黙ったまま聞いている。花梨は眉を顰めた。 「あれは宮様、皇族の一員だ。身分が違うからな、相手が何を言おうと逆らえないのさ。」 「ふ〜ん、そうなんだ。」 勝真の、吐き捨てるように言った言葉に頷いた。身分社会とはそういうものだ。だが、分かっていても納得出来るような事では無い。 『逆らえないんだったら、私、神子が守ってあげるわ!』 妙な決意を固めた。 「だからって大人しく聞いているこたぁ、ねーだろうが。」 何時までも終わる気配の無い嫌味に、イサトがイライラしだした。助けに行こうと走る気配を見せる。と、花梨が腕を掴んだ。 「邪魔すんのか?あいつを放っておけと―――。」 「そうじゃなくて、騒ぎになったら面倒だから。」イサトの耳元で囁いた。「どう?」 「おっしゃあ、乗った!」 「おい、相手は宮様だろう?マズいだろう!」 「でも、被害が出る前に怨霊を退治しなきゃいけないんだよ。こんな所で無駄な時間を過ごしている暇なんて無いよ。」 「それはそうですけど。だけど―――。」 「・・・・・・。」 すっと泉水が視線をずらした。するとちょうど、花梨と眼が合った。イサトは兎も角、帝側の二人も一緒なのに気付き、瞳が微かに開いた。 「あ!泉水さんが私達に気付いたよ。あっちの人に気付かれる前に行こう。」 「おう!」 「おい、イサト!」 「ちょっと待って、花梨さん!」 だが、花梨とイサトは走って行く。 「あ、ったく。行くぞ!」 「は、はい!」 慌てて二人も追い掛ける。 「叔母上もお気の毒に。お前なんかを息子に―――ん?」 花梨が足音を立てないようにして後ろに行くと、人の気配に気付いた宮が後ろを振り返ろうとした。が、一瞬早く花梨が懐から取り出した手ぬぐいで宮の顔を覆う。 「なっ!?」 驚き、手ぬぐいを取り去ろうと顔に手を伸ばそうとする。だがその前にイサトが両方の腕を後ろに引っ張り押さえ付けた。その間に花梨が頭の後ろで手ぬぐいを結ぶ。 「ぐっ、何をする!」 逃れようと暴れるが、今度は追い付いた勝真が自分の手ぬぐいを取り出し、背中で拘束されている宮の両手首を結び付けた。 「あ、あの?」 『こちらに。』 何が起こっているのか全く分からず驚いている泉水の腕を掴み、彰紋が引っ張って走る。 「それ!」 「逃げろ!」 やる事を終えた花梨達が、宮を置き去りにして逃げ出した。 建物の角を曲がった所で足を止めた。 「く、苦しい。こんなに走ったのは久しぶりだよ。」 「はぁはぁはぁ。」 動悸息切れで苦しい。それぞれ胸を押さえ、壁に寄り掛かった。 「でも、泉水さん奪還作戦成功♪」 「何が成功だ?とんでもないヤツだな、お前は!」 ご機嫌の花梨を勝真が怒鳴り付けた。 「ん?そう?」 「何呑気な顔をしていやがるんだ。あれでも一応、宮様だ。その宮様に無礼を働いたんだ。分かっているのか?」 「何を言っているんですか!」怒鳴り返した。「身分立場を利用しての一方的な暴言は卑怯じゃないですか。それに私は怨霊を祓う為にこの世界に来たんです。争いを見物する為ではありません。」 「だからってして良い事と悪い事があるんだ!」 「今一番重要なのは怨霊を祓う事ではないんですか?被害が出る前に。」 「そ、それはそうですが・・・・・・。」 彰紋が困ったように呟いた。 「宮様だろうが帝であろうが、それを邪魔するのは許さない。」 きっぱりと言い放つ。 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 それが龍神の神子としての自覚ある者の言い草なのか?納得出来ないが反論も出来ずに黙り込んだ。 周りの口論など聞いていないイサトは陰からそうっと頭を出して様子を窺っていた。 「へへへ、転んでやがる。ざまーみろ!」 触らぬ神にタタリ無し。庶民は遠目に窺うが、誰一人として地面でもがいている貴族を助けようとはしない。 「こりゃあ、相当怒っているな。バレたらヤバイな。」 勝真がイサトの後ろから覗くと、近くを通り掛かった僧が走って行き、拘束していた手ぬぐいを外すのが見えた。だが、宮は礼も言わずに罵詈雑言、怒鳴り散らしている。 「顔を見られた訳ではありませんから、それは大丈夫だと思います。」 顔を顰めている勝真の後ろで彰紋が言った。巻き込まれたとは言え、共犯だ。反省するように大きなため息をついた。 「宮・・・。神子、あ、あの何があったのでしょうか・・・。」 何が何だかさっぱり分からず、泉水はおろおろとしながら花梨に尋ねた。 「この祇園社に怨霊が出たんです。一刻を争うんです。力を貸して下さい!」 ぱっと泉水の両手を掴んで握り締めた。 「怨霊?」 「はい。泉水さんは水属性、火属性の怨霊は得意でしたよね。泉水さんの力が必要なんです。お願いします!」 「分かりました。私でお役に立つのでしたら喜んで。」 真剣な表情で頼むと、泉水は嬉しそうに微笑んだ。 『喜んで、なんだ。泉水殿は顔を見られているのに、責められたらどう言い訳すんだ?』 『あぅぅぅ、兄上〜〜〜。』 大胆な悪戯の片棒を担がされ、どよよ〜んとした空気を纏う二人とは違って、 「ありがとう御座います!」 協力を取り付け、花梨は能天気な笑顔でお礼を言った。 「よっしゃあ、行くぞ!」 イサトが走り出す。 「うん!ほら、みんなも早く早く。グズグズしてると置いて行っちゃうよ?」 今も遠くから怒鳴り散らす声は聞こえていたが、花梨は全く気にする事無く、みんなを急かすのだった。 |
注意・・・第2章半ば頃。 和仁の泉水への口撃、一度止めたかったのよね。この花梨ちゃんならこんな事をやらせても大丈夫かな、と。 (本当は回し○りをさせたかったけど、怪我してしまうし、誰がしたのか分かってしまうから断念。) 2007/04/08 21:12:08 BY銀竜草 |