約束 |
花梨は今、地の四神と一緒に帝を呪っている怨霊を祓おうと頑張っている。龍神の神子とは信じていないが力があるなら助けてくれ、と言われたから。まぁ、協力を請われずともやる気でいたのだから、それは気にしていない。 「龍神の神子なんて止めちまえ!」 何かの会話の途中で勝真が言った。怨霊を祓えるのは龍神の神子だけ。花梨がその神子の力を使っているのを目にしながら何を言うのか。「じゃあ、怨霊が帝さんを呪っているけど放って置く?」と言ってやりたいが我慢する。 「そういう訳にはいかないよ。頑張るって約束したんだから。」 そう、頼忠達と約束したのだ。頼忠との約束は破りたくない。 「神子気取りだな。ま、勝手にしろ。」 「うん、勝手にする。」 ぷいっとソッポを向いた背中に向かって言った。 そう、花梨を神子と信じていないのは気にしていないのだ。とは言え、神子の自覚ありな言動をする度に、馬鹿にしたような態度をとるのは勘弁してくれと思う。 「もう、みんな本当に身勝手なんだから・・・・・・・・・。」 ストレスは溜まる一方だ。 という訳で、物忌みには遊び相手、じゃなくて言いなり、でもなくて花梨を神子と信じてくれている人に付き添いを頼む文を贈った。花梨の相手を務めると約束してくれた人に。 「失礼致します。」 呼ばれた頼忠が挨拶をして入って来た。 「いらっしゃいませ〜。」 「文をありがとう御座いました。わざわざ自筆で贈って下さるとは思っておりませんでしたので、非常に驚きました。」 「え?普通、手紙、文は自分で書くものでしょう?」 花梨の側に座るよう手で指し示しながら尋ねた。 「いえ、こちらでは女房の誰かに代筆させる事の方が多いのです。」 示された場所に腰を下ろしながら答える。 「それって、お姫様が顔を見せないのと同じ理由?」 「はい。」 「恋文の場合でもそうなの?」 「それは贈る相手によります。想いを掛けている人、心を許した人には自筆で贈ります。」 「じゃあ、恋人の頼忠さんには私が書いた方が良いって事だね。」 「・・・・・・・・・。」 奇妙な顔で一人納得している花梨を見つめる。 「ねぇ。」上目遣いで頼忠を見る。「ラブレター、欲しいなぁ。」 「らぶれたー?」 「恋文!」 「うっ!」 詰まる。 「私、一度も貰った事が無いんだもん。頂戴!」 バシッと勢い良く手の平を上にして差し出す。 「・・・・・・・・・。」 「にっこり笑って分かりましたって言えない?」 「何をお書きすれば宜しいのか・・・・・・。」 ぼそぼそ。 「恋文って普通、あなたが好きって書くものじゃないの?」 「・・・・・・・・・。」 「はぁ・・・。」余計に固まってしまった頼忠の態度にため息をついた。「じゃあ、機会があったら贈ってね。」 「・・・・・・・・・。」 「それ位の約束はしてよ。絶対、とは言わないから。」 「はい・・・。」 睨むとやっと頷いた。 「期待しないで待ってます。」 さすがの花梨も頼忠が恋愛、女に関して朴念仁だと気付いていた。恋の手ほどきをして貰うのは無理だと。正直、恋人になって貰う相手を間違えたかとも思っているが。 『うん、この頼忠さんをからかうのって楽しい。』 などと考えていたりするのだ。 「あの、帝側の者達と行動を共にされておりますが、お辛い事はありませんか?」 心配そうに尋ねた。側にいれば助けられる。だが、そうは出来なくてもどかしい。 「まだあの人達は私を疑っているからぎこちない雰囲気で疲れるけど。」 「・・・・・・・・・。」 頼忠の眉間に深い皺が寄った。 「でも意地悪しないし、怨霊と戦う時は守ってくれるから大丈夫。」 「さようで御座いますか。」 ほっと胸を撫で下ろした。 が。 「うん。ほら、頼忠さんが朝見送ってくれる時とか夕方出迎えてくれる時に睨んでいるでしょう?それが効果あるみたい。」 「はぁ。それは良う御座いました。」 脅している訳では無いのだが。ぼそぼそと呟いた。 「さてと。今日は、自己紹介の先に行ってみましょう。趣味とか好みとか色々と。」 誕生日のような失敗は繰り返したくない。細かい事も教えて貰わなきゃ。花梨は再びノートとシャーペンを取り出し、下準備として書いてあった質問リストを読み上げていった。 「好きな食べ物は?」 「いえ、特に好き嫌いはありません。」 「好きな場所は?」 「いえ、特には。」 「趣味は?」 「趣味?」 「やっていて楽しいと思う事。」 「そのように考えた事は御座いません。」 「うがぁ!」シャーペンを放り投げる。「それじゃあ、答えにはならない!」 「申し訳ありません。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 じっと頼忠の顔を見つめるが、態度は変わらない。それならこちらがやり方を変えるしかない。 「じゃあ、質問の言い方を変えるね。」 「・・・・・・・・・。」 「休みの日は何をしているの?」 「鍛錬です。」 「鍛錬?」 「武道の稽古や瞑想などです。」 「他には?」 「・・・・・・。」一瞬考える。「武道に関する書物を読んでおります。」 「て事は、武道が好きなんだね。」 「いえ。神子殿をお守りする為に鍛錬に励むのは当然の事ですから。好悪の情は関係ありません。」 「でも、嫌いだったら休みの日は休むと思うよ。そこまで熱心には出来ない。」 「そうでしょうか?」 「うん、絶対に。だから頼忠さんの趣味は武道、と。」 メモメモ。 「はぁ・・・。」 「で、次。休みの日はどこにいる?」 「武士団の己の室か道場に。」 「それは本を読むか稽古をする為?」 「はい。」 「じゃあ、そこ以外の場所に行く時ってある?」 「そうですね。心を静める為に糺の森や蚕の社へ行く事もありますし、大豊神社に詣でる事もあります。」ふと思い出し、付け足した。「最近はこの屋敷によく参りますね。」 「あぁ。でもそれって警護だし、私の話し相手でしょう?」 「はい。お役に立てる事があるのが嬉しいのです。」 「え?」 「あなたのお側にいるお許しを得られた事は、頼忠にとって大いなる喜びです。」 真っ直ぐ花梨の瞳を見つめると、微かにだが微笑を浮かべながらはっきりと言った。 「っ!」 「何かおかしな事を申しましたでしょうか?」 「え?あぁ、別に何でもありません!」 慌てて頭をぶんぶんと振った。 「?」 「・・・・・・・・・はぁ。」 少し熱をもってしまった頬を両手で押さえながら後悔していた。 やっぱり恋人になって貰う相手を間違えたな。従者としての言葉なんだろうけど、そんな真顔で言われたら、勘違いしたくなっちゃうよ。うん、心臓に悪い・・・・・・。 「さてと。訊きたい事は大体訊き終わったし、他の事をしようか。」 ノートを閉じると室の中を見回した。しゃべる事が苦手な頼忠に休んで貰うと為、無意識に口説き文句を言う頼忠に疲れた花梨の為。 見つけたのは囲碁の道具。 「頼忠さん、囲碁、出来る?」 「はい。任務の合間などに武士団の仲間の者と打つ事があります。」 「そうなんだ。じゃあ、私と対戦してみる?」 「神子殿は囲碁をご存知なのですか?」 「ん?知らない。」 あっさりと言った。 「は?」 きょとんとした表情の頼忠の顔に、花梨は思わず声を立てて笑った。 「基本的なルール、やり方は教えて貰った事があって知っているの。でもね、簡単だからこそ、奥が深いでしょう?どうしたら良いのか、さっぱり分かんない。」碁盤に近付いて座ると、招き猫のように手を動かして頼忠に側に来るように合図した。「私は目茶苦茶だよ。どこまで心乱さずに己を保てるか、これも鍛錬だからね。」 二つの入れ物のうち、白い碁石の入った方を頼忠に差し出した。 こうして対局が始まった。そして言葉通り、花梨の打ち方は目茶苦茶だった。 パチン。 パチン。 囲碁は陣取り合戦のようなものだ。そして相手の石に囲まれると、相手に石を取られてしまう。 パチン。 パチン。 花梨は相手、頼忠のやっている事を邪魔しているだけ。勝とうとする意思は無い。 パチン。 パチン。 頼忠は眼を瞑ってゆっくりと深呼吸した。心が落ち着くと眼を開ける。そして碁盤の上に白い碁石を置いた。 パチン。 パチン。 しばらくして。 花梨は長い時間、石を持ったまま碁盤を眺める。 「・・・・・・・・・。終わり、かな?」 「はい、そのようですね。」 花梨が顔を上げて尋ねると、頼忠は肯いた。 「頼忠さん、凄い。」 石を入れ物に戻しながら感嘆の声を上げた。 「そうでしょうか?」 「うん、一度も怒らなかった。それよりも表情が変わらないんだもん。凄いよ。」 「・・・・・・・・・。」 妙な感心の仕方をしている少女に苦笑い。しかし確かに忍耐を必要とする対局だった。陣地を広げていくのではなく、いかに石を取られまいとするか、だ。もはや石の取り合い合戦だった。囲碁の勝負をしているのでは無いと気持ちを入れ替えなければ、幼い少女、神子の遊び相手を務めているとの気持ちが無ければ、頼忠だって怒り出しただろう。 「碁盤の目が多すぎて時間が掛かるね。」もう陽は落ち始めて御簾の外は薄暗い。花梨は残念そうに頼忠を見た。「でも楽しかった。今日はありがとう御座いました。」 これでストレスは解消、エネルギー補給は完璧。明日からまた頑張ろう。頼忠との約束を守る為に。 「いえ、御心に添えられて良う御座いました。」丁寧に頭を下げた。「神子殿がお望みでしたら何時でも相手を務めさせて頂きますので、お好きな時にお呼び下さい。」 「ありがとう御座います。」 従者としてのお約束の言葉。だが頼忠、心からの言葉。その言葉を、花梨は大真面目に受け取ったのだった。 |
注意・・・第2章・前半。 注意・・・銀竜草は、囲碁は全く知りません。これでも何度も囲碁のHPで調べたんですけど・・・理解不能のまま。―――明らかに「おかしいだろっ!」という部分がありましたら、教えて下さいませ。 2006/12/19 01:32:33 BY銀竜草 |