和解 |
「おはよう御座います、頼忠さん。」 東の札を入手する日、花梨は迎えに来た頼忠を笑顔で出迎えた。 「おはよう御座います。お迎えに参りました。―――あの、勝真は?」 「まだです。」 「そうですか・・・・・・。」 頼忠の眉間には皺が寄っている。 「頼忠さん。勝真さんと協力し合えませんか?」 「あの、神子殿は何故、勝真を信頼なさっておられるですか?」 「勝真さんは八葉ですよ。」その答えに納得していない様子の頼忠に、再び説明する。「勝真さんが勝真さんだから。」 「は?」 「勝真さんが勝真さんだから信用出来るんです。これって頼忠さんが頼忠さんだから、というのと同じ理由です。今までの言動を思い返せば難しい事じゃないですよ。」 「・・・・・・・・・。」 「よう、遅れたな。」 頼忠が胸に手を当てて考え込んでいる間に、勝真が入って来た。 「いらっしゃい!」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 にっこり出迎えたが、天地の二人の間には微妙な空気が流れる。 「じゃあ、しゅっぱ〜〜〜つ!」 何だかんだ言っても、どうにもならない二人なら龍神だって選ばなかった筈だ。だったらどうにかなるだろう。―――不安は消えないが、花梨は心の中でそう自分に言い聞かせると二人の腕に腕を絡ませ強引に歩き出した。 「で、逢坂山に来たけど、ここからどこに行くの?」 と青龍の二人に訊いていると。 シャラン。シャ・・・ン。 「神子殿。鈴の音に導かれ、祠への道が開きました。」 「え?鈴の音は聞こえたけど、何も変わっていませんよ?」 「そうなのか?まぁ、神子を祠に連れて行くのは八葉の役目だからな。お前は見えなくても良いって事だろう。」 「ふぅ〜〜〜ん・・・。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 花梨が首を捻りながら前の道を凝視している時、頼忠と勝真の二人は顔を見合わせた。花梨には聞こえないように、ぼそぼそと小さな声で話す。 「頼忠。お前は花梨の恋人の役目もあったな。」 「あぁ。」 「じゃあ、俺が先に行くから、頃合を見計らって連れて来い。」 「しかし。」 「何が何でも女を守るのが恋人の役目だろう。」 「・・・・・・承知した。では、頼む。」 「じゃあな。お前こそしっかりやれよ。」 「あれ?何で勝真さん、一人で行っちゃったの?」 走って行く勝真の後ろ姿を見ながら、花梨は頼忠に尋ねた。 「危険が無いか、調べに行きました。」 「・・・・・・・・・。」その返事には違和感がある。頼忠を見上げる。「正直に話して。」 「・・・・・・・・・。」躊躇うが、花梨の強い視線に耐えられず、白状した。「シリンという怪しげな女が付けておりました。」 「つまり?」 「囮に。」 「さぁ、早く行きましょう!」 きっぱりと言い、頼忠の腕を引っ張る。 「神子殿!勝真が己の身を呈して神子殿を守ろうとしているのです。」 「そんな勝真さんを危険に晒すことは出来ません。」真正面から見返す。「協力し合ってこそ、仲間でしょう?」 「しかし―――。」 「勝真さんを犠牲にしなきゃ取れない札ならいらない!」 「神子殿・・・。」そう、これが神子、頼忠の信じた花梨だ。覚悟を決める。「承知致しました。勝真の元に、急ぎ参りましょう。」 「もう!何で勝真さんの所に行けないの!?」 すぐ眼の前で勝真がシリンと争っているのは見える。だが、何かに阻まれて近付けない。花梨はそれを叩きながら叫んだ。 「これは一種の結界でしょう。」 花梨の赤く腫れた手を押さえながら、頼忠も悔しそうに勝真達を見つめる。 シリンが腕を大きく振ると、勝真の肩から血が流れた。 「くっ。」 よろめき肩を押さえる。 「ふん、それで終わりかい?」シリンが嘲るように笑う。「前の地の青龍と同じく、短気に突っ込んでくるだけかい?」 「前の地の青龍なんか知るかよ。」ゆっくりと回して肩の具合をみる。「どうだ、もう一度試してみるか?そいつと違うって事を分からせてやるよ。」 「おやまあ、生意気な口を叩くね。それとも、刺し違える覚悟が出来たって事かい。」 「どうかな。」肩を竦める。「まぁ、俺一人欠けたってどうって事はないからな。青龍の頼忠にせよ、腕は確かだ。目障りなお前がいなくなりゃ、心配なんかいらないさ。」 「そこまで言うなら、お前を片付けて八葉の輪を壊してやる!」 かっと怒りで顔が歪んだ。 「駄目、駄目だってば!無茶しないで。私だって勝真さんを守りたい!」 「駄目だ、勝真!お前を犠牲にしては、神子殿を守ったと言えない!」 見えない壁に向かって叫んだ。 スゥ・・・・・・。 「あぁっ、呪いが、結界が壊れる!」 「か、花梨!?」 突然現れた花梨と頼忠に、勝真は驚き、立ち尽くした。 「ばかぁ!」走り寄り、怒鳴った。「勝真さんが私を守ろうとしたように、私だって勝真さんを守るんだから!」 「よ、よくも・・・。」憎々しげに睨み叫んだ。「祠に憑かせていた怨霊でお前達の息の根を止めてやる!怨霊・嵐龍、こいつらを葬り去れ!」 『 ぐわぁぁぁ〜。 』 「うわっ!」 突如出現した怨霊に驚き、花梨は一歩下がった。だが。 「ぐっ!」 ちょっと花梨がぶつかっただけなのに、勝真は顔を歪めた。 「勝真?・・・・・・・・・。」先ほどの傷は、思ったよりも深そうだ。「神子殿。一気に片付けましょう。」 「分かりました。」前面に立つ頼忠の態度で、深刻な状況だと感じ取った。「勝真さん、一度だけ耐えて。」 「これぐらい傷、どうって事無いさ。」強がる。「―――覚悟を決めな。神鳴縛!」 弓に己の力の全てを込め、射る。 『 ぎぇえええええ! 』 悲鳴を上げるが、束縛され、その場で暴れる事しか出来ない。 「頼忠さん!」 「―――破邪の太刀にて塵とせん。神技一刀!」 ビシッ! 『 ギィヤァーーーーーー! 』 風が怨霊の身体を切り裂き、苦しげに叫ぶ。 「今度は青龍を呼びましょう!」 「承知致しました。―――東天を守りし聖獣青龍よ、この太刀に降りよ。」 刀を振り下ろすと同時に、青龍が嵐龍を攻撃する。 『 グワァァァ! 』 「くたばれ!」 もがきながらも花梨達を睨む怨霊に、勝真が歯を食いしばりながら矢を射る。 「はぁ!」 間を置かず、頼忠も攻撃した。 『 グオォォォ・・・・・・・・・。 』 暴れ方が弱まった。 「よし、今だ!」 「―――めぐれ、天の声。ひびけ、地の声。―――彼のものを封ぜよ。」 花梨の身体から眩いばかりの光が放たれ、怨霊を包んだ。 「お見事で御座いました。」 「よくやったな。偉いぞ、花梨。」 その言葉を聞きながら、花梨は舞い落ちてくる封印札を両手で受け止めた。 「やったぁ!」にっこり二人を見返したが、苦しげな顔の勝真に気付き、慌てて側に走り寄った。「勝真さん!」 「大、丈夫だ。これしき、何て事ぁ無い。―――くっ!」 「どうしよう?傷が深すぎて治らないよ!」 支えながら座らせた。神子の手が触れれば、穢れは祓える。しかし穢れを祓ってもこの傷は塞がらない。 「神子殿。」半泣きの花梨に近付いた。「気を落ち着かせて龍神にお頼み申しなさい。」 「え?」 「力の具現化と同じです。お力をお借りするのです。」 「うん。」 頷くと、勝真の方に向き直る。同時に勝真と頼忠の口から驚きの声が上がった。 「ぅわっ!か、花梨?」 「神子殿!」 『龍神様。お願い、勝真さんを助けて!』 勝真の身体に腕を回して抱き締めた花梨が、心を込めて祈った。 サァーーーーーー!! 光が二人を包み込んだ。 「な、いきなり何するんだ、花梨!」 光が消えると、動揺したままの勝真の言葉は無視し、花梨は勝真の肩を触った。 「傷は塞がったみたいだけど。ねぇ、どう?」 「あ?あぁ。」肩を回す。「あぁ、大丈夫だ。もう何とも無い。」 「そう、良かった。」ぺたんと座り込む。ぽろぽろと涙が溢れ出した。「良かったぁ・・・・・・。」 「おい、泣くな。こんな事で泣くなよ。」 被さるように跪く。 「心配したんだもん。私がどんな気持ちだったか、分かる?」 「分かってるって。反省してる。」ぽんぽんと花梨の頭を叩きながら謝る。「もう無茶はしないと約束するから。」 「うん、うん。」 袖で涙を拭う。 「・・・・・・・・・。」 切り裂くような痛みが全身に走り、頼忠は無言で後ろを向いた。 「じゃあ、約束してね。」 「はいはい、好きにしな。」 「うん、好きにする。」振り返る。「頼忠さんもこっちに来て。」 「―――は?」 「良いから。それで二人とも両手の小指を出して。」 男二人が花梨の真似をして小指を立てる。と、花梨は自分の小指と絡ませた。 「ほら、そっちも。」 「こっちもかよ?」 「・・・・・・・・・。」 男同士の小指が絡まったのを確認すると、二人の顔を見回した。 「もう二度と無茶はしないと誓いなさい。何かする前に、青龍の相方と私に相談するって。」 「あの、私もですか?」 「頼忠さんは特に、です。神子殿の為なら生命も躊躇わずに投げ出す人だから。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 男二人顔を見合わせると、渋々頷いた。 「分かったよ。」 「神子殿に従います。」 「よし。じゃあ、誓いの歌を。」 「うたぁ?」 「は?」 「指切りげんまん、嘘付いたら針千本飲〜ます。指切った♪」 男達の眼は点になっていたが、花梨は指を上下に動かしながらリズムを取り、歌う。そして指を放した。「はい、誓約は完了。針千本飲みたくなかったら約束は守ってね。」 「・・・・・・お前もな。」 「私が何?」 「お前も無茶する前に俺か頼忠に相談しろよ。」 「しているじゃない。」ぷっと剥れて抗議する。「ねぇ、頼忠さん?」 「・・・・・・・・・。」 眼を逸らす。 「裏切り者〜〜〜!」 『 そろそろ宜しいですか? 』 きゃいのきゃいの騒いでいる花梨の後ろで、控え目な声が聞こえた。 「誰?―――って、うわ、明王様。ごめんなさ〜〜〜い!」 慌てて祠に近付く。 『 ・・・・・・・・・。 』空気が震えている。笑っているように。『 龍神の神子、天地の青龍。そなた達の絆を確認させて貰いました。 』 「あれ?」胸に手を当てた。「胸の奥から温かい力が溢れてくる・・・・・・?」 『 札に宿る力を解放しましょう。龍神の神子と天地の青龍が力を合わせて、怨霊にもたらす憤怒の慈悲を・・・・・・。 』 「ありがとう御座います!」 ふわりふわり舞い降りてくる札を受け取った。 『 私からの言葉は天地の青龍に託しましたよ。 』 「お前、『かるしうむ』とかいう食いもん、喰ったか?」 明王と花梨の会話を離れた場所で聞いていた勝真が隣にいる男に訊いた。 「・・・・・・・・・。」 沈黙が答えだ。 「だろうな。」一人納得、頷いた。「あれのお守りをずっとしていたんだもんな。」 「お守り?そのように感じた事など―――。」 「全く無かったって?本当に最初から一瞬たりともそう思った事は無いって?」 「・・・・・・・・・。」 「苦労したんだな。」 黙ってしまった正直者にふっと苦笑い。しかし同情とは違う眼差しで頼忠を見た。 「・・・・・・・・・。」 「だが・・・、少し羨ましいな。」 『羨ましい・・・・・・・・・?』 視線を逸らし、小さな背中を見つめた。そしてその言葉の意味を繰り返し考える。 「おい、花梨。」祠の光が消えるとさっさと帰り道を急ぐ。「受け取ったんだったら帰るぞ。」 「は〜〜〜い!」ぴょんと跳ねるように頼忠の方に近付いた。「ねぇ、明王様は何て言ってた?」 「それは屋敷に戻ってからだ。紫姫が心配している。早く来い。」 後ろ向きのまま片手を上げると、勝真が答えた。 「うん、分かった。じゃあ、早く帰ろう!」 頼忠の腕を掴むと、先を歩く勝真に追い付こうと走り出した。 |
注意・・・第3章前半。東の明王の札、入手。 2007/04/09 03:16:33 BY銀竜草 |