避けたい事は



青龍の二人はヒジョーに仲が悪い。大人なのに、子供顔負けの喧嘩をする。



明王様の試練が終わろうと、やるべき事は沢山ある。だが、勝真は他の用事で来られない日が多かった。
「今まで何をしていた。」
怨霊の噂が無いか町に出てみようと屋敷を出た時、数日振りにその勝真に出会った。そして当然のごとく、頼忠と睨み合う。
「俺は京職だ。京に仇なす者がいれば調べるさ。」
京職の仕事で忙しかったと言う勝真だが、頼忠はそれで納得するような男では無い。群れで生きる頼忠と一匹狼の勝真、考え方が正反対なのも仕方が無いと言えばそうなのだが。
『そんな事言っちゃ駄目だって。』天地の八葉と神子が力を合わせる事によって強い術、奥義が使えるようになるらしい。心を合わせ、信じ合い、協力する事によって。『はて、この二人を仲良しさんにするにはどうしたら良いのかな?』
「二人きりで出掛けるつもりだったのか?怨霊に出くわしたらどうする気だ。一人でこいつを守れるのか?」
「八葉としての役目を果たしていないお前に言われたくは無い。」
「お前は後ろを歩いているだけだろう。」
「今日は話を聞いて回るだけだから大丈夫ですよ。」
人が大勢歩いている道のど真ん中での怒鳴り合いはみっともない。慌ててフォローしようとしたが。
「怨霊の噂を聞いてお前が放って置けるのか?」
今度は花梨に訊いた。
「う・・・・・・。」
「神子殿、申し訳ありません。」
「頼忠さんが謝る事では―――。」
「いえ、神子殿を危険に晒す訳にはいきませんから。」
「ふん。結局お前は何も考えてはいないんだろう?神子殿に責任を押し付けていれば良いんだろうさ。」
「な―――っ。」
「ねぇ。思ったんだけど。」
いい加減、喧嘩にはうんざりだ。漫画や安っぽいドラマでの解決方法は。
「何で御座いましょう?」
「何だ?」
「取っ組み合いの大喧嘩でもしてみる?」
「は?」
「何だって?」
「ほら、男は拳と拳を合わせると分かり合えるって言うじゃない?立てなくなる位とことん殴り合えば、仲良くなれるかも。」
「神子殿・・・・・・。」
「お前なぁ・・・、そんな事ある訳無いだろう。どこからそんな考えが出てくるんだ?」
二人してがっくりと肩を落とした。
「でも何時までも犬猿の仲じゃダメでしょう?協力しないと東の札が取れないんだから。」
「それはそうですが、しかし・・・・・・。」
「そんな事言ったって仕方が無い。こればっかりはな。」
「さて、ここで質問です。」再び睨み合う二人に、花梨はぴしりと指を突き付けた。「京が滅びるのと、嫌いな人を理解しようと努力するのと、どちらが嫌ですか?」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「今日はもう大人しく屋敷に戻りますから、二人とも考えなさい。」
ハムレットのような深刻な顔をして考え込む男二人を残してさっさと門をくぐり屋敷に戻った。



翌朝。
「文をありがとう御座いました。竜胆の花と紫苑色の紙は、同じ紫系の取り合わせですね。」
物忌みの付き添いをする為に頼忠がやって来た。
「いかがでしたか?」
「はい、どちらも私の好きなものです。」
うっすらと笑みを浮かべる頼忠に、花梨は右手で握り拳を作りガッツポーズ。
「やったあ!気に入ってくれたんだね、嬉しい♪」
「よくお分かりになりましたね。」
「推理したんだ。」怪訝な顔の頼忠に、笑みを返す。「頼忠さんのイメージってキリリ、涼しげ、凛としたって感じなの。」
「いめーじ・・・?」
「印象。」あぁ、と頷く頼忠に説明を続ける。「赤系、青系、黄色系だったら断然青。で、今の季節なら竜胆の花が似合うなって。そうしたら紙は紫苑色がぴったりだから。」
「お心遣い、感謝致します。」
「ん〜?気にしないで。」頭を下げる頼忠に、苦笑いしてぽんぽんと肩を叩いた。「頼忠さんの事を考えるのは楽しかったから。笑顔を見せてくれたから、それで十分悩んだ価値はあったもん。」
「ありがとう御座います・・・・・・。」
子供っぽい無邪気な笑顔。だが、それに癒される自分・・・心が温かくなっていくのを自覚していた。

「これ・・・は・・・・・・?」
そして何故か、神子の室の中に膳があった。そこの上に、色々な食べ物が乗っている。
「イライラするのはカルシウム不足のせいなんだよ。」
大真面目な顔で説明する。
「かるし・・・む?」
「骨とか歯を作る栄養素なんだけど、精神を落ち着かせる効果もあるの。」
「えいようそ?」
「で、カルシウムと言ったら、牛乳と小魚!」
「・・・・・・・・・。」
「紫姫に頼んで用意して貰いました。あぁ、心配しないで。ちゃんと勝真さんのところにも贈っておいたから。」
「・・・・・・・・・。」
もしかしてこれは、二人の気が合わないのは『かるしうむ』とかいうものが不足しているのが原因だと思っておられるのだろうか?
「―――喰え。」
にっこり笑顔で脅迫する。
「・・・・・・・・・。」
まさか、本気で信じておられるのか?
「もう!はい、お箸。」
手を付けようとはしない頼忠にイラだったのか、箸と皿を取り、強引に持たせる。
「頂戴致します・・・。」
札入手の為とはいえ、その一生懸命さが可愛くて、つい笑みが零れそうになるのを必死で堪える。そしてその心に応えるべく、魚を口に入れた。
「よし、全部食べてね。」

「さてと。」膳の上の食べ物が全て無くなったのに気を良くした花梨は、次なる予定を言い放った。「寝よう!」
「はっ!?」
油断したか!?と内心慌てる。だが、花梨は落ち着いていた。
「頼忠さんって、毎夜の警護をしているんだよね。」
「それが私の役目ですから。」
「で、毎朝一番早く来てくれるよね。」
「それは八葉として当然の事です。」
「ねぇ、何時寝ているの?」
「は?」
「寝不足だと頭は働かなくなるし、イライラするでしょう?これからもっと大変になるんだし、今のうちに疲れを取っておかなきゃ。」
「しかし、今日は神子殿の物忌みで―――。」
「頼忠さんが寝ているからって、私、別にどこにも行かないけど。」
「いえ、そういう意味ではなく―――。」
「私も疲れているから今日は寝たいの。」
「では、私はお傍で控えておりますからごゆっくりと―――。」
「ごちゃごちゃと煩い!」叫ぶと数枚の袿を頼忠の頭から被せた。「ほら、寝るの!」
「神子殿!?」
もがきながら袿を取り去るが、顔を上げた途端、枕を突き付けられた。
「寝ろ〜〜〜。」
「・・・・・・・・・。」
諦めて枕を置き、己の身体に袿を掛ける。
「じゃあ、私も寝るね。お休みなさい。」
「お休みなさいませ。」
そこでやっと安心したように頷くと御帳台に入り、ごそごそ。本当にそのまま寝てしまったようだ。
「全く貴女というお方は・・・・・・・・・。」
眠る訳にはいかない。起き上がると御帳台の側で控えている事にした。
「梅香、か。」
袿から花梨愛用の香の甘い匂いが漂っている。優しく愛らしい笑顔は春の香りがよく似合う。だが強引で容赦なく、元気一杯の少女には少々物足りないか。
ちらりと御帳台の垂れ布を見つめる。
従者の事をこんなにも気に掛ける主はいない。主としてみる事は難しいが、だからこそ、この少女の傍にいられる事が嬉しい。
「かるしうむ、か。ふっ!」
いきなりこんな食材が贈られてきたら、さぞかし驚くだろう。しかも、イライラ解消効果のある食べ物だとの説明付きでは。勝真の戸惑っている顔が思い浮かび、込み上げてくる笑いを抑えきれない。

だが。

「んぅん・・・。」
苦しそうな声が微かに聞こえた。
「神子殿?」
「・・・・・・・・・。」
静かだ。しかし今日は物忌み、何かの影響を受けてしまったのではないか?
「失礼致します。」
考える前に御帳台の垂れ布を持ち上げ、中を覗き込む。と、眠っている花梨の眉間に皺が寄っていた。
「神子殿。」
枕元に座り、額に手をそっと乗せた。
「ん・・・・・・。」
ピクリと身動ぎするが、起きない。そのまま乗せていると徐々に皺が浅くなり、そして消えた。
「・・・・・・・・・。」
何時もくるくると目まぐるしく変わる表情で気付かなかったが、眼の下にはうっすらと隈が出来ている。
―――私も疲れているから今日は寝たいの―――
疲れている理由は、眠れない原因は。
「私と・・・勝真、か・・・・・・。」
白い肌。ほんのり紅い頬。睫毛は黒く長い。そして、桃色の小さな唇。大人に成りきる前の、あどけなさの残る少女。私は、こんな幼い少女に苦労を掛けているのか。
―――京が滅びるのと、嫌いな人を理解しようと努力するのと、どちらが嫌ですか―――
「一番避けたいのは。」眼を瞑り、心の奥底にある感情を言葉にする。「貴女を失う事、です。」
首を振る。
この少女の望みの全てを己が叶えたいと願い、傷付けようとする者全てからお守りすると誓ったのではないのか?この少女に生命を捧げたのではなかったのか?それなのに、この頼忠自身が少女を苦しめている。
「神子殿。」眼を開ける。「貴女の御心に従います。必ずや、東の札を貴女の手に・・・・・・。」
己の感情に気付かぬまま、穏やかな表情で眠る少女に見惚れる。無意識のまま伸ばした手で頬を撫でると、くすぐったそうに笑った、ような気がした。






注意・・・第3章前半。明王の試練は終了。

あまりにも幼い言動の花梨ちゃんに、頼忠油断中。で、自覚無し。

2007/06/09 02:23:48 BY銀竜草