お守り



物忌みの数日後、花梨は自分の室の中で一人ため息をついていた。
「まぁ、院と帝が争っているのは分かっていたんだけどさ・・・・・・。」
花梨を龍神の神子と信じてくれている天の八葉は、帝側の八葉が気に食わなくても彼らから花梨を守る為なら我慢すると言った。そう、帝を呪っている怨霊を祓う手助けをすると約束してくれた。
なのに、顔を突き合せれば争いへと発展する。
「言っている事とやっている事が違うじゃない。」
今は帝を呪っている怨霊を祓うのが目的だから地の四神と行動を共にしている。なるべく天の四神とは会わないようにしているのだが、狭い町ではそう思うようにはいかず。



歩き回った後、糺の森で休憩していた。
「姫君はどうして京を救おうとしているのかい?」
「最初は仕方なく、でしたよ。救わなきゃ自分の世界に帰れないから。」
「ほう、正直だね。」
翡翠は感心するが、花梨は肩を竦めた。
「良い子ぶって我慢するのは止めたんです。」
「だから源氏の武士を恋人にしたのか?」
嫌悪の表情で勝真が睨んだ。
「え?そうなのですか?花梨さんに頼忠が通っているのですか?」
彰紋が驚いて花梨に確認する。
「元々お屋敷の警護で来てくれていますから。それにこの状況を楽しまなきゃやってられませんよ。」
「「なっ!?」」
「面白い姫君だ。」
翡翠一人、豪快に笑う。
「役目を果たすのに問題無い。」
「おい、それで良いのかよ?」
「当の本人がやって来た。訊けば良い。」
泰継が言った。
「神子殿。」
「・・・・・・・・・。」
幸鷹と頼忠の二人が近付いて来た。
「こんにちは。ここに何か用事でもあったんですか?」
花梨はにっこり挨拶するが、男達は早速睨み合いだ。
「えぇ。ここに不審な者達がいるとの報告がありまして、様子を見に来たのです。」
翡翠を警戒心丸出しの眼つきで見る。
「海賊さんは怨霊退治に忙しくて休業中ですよ。」
花梨がそう言うと、翡翠が眉を顰めた幸鷹に皮肉っぽい視線を送った。
「この者の元に通っているのは事実か?」
何か言おうと口を開きかけた幸鷹を遮り、泰継が頼忠に訊いた。
「・・・・・・・・・。」
「ちょっとちょっと頼忠さん!」妙な顔をして黙り込んでいる頼忠に、花梨はずかずかと近付いて二の腕を掴んだ。「そう訊かれたら、そうだ、と答えてくれなきゃ!」
「いえ、神子殿。」困った表情をしているのは幸鷹も同じだ。「恋人は恋人でも、彼らが訊いているのは意味が違いますから・・・。」
ごにょごにょと口篭もる。幸鷹らしからぬ物言いだ。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
彰紋と勝真が顔を見合わせる。そして男二人の違和感ある態度の意味を探るべく、再び訊いた。
「頼忠が通っているのは事実なのですか?」
「うん。毎夜、屋敷の警護してくれているの。」
「で、警護以外に何をしているんだ?」
「オセロ。」
「おせろ?」
「うん、私の世界のゲーム、遊び。囲碁では相手の石に取り囲まれると、囲まれた石は取られちゃうでしょう?それに似ていて、縦横斜めのいずれかで挟むと自分の石になるの。簡単だし囲碁だと全く相手にならないから、オセロで一勝負しているの。」
「・・・・・・・・・。」
「頼忠さんが勝ったらお猪口一杯のお酒を、私が勝ったらお花を一枝、負けた方が次の日あげるんだ。」
「・・・それだけか?」
「それだけって、他に何をするの?頼忠さんが来るのは夕方、夜だよ。陽が落ちたら真っ暗で何も見えないじゃない。火を点せば見えるけど油が勿体無いし、明日も早いから早く寝たいし。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
大真面目な花梨を見、困ったような表情で花梨を見つめている頼忠、幸鷹の二人を見。そして勝真と彰紋は顔を見合わせた。
「八葉ってのは龍神の神子のお守りもするのか?」
「そんなにはっきりと言わなくたって良いじゃない。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
花梨は顔を顰めたが、反論しない。そして同意見の天の八葉の二人もまた、顔を見合わせただけ。
「誰も否定しないのかよ・・・・・・?」
「花梨さんが院をお助けしたというのは本当なのですか・・・・・・?」
大爆笑している翡翠とは違って大きな不安に襲われた二人だった。



「よ〜りたださん!」
その日の夜、花梨は頼忠が警護を開始する時刻を見計らって簀子に出た。小脇に何やら包みを抱えている。
「神子殿!」つかつかと高欄の側に近付く。「このような刻限に室を出てはならないと、何度言ったら分かって下さるのですか。」
しかめっ面でのお説教タイム。
「うん、夜は危ないんでしょう?」
「ご存知であられるなら何故―――。」
「だから頼忠さんがいる時だけだから。頼忠さん以外の人の時は出ないもん。」
「そういう事では―――。」
「もう、恋人に逢いたいという乙女の心理、理解してよ!」
にっこり睨むと、黙ってしまった。ぷっと吹き出す。毎度のお約束、楽しい。
「・・・・・・・・・神子殿。」
「でも嘘は言っていないよ。頼忠さんに逢いたかったのは本当だもん!」
さっと頼忠の右手を取り、振り回すように大げさな握手をする。
『全く困った御方だ・・・・・・。』
小さなため息をつく。とは言え、少女の気持ちも分かる。本音で言い合える天の八葉とはほとんど会えないのだ。心許せぬ者達に囲まれての日々は辛いだろう。この頼忠の存在が癒しとなるなら、お役に立つなら、嬉しい。
されるがまま、嬉しそうに楽しそうに微笑んでいる少女を見つめていた。
と。
「という訳で、お散歩に行きましょう!」
「―――は?」
という訳とはどういう訳だ?
しかし頼忠が戸惑っている間に靴を履く。そして頼忠の手を掴むとぐいぐいと引っ張り歩き出した。



来たのは神泉苑。
「さすがに人はいないね。」
「夜ですから。」
そりゃそうだ。頼忠の言葉に、花梨はくすくすと笑う。
「こんな綺麗なお月様とお星様を独り占め出来るなんて贅沢だね。―――と、独りじゃなくて二人占めだね。」
何がおかしいのか、ずっと笑いっぱなし。
『ご機嫌なのだから、夜の散策をお止めしなくて良かったのだろう。』
そう納得すると微笑んだ。
「ここで良いか。池に月が映る光景も見たいもんね。」
そう言うと、ずっと抱え込んでいた荷物を開いた。大きな布を広げてそこに座る。
「?」
いきなり何をしだすのかと見守っていると。
「はい、ここに座って。」
「いえ。不審な輩が何時襲ってくるかも分かりませんから。」
「座って。」
拒むが、花梨はポンポンと布を叩き、隣に座るように強要する。
「・・・・・・・・・。」
躊躇いがちに隅に腰を下ろした。
「お月見にはやっぱりこれだよね。」
小さな杯を頼忠に持たせ、竹筒から液体を注いだ。
「あ、あの・・・・・・。・・・・・・。」
匂いで酒だと分かる。主に注がせるなんて恐れ多いと頼忠は内心動揺しまくっていたが、花梨があまりにも楽しそうで拒めず。
「どうぞ。」
「頂戴致します・・・。」
くいっと一気飲み。杯を置こうとしたが。
「おつまみは無くてゴメンネ。さすがに頼み難くて。」
そう言いながら更に注ぐ。
「いえ、お気になさらずに。いえ、それよりも主にこのような―――。」
「気にしない気にしない。」並々と注ぐと、竹筒を膝の上に置いた。「お父さんがお酒を飲む時ね、お母さんが注ぐの。それがとっても楽しそうだったから、一度やってみたかったんだ。」
「はぁ・・・・・・・・・。」
幼い童がよくやるままごと、か。頼忠も河内にいる頃は妹に付き合わされた事があった。あれは本物の酒ではなかったが。
今度はゆっくり飲み干す。そして空になった杯を花梨に手渡した。
「え?」
「神子殿もどうぞ。」
代わりに竹筒を取り、杯にトクトクっと注ぐ。
「・・・・・・・・・。」
「いかがなさいましたか?」
「いや、私、お酒飲んだ事無いんだけど・・・。」
確かに花梨の世界では未成年で飲酒は禁止されている。だが、ここでは違う。同じ年齢の彰紋も宴席では飲んでいるようだ。飲もうか飲まないか、迷う。
チラリと頼忠の顔を見た。
「お止めになりますか?」
「・・・・・・・・・飲む。」
お母さん、お父さんに勧められた時はテレたように笑いながら飲んでいたっけ。悩み考えた末の決断。そう言うと、一口口に含み、味わってから飲み込んだ。
「いかがですか?」
少し心配そうだ。
「何だか・・・ヘンな味。」眉を顰めながらもう一口飲む。「これの何処が美味しいの?」
「神子殿には少々早すぎたようですね。」
苦笑した。
「でも、身体がぽかぽかと暖かくなってきた。」一気に飲み干す。「はい、今度は頼忠さん。」
杯を頼忠に返すと酒を注ぐ。
「ほんと、綺麗な星空。街灯とかネオンが無いから夜道を歩くのが危険だけど、これだけの星が見えるのは感動ものだね。」
頼忠は花梨のおしゃべりを聞きながらゆっくり飲んでいた。
「ねおん・・・?」
花梨は空を見上げているが、杯が空になると酒を注ぐ。
「ネオンは人工的な明かり。赤青黄色白、もっと沢山の色があるんだよ。お店をそれで飾るの。商売は目立ったもの勝ちだから。他には建物とかの装飾とか。」
「装飾、ですか。」
「そう。建物が美しく着飾っている感じ。ピカピカ光っていると綺麗だし、見ているだけで楽しくなるから。」
「それは・・・。」
神社や寺が美しい衣を纏っている様子を想像し、つい笑ってしまった。
「・・・・・・・・・。」
「どうかなさいましたか?」
空を見上げていた花梨が何時の間にか頼忠を見つめていた。しかも、その瞳は熱っぽい。
「頼忠さんが二人いる。」
「は?」
「ううん、三人、四人かも。」
「あっ!?」
まさか。いや、しかし少女の状態は―――頬も紅く染まって女っぽい雰囲気だが―――間違いなく、酔っ払っている。
「どんどん増えていくよ・・・・・・?」
身体が揺れている。
「も、申し訳ありません!」
腕を伸ばし、倒れる前に身体を支えた。
「ごめん・・・なさい・・・・・・。」
「戻りましょう。歩けますか?」
「うんと・・・無理・・・・・・みたい。」
身体を離そうとしたが自分の思うようにはならず、頼忠に凭れ掛かった。
「では、頼忠がお連れ致します。」
花梨を支えながら荷物を纏める。そしてそれを腕に引っ掛けると、少女を背中に負ぶった。
「ごめん・・・な、さい・・・・・・。」
「いいえ、こちらこそ無理に勧めてしまい、申し訳ありません。」
立ち上がると歩き出す。
「あっと・・・。」
早足で歩く振動と眩暈のせいで頼忠の背中から転げ落ちてしまいそうな錯覚に襲われた。腕を頼忠の首に回し、しっかりとしがみ付く。
「大丈夫で御座いますよ。」
「うん、分かっているけど・・・・・・。頼忠さんの背中、広いね。」
「・・・・・・・・・。」
「それに温かくて・・・ベッドみたい・・・・・・。」
「べっど?」
しかし花梨は頼忠の肩口に頭を乗せると、そのまますやすやと眠り込んでしまう。飲んだのは小さな杯一杯だけなのに、そのあまりの幼さに苦笑した。
だが。
思わず立ち止まった。背中に感じるこの柔らかな感触は。
そう、この少女は幼い。だが、先ほどの瞳は一瞬だが、確かに男の本能を刺激した。
「・・・ふぅ・・・・・・。」
大きく息を吐く。そして頭からも心からも追い出すと、逃げるように歩き出した。






注意・・・第2章前半。『約束』の数日後。

花梨ちゃんが『女』だと、気付きました。
まぁ、忘れようとしていますけどね。

題名『お守り』の読み方は『おまもり』ではなく、『おもり』。

2007/02/01 03:38:43 BY銀竜草