日常



物忌みの翌朝、天の四神が供に付こうと朝早くから四条の屋敷を訪れた。
「神子様。八葉の方々がお迎えに―――。」女房の声が止まった。「あら?また庭に下りられたのかしら?」
「では、我々がお探し致しましょう。」
幸鷹が女房に頷いた。
「そうですか?では宜しくお願い致します。」


「ほいほい歩き回っているのか、あいつは。」
「庭と言ってもどんな不審人物が忍び込んでいるのかも分からないのに、無用心ですね。」
「手分けしてお探ししましょう。」
誰がどこを探すのか相談しながら庭に下りる。
と。
「あ、丁度良かった。イサトくん、ちょっとこっちに来て。」
花梨の声が聞こえた。だが姿が見えない。
「おい、花梨。お前、どこにいるんだ?」
「こっちこっち。上!」
「「「「上?」」」」
見上げると、木の上に花梨がいた。
「花梨殿!何をしているのですか!?」
「ん?子猫が降りられなくて泣いているの。」
ね、と上を見ながら言う。耳を澄ませば、確かに枝や木の葉で姿は見えないが子猫のか細い鳴き声が聞こえる。
「ほら、大丈夫だよ!」
背伸びして腕を伸ばす。
「うわぁ、危ない!」イサトが慌てて駆け寄った。「おい、降りろ!オレが助けるから!」
「だ、いじょ・・・うぶ・・・。」更に爪先立ちになり、腕を伸ばす。「猫ちゃん、動かないで。」
やっと手が届き掴もうとしたが、子猫は身体をよじって暴れた。
「きゃっ!」
「にゃごぉ!」
するりと手から逃げると、花梨の身体、肩の辺りを蹴って跳んだ。
「わっ!」
慌ててイサトが子猫を抱き止めようと腕を伸ばす。だが子猫は身体を丸めて逃れる。
たんっ!
そして再び身体を伸ばすとイサトの顔を踏み付け、更に跳ぶ。そして地面に降りると他の者達の足元を潜り抜け、そのまま逃げ去った。
「大丈夫ですか?」
泉水が転がって顔を押さえているイサトに近寄りしゃがみ込んだ。
「爪を立てやがった。いってぇ。」
「あぁ、血は出ていませんから大した事はありませんよ。」
「幸鷹ぁ。お前、他人事だと思って・・・・・・。」
ぶつくさ文句を言っていると。
「花梨殿!」
頼忠が叫んだ。
「わ。あっと。ととと。」必死にバランスを取ろうと身体を捻ったり腕を回したりしていた。だが、いくら太くても枝の上では足の置く場所などそうある筈も無く。「きゃあぁぁぁ!」
「「「「花梨っ!!」」」」
悲鳴が上がる。
だが、その内の一人、身体が動いた。
ドサッ!
「頼忠ぁ!」
「花梨殿!」
「大丈夫ですか!?」
花梨を受け止めた頼忠を三人が囲む。
「おい、大丈夫か?」
「花梨殿?」
「お怪我は?お怪我はありませんか?」
「・・・だ、大丈夫、みたい・・・・・・。」
「・・・・・・ふぅ。」
花梨は痛い所がない事に驚き、大きな瞳を更に見開く。そして頼忠は無事に受け止められた事に安堵し、大きく息を吐いた。
「あ、ありがとう御座います・・・。」
頼忠の手を貸して貰いながら地面に降りた。
「ご無事で何よりです。」
「頼忠さんのおかげです。」
にっこり微笑んだのだが。
「ば、馬鹿野郎っ!」イサトが怒鳴った。「オレ達がいなかったらどうなっていたと思っているんだぁ!!」
「そ、それはそうだけど、でも―――。」
「どこの世界に木登りする女がいるんだ!?」
「そんな大騒ぎするような―――。」
「する事です。」幸鷹が遮った。「大変なお怪我をする所だったのですよ?」
「う・・・。でも、子猫が・・・・・・。」
「子猫を助けたいと思う御心は尊いと思いますが、今は大変な時なのです。危険を伴う行動は慎んで下さい。」
「・・・・・・・・・。」
「この屋敷にも下男がいるでしょう?頼めないのでしたら、我々にお声をお掛け下さい。あなたのお役に立てる事はどんな事でもすると約束したのですから。」
「ごめんなさい・・・・・・・・・。」
延々と続く幸鷹の説教を、頭を垂れて聞いていた。



騒ぎが収まった後、怨霊が出るという大豊神社に向かった。
「イサトくん、術使おうよ。」
「よっしゃあ!―――火炎陣!」
「頼忠さん、お願いします!」
「お任せ下さい。―――風破斬!」
続けざまの攻撃で、ねずみの怨霊が一瞬にして消えた。
「お見事です!」
幸鷹が感嘆の声をあげた。
「ふぅ・・・・・・・・・。」だが、土地が疲弊している。小さな声で呟いた。「力の具現化、しなきゃ・・・・・・・・・。」
「おいおい、さっきの元気はどこにいった?」イサトが声を掛ける。「怨霊を祓うのだって上手くいったんだからさ、こっちも心配要らないって!」
「うん、そうだよね・・・。」
でも苦手なのだ。こんな優しい言葉を掛けてくれるが、この前失敗した時はイサトに怒鳴られた。それを思い出し、怖気付く。
「まぁ、取り敢えずやってみましょう。」幸鷹も頷いた。「失敗したらもう一度やれば宜しいのですから。」
「うん、やってみる。」
何時までも躊躇っている訳にもいかない。覚悟を決める。精神を集中させようと手を胸の前で組んだのだが。
「あ。」顔を上げた。「頼忠さん、手伝ってくれませんか?」
「私が、ですか?」驚いて問う。「何をすれば宜しいのでしょう?」
「うん、手を貸して。」
そう言って頼忠の前に行き、両手とも握った。
「花梨殿?」
「ほら、大豊神社って頼忠さんと同じ木の属性なんでしょう?だから頼忠さんが一緒に祈ってくれれば、願いは届き易いんじゃないかと思って。」
「あぁ、それは良い考えですね。」泉水が微笑み、頼忠を促した。「やってみましょう。」
「じゃあ、お願いします。」
「・・・・・・・・・。」
二人、目を瞑り祈る。
『龍神様、力を貸して!』
『龍神よ、力をお貸し下さい。』
サァーーーーーー!
「すげぇ!」
「こ、これは・・・・・・っ!」
「美しい・・・・・・。」
白く輝く光に二人が包まれる。他の三人の唇から歓声とため息が漏れた。
「・・・・・・ふぅ。」
「・・・・・・・・・。」
「すっげーよ、お前!」
「大成功ですね。」
「お見事でした。」
眼を開けた二人に駆け寄り、褒め称える。
「良かった!」満面の笑みが浮かぶ。「何だかすっごく集中出来たよ。うん、やりやすかった。」
周りを見回すと、枯れかけていた木々の葉が青々としている。花も鮮やかな色に変わった。力を得て本来の姿に戻ったのだろう。
「頼忠さん、ありがとう御座いました。」お礼を言うが、頼忠は呆然と手を見つめていた。「どうかしたんですか?」
「―――え?いえ、何でもありません。」
手から花梨へと視線を動かし、首を振る。
「もしかして、手伝うのって負担が重いですか?」
「それは大丈夫です。」
「なら良いですけど。」はしゃいだ気分のまま、勢いで言った。「そうだ、お礼にキスしてあげようか。」
「きす?」
「えっとね。」悪戯っぽい笑みを浮かべながら自分の唇に指を当てた。「口付け!」
「っ!」
ギョッと眼を剥き、一歩下がった。
「何よ、その反応は。失礼じゃない。」
「花梨!」
「「花梨殿!」」
他の三人が一斉に叫んだ。
「上手く出来たご褒美に私からしてあげよう、とか何とか言ってよ。」
幽霊を見るような頼忠の眼付きに、花梨は顔を顰めた。
「お、お前は何て事を言うんだぁ!」
イサトが真っ赤な顔で喚いた。
「冗談に決まっているでしょ。」ぶつぶつ。「もう少し格好良くあしらってくれなきゃ、面白くも何とも無い。」
「冗談にも程があります!」
幸鷹の雷が再び落ちた。
「お前ってよく分かんねぇ・・・。」
「あまり頼忠を困らせるのもどうかと・・・。」
「ちぇっ!つま〜んな〜いの〜〜〜。」
「はぁ・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
頭を抱える頼忠を、憐れみの眼差しが包んだ。






注意・・・第1章・前半。『初めての物忌み』の次の日。

開き直った花梨ちゃんの日常。振り回される八葉・・・・・・。
どんなにお説教されようと、反省の『は』の字もありませぬ。

2006/12/13 01:07:57 BY銀竜草