初めての物忌み



―――友達と恋人って、どう違うの?―――
昨夜の質問から、少女が恋愛に関して全くの無知である事が分かった。だから頼忠との『真の恋人関係』を求めていないのも予想がついた。
「宜しくお願いしますよ。」
屋敷の前で待っていた幸鷹が頼忠に言う。提案を聞いた時にはとんでもない事と恐れおののいたのだが、ただの話し相手ならば問題は無い。こう言っては何だが、少女の人柄や目的を調べる絶好の機会が出来たのだ。大いに利用させて貰おう。
「では。」
頭を下げて挨拶すると、門をくぐった。



「・・・ふぅ・・・・・・・・・。」
御簾の前で深呼吸して覚悟を決める。
「花梨殿、頼忠です。物忌みの付き添いに参りました。」
頼忠が室に入ると、花梨は笑顔で出迎えた。
「いらっしゃい!えへへ、どう?」何時もの軽装な衣ではなく、この京での衣を纏っていた。「私だってきちんと着飾れば、そこそこの容姿なんだから。」
くるりと回りながら自慢げに言う。だが、その子供っぽい仕種(しぐさ)が余計に幼さを強調していた。
「どう、とおっしゃられましても。」
「もう!」ぷぅと膨れた。「ほら、恋人ならこういう時は褒めなきゃいけないんだよ。」
気の利いた言葉一つ掛けられないでいたら怒って催促する。河内にいる幼い妹と同じだ。
「申し訳ありません。」
「良いもん。何時か花梨は可愛いって言わせてやる。絶対に。」
「・・・・・・・・・。」
そう、この少女は妹と同じ事をおっしゃる・・・・・・。

「で、恋人同士って何をするの?」
頼忠の真正面に座ると、花梨は大真面目な顔をして尋ねた。
「何って・・・・・・。」
「こっちでは女の人は出歩く事ってあまりないんでしょう?」
「そうですね。貴族の姫君は人前には出ませんから。」
「じゃあ、どこで逢うの?」
「姫君の屋敷で。大抵は夜遅くに逢います。」
暗にほのめかすが。
「夜遅くって真っ暗じゃない。それだと、あまりお話出来ないね。」
「・・・・・・・・・。」
「貴族じゃない女の人とは?」
「庶民なら顔を隠す必要はありませんから、市や祭りに共に行く事もありますよ。」
「そうなんだ。じゃあ、今度一緒に行こうね。」
「・・・・・・・・・。」

「今日は外を散歩、てな訳にいかないから取り敢えず・・・。」首を傾げて思案。そして頷いた。「やっぱり最初はお互いを知る事から始めよう。はい、自己紹介して。」
「あの・・・何を話せば宜しいのでしょうか?」
期待通り、恋人としての付き合いを求める様子は無い。だが、他愛も無い会話自体が苦手だ。
「頼忠さんの事なら何でも良いんだけど。」
「・・・・・・・・・。」
「ねぇ。口下手なのも程があるってもんだよ。」
「・・・・・・・・・。」
じっと見つめてくるが、そのまま黙り込んだままでいるとため息をついた。
「じゃあ、私が質問するから答えてね。」
「はい。」
質問は名前、住所、家族構成、職業、出身地など、頼忠についての基本的な事。そんな事を知ってどうするんだと思うが、答える。
「私の世界には武士はいないんだよ。」
「そうなのですか?」
「うん。守るという仕事なら警備員とかボディガードという職業はあるけど、守りに徹していて攻撃はしないから。」
「・・・・・・・・・。」
「じゃあ、今度は私の方の自己紹介だね。」
そう言って名前、家族構成、立場の説明をする。
「怨霊とか生き霊っていないの。普段の生活の中で危険を感じる事も無いから、だから反対に怖がる事を楽しむ施設とか見世物があるんだ。」怪訝な表情の頼忠に簡単な説明をする。「お化け屋敷は、家具や柱の陰に人が潜んでいたり、その家具とかが急に動いたり音を立てたりしてわざと驚かすの。驚かされる方もそれを期待してわざわざお金を払ってそういう建物に行くんだよ。」
「・・・・・・・・・。」
「安全の上に成り立っているからこそ、楽しんでいるけど。でも、こちらの人から見れば悪趣味って思うかもね。平和ボケって。」
「そうですね・・・。」
安心して生きられる事は幸せであり、憧れでもある。だが、慣れ過ぎてしまうとそれが当たり前となり、刺激が欲しくなるのだろう。理解は出来ないが。
「ところで、私に訊きたい事ってある?」
「あの、こうこうせい、とは何でしょう?」
「こっちでは子供はみんな学校という場所に通うの。そこで集団で学問を学んだり体力をつける運動をしたり。」
「花梨殿は学士でいらっしゃるのですか。」
「学士?う〜〜〜ん、頼忠さんが考えているのとはちょっと違うような気がするけど。」眉を顰めつつ、説明を続ける。「義務教育って言って、国民全員が学ぶ権利を持っているの。高校はその延長。」
「権利・・・延長・・・・・・。」
分かり易く説明しているのだろうが、あまりにも違いすぎて理解も想像も出来ない。

「あっと!大事な事を訊くのを忘れてた!」いきなり自分の額をぺしっと叩き、尋ねた。「結婚している?」
「いえ、しておりません。」
少し驚きながら答える。
「じゃあ、恋人はいる?」
「いえ。」
「何で?」
「何でって、何がでしょうか?」
「そんな格好良いのに、女っ気無しだなんておかしいじゃない。」
「・・・・・・・・・。」
「もしかして、女嫌い?男色家?」
「なっ!?」
「違うの?放って置く筈無いと思うんだけどなぁ。」顔色が変わったのを見て、首を捻った。「こっちの女の人って見る眼が無いのかな?勿体無い。」
「・・・・・・・・・。」
「じゃあ、頼忠さんが結婚したいと思った時に相手がいなかったら、うん、私がしてあげるね!」
にぱっとふざけた満面の笑みで言った。
「・・・・・・・・・。」
どっと疲れが出て来た。しかし少女の世界の話、そして考え方や感覚の違いが、この少女がどこか遠い国からではなく、違う世界から来たのだと分かった。

そんな会話を続けていたが。
「なんだか今日はやけに寒いな。」
陽が傾き始めた頃、自分自身を抱くように身体を丸めて腕をさすった。
「一枚羽織りますか?」
「あぁ、自分で持ってくるよ。」
立ち上がりかけた頼忠を制し、室の奥に行く。だが、途中で座り込んだ。
「どうなさいましたか?」
側に寄ると、花梨は胸の辺りを押さえていた。
「何だか・・・気持ち悪い・・・・・・。」
「大丈夫ですか?薬師か誰かをお呼び致しましょうか?」
慌てて抱きかかえるように支える。
「あれ?」不思議そうに頼忠を見上げた。「ラクになった・・・・・・?」
「薬湯をお持ち致しましょうか?それともお休みになりますか?」
「もしかして、紫姫が八葉を呼べって言ったのはこういう事?」
「は?」
「頼忠さんが側にいると、寒くないし気持ちも悪くないの。」
「・・・・・・・・・。」
「まぁ、良いや。薬湯を飲むなんて嫌だし、頼忠さんって温かいし。うん、このまま側にいてね。」
そう言って頼忠に寄り掛かった。
「・・・・・・・・・。」
その警戒心の欠片も無い無防備さに、頼忠は呆然と腕の中の少女を見下ろした。
「そうだ。」側に積み重なっている書物を指で指した。「どれでも良いから読んで。」
「どれでも宜しいのですか?」
「うん、内容はどうでも良いの。頼忠さんの声が聞こえれば良いから。」
「はぁ。」
女人が好みそうな恋愛物語を取り、声を出して読み始める。だが。
「・・・・・・・・・。くぅぅぅ・・・・・・。」
ほんの数行読む間にもう眠っている。
「お疲れなのは分かっておりますが。」昨日倒れたのだから休んだ方が良いのも分かっているが。「私を男として見てはいませんね・・・・・・。」
喜んでいるのか落胆しているのかも分からないまま、大きなため息を吐いたのだった。



「どうでしたか?」
「どうだった?」
「いかがでしたか?」
心配していたのか興味があったのか、夕方頼忠が屋敷の門を出ると他の八葉が待っていた。
「色々と話をお聴き致しました。」
「で―――?」
「はい・・・・・・・・・。」髪を掻き上げ、考える時間を稼ぐ。「あの方が京の方では無い事以外、よく分かりませんでした。」
「何を話していたのです?」
「自己紹介、です。」
「―――は?」
「その他には、こちらと花梨殿の世界の違いについての説明を受けました。」
「そんなに違いますか?」
「はい。」
「どんな・・・・・・?」
「職業の事とか娯楽施設の事とか。そう、向こうの世界では学士であられるようです。」
「え?あの方は教養ある方だったのですか?」
驚いて訊く。何時も頓珍漢な受け答えをしている、あの花梨が?
「ご自分の世界では学問を学んでおられるそうです。」
「「「・・・・・・・・・。」」」
予想外の一面を知り、言葉も出ない。
「感覚や物の考え方の違いは説明が難しいのです。一度直接話を伺ってみてはいかがでしょう?」
「京の事を知らないんじゃあ、オレが教えてやろうかな。」
「そうですね。今度私も話を聞かせて頂きたいですね。」
「お困りの事が無いか、お尋ねしてみましょう。」
一人一人頷いた。



頼忠は考え事をしながら、少女に興味を持ち始めた男達が去って行く後ろ姿をずっと見送っていた。
『軽い・・・・・・。』
胸に手を当てる。寄り掛かっているのに、その身体の重さがほとんど感じられなかった。細い首。華奢な肩。身長は大人の女人よりもあるだろう。なのに、幼い童よりも体重は無いようだ。そして結婚していてもおかしくは無い年齢の割には精神的にも幼い。
恋人というより、おままごとの相手、子守りをさせられている気分だ。
『この京の命運を背負うには、あなたは・・・あまりにも無垢だ・・・・・・・・・。』
眼つきの鋭い頼忠に甘える女童は少ない。河内にいる幼い妹達ぐらいだ。そしてこの無邪気な笑顔は妹達を連想させる。怨霊と戦う辛い日々に、何時まで耐えられるのか。身体にも心にも、これ以上、傷付いて欲しくは無い。
『あなたに・・・この重責を背負わせたくは無い・・・・・・・・・。』
無知ゆえに、あまりにも素直で純真、そして無茶を言う少女。
『あなたが真の龍神の神子でなければ・・・良いのに・・・・・・・・・。』
無意識のうちに祈っていた。






注意・・・第1章・前半。『おままごと』の次の日。

信じられない、ではなく、そうでなければ良い。

2006/12/13 00:48:20 BY銀竜草