呪いを掛けた謝罪の文2



「神子様、頼忠殿から文を預かっております。」
「・・・・・・・・・。」
頼忠、その名前を聞くと、再び瞼から涙が零れ落ちて来た。御帳台の中にいた花梨は上掛けを引き被って狸寝入りを決め込む。
しかし女房は、
「必ずお渡しするようにとの事です。」
そう言って垂れ布を掻き上げて隙間を作ると、文を滑らせて中に押し込んだ。
「・・・・・・・・・。」
読みたくない。どうせつまらない言葉しか書いていないだろうから。
「・・・・・・・・・。」
しかし頼忠からの文、初めての文。好奇心には勝てず、上掛けから顔を出してその文を眼で探す。
「あれ・・・・・・・・・?」
文には真っ赤な花が添えられている。頼忠には似合わない心遣いに驚き、思わず起き上がった。
「まさか頼忠さんが作ったの?」
学校行事や地域のお祭りなどでは必ずと言っていいほど飾られる紙の花。簡単な割には華やかで綺麗な紙の花。
手に取り、しげしげと眺める。
男の大きな手で花梨の片手に乗る程度の小さな花を紙で作るのは難しかっただろう。だが、丁寧に心を込めて作ったようで、重なっている部分も破れも全く無い。
「薔薇の花みたい・・・・・・。」
まるで恋人に贈る薔薇や牡丹の花のようで、花梨は切なげな笑みを浮かべた。文を手に取り、広げる。
「え・・・・・・?」
文字が見えた瞬間、固まり、穴が開くほど書かれている文章を見入った。


「なぁ。文に添えた呪いの物って、あれは何だ?」
「文に書いた呪いにはどのような意味があるのですか?」
屋敷の門を出た所で追いつき、早速イサトと泉水が幸鷹に尋ねた。
「あぁ、呪い、の意味ですか。」
幸鷹の顔に苦笑い、と言うよりも淋しそうな笑みが浮かんだ。
「どう見たってあれは花だろう?」勝真が眉を顰めた。「花を添えた文、これだと恋文にしか見えないな。」
「え?」彰紋が眼を見開いた。「それではあの文に書いた呪いもそうなのですか?」
「えいご、と言ったか。神子は海の向こうの国の言葉と言った。」
「はい。苦手だとおっしゃっていましたが、神子殿の世界であの言葉を知らない者はおりません。」


文を握り締めると、花梨は御帳台から転がるように飛び出る。
「み、神子様!?」
そのまま走り、御簾を殴るように跳ね上げ、室からも飛び出す。
「み、神子殿!?」
頼忠が驚き、腰を上げ掛けた。だが。
「頼忠さん!」
そのままの勢いで体当たりするように抱き付いた。
「うわっ!」
心の準備などしていない。体勢を保つ事も出来ない。押し倒されるまま、床に転がった。
「ぅわぁぁぁぁん!」
「神子殿?」
何が何だかさっぱり分からない。しかしこの反応の仕方では、やはり文に効果があったと言う事だろう。―――神子殿の体調不良の原因はこの頼忠だったか。
「あぁぁぁん!うわぁ〜ん!!」
「神子殿。申し訳ありませんでした。」
身体を捻るようにして起き上がる。頼忠の肩口に顔を押し付けるようにして泣いている少女の頭や背中を優しく撫でる。
「わぁ〜〜〜ん!」
「・・・・・・・・・。」


「それでは、あれは本当に恋文なのですか?」
「えぇ、そうです。単刀直入に頼忠の心を伝えたのです。」
「頼忠が神子に恋していたのですか?あ―――。」いきなり気付いた。「もしかして神子も頼忠の事を・・・・・・・・・?」
「えぇ、その通りです。」
「はぁ。そうだったのですか。」
あまりにもあっさりと答えられ、泉水はマヌケな返事を返した。
「それでは花梨さんが室に閉じ籠もっていた原因は、やはり頼忠だったのですか?」
「恋煩い、ってヤツか?」
「原因は頼忠ですが、恋煩いとは少し違いますよ。」今度は彰紋とイサトの質問に答える。「頼忠が離れて行ってしまったのを、悩んでいらしたのです。神子殿と翡翠殿との仲を誤解しているとは御存じ無く、理由を訊こうにも頼忠は逃げていましたからね。」
「頼忠の誤解って二人で一晩過ごした事か?それなら俺だってそう思っていたさ。」
勝真だけでなく他の者達も一斉に睨んだが、翡翠は涼しい顔のままだ。
「何時までもままごとを続けているのが見ていて苛立たしくてね。ちょっと波風を立てただけさ。」
「おいおいおい・・・・・・。」
何だその言い分は。


「ふぇ〜〜〜ん・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「ひっく・・・。ぐす。」
泣き声が次第に小さくなり、鼻をすする音に変わった。しばらくするとそれも止まった。
「神子殿?」
「頼忠さん・・・・・・・・・。」
「はい、何で御座いますか?」
「・・・・・・大好き・・・・・・。」
「――――――は?何とおっしゃられたのですか?」
一瞬言われた言葉の意味が分からなかった。少しの間が開いた後、訊き直すが。
「すぅ・・・・・・・・・。」
花梨は完全に夢の中へと旅立っていた。
「神子殿?」


「幸鷹もそれに気付いていたのか?だったらあんな回りくどいやり方しなくたって良いだろうが!」
イサトが腕を振り回して怒るが。
「それでは面白くないではありませんか。」
「―――え?」
幸鷹らしからぬ意地の悪い言葉に、無遠慮にまじまじと見つめてしまう。
「私は自分が失恋すると分かっているのに恋の橋渡しをしたのです。多少辛い思いをしようが感謝して欲しいですね。」
「あ・・・・・・・・・。」
「それは・・・・・・・・・。」
「えっと・・・・・・・・・。」
あまりの正直な告白に、一同口篭もる。だが。
「まぁ、それもそうですね。」
「当然だな。」
「はい。」
同じく失恋した者達は大きく頷いた。


「神子殿?神子殿!」
身体を揺すり、起きてくれと懇願するが。
「お静かに願います。」文使いを頼んだ女房が睨んでいた。「神子様はずっと泣き続けていらして、この5日間、一睡もしていないのです。やっと眠られたのですから起こさないで下さいませ。」
「あ・・・申し訳ありません・・・・・・。」
神子様を泣かせたのはお前か!との怒りの籠もった眼差しにどうする事も出来ない。ぼそぼそと謝罪の言葉を呟くと情けない表情で腕の中で眠る少女を見下ろした。
「くぅぅぅ・・・・・・・・・。」
「申し訳ありません・・・・・・・・・。」
女房が手渡してくれた袿ですっぽりと包みこむと、御簾の中へと入って行った。


「しかし神子にもこれで真の恋人が出来てしまいましたね。」
泉水が残念そうに呟いた。だが幸鷹は反対に、爽やかな笑みを浮かべた。
「確かに想いの通い合った恋人ですが、さて、どうでしょうね。」
「え?」
「紫姫に伺ったのですが、この5日の間ずっと神子殿は何も召し上がらず、そして一睡も出来ずにいたらしいのです。悩みが解消されたからといって、頼忠とどうこうなるよりもお休みなる方が先でしょう。」
「あ・・・・・・・・・。」
「それに神子殿の世界では、神子殿の御歳では恋人とそういう付き合いをなさらないのが普通なのです。こちらの常識など御存じ無いでしょうし、知ったとしても急に意識は変わらないと思いますよ。」
「えっと・・・・・・・・・。」
花梨の今までの言動を思い出す。と、幸鷹の説明は妙に説得力を帯びて行く。
「だ、だけどさ、当然頼忠は要求する・・・だろう・・・・・・し―――。」
イサトが異議を唱えようと口を開いた。だが、途中で言葉が小さくなり、止まった。このおままごとが始まってからずっと側にいながら説明もせず、何もしなかったのだ。今更教えられるのか?しかも頼忠は従者根性が染み付いている。花梨を怖がらせる、傷付ける位なら、本人が自覚するまで待ち続けるだろう。
「・・・・・・・・・。」
一人一人、じっくり考える。すると笑みが浮かんだ。
「これで神子はお元気になられるでしょう。」
「えぇ、また笑顔が見られますね。」
そう遠くない日、頼忠は恋人として花梨の傍で夜を過ごす事になるだろう。だがそれは、今日明日、そして明後日でも無い、というのは確信していた。


「ゆっくりお休み下さい。」
褥に寝かせると御帳台を出た。だが、そのまま離れる事は出来ない。
「・・・・・・・・・。せめてこれだけは・・・お許し下さい・・・・・・。」
少女が起きるまで垂れ布越しに手を握っている事に決めたのだった――――――。






注意・・・ゲーム終了後。神泉苑での戦いがあった日の5日後。

おままごとのまま、エンディング・・・・・・。
恋の手ほどきが必要なのは頼忠であったとさ。

2007/07/21 02:38:10 BY銀竜草